60 / 209
59話「リベルテのサポート」
しおりを挟む
可愛らしい女の子が大人げない男性に怒鳴り散らされているというのに、通行人は誰一人として彼女を助けようとしない。一応ちらりと目をやることはするのだが、実際に関わろうとする人の少ないこと。忙しい人も多いだろうから仕方ないといえば仕方ないのだが、少しくらい手を伸ばしてあげれば良いのに、と思ってしまったりする。
「待って下さい! 大人げないですよ!」
気づけば、私は駆け出していた。
女の子と男性の間に入る。
なぜそんなことをしてしまったのかは分からない。リスクのあることに敢えて足を突っ込む必要なんてなかったのに。
「んあ!? 何を喋ってやがる!!」
「……あ」
男性に言われてから気がついた。私は地球の言語を話しているのだと。そして、地球の言語を使っていてはこの国の者とは意思疎通できないのだと。
しまった、と焦る。
今さら引っ込むわけにはいかない。しかし、このままではまともに言葉を交わすことはできない。
どうすればいいのかーー思っていた時、リベルテが駆けてきた。
「もーうしわけございません!」
リベルテは安定の明るい表情で、今にも掴みかかってきそうだったスーツの男性と私の間に割って入ってくる。
「彼女はこの国の者ではなくてですね! 使用する言語が我々とは異なっているのでございます!」
「は、はぁ? 何を言ってる?」
男性は怪訝な顔をしている。しかし、苛立ちは徐々に鎮火しつつあるようだ。このまま落ち着いていってくれればありがたいのだが。
「いきなりお騒がせして申し訳ございませんでした! それでは失礼致します!」
リベルテは男性に向かってそう述べると、私に「一旦退きますよ」と耳打ちしてきた。私は、男性に怒られていた女の子の手を握り、リベルテに促されるままにその場から離れる。
どのくらい歩いただろうか。
やや早足で数十秒ほど移動し、男性の姿が見えなくなったところで、私たちは足を止めた。
「大丈夫?」
私は手を繋いでいた女の子の顔を覗き込み、尋ねる。
しかし、女の子はきょとんとした顔をするだけ。
どうなっているのだろう? と思っていたら、リベルテがまた割り込んできた。
「ウタ様。地球の言語では、彼女にも伝わりません」
「あ。……そ、そっか」
リベルテは自分の耳につけていた豆のような自動翻訳機を指でつまみ、それを、きょとんとしている女の子の耳もとへと運ぶ。唐突に触れられそうになった女の子はおろおろしながら「なに? なに?」と弱々しい声を発し始めた。その声を聞きハッとしたリベルテは、「言葉が分かるようにして差し上げますね」と述べつつ微笑んで、自動翻訳機を幼い彼女の耳に装着する。
「言葉、分かる?」
もう話しかけても問題ないだろう、と思い、私は女の子に声をかけてみた。すると、女の子の丸く茶色い瞳が、宝石のように輝き始める。
「分かる!」
激しい叱責を受けていたこともあって、それまでは浮かない顔をしていた彼女だが、急激に表情が明るくなった。表情が明るくなると、印象も一変。可愛いがどことなく薄暗さを感じる容姿だったのが、別人のように華やかになった気がする。本当は、明るくて愛らしい、花のような子だったようだ。
「良かった。これでお話できるわね」
「うん! お姉ちゃん、さっきは助けてくれてありがとう!」
肩を寄せ、頭部を軽く横に倒し、笑みを浮かべる。
どこまでも可愛い子。
「いいえ。当然のことをしたまでだわ」
「良い人! ……でも、お姉ちゃんはこの国の人じゃないんだよね。どこから来たの?」
一瞬「まずかっただろうか」と焦った。余所者だからと変な目で見られるのではないだろうか、と、少しばかり思ってしまう部分があったのだ。無垢な少女相手にこんなことを思うなんて、失礼なことだが。
でも、そんな焦りは、彼女の顔を見た瞬間消え去った。
目の前にいる彼女には『差別心』など欠片もなかったのだ。
「と……遠いところ?」
地球と答えて良いのか分からず、私は取り敢えずぼやかした言い方をしておいた。
すると女の子は「へぇーそうなんだ」と返してくる。
「そういえばお姉ちゃん、前、放送に出てなかった?」
