奇跡の歌姫

四季

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190話「ウタの頼まれての買い出し」

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 公演の日まで、あと二日。

 劇場に到着して既に数日が過ぎた。にもかかわらず、あれからウィクトルからの連絡はない。リベルテが付き添っているので命を落としているなんてことはないだろうが、連絡がないということは少々不安になる要素ではある。

 それでも、時の流れが止まることはない。
 時計の針は確実に進む。世界も、人の心も、お構いなしに。

「まったく……二人で買い出しに行けだなんて。無茶にもほどがありますよ」

 今日、私とフリュイは、ミソカニから買い出しを頼まれた。それで、今はフリュイと共に道を歩いているところだ。

 帝国を誰かと歩くのはいつ以来だろう。
 命を狙われる可能性は低いとしても、緊張感を覚えずにはいられない。
 ただ、この唐突な買い出しの頼みに前向きでいられないのは、私だけではなかった。フリュイもまた、戸惑うと共に、厄介だと考えているようだ。

「驚きましたね。いきなり買い出しだなんて」

 買うように頼まれたのは、テープや飾りなど。近くの雑貨屋で売っているから買ってきてほしい、とのことだった。目的地がはっきりしているのはありがたいと言えるだろう。ただ、私もフリュイもその雑貨屋に行ったことがないので、言われた物が本当に購入できるのかどうかは不明のままだ。

「カラーテープ、レースのテープ、それと……」
「花飾りです」
「あぁ! そうだったわね! ……って、ごめんなさい。親しげな話し方をしてしまって」

 フリュイは何となく空を見上げる。

「いや、大丈夫なんで。気にしないで下さい」

 ファルシエラではもう何度も公演を重ねている。それに伴って、練習も重ねてきた。その中で時折言葉を交わし、私とフリュイの仲が順調に深まっていることを確かに感じている。淡白なところのあるフリュイが相手だから、何とも言えないような空気になってしまうことも少なくはないけれど。でも、それでも、最初に比べればずっと親しくなった。

「フリュイさんは買い物とか得意なんですか?」
「……そんなわけありません。買い物とか、厄介事以外の何でもないです」

 フリュイは私よりも、いきなりの頼みに対して腹を立てているようだった。だがそれも無理はないのかもしれない。フリュイは基本何もしないタイプだから。頼み事をされたストレスは、彼にとっては大きな負担なのだろう。

 ただ、愚痴を言いつつもきちんと従う辺りは善良である。

「ですよね。慣れていないと結構大変ですし」
「ホントそれ、って感じです。……それにしても、ウタさんも大変ですね。異星の人間に振り回されて」

 街からも、人からも、活動的な雰囲気は感じられない。それは帝都だけのことではない。帝都の中央からは若干離れている地域でも、同じことだ。これも国そのものが荒れているせいだろうか。

「言語も分からないと、大変じゃないですか」
「え、あ……そうですね。でも、もう慣れました。翻訳機もありますし、そんなに不便はしていません」

 この国の言語はいまだに理解しきれてはいない。以前教わったものや、日常生活においてよく聞くものは、徐々に掴めてきたけれど。

「案外前向きなんですね」

 もうじき指定の雑貨屋へ到着するだろう、なんて思いつつ、私は通行人のいない道を歩く。

「え? 意外でした?」
「はい。かなり意外です。皿洗いの時は酷い顔をしていたから」
「あの時は……正直疲れてました」

 フリュイと初めて出会ったのは、手伝い役で洗い物をさせられていた時だった。

 確かに、あの時の私は酷い顔をしていただろう。フリュイの中のイメージの私があの時の私であるのなら、前向きでないイメージを持たれていたとしても仕方ない。

 あの洗い物は地獄だった。自分から協力すると言っておいて何だが、あれはもう二度としたくない。次から次へと洗わなくてはならない物がやって来る現象は、トラウマになって当然というくらいの恐ろしい現象なのだ。

「疲れていたんですね、あの時は」
「そうなんです。次から次から食器やら何やらが来るので」
「なるほど、それは理解できます」
「変わっていただいたこと、感謝しています。フリュイさん、今さらですが、あの時はありがとうございました」

 そんなことを話しているうちに、目的地の雑貨屋にたどり着いた。
 長い道のりも、話していればあっという間。

「あー、ここ。着きましたね」
「フリュイさん、ご存知なんですか?」
「いつか前を通ったことがあります」
「中に入ったことがあるわけではないんですね……」


 ◆


 その頃、ウィクトルは明日の突入に向けて詳細を聞いていた。
 元部下の少年から、である。

「ここをこう行ってこう入れば——という話になっています」

 テーブルに広がっているのは、皇帝が住む建物の内部図。それを指し示しながら、元部下の少年は作戦の流れを説明する。

「そうか。では私は、ここから突っ込めば良いのだな」
「はい! その通りです!」
「だが、敵がこちらから来る可能性は? あるいは、相手がここに兵を置いている可能性は? その辺りがはっきりしないな」

 ウィクトルの後ろに控えているリベルテは、部屋の壁に掛けられた日めくりカレンダーに目を向けながら、落ち着かないような表情を浮かべている。ウタの公演の日が近づいていることが気になって仕方がないのだろう。

「こちらから来る可能性は低いのではないかという話になっています。といいますのも、あちらはここのルートでこう来る方が早く出られるのです。ですから、こう進んでくるのではないかと——」

 元部下の少年もウィクトルと話すことに段々慣れてきた。最初は緊張した面持ちだったが、今ではすっかり馴染んで、二人はただの先輩後輩のような感じになっている。

「待て。それはおかしい。それが事実なら、ここが不自然ではないか?」
「この廊下ですか」
「ここから来ると読ませ実はそのルートということも考えられる」

 公演に間に合うのか? という不安を抱えたリベルテは、少し離れたところから、ウィクトルをぼんやりと見つめていた。
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