40 / 209
39話「ウィクトルの生まれた国」
しおりを挟む
国のことについて聞かせてもらえるものと考えていたのだが、それは短時間で終わってしまい、ウィクトルの過去に関する話が本格的に幕開ける。想像と違う内容に戸惑いつつも、私はリベルテの話をそれなりに真面目には聞いた。ウィクトルの過去話になるとは思っていなかったが、まったく興味がないわけではないから、聞くこと自体が苦痛ということはなく。いざ耳にしてみると、案外興味深い話だった。
「ですから、キエル帝国の西に位置しておりましたフリント共和国が主の生まれ育った国なのでございます。……と言いましても、フリント共和国という国は現在は存在しておりません。今はキエルの領土となり、ウェストエナーという名称になっておりますので」
ウェストエナー。私はその単語を聞いたことがある——そう、私にとってはこの星で一番初めに降り立った地だ。ちなみに、ウェストエナーがキエル帝国の西の端だということはどこかで聞いた記憶がある。
「かつては国があったの? あそこに?」
「はい。そうでございます」
「でも、一つの国にしては狭くない?」
「はい。領土は決して大きくない国でございました」
広大な土地を持たない国だったから、キエル帝国に支配されたのだろうか。だとしたら悲しいことだ。
でも、あり得ないことではない。
地球にいた頃にもそういった事例は読んだことがある。歴史の本か何かで。
この星は限りなく地球に近い。空気や温度などの環境も、そこに生きる人間も。だからこそ、地球と似たようなことが起こるのだろう。同じような要因を有している以上、強き者が支配を広げ弱き者が支配されるという構図が出来上がるのは定めなのかもしれない。
「フリントの生き残り——彼が言っていたのは、そういうことだったのね」
あれは確か、ビタリーから部屋に遊びに来るよう誘われた時のことだ。私との間に割って入ったウィクトルを、ビタリーは「フリントの生き残り風情が」などと罵っていた。
あの時は意味が分からなかったが、今ならその言葉の意味が分かる。
「……どなたがそのようなことを?」
「ビタリーさんよ。妙な誘いを受けて困っていた私を庇ってくれたウィクトルに向かって発していたわ」
「そうですか……まったく! あの男、無礼にもほどがあります!」
リベルテは頬を丸く膨らます。
「皇帝の血を引く者でなければ、叩き潰しましたのに!」
「ま、待って待って。人格が変わってるわ」
「……そうですね。つい熱くなってしまい、失礼致しました」
ウィクトルのことを心から慕っているリベルテだ、主人を馬鹿にされて黙っていられないのは当然のことだろう。本当は、他者を見下すような発言をした方が悪い。もっとも、当のビタリーは自分が皇帝の血筋だから何をしても許されると勘違いしているのだろうが。
「でも、どうしてフリントのウィクトルがキエル皇帝の下で働いているの? それは少し不自然じゃない? 感情的に、嫌がりそうなものだけれど」
正直、どこまで踏み込んで良いものか分からない。ウィクトルはフリント共和国出身でも、リベルテはキエル帝国出身なのだろうから、キエル帝国のことを悪く言い過ぎたらリベルテが傷つくかもしれないし。どちらの国の味方をすべきかがはっきりしない状態で話をするというのは、意外と難しいものだ。
「そうですね、主はイヴァン様がスカウトしてきたようでございましたが——実は、本当のところはリベルテもよく知らないのです」
すべてを知っているわけではない、とリベルテは言う。
「主に直接尋ねてみられれば、より多くの情報を得られるやもしれません。力不足で申し訳ございません」
丁寧に謝罪され、私は凄く申し訳ない気持ちになった。質問しない方が良かったのかな、なんて思ってしまう部分もあるくらいだ。
——そんな時。
部屋に一人の男性隊員が突然現れた。
「リベルテさん! お客さんがいらっしゃいました!」
「……どのような方で?」
