奇跡の歌姫

四季

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159話「ビタリーの再会」

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「谷底からは何とか脱出できたみたいね」

 私が半ば無意識でそう言うと、ビタリーも「そのようだね」と言って同意してくれた。
 アナシエアの術によって見知らぬところへ飛ばされ、一時はどうなることかと思ったが、何とか無事地上にたどり着けたようである。

「それで。ここからはどうするつもりだい?」

 ホッとしていると、ビタリーが尋ねてきた。

 即座には返さない。なぜなら、彼が放った問いへの答えは慎重に述べなくてはならないから。うっかりウィクトルの居場所がばれるような答え方をしてしまったら問題だから、ある程度思考して答えなくては。

「このまま別れるのではないの?」

 今は協力関係にあっても、私と彼は和解したわけではない。本当の意味で味方になったわけではないので、警戒心は絶対に忘れてはならないものだ。

「君が望むのであれば、共に来ても構わないよ」
「そのつもりはないわ」
「ふぅん。ま、いいよ。そう言うと思っていた」

 ビタリーの口から出る言葉は、まるで負け惜しみ。

 ——そんな時だった。

「旦那ぁ!」

 短い単語を叫ぶ声が耳に入り、私は声がした方向へと目をやる。すると、屋敷で働く娘が着る服のようなワンピースを着用した男性が駆けてきているのが見えた。

「カマカニか……!」
「無事だったんすね!? 旦那ぁ!!」

 駆けてきていた男性は、女物と思われる丈の短いワンピースを着ているが、肉体はがっしりしている。筋肉はところどころ隆起し、暑苦しい風貌だ。しかしながら、その目には乙女のような光が宿っている。

「えっ。そ、そちらの女性は……?」

 真っ直ぐ走ってきている最中は私の存在に気づいていないようだった。ビタリーのことだけを凝視していたから、周囲にまで意識が向かなかったのだろう。しかし、傍へ来るとさすがに気がついたみたいだ。

「彼女はかつての知り合いだよ」
「そ、そうなんすか……!」

 私とビタリーの関係。それは非常に複雑なもの。味方ではなく、かといって完全に敵対しきっているわけでもないようでもあって——簡単な言葉で私たちの関係性を説明するのは難しいだろうと思っていた。

 けれどビタリーは、私との関係を、非常に簡単に説明した。

 私に知能が足りなかっただけだろうか……。

 なんにせよ、妥当な内容で良かった。万が一『恋人』とか『人質』とか言われたら、言葉が出ないくらい複雑な心境になったことだろう。

「どこで出会ったんすか? 旦那ぁ」
「偶々だよ。術を食らった時、彼女も巻き込まれたようでね」
「凄いっす……偶々巻き込まれたのが知り合いとは……」

 その発言には同意だ。
 私だって、まさかこんな形でビタリーと再会するとは夢にも思わなかった。今回の出来事は、普通に想定できる範囲から大きく飛び出た出来事だった。

「あの刺客は?」
「そ、そうだったすね。刺客は消えたんすよぅ」

 ビタリーに『カマカニ』と呼ばれていた男性は問いにすぐ答える。だが、その答えは、それほど価値のあるものではなかった。

「意識が戻ったらいなくなっていた、ということだね?」
「そう! そうそう! そうなんすよぉ!」

 カマカニなる男性は、握った両手を顔の前まで上げ、それから両拳を縦向けに何度も振る。やや痛いぶりっこ娘のような動作だ。

「なるほど……」
「良い情報がなくて申し訳ないっすぅ」
「いや、いいよ」

 しばらくカマカニなる男性と話していたビタリーが、やがて、視線を私の方へと移す。

「とにかく、今日のところはこれで解散としようか」
「えぇ。そうね」

 ビタリーの方から別れることについて話してくるとは思っていなかった。こちらから切り出さねばならないと思っていたのだ。だからこそ、この展開は幸運なもので。

「巻き込んで悪かったね」

 その後、ビタリーとカマカニの会話を聞いて元の場所へ戻ってきていたこと知った私は、一人で数分歩く。すると、放置された自動運転車を発見することができた。間違いなく私が乗っていたものだ。
 故障してしまっていたら動かない可能性はあるが、小さな希望を信じて乗り込んでみる。それから電源ボタンと思われる凸を押すと、メーターなどがある前の面に光が灯った。

 どうやら壊れてはいないようだ。

 とはいえ、まだ安心はできない。目的地入力が消えていたら、入力し直さなくてはならないかもしれないから。そうなってくるとまたややこしい。

 私は車内の座席に腰を下ろして暫し待つ。

 二十秒ほどが経過した時、モニターに目的地の印が出現した。印はホーションの辺りに出ているので、前に入力した内容はまだ生きているようだ。

 そんなことを考えているうちに、車が動き出す。

 苦労は色々あったが、無事、自動運転車は出発した。


 ハプニングのせいで帰る時間が予定より遅れてしまったが、ホーション付近の私たちの家へ何とか帰ることができた。

 私を乗せた自動運転車が家の前に着いた時、家の前には既にリベルテが立っていた。非常に不安そうな顔をしながら。だが、彼の顔は、自動運転車を見るや否や一変する。

 停車したことを確認して、降車。
 するとリベルテが駆け寄ってきた。

「ご無事でございましたか!」

 リベルテの表情は、まるで、真夏の快晴の日のよう。

「わざわざ外で待ってくれていたの?」
「予定時間になっても戻られなかったので、主が心配して心配して……」

 ウィクトルが心配してくれていたのか、と思うと、嬉しいような鬱陶しいような何ともいえない心境になる。

「それで見張ってくれていたのね。悪かったわね」
「いえいえ! ウタ様に罪はございません!」
「ちょっと色々あってね。予定より時間がかかってしまったの」

 ビタリーと顔を合わせたことについて話すべきか話さないべきか。
 難しいところだ。
 こうして無事戻れたのだから黙っていても良いような気もする。しかし、万が一今後彼が動いてきた時に備えられるようにするためには、隠さず伝えておいた方が良い気もして。

「……色々、とは?」
「騒がずに聞いてくれるかしら」
「は、はい。もちろん」
「私ね、ビタリーに会ったの」

 ウィクトルに話すと過剰に心配させてしまうかもしれないので、リベルテに話しておくことにした。

 リベルテは、私が話すビタリーとの一連の出来事について、落ち着いた表情で聞いてくれる。最初こそ驚いた顔をしていたが、騒いだり走り回ったりはしなかった。
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