奇跡の歌姫

四季

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100話「ウタの癒やし」

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 子どもとの交流は、私の心を溶かしてくれるようだ。使用言語が異なっているため、アンヌに通訳してもらいつつの交流にはなるが、それでもコミュニケーションが取れないことはない。言葉だけで交流するわけではないし、身ぶり手ぶりも使えるから、ある程度の意思疎通は可能。皆、私に興味を持ってくれていたから、なおさら関わりやすい。

 アンヌから聞いた話によれば、ここには色々な家庭環境の子どもが集まっているらしい。

 親や兄弟が帝国軍に勤めていてフィルデラにいない子や、事情があって片親しかいない子もいれば、逆に物凄い子だくさんで毎日忙しい暮らしをしている子もいるそうだ。それでも、ここに来れば皆同じような扱いを受けられるという。

「ウタさん、おうた歌ってくれるー?」
「えぇ。もちろん」

 言語の壁がなければもっと楽に話せただろうな、とは思うが。
 でも、それは今さら言っても仕方のないことだ。
 ごちゃごちゃ文句を散らし、同じ言語を使えないことを悔やんでも、そこに生産性はない。できないことに不満を抱くより、できることに意識を向ける方がいくらか有意義である。

「何を歌ったらいい?」
「うた!」
「え、えっと……だからね、その、何の歌を歌ったらいいかってことよ?」
「ウタさんのうた!」

 何だろう、ウタさんの歌とは。
 ここへ来て最初に歌った、かつて母から習っていた、その歌で良いということだろうか。

「歌姫祭の際に歌ってらっしゃった歌のことを言っているのかと」
「ですよね。ありがとうございます、アンヌさん」

 確認のしようがなく途方に暮れかけていたところ、アンヌがフォローしてくれた。

「歌えますか?」
「それは、もちろん!」

 とはいえ、人前で歌うのは久々だ。
 成婚パレードの幕開けを告げる歌、ラインに聴かせた歌、以降は人前ではまともに歌っていない気がする。

「ザボンの歌も後で歌ってもらおうぜ!」
「もー、何それー」
「ザボン菌! ザボン菌!」
「お前、すぐ何とか菌とか言うよなー。止めろよー」

 私は自動翻訳機を身につけているため、子どもたちが何を喋っているか丸分かりだ。その内容といったら、まさに子ども、という印象を受ける内容である。


 胸に手を添え、頬を上げる。唇を開いて空気を吸えば、準備完了。
 後は、流れ出す旋律に心を委ね、ただ声を発するのみ。

 歌声は響く、室内いっぱいに。

 美しい衣装も、華やかな明かりも、今はありはしない。けれども、私という歌声がここに在る限り、ここが私の舞台。場の豪華さだけがすべてではないし、観客の人数の多さがすべてを決めるわけでもない。一人でも私の歌を求めてくれる者がいれば、私が歌う意味はある。


「終わりですか? ウタ殿」

 一曲歌い終え、唇を閉ざしたタイミングで、アンヌが確認してきた。
 私は彼女に視線を向けて頷く。
 途端に、子どもたちの口が開かれた。

「えー! すごーい!」
「ザボン菌とかもうどうでもよくなってきた……」
「いやだから、もう、その話するの止めろよ」

 自動翻訳機を通して聞こえてくる子どもたちの声に癒やされる。皆が私を褒めてくれているわけではなく、いまだにザボン菌の話をしている者もいるが、それでも、彼らの声が癒やしであることに変わりはない。むしろ、空気を読まない無関係な発言にほっこりするくらいだ。

「歌詞の意味はよく分かんないけど、でも、なんかいいー!」
「ザボン菌レベルの良さ!」
「落ち着け落ち着け。もうそのネタはいいから」

 まだ十代後半にも至っていない子どもたちは、とにかく賑やか。私とて大人ではないが、それでも、ここ数年の差というのは大きいものだ。十代終わりと十代前半では、感覚も言動もまったくもって別物である。

 私も数年前はこんな感じだったのだろうか、などと考えつつ、私は皆と穏やかな時を過ごす。

 陽気な子どもたちは、今日初めてやって来た私のことも一切差別しない。ずっと昔からの友人であるかのように、親しみを込めて接してくれた。そのおかげで、私は楽しく有意義な時間を過ごすことができているように思う。

「これはねー、こうこうって書いて、こうこうなのー」
「へぇ……」
「ザボン菌って知ってるかっ?」
「知らないわ……」

 時にアンヌの通訳の力を借りつつ、私は子どもたちと充実した時を過ごす。
 穢れのない時間だった。


 ◆


 ウタが子どもたちと穏やかな時間を過ごしていた頃、ウィクトルとリベルテは帝都にてイヴァンと面会していた。

「休暇中にすまぬな。ところで、部隊の集まりはどうじゃ」

 平常時と違い、イヴァンの周囲には幾人か要人が集まっている。日頃は一人二人使用人が待機しているだけ。それと比べれば、かなりの人口密度である。

「ほぼ全員集まりました」
「それは何より。既にいくつもの部隊が都防衛にあたっている、今後はそれに参加してほしい」
「承知しました」

 皇帝の目前であってもウィクトルは怯まない。冷静さを保ち、淡々とした調子で言葉を述べる。要人の中にはそんなウィクトルの振る舞いが気に食わない者もいるようで、「礼儀がなっていない」「生意気だ」などと悪口を言っている者も存在した。

「数日以内には本隊が正面から進んでくるであろう、との情報を得ている。防衛に参加しつつ、激突の時に備えるのじゃ」
「はい。承知しました」
「これまでの功績も踏まえ、配置しておる。頼りにしているぞ」
「……光栄です」

 ウィクトルとイヴァンの面会はそこで一旦終了となった。


 皇帝の間を出たウィクトルとリベルテは、いつもより騒々しさのある廊下を歩く。
 先に行くウィクトルは俯き気味。どことなく暗い表情だ。その一メートルほど後方を歩いているリベルテは、浮かない顔のウィクトルを心配そうに見つめている。

「主、体調が優れないのでございますか?」
「いや。違う」
「違うのでございますか? 大丈夫ですか?」
「問題ない。ただ少し考え事をしていただけだ」

 漆黒のマントをなびかせながら歩くウィクトルは、悪の組織の幹部のような出で立ち。しかしながら、その琥珀に似た瞳には陰の色が濃く滲み、表情は力強さを欠いている。

「これからはどうなさいますか?」
「拠点へ行く。それから指示をしよう。中には今日戻ってきたばかりの者もいるからな」
「あれはさすがに遅過ぎでございますよね……」

 リベルテは苦笑して場を和ませようとするが、ウィクトルは真剣な面持ちのままだ。

「しかし、これからどうなるのでございましょうか……」
「分からん。が、今は皇帝に従うしかあるまい」
「どうか、無理はなさらないで下さいませ。もしもの時にはリベルテが代わりますので」
「助かる」
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