「ローザパラストのお嬢さんです」
若干慌てた様子で出現した男性隊員が問いに答えた瞬間、リベルテの顔が硬直する。
「なぜ……?」
独り言のように呟くリベルテの面に、いつものような明るさはなかった。
いきなり宿舎へやって来た『ローザパラストのお嬢さん』なる人は、シーグリーンに白を混ぜたような髪色の女性だった。海水と砂浜が重なる浅瀬のような淡い色の髪は、前と耳に被るサイドの辺りだけは真っ直ぐに揃っている。そして、後ろ髪は頭の右側で一つに束ねていた。前とサイドだけを見るとロングヘアだとは思えないが、束ねた部分を見る感じ、それなりの長さはあるのだろう。なんせ、一つに束ねた房は胸より下まで伸びているのだ。
「初めまして。貴女がウタですわね」
ワインレッドのカチューシャの右端には、赤い一輪の薔薇。そして、その下側には、立体になった菱形のような金色の飾りが三つぶら下がっている。固定されておらず、頭部が動くたびにさりげなく揺れる。
目は大きく、唇は桜色のリップを薄く塗っていて、可愛らしい顔面に仕上がっている。化粧が濃すぎないところも好印象ではある。
ただ、愛らしい系の顔立ちながら、気が強そう。そう感じさせるのは、目つきだろうか。
「噂は聞いていますわ。ウィクトルの愛玩地球人だとか」
……何だろう、愛玩地球人とは。
「確かに可愛らしい娘ですわね。もっとも、わたくしたちのような品格はありませんけれど」
彼女は、目を細めると、嘲るような笑みを桜色の唇にうっすら浮かべる。
どうやら好かれてはいないみたい。
……それにしても、彼女の服装は実に個性的だ。
見える範囲の一番下に着ている提灯袖のワンピースは、カチューシャと同じ色。膝にかかるかかからないかくらいの丈だ。そして、そんなワンピースの上に、マントが一体化した上衣をまとっている。その上衣は、前側の縦の金ライン以外は、すべて髪と似た色。また、肩の上は尖っていて、そこから、真っ直ぐ下に向かって布が伸びていた。その布がマントのように見えるのだ。その上に着用しているコルセットは、これまたワインレッド。
「わたくしの名は、シャルティエラ・ローザパラスト。貴女は特別、シャロと呼んで良いですわよ」
「ですから、キエル帝国の西に位置しておりましたフリント共和国が主の生まれ育った国なのでございます。……と言いましても、フリント共和国という国は現在は存在しておりません。今はキエルの領土となり、ウェストエナーという名称になっておりますので」
ウェストエナー。私はその単語を聞いたことがある——そう、私にとってはこの星で一番初めに降り立った地だ。ちなみに、ウェストエナーがキエル帝国の西の端だということはどこかで聞いた記憶がある。
「かつては国があったの? あそこに?」
「はい。そうでございます」
「でも、一つの国にしては狭くない?」
「はい。領土は決して大きくない国でございました」
広大な土地を持たない国だったから、キエル帝国に支配されたのだろうか。だとしたら悲しいことだ。
でも、あり得ないことではない。
地球にいた頃にもそういった事例は読んだことがある。歴史の本か何かで。
この星は限りなく地球に近い。空気や温度などの環境も、そこに生きる人間も。だからこそ、地球と似たようなことが起こるのだろう。同じような要因を有している以上、強き者が支配を広げ弱き者が支配されるという構図が出来上がるのは定めなのかもしれない。
「フリントの生き残り——彼が言っていたのは、そういうことだったのね」
あれは確か、ビタリーから部屋に遊びに来るよう誘われた時のことだ。私との間に割って入ったウィクトルを、ビタリーは「フリントの生き残り風情が」などと罵っていた。
あの時は意味が分からなかったが、今ならその言葉の意味が分かる。
「……どなたがそのようなことを?」
「ビタリーさんよ。妙な誘いを受けて困っていた私を庇ってくれたウィクトルに向かって発していたわ」
「そうですか……まったく! あの男、無礼にもほどがあります!」
