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158話「ウタの目の前に現れる怪しい存在」
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ビタリーの生まれ育った家庭について聞きつつ歩いていた私は、左側の木々が突如大きく揺れたことに気づき、驚いて足を止める。
「どうしたんだい?」
彼は私が足を止めたことにすぐには気づかなかった。しかし、数歩進んでいってから、私が停止したことに気づく。親切に一旦足を止めてくれる。
「……今、音が」
草木が揺れるような音。
何かが木々を掻き分け突き進んでくるような音。
それが何者の行動によって起こされた音だったのかは分からない。ねずみや猫が動いたとか、風が吹いたとか——もしかしたら、そんな小さな原因による音だったのかもしれないけれど。でも、不自然な音がしたことは確かだ。
「気にすることはないよ。進もう」
「そ、そうね……」
私はビタリーの言葉に頷く。
そして再び歩き出した。
でも何だろう。この、上手く言葉にできない気味の悪さは。周囲の環境による影響で、過剰に気にしてしまっているだけなのだろうか。
分かっている、いちいち怯えていては何もできないと。小さな事情に逐一構っていては人生がどれだけあっても足りない、ということだって、理解はしている。
だが、それでも消せないものもこの世には存在するのだ。
予感とか。不安とか。
一度は音が気になって足を止めた私だったが、ビタリーはちっとも気にしていないようだったので、私も彼を見習って極力気にしないよう心掛けた。
——けれども、その時は案外すぐに訪れた。
道の脇の草むらから、一匹の狼のような獣が飛び出てくる。その獣は、回り込むようにしてビタリーの正面に移動。私たちの行く手を遮る。
「獣だって……? 馬鹿な……」
ビタリーは不愉快さをはらんだような怪訝な顔をする。
「他にもいるわ!」
私が声をあげたのは、ビタリーの正面の一体以外にも獣がいることをこの目で確認したから。
たわしのような硬そうな毛並みの狼らしき生物は、一体だけではなかった。右にも左にもいる。私とビタリーを取り囲むような位置取りで、彼らはこちらを睨んでいるのだ。今から食す獲物を見つけたかのような爛々とした目つきが不気味で仕方ない。
「どうする……?」
「君は戦えないよね。仕方ない、僕が追い払うよ」
ビタリーは己の腰へと手を伸ばし、所持していた拳銃を抜いた。そして、その銃口を正面の敵へと向ける。直後、引き金は引かれ、煙の匂いと共に弾丸が宙を駆け抜けた。さらにその数秒後、高速で空気中を駆けていた弾丸が、正面の敵の眉間に命中。獣は涎を垂らしつつ苦痛に身をよじる。
「凄い……!」
私は思わず感想を述べてしまった。
だがビタリーは、既に、次の目標へ意識を移している。私の感想になど耳を傾けず、迫り来る脅威に銃口を向けていたのだ。
その後も、ビタリーの銃撃は続いた。
一発一発が必殺。一度引き金を引くたび、敵が一体減ってゆく。彼の射撃の腕は凡人の域を遥かに超えていた。数撃ちゃ当たる、なんて言葉があるけれど、今の彼の銃撃はそんなものではない。
そんな見事な銃の腕を見せつけ、ビタリーは敵を一掃した——かに思われた。
でも、それは勘違いで。
驚いたことに、一番最初に眉間を貫いたはずの獣が一命を取り留めていた。
「ビタリー! 来るわよ!」
攻撃を受けたことで戦闘モードに入ったらしい。その獣の顔は、それまでとはまったく違っていた。元より温厚な顔つきではなかったけれど、今は、一段と凶暴かつ凶悪そうな顔になっている。
大きな牙を持った敵だ、噛まれればひとたまりもない。
常人なら慌てそうな状況。
「分かっているよ」
だが、ビタリーは平静を失ってはいなかった。
彼はその細い目もとに埋もれた瞳で目標を捉える。撃ち抜くべき点を即座に定め、それに合わせて拳銃を構えると、間もなく弾丸を発射。撃った際の反動がないわけではないだろうに、体勢を崩したりはしない。秒単位での反応でありながら、体勢は確実に保っていた。
