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78話「成婚パレードの始まりは」
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「え! こ、これっ!?」
用意されていたのはスーツのような服だった。硬そうな襟のついたシャツ、黒のネクタイ、同じく黒のジャケット。さらには、ズボンまで漆黒。一瞬、「ウィクトルのものと逆になっているのでは?」と不安になったくらい、男物みたいな衣服だ。
「はい。花嫁の付き人はいつもこのような服になっているそうです」
「あ、そうなんですね……」
身支度係の女性の言葉を聞く感じ、間違いではないようだ。
その後、着替えつつ係の女性から聞いた話によれば、付き人は大抵男性か女性であれば戦闘能力を保有する者のことが多いそうだ。万が一何か起きた時に護れるからだろう、と、身支度係の女性は言っていた。そして、服装が男物に近いものであるのも、非常時に動きやすいからだとか。
付き人に何の戦闘能力も持たない者が選ばれることが稀。
やはり、私は珍しい例のようだ。
確かに私は戦いなど微塵もできない。地球にいた頃から平凡な一般人に過ぎなかったし、今だって、その頃と何も変わってはいない。私はただの女。他人より少し歌唱が得意なだけの。
「では最後にこちらを」
着替えが完了したタイミングで、身支度係の女性が腕輪を手渡してきた。
ベージュの糸で編んだような腕輪。自然派なデザイン、という印象を受けるものだ。そして、その途中に一つ、立方体のビーズのようなものがついている。そのビーズのような物体は、全体的に黒。表面は滑らかで、艶があり、指先で触れるとひんやりした感覚がある。
「手首につけていて下さい」
「あ、はい。これは一体? 何ですか?」
「付き人の印です」
「へぇ……そうなんですね。分かりました」
地球人ゆえ馴染みがないが、キエルではよくあることなのだろう——係の女性が当たり前のように言っていたから、私はそう解釈した。
成婚パレードの幕開けを告げるべく、出発地点に用意されている仮設ステージに上がる。
男物に似た黒服で人前に出る日が来るなんて、嘘みたいだ。こんな瞬間、今まで一度も想像したことがなかった。
でも、これは紛れもなく現実。
いよいよこれまでの努力を披露する時が訪れた。
自身の位置が高くなると、視界が広がる。出発の瞬間を一目見ようと訪れている国民が幾人も見えた。ここにいるのがキエル人ではない私で良いのだろうか、などという思いは、今も僅かに残っている。でも、それでも、ここまで来たら引き返せはしない。今さら逃げ出すわけにはいかない。今はただ、堂々と立ち続けることが、私にできる唯一のことだ。
だから歌おう、幕開けを。
そこからすべては始まる。
——最後の音が響き、やがて宙に消える。
見に来ている国民たちは拍手してくれていた。見ず知らずの赤の他人ばかりだけれど、彼らが私を批判することはなかった。少なくとも、この場においては。
時間をかけて練習してきた。分からない言語、知らない曲。それでも、真剣に取り組み、なるべく違和感なく歌えるよう努力はした。その思いが聞き手の皆に伝わっていたなら良いのだが。
これで、成婚パレードの始まりを告げる歌は終了した。
だが、これで終わったと思っていてはいけない。まだ何も終わってはいないのだから。
本当の仕事はここからだ。
成婚パレードは開始から終了まで三十分を予定されている。
特別に改造し、天井の上に乗れるような構造になった小型のバスに、夫婦が乗るとのこと。今日限りの付き人である私とウィクトルも、もちろんそこに同乗する。そして、そのバスの周囲には、一人乗りの乗り物や警護用の自動車が走るらしい。
「今日は無事乗りきろう」
バスの上へ向かう直前、四人集まったその場所で、ビタリーはそんなことを言った。
「もちろんですわ! ビタリー様!」
ビタリーの言葉に対して素早く返したのはシャルティエラ。
彼女は妙に可愛らしく振る舞っている。
「頼むよ、君たち」
シャルティエラは可愛らしく返事をしたが、ビタリーに意識を向けてもらえることはなかった。彼は、いち早く反応したシャルティエラのことより、返答しなかった私やウィクトルのことの方が気になっているようだ。
