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106話「ウタの夜の歌」
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「報告します! 西方より、新たな軍勢の進行が確認されました! また、帝都にて破壊活動を行っている輩がいる模様!」
拠点内に滞在しているウィクトルたちのもとへ報告係がやって来る。
駆け込んできた彼は、入るや否や、大きな声で伝えるべきことを発した。
「……破壊活動?」
リベルテが用意した熱いお茶を飲んでいたウィクトルは、唐突な報告に怪訝な顔をする。
「ビタリー側として進軍していた一般人の一部が、勢い余ってか破壊活動を始めているそうです。近くのビルや店舗から苦情が来ています」
このような荒れた情勢ゆえ、今の程度には閉店している店が多い。しかし、閉店していても、店を荒らされてはたまったものでないだろう。閉店中に荒らされれば、店員や客の身に危険が及ぶことはなくとも、そこにある物体は被害を受けることになる。
「何だ、それは。なぜそんなことになっている」
「もう帝都は無法地帯ですよ! あんなのは軍勢でも何でもない。やんちゃの集まりです!」
「やんちゃの集まり、か……」
ウィクトルは考え事をしているような顔になる。そして静寂が訪れた。報告係はウィクトルの返事を待っているが、当のウィクトルは思考中で特に何も発さない。
そんなタイミングだ、リベルテが戻ってきたのは。
湯を運んでいた彼はウィクトルと報告係が共に黙っているのを見て、不思議なものを目にしたような顔をする。
「これは……その、どういう状況ですか?」
「報告を受けていた」
考え事をしているような顔で黙っていたウィクトルだが、リベルテの問いには答えた。
「あ、そうだったのでございますね。それで、何か変化はございましたか? 主」
「やんちゃの集まりが暴れているらしいな」
「へ!? や、やんちゃの……?」
いきなりよく分からないことを言われたリベルテは、僅かに首を傾げ、戸惑いを露わにする。
理解が追い付かないリベルテに対し、具体的な内容を説明したのは報告係の青年。ウィクトルから理解しづらい発言をされ戸惑っているリベルテに、報告係は暴動のようになりつつある外の様子を伝えた。
「それは問題ですね。破壊活動は良くありません」
「自分もそう思います!」
報告係はハキハキと言葉を返す。
が、その時には既に、リベルテの視線はウィクトルに移っていた。
「どうした、リベルテ。何か言いたげだな」
ウィクトルは何かを察したらしく、そんな風に言葉を発する。
リベルテは「い、いえ……」と呟くように言って視線を一度横へずらした。が、少しして、「その、様子を見てきても構わないでしょうか?」と口にする。
「破壊活動の様子を確認に、か?」
「はい」
手に持っていたポットを付近のテーブルに置きつつ、リベルテは頷く。
その数秒後、ウィクトルは唐突にリベルテの方へと歩き出した。そして、二三メートルほどしか離れていない位置まで近づいたところで足を止める。
「構わないが、一人で行くことは許可しない」
それがウィクトルの出した答えだった。
「では、主も共に……?」
「危険な場所へ一人で行かせる気はない」
ウィクトルは琥珀のような瞳でリベルテを見下ろしながら述べる。
「も、もちろん、リベルテはそれでも構いませんよ? ですが、その……少し驚いてしまいました。主がそのようにリベルテの身を気遣って下さるとは……思っていなかったもので」
想定外の気遣いを受けたリベルテは、軽く狼狽えつつも、懸命に言葉を紡いでいく。しかし、その表情を見れば、平静を保てていないことは明らかだ。
「ですが主、ここを誰もいない状態にして問題ないのでしょうか?」
「……それは問題か」
ちょうどそのタイミングで、報告係が口を開く。
「では、自分が留守番しましょうか!?」
報告係は瞳を輝かせ活き活きした表情で提案した。
ウィクトルとリベルテは互いに顔を見合わせる。そして数秒後、報告係へ目をやった。
「頼めるか」
「はい! もちろんです!」
やる気に満ちている報告係は、背を垂直に真っ直ぐ伸ばし、ハキハキと返事をする。その後、ウィクトルはリベルテと共にその場を離れた。
◆
夜が来る。
私は手伝いをしていた建物の二階にある一室に泊まることになった。
部屋は二人で使う。エレノアと共用だ。というのも、部屋数が十分にはないのである。この非常時だ、仕方のないことと言えるだろう。幸い、エレノアとならそこまで気を遣わずに済む。その意味でも、大きな問題はない決定だった。
エレノアは早く寝る質らしく、暗くなってまだそれほど時間が経たないうちに眠ってしまった。
懸命に働いていたから疲れていたのかもしれない。
一方、私はなかなか眠れなかった。一度はベッドに横になってみたのだが、眠気は訪れてくれず、結局再び起きることにしたのだった。
窓を開け、夜空を見上げる。
暗幕を張った夜空に星はない。光はない。
エレノアから「窓は自由に開けて良い」と言われていたので開けたが、開けてから少し不安になったりした。なんせこんなご時世だ、窓から不審者が入ってこないとも限らない。
けれど、窓を開け放ち外の空気を吸う快感がたまらなくて、なかなか閉められずにいる。
「遠きあの日に、憧れたあの空は、手の届きそうな距離にあったのだけど」
無に等しい黒い空を見上げながら口ずさむのは、歌。
誰も聴いていないけれど、それでいい。私が歌いたいから歌う、それだけだから。
「思っていたより遠くて……」
時折、冷たい風が静かに吹き込んでくる。けれども風は、私に何も強要しない。人を傷つけもしない。ただ、髪を揺らし、肌をそっと撫でて、通り過ぎてゆくだけ。
「闇はいつか消えて、空は晴れ渡り、幸せな光、降り注ぐ」
街灯の明かりがほのかに世界を色付けてはいるものの、夜の屋外はやはり暗い。
「現実は厳しく、夢との狭間に、立ち塞がっては、邪魔をする」
こうして一人夜空を見上げていると、ふとウィクトルのことを思い出した。
彼は今どこにいるのだろう? 元気にしているだろうか?
