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107話「ウィクトルの喜びきれない再会」
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当分顔を合わせることはできないと思っていたウィクトルが、目の前に現れた。その衝撃といったら、まるで稲妻に全身を撃ち抜かれたかのよう。頭の天辺から足のつま先までを電撃が駆け抜けるような衝撃が、私に走った。
会いたい、と願う。
話したい、と想う。
それでも期待なんてしてはいなかった。
無理、と、諦めていた。
そんな時に視界にウィクトルが現れたのだ、衝撃を受けずになんていられるわけがない。
「ウタくん……!?」
だが、偶然の再会に驚いているのは私だけではなかった。
彼もまた、いるはずのない私の姿を目にし、愕然としているようだった。
「歌が聴こえてまさかと思ったが……なぜそこに君がいる!?」
ウィクトルの瞳は動揺で震えている。
「じ、事情があるの! 待っていて、今から話すわ! すぐ降りるから」
「いや、それは……」
「すぐ向かうわね! そこにいてちょうだい!」
上下にこうも距離があっては、落ち着いて事情を説明することもままならない。話したいことがあるからこそ、同じ高さに移動したいと考えたのだ。その方がきちんと話せるだろうし。
私は部屋を飛び出す。
誰もいない、薄暗い廊下を走る。
ウィクトルに会いたい——その一心で。
一階へ続く階段を駆け下り、ロビーへたどり着くが、足はまだ止めない。私の目的地はロビーではなく外だからだ。私はそのまま入り口へと直行。夜間は停止している自動ドアに一度は行く手を阻まれたが、その横にある手で開ける小さな扉から建物の外へ出た。
屋外は冷たい空気が漂っていて、薄着のせいか思わず身震いしてしまう。
それでも、進むことは止めない。
行くべき場所は理解している。あとはただ進むのみ。目指すべき場所に向かって、私は軽く駆ける。
「ウィクトル!」
ようやく、彼のいる場所へたどり着いた。
もうどこかへ行ってしまっていたらどうしよう、という不安はあったが、彼はあのままの場所に佇んでくれていた。
「ごめんなさい、遅くて」
「あぁ……いや、それはいい。気にするな」
一言交わしてから、ウィクトルの横にリベルテがいることに気づく。
「あ。リベルテもいたのね」
「これはウタ様! お久しぶりでございますね」
「気づかなくてごめんなさい」
「いえ。リベルテはちっとも気にしておりません」
念のため謝罪しておき、私は視線を再びウィクトルへと戻す。
夜に溶けるような黒髪。獲物を狙う獣のような双眸。腰に差した細身の剣。そのすべてが、泣きたくなるほどに、今は懐かしい。
「で、なぜ君がここに?」
「そうだった。そのことね。実は、アンヌさんが都へ行かなくちゃならないことになったの。それで、私も連れてきてもらったのよ」
ひとまず簡単に状況を説明する。言葉は案外簡単に口から出た。
だが、返事はなかった。
私は奇妙に思ってウィクトルの顔をじっと見つめてみる。しかし彼は一向に何も返そうとしない。唇を真横に結んだまま、時が止まったかのようにじっとしている。
「……ウィクトル?」
彼の隣にいるリベルテもまた不安げな眼差しをウィクトルへ向けていた。
気遣いが人生と言っても過言ではないリベルテのことだ、きっと、ウィクトルのことと私のことの両方を気にかけているのだろう。
「馬鹿な。なぜ君までここへ来た」
やがて、長い沈黙の後に、ウィクトルはそう言った。
「君がここへ来る必要はなかったはずだ」
「私、何か一つでも、できることをしたかったの。誰かのために」
「それならフィルデラで人助けでもしていれば良かったはずだ」
ウィクトルの声は予想していた以上に冷ややかなものだった。
私は迷いなく、彼も再会を喜んでくれるだろうと考えていた。驚きはするだろうが、嫌がりはしないはず。私自身がそうだったから、彼も同じ思いだろうと信じていた。
でも、それは勘違いで。
ウィクトルは私とこうして再会することを望んでなんていなかったのだろうか。
「なぜこんな危険なところへ来た」
彼の口から出る問い。それは私にとって、とてつもなく恐ろしいものだった。
「待って、そんな言い方……」
「自ら危険に飛び込むほど愚かなことはない。君はそこまで愚かな人間ではなかったはずだ。いや、それとも、そう思っていた私が勘違いしていたのか」
会いたかった——なんて、今さら言えるわけもない。
でも、私は会いたかった。諦めてはいたけれど、それでも、会えたら嬉しいと夢を抱いていたのだ。そんな中での再会。私は天にも昇るような気持ちだった。
それなのに、こんな接し方をされたら、胸が痛い。
拒まれているみたいで、何も言えなくなる。
「主。そうとげとげなさらずとも」
「リベルテは黙っていてくれ」
口を挟もうとしたリベルテに黙るよう命じ、ウィクトルは再びこちらへ目をやってきた。
「なぜこんな危険なところへ来た。私はそれを聞いている」
「ウィクトル……」
「今帝都が危険な状態だということは君も知っていたはずだ。そもそも、私が君をフィルデラに残していったのも、それが理由だった。そこまでしたというのに、なぜ君は自ら。私には理解できない」
ウィクトルはいつもより早口だ。鋭く結ばれた口もとからは、するりするりと言葉が溢れ出す。淡々としてはいるが刃のような鋭さを持った発言は、浴びると、耳と胸が痛む。
「……怖かったのよ、一人になるのが」
「一人になることを恐れた、だと? そんなものが、君が死地に足を踏み入れた訳だというのか?」
「そんなもの、なんて。どうしてそんな言い方を」
「一人になるといっても、平和な土地で、だ。フィルデラにいれば命に別状はなかったはず。それなのに、そのようなくだらん理由で——」
私は最後まで聞けなかった。
「くだらなくなんてない!」
言い合いがしたかったわけではない。ウィクトルと喧嘩しようなんて考えはちっともなかった。
「どうしてそんな一方的に言われなくちゃならないの! 私は私で行動することを選んだだけよ!」
会えば笑い合えると思っていた。そう信じて疑わなかった。だからこそ辛かったのだ、責められ続けることが。
「もういいわ! 私が視界から消えれば良いのでしょう!」
小さなことでむきになるなんて子ども丸出し——分かっていても、走り出した苛立ちは止まらない。
ウィクトルに背を向けて、部屋へ帰るべく歩き出す。
分かってもらえないならもういい! なんて意地を張って、振り返ることすらせず、真っ直ぐに歩いていく。
「ウタくん! 待て、そうではない!」
背後からはウィクトルの焦ったような声が聞こえた気がする。でも、自ら反対に歩き出してしまったから、今さら振り返ることはできないししたくない。それは、苛立っていた私の、細やかな反抗だった。
——でも、その後に、私は悔やむことになる。
「お姉ちゃん、べっぴんさんだねぇ。今夜一緒にどうかなぁ」
「え」
扉の方へ曲がろうとした瞬間、壁の陰から現れた一人の男に腕を強く掴まれる。
「嫌!」
「そんな逃げないでよ、お姉ちゃん。おじさんこう見えても買う女の子年に十八人の猛者だからさぁ、不細工でもそっちの能力はバリタカなんだよぉ」
これは正真正銘変態だ! と判断するも、打つ手がない。
会いたい、と願う。
話したい、と想う。
それでも期待なんてしてはいなかった。
無理、と、諦めていた。
そんな時に視界にウィクトルが現れたのだ、衝撃を受けずになんていられるわけがない。
「ウタくん……!?」
だが、偶然の再会に驚いているのは私だけではなかった。
彼もまた、いるはずのない私の姿を目にし、愕然としているようだった。
「歌が聴こえてまさかと思ったが……なぜそこに君がいる!?」
ウィクトルの瞳は動揺で震えている。
「じ、事情があるの! 待っていて、今から話すわ! すぐ降りるから」
「いや、それは……」
「すぐ向かうわね! そこにいてちょうだい!」
上下にこうも距離があっては、落ち着いて事情を説明することもままならない。話したいことがあるからこそ、同じ高さに移動したいと考えたのだ。その方がきちんと話せるだろうし。
私は部屋を飛び出す。
誰もいない、薄暗い廊下を走る。
ウィクトルに会いたい——その一心で。
一階へ続く階段を駆け下り、ロビーへたどり着くが、足はまだ止めない。私の目的地はロビーではなく外だからだ。私はそのまま入り口へと直行。夜間は停止している自動ドアに一度は行く手を阻まれたが、その横にある手で開ける小さな扉から建物の外へ出た。
屋外は冷たい空気が漂っていて、薄着のせいか思わず身震いしてしまう。
それでも、進むことは止めない。
行くべき場所は理解している。あとはただ進むのみ。目指すべき場所に向かって、私は軽く駆ける。
「ウィクトル!」
ようやく、彼のいる場所へたどり着いた。
もうどこかへ行ってしまっていたらどうしよう、という不安はあったが、彼はあのままの場所に佇んでくれていた。
「ごめんなさい、遅くて」
「あぁ……いや、それはいい。気にするな」
一言交わしてから、ウィクトルの横にリベルテがいることに気づく。
「あ。リベルテもいたのね」
「これはウタ様! お久しぶりでございますね」
「気づかなくてごめんなさい」
「いえ。リベルテはちっとも気にしておりません」
念のため謝罪しておき、私は視線を再びウィクトルへと戻す。
夜に溶けるような黒髪。獲物を狙う獣のような双眸。腰に差した細身の剣。そのすべてが、泣きたくなるほどに、今は懐かしい。
「で、なぜ君がここに?」
「そうだった。そのことね。実は、アンヌさんが都へ行かなくちゃならないことになったの。それで、私も連れてきてもらったのよ」
ひとまず簡単に状況を説明する。言葉は案外簡単に口から出た。
だが、返事はなかった。
私は奇妙に思ってウィクトルの顔をじっと見つめてみる。しかし彼は一向に何も返そうとしない。唇を真横に結んだまま、時が止まったかのようにじっとしている。
「……ウィクトル?」
彼の隣にいるリベルテもまた不安げな眼差しをウィクトルへ向けていた。
気遣いが人生と言っても過言ではないリベルテのことだ、きっと、ウィクトルのことと私のことの両方を気にかけているのだろう。
「馬鹿な。なぜ君までここへ来た」
やがて、長い沈黙の後に、ウィクトルはそう言った。
「君がここへ来る必要はなかったはずだ」
「私、何か一つでも、できることをしたかったの。誰かのために」
「それならフィルデラで人助けでもしていれば良かったはずだ」
ウィクトルの声は予想していた以上に冷ややかなものだった。
私は迷いなく、彼も再会を喜んでくれるだろうと考えていた。驚きはするだろうが、嫌がりはしないはず。私自身がそうだったから、彼も同じ思いだろうと信じていた。
でも、それは勘違いで。
ウィクトルは私とこうして再会することを望んでなんていなかったのだろうか。
「なぜこんな危険なところへ来た」
彼の口から出る問い。それは私にとって、とてつもなく恐ろしいものだった。
「待って、そんな言い方……」
「自ら危険に飛び込むほど愚かなことはない。君はそこまで愚かな人間ではなかったはずだ。いや、それとも、そう思っていた私が勘違いしていたのか」
会いたかった——なんて、今さら言えるわけもない。
でも、私は会いたかった。諦めてはいたけれど、それでも、会えたら嬉しいと夢を抱いていたのだ。そんな中での再会。私は天にも昇るような気持ちだった。
それなのに、こんな接し方をされたら、胸が痛い。
拒まれているみたいで、何も言えなくなる。
「主。そうとげとげなさらずとも」
「リベルテは黙っていてくれ」
口を挟もうとしたリベルテに黙るよう命じ、ウィクトルは再びこちらへ目をやってきた。
「なぜこんな危険なところへ来た。私はそれを聞いている」
「ウィクトル……」
「今帝都が危険な状態だということは君も知っていたはずだ。そもそも、私が君をフィルデラに残していったのも、それが理由だった。そこまでしたというのに、なぜ君は自ら。私には理解できない」
ウィクトルはいつもより早口だ。鋭く結ばれた口もとからは、するりするりと言葉が溢れ出す。淡々としてはいるが刃のような鋭さを持った発言は、浴びると、耳と胸が痛む。
「……怖かったのよ、一人になるのが」
「一人になることを恐れた、だと? そんなものが、君が死地に足を踏み入れた訳だというのか?」
「そんなもの、なんて。どうしてそんな言い方を」
「一人になるといっても、平和な土地で、だ。フィルデラにいれば命に別状はなかったはず。それなのに、そのようなくだらん理由で——」
私は最後まで聞けなかった。
「くだらなくなんてない!」
言い合いがしたかったわけではない。ウィクトルと喧嘩しようなんて考えはちっともなかった。
「どうしてそんな一方的に言われなくちゃならないの! 私は私で行動することを選んだだけよ!」
会えば笑い合えると思っていた。そう信じて疑わなかった。だからこそ辛かったのだ、責められ続けることが。
「もういいわ! 私が視界から消えれば良いのでしょう!」
小さなことでむきになるなんて子ども丸出し——分かっていても、走り出した苛立ちは止まらない。
ウィクトルに背を向けて、部屋へ帰るべく歩き出す。
分かってもらえないならもういい! なんて意地を張って、振り返ることすらせず、真っ直ぐに歩いていく。
「ウタくん! 待て、そうではない!」
背後からはウィクトルの焦ったような声が聞こえた気がする。でも、自ら反対に歩き出してしまったから、今さら振り返ることはできないししたくない。それは、苛立っていた私の、細やかな反抗だった。
——でも、その後に、私は悔やむことになる。
「お姉ちゃん、べっぴんさんだねぇ。今夜一緒にどうかなぁ」
「え」
扉の方へ曲がろうとした瞬間、壁の陰から現れた一人の男に腕を強く掴まれる。
「嫌!」
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