発射された弾丸に制止の選択肢はない。
獣の眉間を貫く。
二度目の銃撃を受け、その獣はようやく動きを止めた。撃たれた直後だけは肉体を上下させていたが、それも、十秒にも満たないくらいの短時間だけのころだった。
「これで終わり、だね」
数匹で襲いかかってきた狼風の生き物だったが、ビタリーの前では皆無力。敵の獣は何もできぬまま死んでいった。
もし獣たちが仲間だったら、と想像すると、ゾッとする。
凡人がいくら集まってもビタリーには勝てそうにない。
「凄いわね……」
一応であっても、ビタリーが敵ではなく味方だったことが、唯一の救いだ。彼がもし敵だったらなんて、恐ろし過ぎて考えられない。
ウィクトルも悪魔のような強さだから、彼ならビタリーとそれなりに戦えるかもしれないと思いはする。けれど、ウィクトルが確実に勝てるかと聞かれれば、頷く自信はない。
「普通だよ、この程度」
「……そうなの?」
「僕はこんなだけど弱くはないからね」
「認めるわ。……貴方は確かに強い」
だからこそ、敵としてぶつかるのが怖い。
「僕と戦いたくないのなら、君は僕の味方になっても良いんだよ?」
「……悪いわね、それは断るわ」
味方として戦ってゆけたなら心強かっただろうけど、それは叶わないことだ。なぜなら、私はビタリーよりウィクトルを選ぶから。ビタリーの強さを認めないわけではないけれど、私が共に行きたい人は今でも変わっていない。
「さて、進もうか」
「そうね」
ウィクトルの傍にありたい——その心は簡単に変わりはしないもの。
ビタリーと手を組むのは生き延びるため。そして、この場を凌ぐためでしかない。一人より二人の方が怖くないから、それ以外の理由なんて欠片ほども存在していない。
それから足を動かし続けること数十分。私とビタリーはついに開けたところに出た。道中は上り坂がやたらと多く歩くだけでもかなりの労力だったが、何とか谷底から地上へとたどり着くことができたので、それだけで幸せだったと言っても過言ではないだろう。
「どうしたんだい?」
彼は私が足を止めたことにすぐには気づかなかった。しかし、数歩進んでいってから、私が停止したことに気づく。親切に一旦足を止めてくれる。
「……今、音が」
草木が揺れるような音。
何かが木々を掻き分け突き進んでくるような音。
それが何者の行動によって起こされた音だったのかは分からない。ねずみや猫が動いたとか、風が吹いたとか——もしかしたら、そんな小さな原因による音だったのかもしれないけれど。でも、不自然な音がしたことは確かだ。
「気にすることはないよ。進もう」
「そ、そうね……」
私はビタリーの言葉に頷く。
そして再び歩き出した。
でも何だろう。この、上手く言葉にできない気味の悪さは。周囲の環境による影響で、過剰に気にしてしまっているだけなのだろうか。
分かっている、いちいち怯えていては何もできないと。小さな事情に逐一構っていては人生がどれだけあっても足りない、ということだって、理解はしている。
だが、それでも消せないものもこの世には存在するのだ。
予感とか。不安とか。
一度は音が気になって足を止めた私だったが、ビタリーはちっとも気にしていないようだったので、私も彼を見習って極力気にしないよう心掛けた。
——けれども、その時は案外すぐに訪れた。
道の脇の草むらから、一匹の狼のような獣が飛び出てくる。その獣は、回り込むようにしてビタリーの正面に移動。私たちの行く手を遮る。
「獣だって……? 馬鹿な……」
ビタリーは不愉快さをはらんだような怪訝な顔をする。
「他にもいるわ!」
私が声をあげたのは、ビタリーの正面の一体以外にも獣がいることをこの目で確認したから。
たわしのような硬そうな毛並みの狼らしき生物は、一体だけではなかった。右にも左にもいる。私とビタリーを取り囲むような位置取りで、彼らはこちらを睨んでいるのだ。今から食す獲物を見つけたかのような爛々とした目つきが不気味で仕方ない。
「どうする……?」
「君は戦えないよね。仕方ない、僕が追い払うよ」
ビタリーは己の腰へと手を伸ばし、所持していた拳銃を抜いた。そして、その銃口を正面の敵へと向ける。直後、引き金は引かれ、煙の匂いと共に弾丸が宙を駆け抜けた。さらにその数秒後、高速で空気中を駆けていた弾丸が、正面の敵の眉間に命中。獣は涎を垂らしつつ苦痛に身をよじる。
「凄い……!」
私は思わず感想を述べてしまった。
だがビタリーは、既に、次の目標へ意識を移している。私の感想になど耳を傾けず、迫り来る脅威に銃口を向けていたのだ。
その後も、ビタリーの銃撃は続いた。
一発一発が必殺。一度引き金を引くたび、敵が一体減ってゆく。彼の射撃の腕は凡人の域を遥かに超えていた。数撃ちゃ当たる、なんて言葉があるけれど、今の彼の銃撃はそんなものではない。
そんな見事な銃の腕を見せつけ、ビタリーは敵を一掃した——かに思われた。
でも、それは勘違いで。
驚いたことに、一番最初に眉間を貫いたはずの獣が一命を取り留めていた。
「ビタリー! 来るわよ!」
攻撃を受けたことで戦闘モードに入ったらしい。その獣の顔は、それまでとはまったく違っていた。元より温厚な顔つきではなかったけれど、今は、一段と凶暴かつ凶悪そうな顔になっている。
大きな牙を持った敵だ、噛まれればひとたまりもない。
常人なら慌てそうな状況。
「分かっているよ」
だが、ビタリーは平静を失ってはいなかった。
彼はその細い目もとに埋もれた瞳で目標を捉える。撃ち抜くべき点を即座に定め、それに合わせて拳銃を構えると、間もなく弾丸を発射。撃った際の反動がないわけではないだろうに、体勢を崩したりはしない。秒単位での反応でありながら、体勢は確実に保っていた。
発射された弾丸に制止の選択肢はない。
獣の眉間を貫く。
二度目の銃撃を受け、その獣はようやく動きを止めた。撃たれた直後だけは肉体を上下させていたが、それも、十秒にも満たないくらいの短時間だけのころだった。
「これで終わり、だね」
数匹で襲いかかってきた狼風の生き物だったが、ビタリーの前では皆無力。敵の獣は何もできぬまま死んでいった。
もし獣たちが仲間だったら、と想像すると、ゾッとする。
凡人がいくら集まってもビタリーには勝てそうにない。
「凄いわね……」
一応であっても、ビタリーが敵ではなく味方だったことが、唯一の救いだ。彼がもし敵だったらなんて、恐ろし過ぎて考えられない。
ウィクトルも悪魔のような強さだから、彼ならビタリーとそれなりに戦えるかもしれないと思いはする。けれど、ウィクトルが確実に勝てるかと聞かれれば、頷く自信はない。
「普通だよ、この程度」
「……そうなの?」
「僕はこんなだけど弱くはないからね」
「認めるわ。……貴方は確かに強い」
だからこそ、敵としてぶつかるのが怖い。
「僕と戦いたくないのなら、君は僕の味方になっても良いんだよ?」
「……悪いわね、それは断るわ」
味方として戦ってゆけたなら心強かっただろうけど、それは叶わないことだ。なぜなら、私はビタリーよりウィクトルを選ぶから。ビタリーの強さを認めないわけではないけれど、私が共に行きたい人は今でも変わっていない。
「さて、進もうか」
「そうね」
ウィクトルの傍にありたい——その心は簡単に変わりはしないもの。
ビタリーと手を組むのは生き延びるため。そして、この場を凌ぐためでしかない。一人より二人の方が怖くないから、それ以外の理由なんて欠片ほども存在していない。
それから足を動かし続けること数十分。私とビタリーはついに開けたところに出た。道中は上り坂がやたらと多く歩くだけでもかなりの労力だったが、何とか谷底から地上へとたどり着くことができたので、それだけで幸せだったと言っても過言ではないだろう。
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