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200話「ウタの改善」
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その日の晩だ、私が彼の負傷を知ったのは。
ウィクトルが風呂場で体を流し、薄着のまま部屋と廊下を行き来していたことで、それは判明した。
「肩……大丈夫なの?」
「気にするな」
「でも、心配だわ。そんな怪我をしていたなんて」
「君が気にかけることではない」
袖のある服を着ていれば気づくことはなかっただろう。
本当はその方が良かったのかもしれない。
気づかなければ、私は何も言わなかったはず。ウィクトルがそれを望んでいたのだとしたら、気づくべきではなかったのだろう。
「君はそうやってすぐに心配する」
ウィクトルは寝巻きを着用しながらそんなことを言った。
「どうしてそんな言い方をするの。心配するのは当然のことよ」
彼には分からないのだろうか。
親しい人や大切な人のことを大事に思う気持ち。
「気にしすぎだ」
「心配するなって言いたいの……?」
「違う。心配する必要のないことで心配するな、と言っているんだ」
「同じことよ」
リベルテは入浴中だろう。それゆえ、室内には私とウィクトルの二人しかいない。それらの情報から、私はふと思い出したことがあった。それは、二人きりの時に限って私たちは気まずくなる、ということ。私はそういうことを既に何度も経験している。
人とは失敗して学んでいくものだ。
私も、そう。
同じ間違いをこれ以上繰り返すわけにはいかない。
「……でも、貴方が言おうとしていることも、分からないではないわ。心配しなくていい、って、気を遣ってくれているのよね」
そう述べると、ウィクトルは少しばかり驚いたような顔をした。
「私たち似てるわ。真逆のようだけれど、本質は同じ」
私は視線を逸らさない。彼を真っ直ぐに見ること、できるのはただそれだけ。きっと分かり合える、心を通わせることだってできると、そう信じて彼を見つめる。
「互いを大切にしようとして、でも器用ではなくて、だから上手く思いを伝えられない。そしていつもすれ違う。……そんな感じ?」
もう過ちを繰り返しはしない。
気まずい空気になってはリベルテに助けてもらうというこの流れは、どこかで断ち切らねば。
「そうだな。君の言うことは……正しいと思うよ。今までもそうだった。誰より大切にしたいのに、気づけば険悪な空気になっている」
ウィクトルも自覚があったらしい。それならもっと早く改善できたかもしれなかったのに、なんて考えてしまうのは贅沢だろうか。でも、自覚があったならまだ良いのかもしれない。無自覚であんなことになっていたのだとしたら、もはや救いようがない。でも、自覚があったのならば、変えることも不可能ではないはず。
「それでも隣にいてくれたのは、君の心の広さゆえだ」
「……私も悪かったのよ。余計なことを言ってばかりで」
今回は喧嘩にならず乗り切れそう! と感じていた、その時。
室内にリベルテが入ってきた。
「あ……し、失礼致しました……」
リベルテは、私とウィクトルが接近しているのを見るや否や、物凄く気まずそうな顔をした。そして、泥棒のプロフェッショナルになれそうなくらい足音を立てない歩き方で、廊下へ出ていこうとする。
「待って!? リベルテ、いいの! いいのよ!?」
気を遣わせたことが申し訳なくて、私はすぐにそんな風に声をかける。
だが無駄だった。
リベルテは私の言葉を聞かず、速やかに退室してしまう。
「行っちゃった……」
私が呟くように発すると、ウィクトルは呑気に「忘れ物でも取りに行ったのではないか?」などと言い出す。それにはさすがに「そんなわけあるか!」と突っ込みたい気分になった。もちろん、実際に突っ込むことはしなかったけれど。
「ま、気にすることでもないか。取り敢えず寛ごう」
ウィクトルが言ったのを聞いて、私はうっかり笑ってしまう。
「……なぜ笑う?」
「あ、ご、ごめんなさい。つい」
「謝る必要はないが……なぜ?」
「ウィクトルが『寛ぐ』なんて言うのが似合わなくって」
「……なるほど。それもそうか」
怒られたり責められたりしたらどうしようと不安になっていたが、意外なことに、ウィクトルは私の簡単な説明だけで納得していた。
「じゃ、寛ぎましょ! 怪我人にはそれが一番ね」
「怪我人、か」
「だってそうでしょう? それとも、負傷者の方が良かったかしら」
「いや。どちらも同じだ」
次の日、朝のニュースでビタリーのことが放送されていた。
黒いスーツを着用し紺色のネクタイを締めた真面目そうな男性が、ビタリーが皇帝の座から降りたことについて話していた。隣国でも放送されるのだから、大きな出来事なのだろう。
「ファルシエラのテレビはキエルのことが好きね」
リベルテからティーカップを受け取りつつ、私は述べる。
深い意味はない。
「危険な隣国だからな、いろんな意味で気になるのだろう」
チーズを乗せた食パンをかじっていたウィクトルは、そんなことを発した。
『いやぁ、あっという間でしたねぇ。皇帝となるに相応しいほどの器ではなかったのでしょうね』
『ようちえんでね! びたりーごっこはやってるの! でもね、してたらね、せんせいにおこられた!』
『人々をまとめるというのは難しいことですから』
街の人の意見が流れている。インタビューの対象は、会社員風の男性から女児まで幅広い。
『えー、ビタリーて誰? 歌手ー?』
『キエルの帝国の皇帝っておじいちゃんじゃなかったんですか!? ……え、変わった? それはホントなんですか!?』
聞く相手が悪いのでは? と思うような意見ばかりが飛び出してくる。
真面目なニュース番組とは思えない。
「酷い言われようでございますね」