「もちろん」
短く返したのはウィクトル。
「シャロさんの傍にいます」
「よろしく」
ウィクトルの言葉には特に何も返さなかったが、私の言葉には短いながらも返してくれた。ビタリーは露骨だ。好き嫌いがはっきりしているし、それを隠そうとはしない。
しかしながら、ビタリーの服装はとても美しいものだった。
上半身にまとっている詰襟は純白。体の中央の線上に位置する三つのボタンは黄金で、まるで王子のよう。
いや、実際彼はそんなような存在であるわけなのだが。
そしてベルトがまた豪華だ。艶のある素材で作られたベルトなのだが、色は白。それゆえ、上衣の白色に埋もれそうなものだ。しかし、意外にも埋もれている感じはない。それは、もちろん材質が違うからという理由もあるだろうが、それだけの理由ではなかった。というのも、ベルトに細やかな装飾が施されているのだ。
「もし何かあった時は……ウィクトル、君が僕を護るんだよ?」
「理解している」
淡々と言葉を交わしているウィクトルの右手首には、私が貰った物と同じ腕輪がはめられていた。
「まさか、命惜しさに逃げ出したりしないだろうね」
「それはない」
ビタリーはどこまでも厄介な人だ。嫌みを言い出すといつまでも続く。
「いつも腰に下げてるアレは今日は持っていないみたいだが、油断し過ぎなんじゃないかい?」
「剣は置いてきた。祝いの場に相応しくない」
「なるほど。まぁ、それも一理ある……かもしれないね」
ウィクトルの思考に理解を示すようなことを言っているが、ビタリーは何事もなかったかのように武器を携えている。ナイフだ。もっとも、黄金色の鞘に入っているから、それは儀式的な意味を持った物なのかもしれないが。
だが、武器を何一つ持っていないというのも不安なもの。狙われる危険のある人間だからこそ、少しくらいは武装している方が良いのかもしれない。一応でも持っていれば、いざという時に反撃できるから。
ビタリーが僅かにでも戦闘能力を発揮できる状況の方が、ウィクトルの身に危険が及ぶ可能性は下がる——そういう意味では、ビタリーのナイフの所持はありがたいこととも言えよう。
用意されていたのはスーツのような服だった。硬そうな襟のついたシャツ、黒のネクタイ、同じく黒のジャケット。さらには、ズボンまで漆黒。一瞬、「ウィクトルのものと逆になっているのでは?」と不安になったくらい、男物みたいな衣服だ。
「はい。花嫁の付き人はいつもこのような服になっているそうです」
「あ、そうなんですね……」
身支度係の女性の言葉を聞く感じ、間違いではないようだ。
その後、着替えつつ係の女性から聞いた話によれば、付き人は大抵男性か女性であれば戦闘能力を保有する者のことが多いそうだ。万が一何か起きた時に護れるからだろう、と、身支度係の女性は言っていた。そして、服装が男物に近いものであるのも、非常時に動きやすいからだとか。
付き人に何の戦闘能力も持たない者が選ばれることが稀。
やはり、私は珍しい例のようだ。
確かに私は戦いなど微塵もできない。地球にいた頃から平凡な一般人に過ぎなかったし、今だって、その頃と何も変わってはいない。私はただの女。他人より少し歌唱が得意なだけの。
「では最後にこちらを」
着替えが完了したタイミングで、身支度係の女性が腕輪を手渡してきた。
ベージュの糸で編んだような腕輪。自然派なデザイン、という印象を受けるものだ。そして、その途中に一つ、立方体のビーズのようなものがついている。そのビーズのような物体は、全体的に黒。表面は滑らかで、艶があり、指先で触れるとひんやりした感覚がある。
「手首につけていて下さい」
「あ、はい。これは一体? 何ですか?」
「付き人の印です」
「へぇ……そうなんですね。分かりました」
地球人ゆえ馴染みがないが、キエルではよくあることなのだろう——係の女性が当たり前のように言っていたから、私はそう解釈した。
成婚パレードの幕開けを告げるべく、出発地点に用意されている仮設ステージに上がる。
男物に似た黒服で人前に出る日が来るなんて、嘘みたいだ。こんな瞬間、今まで一度も想像したことがなかった。
でも、これは紛れもなく現実。