とろみのある蜂蜜を垂らすような声。聞いているだけで脳まで溶けそうだ。もう、とにかく可愛い。ひたすら可愛い。今すぐ抱き締めたいくらいである。
「ほ、放送?」
「お歌をね、歌う女の人が出てる会のね、放送があったの! その時、お姉ちゃんに凄く似てる人が出てたよ!」
そこまで聞いて察する。歌姫祭の時のことか、と。
……それにしても。
一般市民にまであの映像が届いていたとは、驚きだ。
こんな小さな子が記憶しているくらいだ、大々的に映像を流していたのだろう。だとしたら、かなり多くの人が私の姿を目にしている可能性がある。こうして街中を歩いていても声をかけられはしないが、見ている人は見ているかもしれないということ。油断はできない。悪い行いを見られたりしないよう、常に意識してきちんとした振る舞いをしておかなくては。
「あ……それ、多分私だわ」
「えー! そうなのー!?」
「確か『歌姫祭』とかいう会よね……?」
「あ! そうそう! それー!」
少女が道端で大きな声を出すものだから、通行人の視線を大量に浴びる羽目になってしまった。
悪事は働いていないし、罪を負わされたわけでもないのだが、大勢から注目されるというのはあまり良い気はしないものだ。
「ねぇ! 歌って!」
子どもからの無邪気な頼み。周囲の空気をまったく読まない無謀とも言える頼み事。普通なら「すみません」とでも言いながら、さりげなく逃げ去ったことだろう。
……でも、こんなに目を輝かせながら言われたら、断れない。
期待されている。それを感じたら、期待に応えたくなってしまう。
「お歌いになっても構いませんよ?」
傍に立っていたリベルテは、笑顔でそんなことを言ってくる。
本当に良いのだろうか、こんな街中でいきなり歌を披露なんてして。道行く人たちに迷惑がられたりしないだろうか。歌うのは良いが、もし怒られたりなんかしたら堪らない。ここで歌ってもいいという、形のある許可が欲しい。
そんなことを思っていた時だ。
「どうやら、歌うか否かで迷っているようだね」
聞き覚えのある声に、私は視線をそちらへ動かす。
立っていたのはビタリーだった。
「……っ!?」
「何も、警戒することはないよ。僕は喧嘩を売りに来たわけじゃあないからね」
「ビタリーさん……」
「君が歌うのなら、僕も聴きたい。聴かせてくれるのかな?」
「待って下さい! 大人げないですよ!」
気づけば、私は駆け出していた。
女の子と男性の間に入る。
なぜそんなことをしてしまったのかは分からない。リスクのあることに敢えて足を突っ込む必要なんてなかったのに。
「んあ!? 何を喋ってやがる!!」
「……あ」
男性に言われてから気がついた。私は地球の言語を話しているのだと。そして、地球の言語を使っていてはこの国の者とは意思疎通できないのだと。
しまった、と焦る。
今さら引っ込むわけにはいかない。しかし、このままではまともに言葉を交わすことはできない。
どうすればいいのかーー思っていた時、リベルテが駆けてきた。
「もーうしわけございません!」
リベルテは安定の明るい表情で、今にも掴みかかってきそうだったスーツの男性と私の間に割って入ってくる。
「彼女はこの国の者ではなくてですね! 使用する言語が我々とは異なっているのでございます!」
「は、はぁ? 何を言ってる?」
男性は怪訝な顔をしている。しかし、苛立ちは徐々に鎮火しつつあるようだ。このまま落ち着いていってくれればありがたいのだが。
「いきなりお騒がせして申し訳ございませんでした! それでは失礼致します!」
リベルテは男性に向かってそう述べると、私に「一旦退きますよ」と耳打ちしてきた。私は、男性に怒られていた女の子の手を握り、リベルテに促されるままにその場から離れる。
どのくらい歩いただろうか。
やや早足で数十秒ほど移動し、男性の姿が見えなくなったところで、私たちは足を止めた。
「大丈夫?」
私は手を繋いでいた女の子の顔を覗き込み、尋ねる。
しかし、女の子はきょとんとした顔をするだけ。
どうなっているのだろう? と思っていたら、リベルテがまた割り込んできた。
「ウタ様。地球の言語では、彼女にも伝わりません」
「あ。……そ、そっか」
