奇跡の歌姫

四季

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79話「惨禍の幕開き」

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 改造された小型バスが動き出す。それに従い、周囲の警護用乗り物たちも進み始めた。一糸乱れぬその動きは、まるで、華麗なる群舞のよう。ここまで見事だと、ある意味、芸術性すら感じられる気がする。

 私たちが行くのは車道。黒く固められた、日頃から自動車が通行している道。舗装された道ゆえ、バスの上に立っていても揺れはあまりない。時折僅かな震動を感じる程度だ。

 ビタリーとシャルティエラは周囲を穏やかに見回し、遠くにいる国民に手を振っている。

 私とウィクトルはそれを見つめるだけ。

 車道を挟む歩道には多くの人が集まって、新たに誕生した夫婦を見上げている。

 ビタリーのような男でも一応国民から慕われているのか、なんて考えて、駄目駄目、と自制を促す。そんな失礼なことを考えていて、万が一口から出してしまったりなんかすれば、大問題に発展しかねない。

 大通りを直進していたところから大きく右折すると、風景がまたガラッと変わる。先ほどまでは背の高い建物が建ち並ぶ「まさに街中!」といった雰囲気だったが、今度は少し郊外のような印象を受ける。もちろん都会であることに変わりはないのだろうが。ただ、街路樹が増えたり公園があったりしたがために、急激に自然豊かな雰囲気になったように思えたのだ。

 それでも、脇道に集まっている人々がいなくなることはない。

 ——その時、ふと気づいた。

「……あれ?」

 混雑した歩道に、私たちを追うように動く人影。
 他の人々とは明らかに異なった動きをしている者の存在が、視界の隅に入った。

「どうしましたの? ウタ」
「あ……ごめんなさい」
「そうではありませんわ。ただ聞いているんですのよ。何か異変にでも気づきましたの?」

 いきなり声を出すなんて、と怒られるかと思ったが、シャルティエラは案外怖くなかった。叱るどころか、私の気づきを聞き入れる姿勢でいてくれている。

「あそこにいる人が……」
「……あそこに?」

 バスを追うように歩道を駆けているのは、フードで顔を隠した比較的小柄な人物。

「確かにいますわね」
「こんな混雑しているのに不思議だなぁ、と思って」
「わたくしかビタリー様の追っかけじゃないかしら? ま、そういうのはよくあることですわよ?」

 シャルティエラはそんなことを言い出す。

 随分呑気なものだ。
 身の危険を感じたりはしないのだろうか。

 人工物的要素は減り、自然な風景の道をバスは行く。
 脇の道からは歓声。
 道路に入り込むことは許されない。それゆえ、舗装された黒い道に出てくる者はいなかった。だが、歩道と車道の際には人の塊が押し寄せている。

 パレードだけに、進みはゆっくり。そのため、歩道にい人たちの顔も、視認できないことはない。

 風は緩やか。日差しは穏やか。

 何とか、こののまま何もなく終わってくれれば良いのだが——そう思わずにはいられない。

 数分後。パレードの列が再び派手に動く時が来た。そう、二度目の右折である。バスはぐっと車体を回し、上手く曲がりきった。警護用車両も、それに続くように進行方向を曲げる。何の問題もなく、右折に成功。順調だ。

 これで半分くらいだろうか。時計を所持していないため正確な時刻は分からないが、恐らくそんなところだろう。 

 このまま行けば——そう思った刹那。

 風に煽られ看板が倒れたかのような痛々しい音が響いた。

「……何が!?」

 聞き慣れない音に思わず叫んでしまう。だが、突如響いた鋭い音に驚いているのは、私一人ではなかった。私の左隣にいるシャルティエラ、その向こう側のビタリーも、緊張したような顔つきをしている。ビタリーのさらに向こうにいるウィクトルも、それと同じ。しかし、その瞳は、周囲を静かに見回していた。

 バスは一時停止。
 直後、再び破裂音が響く。

 今度は揺れが来た。私は思わず、隣にいたシャルティエラを片腕を掴んでしまう。私は即座に「ごめんなさい!」と謝る。するとシャルティエラは「い、いいえ……」と返してくれた。

 その後、下側から灰色の煙が立ち上ってくる。

 バスの中で爆発が?

 そんなことを考えつつ、私は周囲の様子を確認しておく。

 ざわめきが耳に入る。だがそれも無理はない、これだけ人が集まっている場所で爆発が起きたのだから。皆が見ている前でこんなことになれば、誰もが慌てふためくだろう。自然と騒ぎになる、というものである。

 直後、誰かがバスの上——四人がいるところへ、よじ登ってきた。
 黒いニットの帽子とマスクを着用し、顔面が目だけしか見えない状態にしている男。その手元には、ナイフと思われる物体。握り方の加減か持ち手の部分は見えないが、刃部分だけが露出している。

 不審な男、ウィクトル、そしてビタリー。

 遠い方からその順だ。

「危ないですわよ!」
「え」

 直後、シャルティエラが私の体を押さえ付けてきた。
 否、伏せさせてくれたのだ。

「このままじっとしていた方が安全ですわ!」
「え、でも、刺されたら……」

 私を護ろうとしてくれているならそれは嬉しいこと。しかし、今この状況で護られなくてはならないのは、シャルティエラの方である。本当は私が彼女を庇わねばならない立場なのだ。

「大丈夫! ああ見えてビタリー様はお強いんですのよ!」

 それは知っている。
 以前世話になったことがあるから。

 シャルティエラに促されて伏せている間、視界は暗闇だ。瞼を開いても、シャルティエラの体に遮られて何も見えない。ただ、音だけは聞こえる。耳を塞がれてはいないからだ。揉み合うような音、歩道で様子を見守っている者たちが発していると思われる悲鳴。私は、それらの音から状況を想像するしかなかった。

 それから数秒。

「ウィクトル!」

 ビタリーが叫ぶ声が耳に入った瞬間、私は咄嗟に顔を上げた。
 視界に入ったのは、背中にナイフを突き刺されたウィクトル。彼は、不審な男と掴み合った状態のまま、バス上を転がる。そして、男と共にバスから落ちそうになった。

「駄目よ!!」

 私はシャルティエラを突き飛ばし、彼の方へと走る。
 ウィクトルは辛うじて片手で手すりの端を掴んでいた。おかげでまだ落下はしていない。

「落ちたら危ないわ!」

 私は彼を掴み上げようとしたが、彼は僅かに首を横に振った。
 それから、彼は私にそっと告げる。

「手は打ってある」

 直後、飾り気のないナイフを背に刺された状態のまま、ウィクトルはバスから転落した。
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