リベルテは頬を丸く膨らます。
「皇帝の血を引く者でなければ、叩き潰しましたのに!」
「ま、待って待って。人格が変わってるわ」
「……そうですね。つい熱くなってしまい、失礼致しました」
ウィクトルのことを心から慕っているリベルテだ、主人を馬鹿にされて黙っていられないのは当然のことだろう。本当は、他者を見下すような発言をした方が悪い。もっとも、当のビタリーは自分が皇帝の血筋だから何をしても許されると勘違いしているのだろうが。
「でも、どうしてフリントのウィクトルがキエル皇帝の下で働いているの? それは少し不自然じゃない? 感情的に、嫌がりそうなものだけれど」
正直、どこまで踏み込んで良いものか分からない。ウィクトルはフリント共和国出身でも、リベルテはキエル帝国出身なのだろうから、キエル帝国のことを悪く言い過ぎたらリベルテが傷つくかもしれないし。どちらの国の味方をすべきかがはっきりしない状態で話をするというのは、意外と難しいものだ。
「そうですね、主はイヴァン様がスカウトしてきたようでございましたが——実は、本当のところはリベルテもよく知らないのです」
すべてを知っているわけではない、とリベルテは言う。
「主に直接尋ねてみられれば、より多くの情報を得られるやもしれません。力不足で申し訳ございません」
丁寧に謝罪され、私は凄く申し訳ない気持ちになった。質問しない方が良かったのかな、なんて思ってしまう部分もあるくらいだ。
——そんな時。
部屋に一人の男性隊員が突然現れた。
「リベルテさん! お客さんがいらっしゃいました!」
「……どのような方で?」
「ローザパラストのお嬢さんです」
若干慌てた様子で出現した男性隊員が問いに答えた瞬間、リベルテの顔が硬直する。
「なぜ……?」
独り言のように呟くリベルテの面に、いつものような明るさはなかった。
いきなり宿舎へやって来た『ローザパラストのお嬢さん』なる人は、シーグリーンに白を混ぜたような髪色の女性だった。海水と砂浜が重なる浅瀬のような淡い色の髪は、前と耳に被るサイドの辺りだけは真っ直ぐに揃っている。そして、後ろ髪は頭の右側で一つに束ねていた。前とサイドだけを見るとロングヘアだとは思えないが、束ねた部分を見る感じ、それなりの長さはあるのだろう。なんせ、一つに束ねた房は胸より下まで伸びているのだ。
「初めまして。貴女がウタですわね」
ワインレッドのカチューシャの右端には、赤い一輪の薔薇。そして、その下側には、立体になった菱形のような金色の飾りが三つぶら下がっている。固定されておらず、頭部が動くたびにさりげなく揺れる。
目は大きく、唇は桜色のリップを薄く塗っていて、可愛らしい顔面に仕上がっている。化粧が濃すぎないところも好印象ではある。
ただ、愛らしい系の顔立ちながら、気が強そう。そう感じさせるのは、目つきだろうか。
「噂は聞いていますわ。ウィクトルの愛玩地球人だとか」
……何だろう、愛玩地球人とは。
「確かに可愛らしい娘ですわね。もっとも、わたくしたちのような品格はありませんけれど」
彼女は、目を細めると、嘲るような笑みを桜色の唇にうっすら浮かべる。
どうやら好かれてはいないみたい。
……それにしても、彼女の服装は実に個性的だ。
見える範囲の一番下に着ている提灯袖のワンピースは、カチューシャと同じ色。膝にかかるかかからないかくらいの丈だ。そして、そんなワンピースの上に、マントが一体化した上衣をまとっている。その上衣は、前側の縦の金ライン以外は、すべて髪と似た色。また、肩の上は尖っていて、そこから、真っ直ぐ下に向かって布が伸びていた。その布がマントのように見えるのだ。その上に着用しているコルセットは、これまたワインレッド。
「わたくしの名は、シャルティエラ・ローザパラスト。貴女は特別、シャロと呼んで良いですわよ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる