奇跡の歌姫

四季

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102話「ウタの言語の壁への苦戦」

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 まずは代表者への挨拶。私はそこで、アンヌに事情を伝えてもらう。そうして、無事不審者認定されなくなったところで、着替えに取り掛かる。衛生面も含んだ理由で、自由な服装で任務に当たることはできないらしい。なので、アンヌはもちろん着替える。そして、私もまた、衛生的であると保証されている衣服に着替えることとなった。

「借りて良かったのでしょうか……?」

 私服は荷物の中にあったのだが、ここで活動するに相応しい衣服は持参できておらず、どさくさに紛れて借りることになってしまった。申し訳ない、という思いでいっぱいだ。

「問題ないと思います」
「いきなり迷惑かけてしまいました……」
「仕方ないことです。ウタ殿は医療従事者ではありませんから」

 きちんと前を閉じた白衣を着たアンヌは、いつも以上に聡明そうに見える。
 事実、聡明なのだろうが。

「ウタ殿はお手伝いということなので、まもなく来るエレノアに同行して下さい」

 更衣室を出る直前、アンヌから声をかけられた。

 そうだ。アンヌは医師だが、私はただの一般人。それゆえ、私たちが取り掛かる用事は同じでない。アンヌには重要な仕事があるだろうが、私にできるのはあくまで手伝いだ。

 少し待つと、アンヌが言っていた通りエレノアがやって来た。
 明るい笑顔がチャームポイントの彼女は、「早速行きましょっか!」と楽しげに声をかけてくれる。私はそれに頷いた。


 エレノアは私と大差ない年齢の娘だ。しかし、人々のための活動においては、経験の差もあるだろうが私よりずっと有能だった。

 私たちが行えるのは、負傷者の手当ての手伝い。そこに医療らしい行為は含まれない。必要な物を運んだり、声掛けをしたり、私たちが行うのはそういう内容である。
 そう言うと、重要でない役割というような扱いを受けそうだが、意外とそんなことはなかった。予想していたよりか温かく迎えてもらえた。

「結構忙しいですね、エレノアさん」

 箱を運び終え、一旦落ち着いたので、私はエレノアに話しかけてみることにした。

「ですね!」
「エレノアさんはいつもこういった仕事を?」
「そうですねー。まだ見習いなのでっ」

 なぜだろう、彼女といると訳もなく懐かしい気分になる。
 私と彼女は今日知り合ったばかり。出会ってから、まだ一日も経っていない。それなのに、彼女といると心が楽だ。

「アンヌさんともお知り合いなんですよね?」
「そーですよっ。ちょっぴり前ですけど、お世話になっていました!」
「その時もお手伝いを?」
「はい! 救護のサポートをしてました!」

 エレノアは背伸びをしつつ明るい声色で答えてくれた。
 彼女は本当に落ち着いている。ばたばたと人が行き来する空間の中にいても、心乱されることなく、自身のペースで過ごせている。それは尊敬に値することだと思う。少なくとも、私だったらそんな風にはいられない。

「ところでウタさん、一つ聞いても構いませんか?」
「はい」
「ウィクトルさんって、どんな方なんですかー?」

 予想していたのとはまったくもって別のジャンルの質問が来た。
 それにしても、改めて聞かれるとどう答えれば良いものか分からなくなってしまうものだ。ウィクトルのことは、よく知っているようだが、説明できるほど知っているかとなると話は変わってくる。

「そうですね……親切な人ですよ」
「親切!? へ、へぇ。ちょっと意外でした」

 ただ「親切」と言っただけで驚かれることが驚きだ。
 本人がいたら軽く傷ついたかもしれない。

「そ、それで? 他には?」
「えっと……そうですね、彼は私の歌を褒めてくれます」
「歌? ウタさんは歌がお上手なんですか?」

 どうやら彼女は私と歌の関連性を知らないようだ。

「上手かどうかは分かりませんが、ウィクトルは褒めてくれます」
「へぇー! ウィクトルさんって、案外普通な方なんですねっ。もっと怖い方かと思ってました!」

 彼女の言うことも分からないではない。ウィクトルは確かに、外見だけ見ると怖そうにも見える。漆黒のマントに身を包んでいれば、なおさらだ。

 けれど、それは容姿だけの問題。
 接すれば誰だって分かるはず。本当は悪い人ではないのだと。

「確かに、少し怖そうな容姿ではありますね」
「ですよねー!」
「機会があればぜひ一度話してみて下さい。きっと怖くないと思うので」
「それは良い情報でした! 感謝です!」

 ちょうどそのタイミングで、看護師と思われる服装の女性がやって来た。女性が声をかけた対象はエレノア。水汲みの手伝いをしてほしい、とのことだった。エレノアはそれを快く引き受ける。

「じゃあウタさん! ちょっとその辺にいて下さい!」
「あ、はい」

 私も水汲みの手伝いをした方が良いのだろうか、と考えているうちに、エレノアはその場から離れていってしまった。

 何かしたい。
 けれど、何をすれば良いか分からず、かといって何をすべきか尋ねる勇気も出ない。

 いや、そもそも、すべきことを尋ねる語学力がないのだ。そこが一番の問題点。はいといいえや挨拶と謝罪くらいは記憶したが、自ら質問を発するほどの記憶はできていない。そこを克服しなければ、私はいつまでも役立たずのままだろう。

 そんな時だ、背後の病室から刺々しい声が聞こえてきたのは。

「音楽ぐらい聴いたって良いだろ!」
「周囲に迷惑になる可能性がありますので、大きな音量は避けて下さい」
「はぁ!? 何だよそれ! ふざけんな!」

 思わず声がした方向へ視線を向けてしまう——そして、うっかり、不機嫌な男性と目を合わせてしまった。

 しまった、と思った時にはもう遅い。
 苛立っている男性の棘がこちらへ向いてくる。

「何見てやがる!」

 距離は五メートル以上あるが、男性は確かに私を見ていた。

「うるさいとか思ってるのか!?」

 慌てるな、と自身に命じつつ、私は落ち着いて首を横に振る。
 だが男性は既に熱くなってしまっている。そのため荒々しい声を発することを止めない。

「おい! 何とか言え!」
「ごめんなさい」

 先ほど覚えたばかりのキエルの言葉で謝る。
 しかし、男性は許してくれない。

「謝りゃ済むと思ってるのか!?」
「……ごめんなさい」
「ごめん以外のことは言えねぇのか!? おい!?」

 男性はベッドに座っている。その片足は包帯に包まれていた。
 怪我のせいで歩きづらい状態で、それによって不機嫌になっているのかもしれない——そう思った私は、彼の方へ歩み寄ることにした。

「はい」
「あぁ!? 何だそれ! 喧嘩売ってんのか!?」
「ごめんなさい」

 しばらく私の様子を見ていた看護師は、私がキエルの言葉を話せないのだと悟ったようで、男性にその趣旨を説明してくれた。なんせ事情を話せない状況だ、察してもらえたのはありがたい。

「……キエルの言語が分からん、だと?」

 怪訝な顔で男性は問う。
 私はキエルの言葉で「はい」とだけ答えた。

「ウタさーん!」

 ちょうどその時、エレノアが帰ってきた。
 私は彼女に男性と険悪な空気になってしまっていることを説明する。するとエレノアは、男性に明るい笑顔を向け、キエルの言葉で事情を告げてくれた。

「はぁ。そうか」
「そうなんですよっ」

 エレノアと男性のキエルの言語での会話が続く。
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