リベルテは自分の耳につけていた豆のような自動翻訳機を指でつまみ、それを、きょとんとしている女の子の耳もとへと運ぶ。唐突に触れられそうになった女の子はおろおろしながら「なに? なに?」と弱々しい声を発し始めた。その声を聞きハッとしたリベルテは、「言葉が分かるようにして差し上げますね」と述べつつ微笑んで、自動翻訳機を幼い彼女の耳に装着する。
「言葉、分かる?」
もう話しかけても問題ないだろう、と思い、私は女の子に声をかけてみた。すると、女の子の丸く茶色い瞳が、宝石のように輝き始める。
「分かる!」
激しい叱責を受けていたこともあって、それまでは浮かない顔をしていた彼女だが、急激に表情が明るくなった。表情が明るくなると、印象も一変。可愛いがどことなく薄暗さを感じる容姿だったのが、別人のように華やかになった気がする。本当は、明るくて愛らしい、花のような子だったようだ。
「良かった。これでお話できるわね」
「うん! お姉ちゃん、さっきは助けてくれてありがとう!」
肩を寄せ、頭部を軽く横に倒し、笑みを浮かべる。
どこまでも可愛い子。
「いいえ。当然のことをしたまでだわ」
「良い人! ……でも、お姉ちゃんはこの国の人じゃないんだよね。どこから来たの?」
一瞬「まずかっただろうか」と焦った。余所者だからと変な目で見られるのではないだろうか、と、少しばかり思ってしまう部分があったのだ。無垢な少女相手にこんなことを思うなんて、失礼なことだが。
でも、そんな焦りは、彼女の顔を見た瞬間消え去った。
目の前にいる彼女には『差別心』など欠片もなかったのだ。
「と……遠いところ?」
地球と答えて良いのか分からず、私は取り敢えずぼやかした言い方をしておいた。
すると女の子は「へぇーそうなんだ」と返してくる。
「そういえばお姉ちゃん、前、放送に出てなかった?」
とろみのある蜂蜜を垂らすような声。聞いているだけで脳まで溶けそうだ。もう、とにかく可愛い。ひたすら可愛い。今すぐ抱き締めたいくらいである。
「ほ、放送?」
「お歌をね、歌う女の人が出てる会のね、放送があったの! その時、お姉ちゃんに凄く似てる人が出てたよ!」
そこまで聞いて察する。歌姫祭の時のことか、と。
……それにしても。
一般市民にまであの映像が届いていたとは、驚きだ。
こんな小さな子が記憶しているくらいだ、大々的に映像を流していたのだろう。だとしたら、かなり多くの人が私の姿を目にしている可能性がある。こうして街中を歩いていても声をかけられはしないが、見ている人は見ているかもしれないということ。油断はできない。悪い行いを見られたりしないよう、常に意識してきちんとした振る舞いをしておかなくては。
「あ……それ、多分私だわ」
「えー! そうなのー!?」
「確か『歌姫祭』とかいう会よね……?」
「あ! そうそう! それー!」
少女が道端で大きな声を出すものだから、通行人の視線を大量に浴びる羽目になってしまった。
悪事は働いていないし、罪を負わされたわけでもないのだが、大勢から注目されるというのはあまり良い気はしないものだ。
「ねぇ! 歌って!」
子どもからの無邪気な頼み。周囲の空気をまったく読まない無謀とも言える頼み事。普通なら「すみません」とでも言いながら、さりげなく逃げ去ったことだろう。
……でも、こんなに目を輝かせながら言われたら、断れない。
期待されている。それを感じたら、期待に応えたくなってしまう。
「お歌いになっても構いませんよ?」
傍に立っていたリベルテは、笑顔でそんなことを言ってくる。
本当に良いのだろうか、こんな街中でいきなり歌を披露なんてして。道行く人たちに迷惑がられたりしないだろうか。歌うのは良いが、もし怒られたりなんかしたら堪らない。ここで歌ってもいいという、形のある許可が欲しい。
そんなことを思っていた時だ。
「どうやら、歌うか否かで迷っているようだね」
聞き覚えのある声に、私は視線をそちらへ動かす。
立っていたのはビタリーだった。
「……っ!?」
「何も、警戒することはないよ。僕は喧嘩を売りに来たわけじゃあないからね」
「ビタリーさん……」
「君が歌うのなら、僕も聴きたい。聴かせてくれるのかな?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる