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139話「帝国の新たな幕開けか」
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降雨のせいで運動できず体がなまってしまわないか心配していたウィクトルに、私は、室内で動くことを提案した。私の提案は彼にとっては目から鱗だったようで、何度も「名案だな」と褒められた。
ウィクトルに褒めてもらえて嬉しい。
時折気まずくなることはあっても、それでも、やはり彼は大切な存在——私はそれを改めて確認した。
四六時中仲良しでいるなんて、どちらかあるいは両方が演技でもしていない限り不可能だ。ありのままの自分同士で接すれば、時に火花が散ることだってある。それは、別の人間である以上やむを得ないこと。険悪になってしまった時にどう動くか、壁をどうやって乗り越えるか、そこが一番重要だ。
翌日、ウィクトルが室内で剣を振っているのを眺めていると、買い出しに出掛けていたリベルテが青い顔をして帰ってきた。
「主! ウタ様!」
彼は白いビニール袋を抱えたまま、部屋に駆け込んでくる。
焦りに焦っている、というような顔つきだ。
「どうした、リベルテ」
見えない敵と戦うような動作を一時的に止め、ウィクトルはリベルテに視線を向ける。
「キエル軍がファルシエラへ侵攻しようとしていると!」
「……何だと?」
ウィクトルは怪訝な顔をしながら「それは事実か?」と静かに確認。それに対して、リベルテは「街で噂を聞いてしまったのでございます」とそわそわしつつ返した。冷静なウィクトルと狼狽えているリベルテ、精神状態の差が顕著だ。
「テレビで確認してみるというのはどうかしら」
私はソファの方へと移動し、リモコンを掴む。そして、その先端をテレビへと向け、電源ボタンを押す。それから数秒、テレビの電源が入った。
「速報……!」
流れていたのはニュース。
しかし、いつものニュースとは雰囲気が大きく違っていた。
日頃のニュース番組は、大抵、映っている人が淡々と情報を読み上げていくというようなものだ。つまり、落ち着いた雰囲気なのだ。
だが、今はそうでない。
紙を漁るような音だとか、後ろで動いているような音だとか、そういう音まで入り込んでいて慌ただしい空気を漂わせている。
「侵攻は事実だったようだな」
ウィクトルの琥珀色の双眸は画面をじっと見つめ続けている。
「主、どう致しましょう……?」
「もはや関係ない。ここで大人しくしているのが良いだろう」
この状況下にあっても、ウィクトルは冷静さを失わない。淡々と言葉を発し、瞳ではしっかりと情報を入手しようとしている。
「し、しかし……」
「何か問題があるのか?」
「ホーションは都に近いので、攻撃される可能性が高いのでございます。つまり、危険なのです……」
これは恐らくビタリーの決定なのだろう。皇帝である彼が決めての行動に違いない。ただ、なぜ突然侵攻などという選択をしたのかは謎である。皇帝に就任した直後、ニュースで目にした彼は、攻撃的な指導を考えているようには見えなかったのだが。
『キエル帝国はこれまでも、幾度も周囲の国へ戦争を仕掛けていきました。よって、今回のファルシエラへの侵攻も、まったく想像できなかったことではありません。しかし、現在は皇帝が変わってまもないため、攻撃には出ないと考えられていたのですが——』
テレビの画面では、専門家と思われる者がそんな話をしている。
いくら文章を並べたって、誰も安心なんてできないのに。
「だからどうしろと言うんだ。また移動するのか」
「安全なところへ……」
「それは構わないが、住める場所があるのか? ないのならば、下手に動くべきではないと思うのだが」
私はただ画面を見つめるだけ。
ウィクトルとリベルテは何やら話をしているけれど、私はそこに参加しなかった。
「それは……その通りで、ございますけど」
「けど、何だ」
「……不安なのでございます、この穏やかな暮らしを壊されるのではないかと」
リベルテは弱気になっているようだ。
声、そして表情——その両方が、今のリベルテの心情を表現していた。
そんなリベルテに、ウィクトルははっきりと告げる。
「案ずるな」
私たちを護ってくれるものがあるわけではないこの状況で、なぜそんなことが言えるのか。私からしても、ウィクトルの落ち着きぶりは奇妙なものだった。けれども、彼の言葉には力と重みがある。それゆえ、奇妙だと思いながらも、どこか信じようという気になれてしまう。
「……主」
「隠れていれば問題ないはずだ。それに、もしもの時には私がいる」
それを聞き、リベルテはきょとんとした顔をした。ウィクトルの発言の意味が完全には理解できなかったようだ。
「後半は、どういうことでございますか?」
「私は意味のない戦いは止めた。だが、大切な者を護るためなら戦うつもりでいる。山賊の時は情けない結末だったが、次はああはならないと誓おう」
言って、ウィクトルはくるりと振り返る。
彼の視線が捉えたのは私。
「ウタくんも護ろう」
「あ、ありがとう」
話の振り方が唐突過ぎて、簡単な礼を述べることしかできなかった。
「そういうことでございますか! ならば、リベルテも共に戦います!」
説明を受けて、ようやくウィクトルが発した言葉の意味が理解できたリベルテは、大きな目をさらに見開いて宣言する。
「無理はするな」
「リベルテは何としても主を護らねばなりません!」
「何にせよ、しばらくは様子見だな」
「はい。それはもちろん、承知しております」
ビタリー率いるキエル帝国によるファルシエラ侵攻、その幕が今まさに上がろうとしている。
その先頭にウィクトルがいなかったことは、唯一の救い。
たった一つ、それを思うだけでも、私はこの選択を「良かった」と思える。
けれども、それはあくまで私から見ての感想。それに、ウィクトルが悪にならずに済んだことへの「良かった」だ。今ここにいる私たちにとっての「良かった」ではない。
「主は特に外出禁止でございますよ」
「特に?」
「顔が出回っているようでございますからね!」
「そうだったな……」
私たちは決断し、この道を選んだ。それなのに、帝国から逃げ回ってばかり——いや、思えばイヴァンの下から離れる前からそうだった。あの頃はビタリーに狙われないよう極力都から離れたところで待機していた。
いつも濃霧の中にいるみたいだ。
でも、いずれはそこを抜けて飛び立てる日が来るのだろう。
確証はない。が、そうであってほしい。
どんなに長く降り続いた雨にも止む時が訪れるように——いつか日向へ出ることができたら。
ウィクトルに褒めてもらえて嬉しい。
時折気まずくなることはあっても、それでも、やはり彼は大切な存在——私はそれを改めて確認した。
四六時中仲良しでいるなんて、どちらかあるいは両方が演技でもしていない限り不可能だ。ありのままの自分同士で接すれば、時に火花が散ることだってある。それは、別の人間である以上やむを得ないこと。険悪になってしまった時にどう動くか、壁をどうやって乗り越えるか、そこが一番重要だ。
翌日、ウィクトルが室内で剣を振っているのを眺めていると、買い出しに出掛けていたリベルテが青い顔をして帰ってきた。
「主! ウタ様!」
彼は白いビニール袋を抱えたまま、部屋に駆け込んでくる。
焦りに焦っている、というような顔つきだ。
「どうした、リベルテ」
見えない敵と戦うような動作を一時的に止め、ウィクトルはリベルテに視線を向ける。
「キエル軍がファルシエラへ侵攻しようとしていると!」
「……何だと?」
ウィクトルは怪訝な顔をしながら「それは事実か?」と静かに確認。それに対して、リベルテは「街で噂を聞いてしまったのでございます」とそわそわしつつ返した。冷静なウィクトルと狼狽えているリベルテ、精神状態の差が顕著だ。
「テレビで確認してみるというのはどうかしら」
私はソファの方へと移動し、リモコンを掴む。そして、その先端をテレビへと向け、電源ボタンを押す。それから数秒、テレビの電源が入った。
「速報……!」
流れていたのはニュース。
しかし、いつものニュースとは雰囲気が大きく違っていた。
日頃のニュース番組は、大抵、映っている人が淡々と情報を読み上げていくというようなものだ。つまり、落ち着いた雰囲気なのだ。
だが、今はそうでない。
紙を漁るような音だとか、後ろで動いているような音だとか、そういう音まで入り込んでいて慌ただしい空気を漂わせている。
「侵攻は事実だったようだな」
ウィクトルの琥珀色の双眸は画面をじっと見つめ続けている。
「主、どう致しましょう……?」
「もはや関係ない。ここで大人しくしているのが良いだろう」
この状況下にあっても、ウィクトルは冷静さを失わない。淡々と言葉を発し、瞳ではしっかりと情報を入手しようとしている。
「し、しかし……」
「何か問題があるのか?」
「ホーションは都に近いので、攻撃される可能性が高いのでございます。つまり、危険なのです……」
これは恐らくビタリーの決定なのだろう。皇帝である彼が決めての行動に違いない。ただ、なぜ突然侵攻などという選択をしたのかは謎である。皇帝に就任した直後、ニュースで目にした彼は、攻撃的な指導を考えているようには見えなかったのだが。
『キエル帝国はこれまでも、幾度も周囲の国へ戦争を仕掛けていきました。よって、今回のファルシエラへの侵攻も、まったく想像できなかったことではありません。しかし、現在は皇帝が変わってまもないため、攻撃には出ないと考えられていたのですが——』
テレビの画面では、専門家と思われる者がそんな話をしている。
いくら文章を並べたって、誰も安心なんてできないのに。
「だからどうしろと言うんだ。また移動するのか」
「安全なところへ……」
「それは構わないが、住める場所があるのか? ないのならば、下手に動くべきではないと思うのだが」
私はただ画面を見つめるだけ。
ウィクトルとリベルテは何やら話をしているけれど、私はそこに参加しなかった。
「それは……その通りで、ございますけど」
「けど、何だ」
「……不安なのでございます、この穏やかな暮らしを壊されるのではないかと」
リベルテは弱気になっているようだ。
声、そして表情——その両方が、今のリベルテの心情を表現していた。
そんなリベルテに、ウィクトルははっきりと告げる。
「案ずるな」
私たちを護ってくれるものがあるわけではないこの状況で、なぜそんなことが言えるのか。私からしても、ウィクトルの落ち着きぶりは奇妙なものだった。けれども、彼の言葉には力と重みがある。それゆえ、奇妙だと思いながらも、どこか信じようという気になれてしまう。
「……主」
「隠れていれば問題ないはずだ。それに、もしもの時には私がいる」
それを聞き、リベルテはきょとんとした顔をした。ウィクトルの発言の意味が完全には理解できなかったようだ。
「後半は、どういうことでございますか?」
「私は意味のない戦いは止めた。だが、大切な者を護るためなら戦うつもりでいる。山賊の時は情けない結末だったが、次はああはならないと誓おう」
言って、ウィクトルはくるりと振り返る。
彼の視線が捉えたのは私。
「ウタくんも護ろう」
「あ、ありがとう」
話の振り方が唐突過ぎて、簡単な礼を述べることしかできなかった。
「そういうことでございますか! ならば、リベルテも共に戦います!」
説明を受けて、ようやくウィクトルが発した言葉の意味が理解できたリベルテは、大きな目をさらに見開いて宣言する。
「無理はするな」
「リベルテは何としても主を護らねばなりません!」
「何にせよ、しばらくは様子見だな」
「はい。それはもちろん、承知しております」
ビタリー率いるキエル帝国によるファルシエラ侵攻、その幕が今まさに上がろうとしている。
その先頭にウィクトルがいなかったことは、唯一の救い。
たった一つ、それを思うだけでも、私はこの選択を「良かった」と思える。
けれども、それはあくまで私から見ての感想。それに、ウィクトルが悪にならずに済んだことへの「良かった」だ。今ここにいる私たちにとっての「良かった」ではない。
「主は特に外出禁止でございますよ」
「特に?」
「顔が出回っているようでございますからね!」
「そうだったな……」
私たちは決断し、この道を選んだ。それなのに、帝国から逃げ回ってばかり——いや、思えばイヴァンの下から離れる前からそうだった。あの頃はビタリーに狙われないよう極力都から離れたところで待機していた。
いつも濃霧の中にいるみたいだ。
でも、いずれはそこを抜けて飛び立てる日が来るのだろう。
確証はない。が、そうであってほしい。
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