奇跡の歌姫

四季

文字の大きさ
53 / 209

52話「リベルテの寄り添う優しさ」

しおりを挟む
 気遣いは嬉しい。そして、受け手の心へ、穏やかに沁み込む。傷も痛みも癒やす、それはある意味、一種の薬のようであると言えるだろう。苦しみを和らげ、人を救うのが、気遣い。

 でも、時にはそれが痛みを引き起こすこともあるのだ。

 どんな薬も万能ではない。万人の苦痛を消し去れる神のような力を備えているわけではなく、それは時に毒でもある。薬とは、人々を護る盾であり、しかしながら人々を傷つける矛にもなり得るのだ。

 気遣いも、それと同じ。
 その思いやりは、大抵相手に幸せを差し出す。だが、その思いやりが逆に相手の胸を痛めるということも、絶対にないないことはない。

「私に戦力を割いたせいでウィクトルに何かあったら、それは辛いわ」

 配慮に対してこんなことを言うのはいけないことかもしれない。そう思いつつも、本心を隠すことはできなかった。

「その心配は必要ない。君が気にすることではない」
「……じゃあ、約束して。無事生きて帰ってくると」

 正直、私が恐れているのが何なのか分からない。

 私のせいでウィクトルの命が失われること?
 ウィクトルの命が失われた時に私のせいになること?

 人間、誰しもだろうが、自分の心がすべて見えるわけがない。他者の心より己の心の方が見えないことだってあるくらいだ。

「君は……一体何を言っている?」

 真正面に位置するウィクトルは、目を細め、「心がよく分からない」とでも言いたそうな顔をしていた。

「私の身を案じて得することなど、何一つありはしないはずだ」
「ちょ、そんなこと言わないで!」

 ある程度の時間を共に過ごせば、情も湧く。
 どうでもいい、なんて思えなくなってしまうものだ。

「心配するのは当然でしょ。一緒に過ごしてきたんだもの」

 リベルテやフーシェがウィクトルと過ごしてきた時間に比べれば、私が彼と共に在った時間は短い。話にならないくらい、よくそんなことが言えるねと笑われるくらい、短時間かもしれない。でも、それでも、私にとっては情を抱かずにはいられない時間だったのだ。

 もちろん、良い思い出ばかりではなかった。
 彼が母親の仇と知った時などは、複雑な心境にならざるを得ず、それからしばらく何とも言えない気分で過ごしていた頃もあった。

 けれども、ウィクトルは基本的に親切で。
 そんな彼のことを、私は嫌いではない。

「……気をつけて行ってきてちょうだいね」

 私が知る地球は穏やかな星。歴史の中に戦争はあれど、数十年は比較的落ち着いているようだったし、一応平和な星だった。でも、今はあの頃の地球とは違うのだろう。この目で見ることは叶わない。だが、討伐任務が下されるくらいだから、以前よりは荒れているのだろう。

 そんなところへ、ウィクトルは行くのだ。
 心配せずになんていられない。

「もちろんだ。ウタくんこそ、怪しい輩には気をつけろ」
「あ、怪しい輩……?」
「私が言うのもなんだが、この国には、気に食わない者にすぐ絡む輩が多い。リベルテがいれば問題はないだろうが、念のため、警戒するよう伝えておきたくてな。それだけだ」

 船出は今日ではない。準備期間が必要だから、出発するのは数日後。だからすぐに会えなくなるわけではない。

 それでも、既に寂しさがある。
 私の胸の内側は、今日の空にそっくりだ。

 最愛の母親を殺した。生まれ育った星を滅ぼした。そんな男だ、ウィクトルは。彼を憎む要素が、私の中には多過ぎる。それなのに、私はなぜか彼を憎めない。そして、それどころか、彼の身を案じてしまう。無事帰ってきて、と、願わずにはいられない。

 私と彼を繋いだ、一筋の何か。
 それは、とても強靭なもので、私たちを決して離れさせようとしない。

 私たちは、引き合う磁石を入れた指を、糸で結ばれたようなもの。

 生きてきた世界が異なっても。残酷な記憶しかなくても。それでも容易く別れることはできず。ただ、互いを失うことを恐れるばかり。

 馬鹿ね、貴女は。
 そう囁くのは、他人ひとではなく私。

 置いていかないで。
 そう嘆くのもまた、他人ではなく私。

 己の心は目に見えない。瞼を開けていても閉じていても、己だけは見えないのだ。無論、尋ねても誰も教えてはくれない。他人のことなんて知らない、と言われるだけだろう。でも、そう言う人たちだって、己のことはきっと見えていないのだ。