今は荒れた時代ゆえ会える時間が少ないけれど、もし平穏が訪れたら、また共に過ごせるだろうか。まだはっきりとした答えは出ないだろうけど。ただ、いつかそんな平和な時が来てほしいと、そう願わずにはいられない。
もしその時が来たら、私はウィクトルと静かに暮らしたい。
豪華な暮らしなんて求めないから、細やかな幸せを謳歌したいのだ。
……できるだろうか、いつかは。
このまま道を行けば、ウィクトルと二人穏やかに過ごせる日にたどり着けるのだろうか。
「それでも鳥は飛ぶ、白い羽広げ、いつか夢みてた、大空へ」
色々考えているうちに、歌が最後に達してしまった。
視線を下ろし、地面の方へ意識を向け——刹那、私の目は一人の男性を捉えた。
「……え」
私がいるのは二階で、それゆえ、地面までは数メートル距離がある。だが、一度その姿を捉えた私の目が、その姿を見失うことはなかった。しかも、驚いたことに、向こうも私へ視線を向けている。
「ウィクトル!?」
窓枠に手をかけて乗り出し、叫ぶ。
暗闇を駆ける一筋の星に出会ったような、そんな気がする瞬間だった。
拠点内に滞在しているウィクトルたちのもとへ報告係がやって来る。
駆け込んできた彼は、入るや否や、大きな声で伝えるべきことを発した。
「……破壊活動?」
リベルテが用意した熱いお茶を飲んでいたウィクトルは、唐突な報告に怪訝な顔をする。
「ビタリー側として進軍していた一般人の一部が、勢い余ってか破壊活動を始めているそうです。近くのビルや店舗から苦情が来ています」
このような荒れた情勢ゆえ、今の程度には閉店している店が多い。しかし、閉店していても、店を荒らされてはたまったものでないだろう。閉店中に荒らされれば、店員や客の身に危険が及ぶことはなくとも、そこにある物体は被害を受けることになる。
「何だ、それは。なぜそんなことになっている」
「もう帝都は無法地帯ですよ! あんなのは軍勢でも何でもない。やんちゃの集まりです!」
「やんちゃの集まり、か……」
ウィクトルは考え事をしているような顔になる。そして静寂が訪れた。報告係はウィクトルの返事を待っているが、当のウィクトルは思考中で特に何も発さない。
そんなタイミングだ、リベルテが戻ってきたのは。
湯を運んでいた彼はウィクトルと報告係が共に黙っているのを見て、不思議なものを目にしたような顔をする。
「これは……その、どういう状況ですか?」
「報告を受けていた」
考え事をしているような顔で黙っていたウィクトルだが、リベルテの問いには答えた。
「あ、そうだったのでございますね。それで、何か変化はございましたか? 主」
「やんちゃの集まりが暴れているらしいな」
「へ!? や、やんちゃの……?」
いきなりよく分からないことを言われたリベルテは、僅かに首を傾げ、戸惑いを露わにする。
理解が追い付かないリベルテに対し、具体的な内容を説明したのは報告係の青年。ウィクトルから理解しづらい発言をされ戸惑っているリベルテに、報告係は暴動のようになりつつある外の様子を伝えた。
「それは問題ですね。破壊活動は良くありません」
「自分もそう思います!」
報告係はハキハキと言葉を返す。
が、その時には既に、リベルテの視線はウィクトルに移っていた。
「どうした、リベルテ。何か言いたげだな」
ウィクトルは何かを察したらしく、そんな風に言葉を発する。
リベルテは「い、いえ……」と呟くように言って視線を一度横へずらした。が、少しして、「その、様子を見てきても構わないでしょうか?」と口にする。
「破壊活動の様子を確認に、か?」
「はい」
手に持っていたポットを付近のテーブルに置きつつ、リベルテは頷く。
その数秒後、ウィクトルは唐突にリベルテの方へと歩き出した。そして、二三メートルほどしか離れていない位置まで近づいたところで足を止める。
「構わないが、一人で行くことは許可しない」
それがウィクトルの出した答えだった。
「では、主も共に……?」
「危険な場所へ一人で行かせる気はない」