いよいよこれまでの努力を披露する時が訪れた。
自身の位置が高くなると、視界が広がる。出発の瞬間を一目見ようと訪れている国民が幾人も見えた。ここにいるのがキエル人ではない私で良いのだろうか、などという思いは、今も僅かに残っている。でも、それでも、ここまで来たら引き返せはしない。今さら逃げ出すわけにはいかない。今はただ、堂々と立ち続けることが、私にできる唯一のことだ。
だから歌おう、幕開けを。
そこからすべては始まる。
——最後の音が響き、やがて宙に消える。
見に来ている国民たちは拍手してくれていた。見ず知らずの赤の他人ばかりだけれど、彼らが私を批判することはなかった。少なくとも、この場においては。
時間をかけて練習してきた。分からない言語、知らない曲。それでも、真剣に取り組み、なるべく違和感なく歌えるよう努力はした。その思いが聞き手の皆に伝わっていたなら良いのだが。
これで、成婚パレードの始まりを告げる歌は終了した。
だが、これで終わったと思っていてはいけない。まだ何も終わってはいないのだから。
本当の仕事はここからだ。
成婚パレードは開始から終了まで三十分を予定されている。
特別に改造し、天井の上に乗れるような構造になった小型のバスに、夫婦が乗るとのこと。今日限りの付き人である私とウィクトルも、もちろんそこに同乗する。そして、そのバスの周囲には、一人乗りの乗り物や警護用の自動車が走るらしい。
「今日は無事乗りきろう」
バスの上へ向かう直前、四人集まったその場所で、ビタリーはそんなことを言った。
「もちろんですわ! ビタリー様!」
ビタリーの言葉に対して素早く返したのはシャルティエラ。
彼女は妙に可愛らしく振る舞っている。
「頼むよ、君たち」
シャルティエラは可愛らしく返事をしたが、ビタリーに意識を向けてもらえることはなかった。彼は、いち早く反応したシャルティエラのことより、返答しなかった私やウィクトルのことの方が気になっているようだ。
「もちろん」
短く返したのはウィクトル。
「シャロさんの傍にいます」
「よろしく」
ウィクトルの言葉には特に何も返さなかったが、私の言葉には短いながらも返してくれた。ビタリーは露骨だ。好き嫌いがはっきりしているし、それを隠そうとはしない。
しかしながら、ビタリーの服装はとても美しいものだった。
上半身にまとっている詰襟は純白。体の中央の線上に位置する三つのボタンは黄金で、まるで王子のよう。
いや、実際彼はそんなような存在であるわけなのだが。
そしてベルトがまた豪華だ。艶のある素材で作られたベルトなのだが、色は白。それゆえ、上衣の白色に埋もれそうなものだ。しかし、意外にも埋もれている感じはない。それは、もちろん材質が違うからという理由もあるだろうが、それだけの理由ではなかった。というのも、ベルトに細やかな装飾が施されているのだ。
「もし何かあった時は……ウィクトル、君が僕を護るんだよ?」
「理解している」
淡々と言葉を交わしているウィクトルの右手首には、私が貰った物と同じ腕輪がはめられていた。
「まさか、命惜しさに逃げ出したりしないだろうね」
「それはない」
ビタリーはどこまでも厄介な人だ。嫌みを言い出すといつまでも続く。
「いつも腰に下げてるアレは今日は持っていないみたいだが、油断し過ぎなんじゃないかい?」
「剣は置いてきた。祝いの場に相応しくない」
「なるほど。まぁ、それも一理ある……かもしれないね」
ウィクトルの思考に理解を示すようなことを言っているが、ビタリーは何事もなかったかのように武器を携えている。ナイフだ。もっとも、黄金色の鞘に入っているから、それは儀式的な意味を持った物なのかもしれないが。
だが、武器を何一つ持っていないというのも不安なもの。狙われる危険のある人間だからこそ、少しくらいは武装している方が良いのかもしれない。一応でも持っていれば、いざという時に反撃できるから。
ビタリーが僅かにでも戦闘能力を発揮できる状況の方が、ウィクトルの身に危険が及ぶ可能性は下がる——そういう意味では、ビタリーのナイフの所持はありがたいこととも言えよう。
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