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95話「リベルテの狼狽えと実家帰り」
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リベルテは勝手に赤面しながら狼狽えている。ウィクトルは、なぜ狼狽えられるのか分からないからか、怪訝な顔で首を傾げていた。車内を満たすのは奇妙な空気。盛り上がるではなく、しかし悲しいわけでもない、そんな何ともいえない空気だ。
「あの……リベルテ? 大丈夫?」
「えっ、あっ、リベルテでございますか? そ、それはもちろん! 元気でございますよっ!?」
少し話しかけてみたが、リベルテは明らかに挙動不審。元気でない、と言い切りはしないが、どう考えても普通の心理状態ではない。
「一体何を狼狽えている」
そこへ、ウィクトルが口を挟んできた。
「も、申し訳ございません……。その、主がウタ様に想いをお伝えになるとは……予想していなかったものでございますから……」
リベルテはウィクトルから視線を逸らしつつも正直に事情を述べる。それによって「やはりそのことに関して狼狽えていたのか」と私は再確認することができた。もっとも、再確認して何になるのかと聞かれれば答えられないのだが。
「そうか。驚かせたならすまない」
「あ、い、いえっ。主が謝られることはございませんよ!?」
「なら良いのだが」
「はい! はい! もちろんでございますっ」
これからどうなっていくのか謎でしかない現状。しかし、車内はどことなく楽しい雰囲気に包まれている。この先もずっとこんな風でいられたら良いのに。穏やかな時の中で笑い合えたら、私たちはきっといつまでも幸せだろうに。
「……どうなるのかしらね、これから」
車窓から見える景色は、ガラスを伝う雨粒で霞む。
私たちの未来も今やそれと同じ。
「ウタ様? いかがなさいました?」
「え。あ、ううん。何でもないわ」
「もしや、今後のことを心配しておられるので?」
当たり前のように本心を言い当てられた。
そんなに分かりやすい人間なのだろうか、私は。
数時間後、フィルデラに無事到着した。
私たちはリベルテの実家へ直行。そこでは、リベルテの父親が出迎えてくれる。見知らぬ存在である私が含まれていた前回とは違って、今回は温かく迎え入れてもらうことができた。
「リベルテ! 無事だったのか!」
元気そうなリベルテを見て父親は安堵したようにそんな言葉を放つ。
これまでの事情を聞いていたのだろうか? だとしたら、息子の無事を確認できて、とても嬉しかったに違いない。息子の身に何かあったら、という不安は、少なからずあっただろうから。
「父上、しばらく世話になります」
「もちろん! 今回は既に準備済みだよ」
前回ここへ来た時は、リベルテが説得してようやく泊めてもらえることになった。つまり、リベルテの父親は、私たちを宿泊させることに抵抗を覚えていたのだ。だが、今回は真逆。自ら私たちを宿泊させようとしてくれているくらいだ。
事情が事情だから?
それとも、ただの気まぐれ?
そこははっきりしない。が、そんなのはどうでもいいことだろう。
「お二方、どうぞ中へ!」
リベルテの父親は私とウィクトルにそんな言葉をかけてくれた。
以前との待遇の差に驚き戸惑いつつ、私は家の中へ足を進める。
「お二方には、こちらの広めのお部屋を用意しております!」
いきなり紹介されたのは、前に泊めてもらったのとは別の部屋。私とウィクトルが二人で過ごせるように、と広めの部屋を用意してくれたようだが、この部屋は二人で過ごすには広過ぎる。合宿か何かで使うような部屋なのでは、と思ってしまうような一室だ。
「このような広いところを借りて問題ないのか」
案内された部屋の広さに戸惑っているのは私だけではなかった。ウィクトルもまた、私と同じように、戸惑いに満ちた顔をしている。
「どうぞ、使って下さい。ウィクトル殿」
「そうか。感謝する」
リベルテの父親に向けてウィクトルは軽くお辞儀。
「それと、ウィクトル殿は負傷中であると聞きましたので、医師を用意しております」
私は「そこまでしてくれるのか」と驚きの眼差しをリベルテの父親へ向ける。
泊めるのが嫌そうだった以前の彼とは大違いだ。
「そうなのか……! それは申し訳ない」
「いえいえ。ウィクトル殿にはいつも息子がお世話になっていますから、有事にこのくらいのことをするのは当然です」
リベルテの父親は花柄のハンカチで額の汗を拭いつつ言った。
ウィクトルは眉を寄せる。
「……有事?」
しかし、リベルテの父親が穏やかな表情を乱すことはない。
