奇跡の歌姫

四季

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164話「ウタの見知らぬ人との出会い」

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 劇場は予想していたより大きかった。とはいえ、人が埃であるかのように見えるほど大きな劇場ではない。席数は千と少し程度。人が多すぎることはなく、かといって寂しいほど少人数でもなくて、ほどよい規模の劇場と言えるだろう。あくまで個人の意見ではあるが。

 外壁は灰色の石で造られていて、何だか歴史を感じさせてくれるような外観だった。そして、中へ進むと、ワインレッドのカーペットが敷かれた床が出迎えてくれる。
 趣のある劇場は、公演が始まる前から異世界に引きずり込んでくれるよう——その感覚は、これまでに経験したことのない不思議な感覚だ。

 一周劇場内を見て回ってから、私は客席へと向かった。

 無数の椅子が並ぶ様は壮観。

 三枚のチケットが示す席は並んでいた。なので、私たち三人は、近い席に座ることができた。
 離れた席でも特に困りはしないだろう。だが、初回くらいは、知り合いと近くにいられる方が穏やかな気持ちで過ごせる気がする。知らない人に挟まれるよりかは、知り合いと隣り合って座っていられる方が幸せだ。

 着席してから数分。

 音楽が流れ始め、客席の空気が一変する。

 私はその時の感情を上手く表現できそうにない。ただ、緊張するような期待が膨らむような複雑な感情が込み上げてくる。幕が上がる前から、言葉では形容し難いような妙な気分になってしまう。

 自身の胸に芽生えた珍しいものに戸惑っているうちに、幕が上がった。


 ◆


 戦乱の時代、一人の王子がいた。

 馬にまたがり部下を率いて勇ましく戦場へ赴くその男は、皆の憧れの的。けれども王子は、女性に言い寄られても心を揺らすことなく、国の民のために戦い続けていた。

 けれども、そんな彼に運命が変わる時が訪れる。

 それは、隣国の貴い娘——王女との出会いだった。

 儚げな魅力を持つ王女に一目惚れしてしまった王子は、彼女に声をかけ、親しくなる。二人は互いに惹かれ合った。

 満月の夜に始まった、二人の幸せな日々。
 だが、二者の想いは実らない。

 王女は親の命令で他の男のもとへ嫁ぐことになってしまったのだ。

 かくして、惹かれ合った王女と王子は、想いの欠片を心に秘めたまま別々に生きてゆくこととなる。

 そして、時は流れた。

 王子は国の王となり、他国の娘と結婚することとなる。それでも彼は、かつて愛おしく思っていた特別な娘のことを忘れられない。愛おしい女性を失った傷は癒えず、年を取ってもなお幻を追いかけていた。

 また、王のその振る舞いは、妻も人生までも狂わせる。

 政略結婚のような意味を含んでいたとしてもある程度は愛してもらえるだろうと信じていた彼女は、夫がかつての女性の幻を追い続ける姿を見て絶望。徐々に病んでいく。

 そんな中、迎えた満月の夜。
 妻はついに決意する——夫を亡き者とすることを。

「愛しき者に二度と出会えぬ人生ならば、生きている価値もない」
「私は貴方を殺め、貴方の命を奪った唯一の女と成るのです」

 殺められると悟った王は抵抗しない。それどころか、静かに死を受け入れようとする。かつてただ一人愛した王女、彼女に会えない人生に意味などないと、そう考えていたから。
 妻は王の特別な一人になるため剣を握る。正気を失いつつある彼女には、殺害への躊躇いはなかった。彼女は、王の特別な人になれればそれで良かったのだ。

 心を通わせることのなかった夫婦は、死の間際、ようやく同じ方向を向くことができたのだった。


 ◆


 物語は終わり、拍手が響き渡る。
 千人以上の人間が一斉に手を叩くと、かなり大きな音になっていた。

「何だか重苦しめのだったわね……」
「も、申し訳ございません」
「いいえ、リベルテは悪くないの。ただ、少し意外だっただけよ……」

 拍手の嵐が巻き起こる中、私は隣の席のリベルテとひそひそ話をする。周囲の客に不快がられてはいけないので、極力小さい声で話すよう心掛けた。

 その数秒後、ウィクトルが涙目になっていることに気づく。
 驚きつつも「大丈夫?」と尋ねてみたところ、彼は「分かる……」とうわ言のように発した。


 舞台の鑑賞を終え、手洗いへ向かっている最中。すれ違いざまに誰かとぶつかってしまった。相手は大柄に見えたので、怖い人だったらいけないと思い、すぐに「すみません」と謝罪する。その直後、驚いたことが起こった。

「ちょうど良かった! アナタと話したかったのヨ!」

 両手を掴まれ、そんなことを言われたのだ。

 相手は大きな男性だった。私より三十センチ以上背の高い人で、頑丈そうな肉体を持っている人。熊とゴリラを合わせたような雰囲気の容姿で、しかしながら着ている服は布を巻き付けたような黄土色のドレス。手首や首には、金色の飾りがついている。

「え……?」

 向こうは私を知っているみたいだが、私は彼を知らない。

「アタイ、ミソカニ! 話があるの、聞いてくれル?」
「は、はい……」

 こんなところで見知らぬ人に捕まるとは思っていなかった。予想外の展開ゆえ、戸惑いも大きい。ただ、ミソカニはファッションこそ独特だが、悪人の顔はしていない。百パーセント善良かと問われれば返事に困るが、悪人丸出しということもないのだ。

「あのね、アタイ、実はキエル帝国の人間なの。アナタ、キエル帝国の歌姫でしょ?」
「どうしてそれを……?」
「歌が上手い人、美しい人、演技が上手い人。アタイはいつも探してるのヨ。アナタはアタイが目を付けていた人のうちの一人ヨ。こんなところで会えるとは思わなかったけどネ」

 ミソカニは私のことを以前から知っていたようだ。
 放送か何かで知ったのか、観客に紛れていたのか、そこははっきりしないけれど。

「それで、話とは?」
「アナタ、アタイの舞台に出ない!?」
「……え」

 そんな話が出てくるとは想定外だった。
 歌ってくれと言われることとか、ウィクトルに関することを尋ねられるとかなら、想定の範囲内だったのだけれど。

「アタイね、いつかキエル帝国で公演するのが夢なのヨ! 帝国には舞台芸術があまりない。だからこそ、新たな文化をこの手で作り上げたいノ!」

 ミソカニの夢は大きかった。
 無論、この時代に夢をみられる能力があるというのは素晴らしいことなのだが。

「でも……どうして私なのですか? 私は歌しか得意でないです。舞台なんて……」
「アナタ、ここじゃない星の生まれなのでしょウ!?」

 話が急に変わった。

「は、はい。それは、その通りです」
「ならなおさら素敵ヨ! その生き様を作品に仕上げましょウ!」

 生き様、か。

 改めて過去を思う。

 私の人生は波乱に満ちていた。ただ、それは決して美しいものではない。すすにまみれ、血で汚れた道。それが私の人生だ。歌が評価され褒められるという光はあっても、影の方がずっと濃く強い。人々に晒すようなものだろうか、この人生は。

「私の人生は……そんな美しいものではありません」
「良いのヨ! 良いところも悪いところも含めて人生だもノ!」
「えぇ……」
「今から時間はあるかしら? 大丈夫そうなら、アタイにアナタのことを聞かせテ!」
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