奇跡の歌姫

四季

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77話「ウタの成婚パレード当日までの暮らし」

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 何でも、この国では、次期皇帝の成婚パレードの際に注目の歌手が一曲歌うという決まり事があるらしい。イヴァンの成婚パレードの際には、アズールニャンニャンなる人がその役割を務めたそうだ。そういえば、イヴァンは以前、アズールニャンニャンなる者を「我が女神」と言っていた。きっと、イヴァンはその歌手のファンだったのだろう。

 でも、そんな大役をなぜ私が?

 その疑問は消えない。

 注目の歌手だからだろうか。しかし、歌手なら他にもいるはずだ。この星へ来てまだ一年も経たない私が大役に据えられて、不満を抱く者はいないのだろうか。私がやりたかったのに、などと怒り出す者はいないだろうか。


 そして、その数日後。
 今度は衣装を最終決定する日が来た。

 ウィクトルは呼ばれていない。というのも、男性の方は衣装が決まっているらしい。伝統ある衣装を着なくてはならないと決定しているため、サイズを合わせるだけなのだとか。

 問題は女性の方である。
 女性の方にはこれといった決まった衣装がない。パレードの際は、代々、ドレスをまとっているようだ。しかし、色やデザインなどは、統一されてはいない。そのため、今回も、シャルティエラに似合うものを考えて決めなくてはならないのだとか。

「ご希望のラインなどはありますか?」

 部屋にいるのは、衣装係と女性とシャルティエラ、そして私。
 なぜ私まで参加することになったのかは謎でしかない。けれど、今さら変えることもできず、私はただその場に在り続けている。

「そうですわね……できればあまり動きづらくないものが良いですわ」
「では、あまり膨らみのないものの方がよろしいかもしれませんね。色みなどのご希望はございますか?」
「色……」

 シャルティエラは突然、隣にいた私へ視線を向けてくる。

「ウタ、わたくしには何色が似合うかしら?」

 意見を求められるとは思っていなかったので、すぐには答えられなかった。
 心の準備が足りなかったのだ。

 これが私自身の服のことであったなら、何とでも言える。思いつきでも問題ない。しかし、他人のこととなれば、簡単に答えることはできなかった。私の雑な意見によって彼女が似合わないものを着ることになったら、責められかねないから。

「えっと……」
「一緒に考えて下さるかしら?」
「あ、はい。それはもちろんです」

 いやいや、どうして私なの。

 部下にも女性はいるじゃない。敢えて異星から来た私に相談せずとも、もっと熱心に考えてくれる人はいるはず。そういう者に頼んだ方が良い、と考えはしないのだろうか。

「ところで、シャロさんはどんな色がお好きなんですか?」
「そうですわね、わたくしは……」


 衣装は準備が進行し始め、パレードのルートも決定。ビタリーとシャルティエラの成婚パレード、その準備は順調に進んでいっている。最初話を聞いた時には、そんな短時間で上手くいくのだろうか、なんて考えもした。けれど、一応、このまま進めば間に合いそうだ。

 当日が徐々に近づいてくる。

 そんな空気の中、私は今、歌を練習している。

 成婚パレードの幕開けを告げる歌。それは、キエルの言葉で綴られた、歴史ある曲だった。

 歌詞がキエルの言葉。いつかこんな日が来るだろうと薄々読んではいたが、思いの外早く、その時が来てしまった。そう、キエル語で歌わなくてはならない時が。

 文字も一部見覚えがある程度。発音も知らない。そんな状態からまともに歌えるようになるには、キエルの言語に詳しい者の協力が必要だ。特に、短期間で仕上げなくてはならないから、一人で試行錯誤を繰り返す余裕はない。

 そんなわけで、リベルテに協力を頼むことにした。
 彼なら、キエル人で昔からキエルの言葉を使っているはずだから。

 まずは歌詞の意味を教えてもらう。これは、自動翻訳機があるから、リベルテに音読してもらうだけでほぼ問題ない。私はひとまず、その内容をメモしておく。後から確認できるように。

 そして、いよいよ発音。

 これまでは地球の言語で書かれた歌詞だったから、歌うことに問題はなかった。けれど今度はキエルの言葉で書かれた歌詞。旋律があるから会話よりはましだろうが、いかにそれらしく発することができるかも重要になってくる。

 ここからは自動翻訳機を外して。
 リベルテが読んでくれているのを聞き、慣れない音を覚えていく。

 それがある程度済んだら、旋律に合わせる。

 歌詞をただ音読するだけの時と、音楽に合わせて歌う時とでは、イントネーションにも微妙な差が生まれるものだ。
 でも、音楽に合わせて歌う際の方が、発話に慣れていない私としては楽だ。なぜなら、一つ一つの字に当てはめる音程が決まっているから。それに、音程自体は地球のそれと大差ないようだから、歌にした方が馴染みやすい。


 そして、当日を迎える。

 闇は波に飲まれるがごとく去りゆき、訪れる一日の始まり。空の果ては乳白色に染まり、降り注ぐ光が人工物だらけの街に明るさをもたらす。雲は欠片も見当たらない天上は、時の流れと共に、僅かに青みを帯び始める。漆黒から乳白色へ、そしてさらに青緑へと。見上げる遥か彼方は、瞬く間に表情を変えていく。

「ウタ。今日はよろしくお願いしますわ」
「丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします、シャロさん」

 パレードが始まる二時間ほど前、私はシャルティエラと顔を合わせる。
 軽く化粧を施した彼女はどこから見ても淑女だった。そんな彼女がまとっている純白のドレスは、マーメイドラインのもので、体のラインが出ている。大人びた雰囲気だ。

「ウタはパレード前にも出番があるそうですわね」
「はい。歌を……」
「わたくし、楽しみにしていますわ。何とか頑張って」

 気遣いの言葉をかけてくれるシャルティエラの瞳を見つめ、私は頷く。

「では着替えてきます」
「えぇ! いってらっしゃい」

 私はまだ衣装に着替えられていない。あくまでシャルティエラの付き人としての参加であり、そこまで豪華な衣装をまとうわけではないので、着替えにはそれほど時間がかからないはず。とはいえ、さすがに五分十分では終わらないと思うので、早めに準備しておきたいところだ。

 ウィクトルはどうしているだろう? ビタリーと一緒?

 彼のことは気がかりだが、今は自分のことに集中しなくてはならない。
 他人の心配をしていられる状況ではないから。
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