奇跡の歌姫

四季

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160話「リベルテのお出迎えとお茶」

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 ひと通り話を聞いた後、リベルテは「主にはどう致しましょうか? 念のため伝えておいた方がよろしいですか?」と丁寧に確認してくれる。私は即答はできない。ビタリーと会った、なんて、リベルテには話せてもウィクトルには話しづらい内容だから。

「隠すのは良くないとは思うのだけど……不必要に心配させてしまっても悪いし……」

 私が口から出せたのは、そんな曖昧な言葉だけ。
 しかしリベルテは私が伝えようとしていることを察してくれたようで、微笑んで「では、軽くだけ伝えることに致しますね」と言ってくれた。

 それから、リベルテと共に家の中へと足を進める。
 すると、玄関に入ってすぐのところでウィクトルと会うことができた。

「ウタくん! 無事だったのか!」

 ウィクトルは私を見るや否や駆け寄ってくる。焦りやら何やらがごちゃ混ぜになったような顔をしていた。

「ふふ。それはさすがに心配し過ぎじゃないかしら? 無事よ」

 事件がたった一つもなかったわけではない。いや、どちらかというと事件があった部類だ。あんなことがあったのだから。だが、それを直球で伝えたら、なおさら心配させてしまうことになるだろう。だから、正直、ハプニングのことはウィクトルには言いたくない。

「何を言う。心配するのは当然だろう。……だが、とにかく無事で良かった」
「ありがとう」

 依頼は一泊二日の日程だった。それゆえ、そこまで長い間ここから離れていたわけではない。それなのに、周囲を見回すと凄く懐かしい感じがする。まるで生まれ育った家へ戻ってきたかのようだ。無論、思い出の家なんてものは私には存在しないのだが。

「疲れただろう。ひとまず休憩するといい」
「そうね……疲れたわ……」

 ウィクトルに気遣いの言葉をかけてもらった私は、半ば無意識のうちに溜め息を漏らしてしまった。息を吐き出してからやってしまった感を覚える。だがもう遅かった。

「やはり何かあったのか?」

 既に勘付かれていた。
 ごまかすべきか、打ち明けるべきか。

「そんな溜め息をつくなど、日頃のウタくんらしくないな」
「……鋭いのね」
「やはり何かあったのだな? 怪我はないようだが……困ったことでも?」

 ウィクトルはなぜこうも私のことを気にするのだろう。心配してくれるのは嬉しいことではあるのだが、こうも執拗に探られると疲れずにはいられない。いちいち相応しい返事を考えなくてはならないのも、正直少し面倒だ。

「ちょっとしたハプニングがあったそうでございますよ!」

 私の後ろから入ってきていたリベルテが唐突に話に参加してくる。
 ある意味ナイスフォロー。

「ハプニング?」
「えぇ。ちょっとした事件に巻き込まれたようで、しかし、何とか戻ってくることができたそうでございます」

 リベルテの言い方は面白いくらいぼやかした言い方だった。
 もはや何の話をしているのか分からないレベルの発言だ。

「そうだったのか……」

 リベルテの説明は到底納得してもらえそうにないようなものだったが、ウィクトルは意外にも納得していた。さらに深く追求するだろうか、と思っていたのだけれど、その予想は当たらなかった。

「ところで、ウィクトルは調子はどうなの?」

 いつ何時深掘りされるか分からないので、私は話を変えるように行動する。

「私か? 私は特に何でもないが。健康そのものだ」
「なら良かった。安心したわ」

 もう少し有意義な話題を振ることができたら良かったのだが、残念ながら、私にはそんな才能はなかった。


 テレビから流れてくるニュースは、キエル帝国軍との交戦に関するものが多い。

 画面にはいつも、スーツを着た男性とおしゃれな服装の女性が一人ずつ並んで座っている様子が映し出されている。その二人がニュースを読むのだ。

 だが、この日の報道は、数日前までとは内容が大きく違っていた。
 というのも、『キエル帝国軍撤退か』というような見出しだったのだ。

「撤退でございますか……! 意外な展開でございますね……!」

 帰宅した私のためにお茶を運んできてくれていたリベルテは、テレビの画面に表示された珍しいテロップを見て、元々丸い目を大きく開く。

「確かにな。なぜいきなり方針を転換したのか」

 私は内心ドキッとした。
 もしかしたらあの出来事が関係しているのかもしれない、と感じたからだ。

 谷に落ちたハプニングがビタリーに何らかの影響を与え、結果的に撤退に繋がったのかもしれない。説得したわけではないから無関係かもしれないが。ただ、関係がある可能性はゼロではない。

 胸の鼓動が加速するのを感じつつソファに座っていると、リベルテがティーカップを渡してきた。私は「ありがとう」と短く礼を述べてそれを受け取る。液体が入っているからか予想より重く、うっかり落としそうになった。が、何とか堪えた。

「ビタリーが進軍を諦めたということなのだろうが……突っ走る癖のあるあの男が突然撤退を決めたとなると不気味だな」

 ウィクトルはテレビの画面を眺めながら怪訝な顔をしている。どうも納得がいかない、というような表情だ。

 私は白色のティーカップを口もとまで運び、その端をそっと唇につける。それからティーカップを僅かに傾けると、熱めの液体が口にまで流れてきた。湯気には爽やかな植物の香りが含まれていて、嗅ぐと何だか落ち着いた気分になってくる。春の陽を浴びているような心地よさだ。

「ですが主。何にせよ、退いてもらうに越したことはございません」

 リベルテはもう一つのティーカップをウィクトルの方へ運んでいきながら述べる。

「それはそうだが」
「……何か不安事がございますか?」
「いや。ただ少し不気味に思っただけだ」
「不気味、とは?」

 問いを放ちつつ、リベルテは主人にティーカップを差し出す。ウィクトルは私と同じように手で受け取っていた。

「何もなくいきなり選択を変えるというのは……怪しいとしか言い様がない」
「恐らくは、心境に変化があったのでしょう。そんなことはよくあることでございますよ」

 ウィクトルは片手でティーカップを持ち、もう一方の手は使わずにお茶を飲む。
 液体が入ったカップはそれなりに重いはずなのだが、ウィクトルからすればそうではなかったのかもしれない。
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