ウィクトルは琥珀のような瞳でリベルテを見下ろしながら述べる。
「も、もちろん、リベルテはそれでも構いませんよ? ですが、その……少し驚いてしまいました。主がそのようにリベルテの身を気遣って下さるとは……思っていなかったもので」
想定外の気遣いを受けたリベルテは、軽く狼狽えつつも、懸命に言葉を紡いでいく。しかし、その表情を見れば、平静を保てていないことは明らかだ。
「ですが主、ここを誰もいない状態にして問題ないのでしょうか?」
「……それは問題か」
ちょうどそのタイミングで、報告係が口を開く。
「では、自分が留守番しましょうか!?」
報告係は瞳を輝かせ活き活きした表情で提案した。
ウィクトルとリベルテは互いに顔を見合わせる。そして数秒後、報告係へ目をやった。
「頼めるか」
「はい! もちろんです!」
やる気に満ちている報告係は、背を垂直に真っ直ぐ伸ばし、ハキハキと返事をする。その後、ウィクトルはリベルテと共にその場を離れた。
◆
夜が来る。
私は手伝いをしていた建物の二階にある一室に泊まることになった。
部屋は二人で使う。エレノアと共用だ。というのも、部屋数が十分にはないのである。この非常時だ、仕方のないことと言えるだろう。幸い、エレノアとならそこまで気を遣わずに済む。その意味でも、大きな問題はない決定だった。
エレノアは早く寝る質らしく、暗くなってまだそれほど時間が経たないうちに眠ってしまった。
懸命に働いていたから疲れていたのかもしれない。
一方、私はなかなか眠れなかった。一度はベッドに横になってみたのだが、眠気は訪れてくれず、結局再び起きることにしたのだった。
窓を開け、夜空を見上げる。
暗幕を張った夜空に星はない。光はない。
エレノアから「窓は自由に開けて良い」と言われていたので開けたが、開けてから少し不安になったりした。なんせこんなご時世だ、窓から不審者が入ってこないとも限らない。
けれど、窓を開け放ち外の空気を吸う快感がたまらなくて、なかなか閉められずにいる。
「遠きあの日に、憧れたあの空は、手の届きそうな距離にあったのだけど」
無に等しい黒い空を見上げながら口ずさむのは、歌。
誰も聴いていないけれど、それでいい。私が歌いたいから歌う、それだけだから。
「思っていたより遠くて……」
時折、冷たい風が静かに吹き込んでくる。けれども風は、私に何も強要しない。人を傷つけもしない。ただ、髪を揺らし、肌をそっと撫でて、通り過ぎてゆくだけ。
「闇はいつか消えて、空は晴れ渡り、幸せな光、降り注ぐ」
街灯の明かりがほのかに世界を色付けてはいるものの、夜の屋外はやはり暗い。
「現実は厳しく、夢との狭間に、立ち塞がっては、邪魔をする」
こうして一人夜空を見上げていると、ふとウィクトルのことを思い出した。
彼は今どこにいるのだろう? 元気にしているだろうか?
今は荒れた時代ゆえ会える時間が少ないけれど、もし平穏が訪れたら、また共に過ごせるだろうか。まだはっきりとした答えは出ないだろうけど。ただ、いつかそんな平和な時が来てほしいと、そう願わずにはいられない。
もしその時が来たら、私はウィクトルと静かに暮らしたい。
豪華な暮らしなんて求めないから、細やかな幸せを謳歌したいのだ。
……できるだろうか、いつかは。
このまま道を行けば、ウィクトルと二人穏やかに過ごせる日にたどり着けるのだろうか。
「それでも鳥は飛ぶ、白い羽広げ、いつか夢みてた、大空へ」
色々考えているうちに、歌が最後に達してしまった。
視線を下ろし、地面の方へ意識を向け——刹那、私の目は一人の男性を捉えた。
「……え」
私がいるのは二階で、それゆえ、地面までは数メートル距離がある。だが、一度その姿を捉えた私の目が、その姿を見失うことはなかった。しかも、驚いたことに、向こうも私へ視線を向けている。
「ウィクトル!?」
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