 雨は徐々に強まり、こぼれ落ちてくる粒が窓枠を叩く。
 そんな音だけが響く日。

 私は何とも言えぬ心境のまま見上げるのだ、まだ薄暗い空を。


 以降、私はどことなく憂鬱だった。

 嫌な人が傍に現れたわけではないし、嫌な出来事に出会ったわけでもない。ただ、どうしても、胸の内が晴れないのだ。

 もっとも、誰のせいでもない。

 すっきりしないのは、個人的な要因が大きいとは思うが。


 ある夕暮れ時のことだ。自分用のベッドの近くの床に座り、一人ぼんやりしていたら、パーテーションからリベルテが覗いてきた。

「ウタ様ウタ様」

 唐突に現れた、少女だと言われても違和感がなさそうな顔に戸惑いつつも、私は返す。

「リベルテ。何か用?」
「少しお話を。いかがでございましょうか」

 彼がなぜそんなことのためにやって来たのか、それはよく分からない。けれど、彼のことだから、悪意があっての行動ではないのだろう。それは分かるから、私は一度頷いて「えぇ、構わないわよ」と述べた。すると彼は小動物のような動きでこちらへ移動してくる。小さな一歩を細かく重ねてすぐに私の目の前まで来ると、彼は軽く頭を下げ、床に腰を下ろした。

「失礼致しました、唐突に」
「問題ないわよ。それで、お話って?」

 目の前にいるリベルテは、はにかみつつちょこんと座っていて、とにかく愛らしい。
 彼は、護ってあげたくなる女の子、というような甘いオーラをまとっていた。

「ウタ様、これからについて何か不安なことはございますか」
「それは……ウィクトルがいない間のこと?」
「はい。もし何かありましたら、少し聞かせていただきたいなと。その方が、サポートがスムーズに参りますので」

 言いながら、リベルテはメモとペンを取り出す。
 私の発言を記録しておく気なのだろうか。

「えぇと……いきなり言われるとパッと思いつかないわ」

 漠然とした不安はある。でも、それを言葉で言い表すことは、簡単なことではない。今の心を言い表すなら、ある程度、脳内を整理する時間が必要だ。それがないと、上手く文章にできない。

「曖昧な言い方でも問題ございませんよ」
「そうね……えっと……ぼんやりとした不安はあるわ」

 リベルテは視線を私へ向けた。
 彼はこちらをじっと見つめている。メモへ目をやることはしない。

「はい。ぼんやりと、でございますね」
「ごめんなさい。よく分からない言い方になって」
「いえ。十分でございますよ」

 彼はいつも穏やかな性格だが、今日は特に穏やかな雰囲気をまとっている。まるで、綿菓子に取り囲まれているかのようだ。

「期間中、リベルテはなるべくウタ様の傍についている予定でございます。ですので、何か思われることがございましたら、ぜひ、気軽に仰って下さいませ。主に代わり、ウタ様の力にならせていただきます」

 まだ不安はある。味方が近くにいてくれると分かっていても、一度深く根を張った不安は、そう易々と消えてくれるものではない。特に具体的な内容のない不安ほどその傾向がある。何をしていても、どこにいても、いつまでもまとわりつき続けるのだ。

 しかし、リベルテと話をしたことで、ほんの少しは心が軽くなった。

 彼は私に協力してくれると言ってくれている。力になる、と、はっきり述べてくれているのだ。

 それなら私は行ける。

 一人では恐ろしい道でも、心強い味方がいるなら、少しは勇気が湧いてくるというもの。

 負けない。挫けない。今はまだ、孤独の中で立てるほど強くはないけれど、支えてくれる者がいるならきっと立てるはず。支柱はあるのだから、諦めさえしなければ、立てるはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。 女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。 佐藤サトシは30歳の独身高校教師。 一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。 一年A組の受け持つことになったサトシ先生。 その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。 サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...