奇跡の歌姫

四季

文字の大きさ
91 / 209

90話「ウタの夢気分」

しおりを挟む
 この建物の裏口を、私は目にしたことがない。

 閉じ込められている間、自由に歩き回ることは許されていなかった。まだ楽な軟禁状態だった頃でさえ、見て回ることは禁止されていた。もちろん、口約束だけではない。きちんと見張りをつけられていた。

 だから私は、この屋敷の構造について多くのことは知らない。

 拘束されつつの動きの中で知った、地下室や客室のような部屋——いまだにそのくらいしか見ることができていない。

 そういう意味では、この屋敷はブラックホールのようなもの。

 リベルテはある程度調べてここへ来たのだろうが、それでも、初めて来る場所で百パーセントの能力を発揮するというのは難易度が高い。だから、すべてが思い通りに進むはずはないのだ。どこかで思いもしなかった壁が現れるということも十分に考えられる。

 だからこそ、可能な限り急がねばならないのだ。狼狽えたり、もたついたり、そんな無駄なことで時間を使うわけにはいかない。

 慎重さは素晴らしいものだが、とろさは足を引っ張るだけのもの。
 これら二つは、似ているようで似ていない。

「呼吸の方は問題ございませんか?」
「えぇ、今は平気」
「それは良かったです。もう少しでございますか——」

 足音が立ててしまわないよう意識する小走りで裏口へ向かいつつ、リベルテは喋っていた。が、何かに気がつき、彼は唇を閉ざす。固く、真剣な顔。

「やぁ、君までこんな卑怯な真似をするとはね」
「ビタリー様……!」

 私より僅かに先を行っていたリベルテが足を止めたのは、ビタリーが待ち伏せしていたことが理由だったようだ。

「こんな夜中にボヤ騒ぎが起きたものだから、どう考えても怪しいと思ってね。それで、僕はここで見張っていたんだ。どうやら正解だったみたいだね」

 リベルテは真剣な顔つきのまま「退いて下さい」と言い放つ。だが、その程度のことで己の位置から退くビタリーではない。足の裏は半歩もずらさず、自身の相棒でもある拳銃を抜く。そして、銃口を私たちがいる方へと向けた。拳銃自身が睨みつけてきているかのような圧力を感じる。

「脅し……でございますか」
「君は純粋なキエル人のはず。なぜ彼らに手を貸す?」

 所持者が気まぐれでも引き金を引けば、銃弾は放たれる。その凶器は、こちらに向かって飛んでくる。それはリベルテも知っているはず。なのにリベルテは冷静さを保っていた。彼は落ち着いて、術を使用するための本だけを手に持っている。

「そうやって、キエル人だとかそうでないとか、くだらないことに囚われるのはもうお止めになってはいかがでございますか」

 先日のフーシェと違って、リベルテは本を持っている。それはつまり、斧を持ったフーシェと同じ状態ということ。すなわち、交戦するための力を保有している、ということなのだ。

 そういう意味では、前回の脱走よりかは成功率が高いかもしれない。
 リベルテなら中距離攻撃も可能。それゆえ、銃使いが相手であっても、戦うことはできるだろう。期待する価値はあるかもしれない。

「囚われる? ……まったく。僕がくだらないことに固執しているみたいな言い方は止めてくれないかな。僕はただ、この国の将来を想っているだけだよ。この国が永久に穢れなき国であるよう願っている、ただそれだけなんだ」

 手のひらを上にした両手を胸の傍に出し、やれやれ、とでも言いたげに首を左右に振っている。その面に浮かんでいるのは、呆れ笑いという言葉が似合う表情。

「純粋な血を引く者こそが、この国を護ってゆくに相応しいのだよ」
「……それゆえ、主を刺したのでございますか」

 リベルテはいつになく低い声で問う。

「刺した? 主……ウィクトルを、かい? まさか! そんなわけない!」

 ビタリーは演技がかった調子でそんなことを述べる。
 しかし、リベルテは訝しんでいるような顔つきのまま。警戒心が最高潮に達しているような目をしている。

「誰がそんなことを言いふらしているんだい? その者は死刑だね」

 なぜか少し嬉しそうに言う。それからビタリーは、片手で拳銃を風車のように素早く回転させ、最後の決めポーズで再び銃口をリベルテに向けた。銃口が睨むのは、今度は『私たち』ではない。リベルテ、一人だけだ。

 そして、引き金が引かれる。

 リベルテは本の紙面から火の玉を発生させた。
 空気を引き裂きながら宙を駆ける銃弾は、リベルテが放った火の玉とぶつかり、弾け合う。ぶつかり合った後、銃弾も火の玉もどちらも、その姿を留めなくなっていた。お互いに潰し合う形になったようだ。

「申し訳ございませんが、今回は退く気はございませんので」
「そうかい。君の血は惜しいが……既に反逆思想を植え付けられているのなら仕方ない」

 ビタリーは再び武器を構え、リベルテを睨む。

「死んでもらおう」

 私は一メートルも離れていないリベルテに「どうするつもり?」と尋ねてみる。するとリベルテは「もちろん、考えがございます」と落ち着いた調子で返してきた。顔が笑っていないのでいつもの彼らしくはないけれど、用意された手がまだ残っているのならどうにかなるかもしれない。

 やり方があるのなら、それでいいのだが。
 一応確認しておきたかったのだ。

 直後、リベルテが私の右手首を急に掴む。何事かと驚く私を他所に、彼は駆け出す。その勢いで私も走り出すこととなってしまった。進行方向は、ビタリーの正面。馬鹿か、と思うような方向。けれど、恐らくこれもやけくそというわけではないのだろうから、私は従っておくことにした。

「直進とは。馬鹿め」
「……そうでございましょうか?」

 リベルテは片側の口角だけをじわりと持ち上げる。
 そして、放たれる白い光。

「っ……!?」

 ビタリーの息が漏れるのが聞こえた。

 網膜さえ焼け尽きそうな強い光に、耐えきれず、私は思わず目を瞑る。瞼を閉じて、眼球の外側に瞼がある状態であっても、視界が白い。それほどの光だった。

 そんな中、リベルテは私の手首を掴んだまま走る。

 私はそれに従う。
 目を開けられない以上、他の道を選ぶことはできないから。


 ばたん、と戸が閉まるような音が聞こえて、瞼の内側の世界の異様な明るさがなくなる。恐る恐る瞼を開くと、自動運転車の中にいた。

「ご無事で? ウタ様」

 車内には私とリベルテだけしかいないようだ。

「え、えぇ……。これは?」
「既に出発しております。まずは脱走成功、でございますよ」
「成功したの!?」
「はい。目眩ましの術が上手く参りました」

 リベルテはイタズラ好きな子どものように笑う。

「嘘みたい……」

 本当にあそこから逃れられるなんて。現実の話ではないみたい。これはもはや、夢でもみているのではないかと不安になるぐらいの奇跡だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。 女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。 佐藤サトシは30歳の独身高校教師。 一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。 一年A組の受け持つことになったサトシ先生。 その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。 サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...