奇跡の歌姫

四季

文字の大きさ
164 / 209

163話「リベルテのチケット」

しおりを挟む
 ホーションの隅で暮らし始めて、それなりの日数が経過した。

 一時は雨降りが続いていたこの街も今は晴れた空に見下ろされている。
 分厚い灰色の雲に覆われた空と、この土地。私の脳内では、その二つの要素はかなり強く繋がっているようで、こうして晴れているといまだに不思議な気分になる。穏やかな日差しさえ、少し奇妙に感じられて。

「主、ウタ様、今少しよろしいでしょうか?」

 窓辺に位置取り外を眺めていたら、部屋に入ってきたリベルテが唐突に話しかけてきた。

 私はぼんやりと外を眺めているだけなので、すぐにリベルテの方へ意識を向けることができた。ウィクトルはソファの上で何やら体操をしているところだったが、彼もまた重要な用事の最中ではなかったため、数秒でリベルテの方へ意識を向けることができていた。

「構わないが……何かあったのか」
「実は、舞台のチケットを知人から譲り受けたのでございます。三枚ございますので、もし良ければ、皆で観に行きませんか?」

 リベルテはズボンのポケットから薄そうな紙を三枚取り出してくる。横十五センチ縦七センチほどのサイズで、文字が印刷されている、薄めの赤色をした紙だった。恐らくそれがチケットなのだろう。

「部隊? 戦争でもする気か?」
「主、その『ぶたい』ではなくてですね……」
「この国では軍事演習が公開されているのか? だが、そんなで問題ないのだろうか。公開していてはすべては晒せまい」

 誤解したまま独り言のような調子で話を続けていくウィクトルを最終的に制止したのはリベルテ。

「そうではございません! まずはお聞き下さい!」

 リベルテにして鋭い物言い。
 だが、ウィクトルを思考の渦から連れ出すには、そのくらいの言い方がちょうど良かった。

「違うのか」
「舞台、というのはですね、いわばステージ上で行われるエンターテイメント的文化でございます」

 リベルテは丁寧に説明する。

「簡単に言うなら、劇と音楽を組み合わせたようなものでございます。キエルではそれほど盛んな分野ではございませんが、ファルシエラにおいては比較的知名度の高い芸術文化の一つだそうでございます」

 地球にも、そういったものは存在していた。舞台上で行われるそれは、演劇と音楽が混じったようなものだった。この目で見たことはない。ただ、母からそれについて聞いたことはある。

 私の母は歌手で、女優ではない。
 だが、歌という共通の部分があるから、ある程度知っていたのだろう。

「なるほど。そういう文化があるのだな」
「はい。で、どうでございましょうか? 主、観に行かれませんか」

 ウィクトルだけは、これまでずっと外出を極力避けてきていた。いつ何時ビタリーに狙われるか分からないからだ。リベルテだって、そのことは知っていたはず。それなのに、なぜ今日は誘うのか。

「……私は気軽に出歩ける立場ではないが」
「今なら大丈夫でございますよ!」
「何を言っているんだ、リベルテ。根拠がない」
「一度撤退したのでございますから、すぐに再び攻めてくるということはないでしょう。出掛けるのであらば、今がチャンスでございます」

 確かに、ビタリーは先日撤退していったところなので、今日明日に再び攻め込んでくる可能性は低いだろう。それを考えると、リベルテが「今がチャンス」と言うのも理解できないことはない。

「リベルテ、その舞台はいつ開催なの?」
「三日後でございますよ!」
「そう……。それで、開催場所はどこ?」
「スレイマ劇場でございます」

 どこにあるんだ、スレイマ劇場。
 聞いたことがない。

「ここから遠いところ?」
「いえ。車に乗れば一時間か二時間ほどで到着するところでございます」

 車で一二時間ということは、距離はそこそこあるのだろう。ただ、行くには遠すぎる距離ということもない。行こうと思えば気軽に行ける程度の距離ではある。

「いいわね! 行ってみたいわ」

 せっかくの機会を積極的に捨てようとは思わない。可能であるならば、時には外出だってしたいと思う。

「本当でございますか!?」
「えぇ。私は行くわ」
「良かった……。安堵致しました……」

 そこまで話が進んだ頃、ウィクトルが口を開く。

「ウタくんが行くのなら私も共に行こう」

 舞台のことは知らないし、外を出歩くことももうしばらくしていない。そんなウィクトルだが、外へ行くことが嫌だというわけではないようだ。外出を控えていたのは、あくまでリスクを考えてのことだったのだろう。

「主! ありがとうございます! では三人で行けますね」

 こうして、スレイマ劇場へ行くことが決まった。
 三人での外出は久しぶり。胸が躍る。自然に鼻歌を歌ってしまうし、足取りもいつもより軽くなって。いつ以来だろう、こんな風に楽しみなことができたのは。


 三日後の朝、自動運転車に乗り出発する。

 今日は昨日購入したワンピースを着てみた。ピンクベージュ系の優しい色遣いが印象的な服だ。手首まである袖は腕のラインに添うかっちりした雰囲気だが、胸の下の切り替えより下はふわりと広がるようなデザイン。生地も、胸のすぐ下の切り替えの上と下で大きく違っている。上側は硬めかつ厚めの生地だが、下側は滑らかで柔らかい生地だ。

「ウタくん、その服は似合っているな」
「本当? ありがとう」

 ビタリーと揉め、キエル帝国がややこしいことになって、それ以来衣服にまで気を遣う余裕はなかった。ここしばらくは休息する時間は取れていたが、長い時間を家の中で過ごしていたので、ファッションを楽しむことはあまりなかった。ホーション内で歌を披露する時でも、衣装にまでは手が回らなくて。

「ウィクトルはシンプルな服装ね」
「私服はあまり持っていなくてな」
「そうね。仕事着を着るわけにもいかないしね」
「あぁ。その結果、地味な服装になる」

 それでも、ウィクトルは常人離れした雰囲気をまとっている。

 結局人は服装などでは変わらない。多少素敵になることはあっても、その人の持つ根幹のところの雰囲気はいつも同じなのだ。着飾るのはあくまで魅力を追加するための行為。虚構の魅力を一から作り出すものではない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。 女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。 佐藤サトシは30歳の独身高校教師。 一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。 一年A組の受け持つことになったサトシ先生。 その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。 サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...