「息子から聞きました。何でも、ビタリー皇子とややこしいことになっていらっしゃるとか。彼は我の強い男ですからね、絡まれるとかなり厄介でしょう?」
リベルテの父親の口調は、まるで、ビタリーを昔からよく知っているかのようなものだった。その時の私はそれを不思議に思っていたのだが、後にリベルテからそのことについて教えてもらえる機会ができた。リベルテの話によれば、彼の父親はビタリーを幼い頃から目にしたことがあるそうだ。その理由は、権威ある商売人として皇帝の周囲を歩く機会も少なくなかったからだとか。リベルテの父親がまだイヴァンのもとに出入りしていた頃、幾度かビタリーを見たことがあるそうだ。
その日の晩、一人の女性がウィクトルのもとを訪ねてきた。
細い黒縁の眼鏡をかけた聡明そうな印象の女性。暗めの黄色の髪は後頭部で一つの団子にまとめ、空色のブラウスと紺のタイトスカートに白衣を羽織るという、清潔感のある格好をしている。
「お久しぶりですね、ウィクトル殿」
女性の口ぶりからウィクトルと彼女は知り合いなのだなと察していたのだが、どうやらそれは間違いだったようだ。実際には女性の方が知っているだけらしく、ウィクトルは「思い出せない」というような顔をしている。
「……以前会ったことがあるのか?」
「な!? お忘れですか!?」
「すまない。君の顔は記憶にない」
はっきり覚えていないと言われた女性は、直後こそ衝撃を受けたような顔をしていたが、すぐに冷静さを取り戻す。そして、改めて口を開く。
「分かりました。それでは改めて。私、アンヌ・フェザリと申します。以前は帝国軍の救護部隊に勤めておりましたが、現在は実家に戻りフィルデラで医師をしております」
眼鏡の女性——アンヌは、ウィクトルの隣にいる私と目が合うと、ほんの僅かに笑みを浮かべる。
一見理数系の淡白な女のようだが、意外と愛想が良い。
「今後しばらくお付き合いさせていただくことになるかと思われます」
「……君が、リベルテの父親が用意してくれた医師、か?」
「はい。恐らくはそうかと」
「そうか。では世話になることもあるかもしれないな。よろしく頼む」
「あの……リベルテ? 大丈夫?」
「えっ、あっ、リベルテでございますか? そ、それはもちろん! 元気でございますよっ!?」
少し話しかけてみたが、リベルテは明らかに挙動不審。元気でない、と言い切りはしないが、どう考えても普通の心理状態ではない。
「一体何を狼狽えている」
そこへ、ウィクトルが口を挟んできた。
「も、申し訳ございません……。その、主がウタ様に想いをお伝えになるとは……予想していなかったものでございますから……」
リベルテはウィクトルから視線を逸らしつつも正直に事情を述べる。それによって「やはりそのことに関して狼狽えていたのか」と私は再確認することができた。もっとも、再確認して何になるのかと聞かれれば答えられないのだが。
「そうか。驚かせたならすまない」
「あ、い、いえっ。主が謝られることはございませんよ!?」
「なら良いのだが」
「はい! はい! もちろんでございますっ」
これからどうなっていくのか謎でしかない現状。しかし、車内はどことなく楽しい雰囲気に包まれている。この先もずっとこんな風でいられたら良いのに。穏やかな時の中で笑い合えたら、私たちはきっといつまでも幸せだろうに。
「……どうなるのかしらね、これから」
車窓から見える景色は、ガラスを伝う雨粒で霞む。
私たちの未来も今やそれと同じ。
「ウタ様? いかがなさいました?」
「え。あ、ううん。何でもないわ」
「もしや、今後のことを心配しておられるので?」
当たり前のように本心を言い当てられた。
そんなに分かりやすい人間なのだろうか、私は。
数時間後、フィルデラに無事到着した。
私たちはリベルテの実家へ直行。そこでは、リベルテの父親が出迎えてくれる。見知らぬ存在である私が含まれていた前回とは違って、今回は温かく迎え入れてもらうことができた。
「リベルテ! 無事だったのか!」
元気そうなリベルテを見て父親は安堵したようにそんな言葉を放つ。
これまでの事情を聞いていたのだろうか? だとしたら、息子の無事を確認できて、とても嬉しかったに違いない。息子の身に何かあったら、という不安は、少なからずあっただろうから。
「父上、しばらく世話になります」
「もちろん! 今回は既に準備済みだよ」
前回ここへ来た時は、リベルテが説得してようやく泊めてもらえることになった。つまり、リベルテの父親は、私たちを宿泊させることに抵抗を覚えていたのだ。だが、今回は真逆。自ら私たちを宿泊させようとしてくれているくらいだ。
事情が事情だから?