街でのインタビューのまとめを聞いていたリベルテはさらりと感想を述べる。
「ファルシエラの人たちは実際には帝国のことにあまり興味がないのかしら……?」
「そのようでございますね」
ウィクトルが風呂場で体を流し、薄着のまま部屋と廊下を行き来していたことで、それは判明した。
「肩……大丈夫なの?」
「気にするな」
「でも、心配だわ。そんな怪我をしていたなんて」
「君が気にかけることではない」
袖のある服を着ていれば気づくことはなかっただろう。
本当はその方が良かったのかもしれない。
気づかなければ、私は何も言わなかったはず。ウィクトルがそれを望んでいたのだとしたら、気づくべきではなかったのだろう。
「君はそうやってすぐに心配する」
ウィクトルは寝巻きを着用しながらそんなことを言った。
「どうしてそんな言い方をするの。心配するのは当然のことよ」
彼には分からないのだろうか。
親しい人や大切な人のことを大事に思う気持ち。
「気にしすぎだ」
「心配するなって言いたいの……?」
「違う。心配する必要のないことで心配するな、と言っているんだ」
「同じことよ」
リベルテは入浴中だろう。それゆえ、室内には私とウィクトルの二人しかいない。それらの情報から、私はふと思い出したことがあった。それは、二人きりの時に限って私たちは気まずくなる、ということ。私はそういうことを既に何度も経験している。
人とは失敗して学んでいくものだ。
私も、そう。
同じ間違いをこれ以上繰り返すわけにはいかない。
「……でも、貴方が言おうとしていることも、分からないではないわ。心配しなくていい、って、気を遣ってくれているのよね」
そう述べると、ウィクトルは少しばかり驚いたような顔をした。
「私たち似てるわ。真逆のようだけれど、本質は同じ」
私は視線を逸らさない。彼を真っ直ぐに見ること、できるのはただそれだけ。きっと分かり合える、心を通わせることだってできると、そう信じて彼を見つめる。
「互いを大切にしようとして、でも器用ではなくて、だから上手く思いを伝えられない。そしていつもすれ違う。……そんな感じ?」
もう過ちを繰り返しはしない。
気まずい空気になってはリベルテに助けてもらうというこの流れは、どこかで断ち切らねば。
「そうだな。君の言うことは……正しいと思うよ。今までもそうだった。誰より大切にしたいのに、気づけば険悪な空気になっている」
ウィクトルも自覚があったらしい。それならもっと早く改善できたかもしれなかったのに、なんて考えてしまうのは贅沢だろうか。でも、自覚があったならまだ良いのかもしれない。無自覚であんなことになっていたのだとしたら、もはや救いようがない。でも、自覚があったのならば、変えることも不可能ではないはず。
「それでも隣にいてくれたのは、君の心の広さゆえだ」
「……私も悪かったのよ。余計なことを言ってばかりで」
今回は喧嘩にならず乗り切れそう! と感じていた、その時。
室内にリベルテが入ってきた。
「あ……し、失礼致しました……」
リベルテは、私とウィクトルが接近しているのを見るや否や、物凄く気まずそうな顔をした。そして、泥棒のプロフェッショナルになれそうなくらい足音を立てない歩き方で、廊下へ出ていこうとする。
「待って!? リベルテ、いいの! いいのよ!?」
気を遣わせたことが申し訳なくて、私はすぐにそんな風に声をかける。
だが無駄だった。
リベルテは私の言葉を聞かず、速やかに退室してしまう。
「行っちゃった……」
私が呟くように発すると、ウィクトルは呑気に「忘れ物でも取りに行ったのではないか?」などと言い出す。それにはさすがに「そんなわけあるか!」と突っ込みたい気分になった。もちろん、実際に突っ込むことはしなかったけれど。
「ま、気にすることでもないか。取り敢えず寛ごう」
ウィクトルが言ったのを聞いて、私はうっかり笑ってしまう。
「……なぜ笑う?」
「あ、ご、ごめんなさい。つい」
「謝る必要はないが……なぜ?」
「ウィクトルが『寛ぐ』なんて言うのが似合わなくって」
「……なるほど。それもそうか」
怒られたり責められたりしたらどうしようと不安になっていたが、意外なことに、ウィクトルは私の簡単な説明だけで納得していた。
「じゃ、寛ぎましょ! 怪我人にはそれが一番ね」
「怪我人、か」
「だってそうでしょう? それとも、負傷者の方が良かったかしら」
「いや。どちらも同じだ」
次の日、朝のニュースでビタリーのことが放送されていた。
黒いスーツを着用し紺色のネクタイを締めた真面目そうな男性が、ビタリーが皇帝の座から降りたことについて話していた。隣国でも放送されるのだから、大きな出来事なのだろう。
「ファルシエラのテレビはキエルのことが好きね」
リベルテからティーカップを受け取りつつ、私は述べる。
深い意味はない。
「危険な隣国だからな、いろんな意味で気になるのだろう」
チーズを乗せた食パンをかじっていたウィクトルは、そんなことを発した。
『いやぁ、あっという間でしたねぇ。皇帝となるに相応しいほどの器ではなかったのでしょうね』
『ようちえんでね! びたりーごっこはやってるの! でもね、してたらね、せんせいにおこられた!』
『人々をまとめるというのは難しいことですから』
街の人の意見が流れている。インタビューの対象は、会社員風の男性から女児まで幅広い。
『えー、ビタリーて誰? 歌手ー?』
『キエルの帝国の皇帝っておじいちゃんじゃなかったんですか!? ……え、変わった? それはホントなんですか!?』
聞く相手が悪いのでは? と思うような意見ばかりが飛び出してくる。
真面目なニュース番組とは思えない。
「酷い言われようでございますね」
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