それとも、ただの気まぐれ?
そこははっきりしない。が、そんなのはどうでもいいことだろう。
「お二方、どうぞ中へ!」
リベルテの父親は私とウィクトルにそんな言葉をかけてくれた。
以前との待遇の差に驚き戸惑いつつ、私は家の中へ足を進める。
「お二方には、こちらの広めのお部屋を用意しております!」
いきなり紹介されたのは、前に泊めてもらったのとは別の部屋。私とウィクトルが二人で過ごせるように、と広めの部屋を用意してくれたようだが、この部屋は二人で過ごすには広過ぎる。合宿か何かで使うような部屋なのでは、と思ってしまうような一室だ。
「このような広いところを借りて問題ないのか」
案内された部屋の広さに戸惑っているのは私だけではなかった。ウィクトルもまた、私と同じように、戸惑いに満ちた顔をしている。
「どうぞ、使って下さい。ウィクトル殿」
「そうか。感謝する」
リベルテの父親に向けてウィクトルは軽くお辞儀。
「それと、ウィクトル殿は負傷中であると聞きましたので、医師を用意しております」
私は「そこまでしてくれるのか」と驚きの眼差しをリベルテの父親へ向ける。
泊めるのが嫌そうだった以前の彼とは大違いだ。
「そうなのか……! それは申し訳ない」
「いえいえ。ウィクトル殿にはいつも息子がお世話になっていますから、有事にこのくらいのことをするのは当然です」
リベルテの父親は花柄のハンカチで額の汗を拭いつつ言った。
ウィクトルは眉を寄せる。
「……有事?」
しかし、リベルテの父親が穏やかな表情を乱すことはない。
「息子から聞きました。何でも、ビタリー皇子とややこしいことになっていらっしゃるとか。彼は我の強い男ですからね、絡まれるとかなり厄介でしょう?」
リベルテの父親の口調は、まるで、ビタリーを昔からよく知っているかのようなものだった。その時の私はそれを不思議に思っていたのだが、後にリベルテからそのことについて教えてもらえる機会ができた。リベルテの話によれば、彼の父親はビタリーを幼い頃から目にしたことがあるそうだ。その理由は、権威ある商売人として皇帝の周囲を歩く機会も少なくなかったからだとか。リベルテの父親がまだイヴァンのもとに出入りしていた頃、幾度かビタリーを見たことがあるそうだ。
その日の晩、一人の女性がウィクトルのもとを訪ねてきた。
細い黒縁の眼鏡をかけた聡明そうな印象の女性。暗めの黄色の髪は後頭部で一つの団子にまとめ、空色のブラウスと紺のタイトスカートに白衣を羽織るという、清潔感のある格好をしている。
「お久しぶりですね、ウィクトル殿」
女性の口ぶりからウィクトルと彼女は知り合いなのだなと察していたのだが、どうやらそれは間違いだったようだ。実際には女性の方が知っているだけらしく、ウィクトルは「思い出せない」というような顔をしている。
「……以前会ったことがあるのか?」
「な!? お忘れですか!?」
「すまない。君の顔は記憶にない」
はっきり覚えていないと言われた女性は、直後こそ衝撃を受けたような顔をしていたが、すぐに冷静さを取り戻す。そして、改めて口を開く。
「分かりました。それでは改めて。私、アンヌ・フェザリと申します。以前は帝国軍の救護部隊に勤めておりましたが、現在は実家に戻りフィルデラで医師をしております」
眼鏡の女性——アンヌは、ウィクトルの隣にいる私と目が合うと、ほんの僅かに笑みを浮かべる。
一見理数系の淡白な女のようだが、意外と愛想が良い。
「今後しばらくお付き合いさせていただくことになるかと思われます」
「……君が、リベルテの父親が用意してくれた医師、か?」
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「そうか。では世話になることもあるかもしれないな。よろしく頼む」
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