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201話「ウィクトルの真面目な我慢」
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ファルシエラのテレビで流れるニュースを数日見ていたが、キエル帝国やビタリーに関連する内容も案外多かった。一番目のニュースとして流れていたのは数日だったが、その後も数日間にわたってほんの少し流れていた。私たちはそのニュースによって拘束されていることや牢に入れられていることなどを知ることとなる。
「彼は処刑はされないのかしら」
ある昼下がり、私はふとそんなことを思い、口にしてしまった。
その時室内にはウィクトルだけがいた。リベルテは買い出し中だったのだ。それゆえ、室内は一段と静かで。だからなおさら、私の発言が際立って聞こえてしまった。
「どうした、ウタくん。唐突だな」
ウィクトルは「意外と物騒なことを言うのだな」とでも言いたげな視線を向けてくる。
「イヴァンは命を落としたわよね。ビタリーもそうなるのかなって……ふと思ったの」
「あぁ、イヴァンはそうだったな」
タブーに触れてしまったかと一瞬焦ったが、そんなことはなかったようだ。
……とすると、唐突さに驚いただけだったのだろうか?
いや、それ自体が都合の良い推測なのかもしれないけれど。ただ、触れてはならないところに触れてしまったのなら、もう少し普段と違うようなことを言うはず。反応が変化したりもするはず。冷静に考えれば、私の推測も大きく間違ってはいないと言えるだろう。
無論、何もかもすべて私の推測でしかないのだが。
「だがビタリーも同じことになるかというとそこは分からないだろう」
「そうなの?」
「反対派の過激さにもよるはずだ。過激であれば酷い目に遭うだろうが、な」
「そ、そうね。……怖いわね」
ビタリーには位があった。力もあった。そして、彼はそれを思うままに使ってきたのだ。もし痛い目に遭わされたとしても、それは、それだけのことをしたということ。自業自得というやつなのだろう。
ただ、それでも私は「自業自得だ」と一蹴する気にはなれなかった。
彼は敵。フーシェを殺め、ウィクトルを刺した、本来であれば憎むべき存在だ。なのに純粋に憎むことができないのは、なぜだろう。何がそう思わせているのかは、私自身にもよく分からない。
「ところで、だが」
一人ビタリーのことについて熟考していた時、唐突にウィクトルが口を開いた。それも、話題を変えようとしているかのような言葉の発し方。私は戸惑いを覚えつつも、思考の世界から抜け出し、彼の顔へ視線を向ける。
「君はこの先もこの星で生きるのか」
これまた唐突だな、と思いつつ、私は言葉を返す。
「それしかないわ。だって地球へは戻れない。……でも、どうしてそんなことを?」
改めて「この先もここで生きていくのか」と問われると、すんなりは答えられなかった。この星を出ていく気はない、それはとうに決まりきったことなのに。
「いや、何でもない。ふと気になっただけだ」
「……本当にそう?」
わざわざ話題を変えてまで、ふと気になっただけのことを尋ねるだろうか?
「なぜそんなことを聞く」
「深い意味はないわ」
「……なるほど。お見通し、か」
ウィクトルは、はぁ、と小さく息を吐き出す。
「溜め息?」
「いや、失礼。不快にさせる気はなかったんだ」
なかなか本題にたどり着かない。
そんなに言いづらいことを言おうとしているのだろうか?
それとも、他に何か、すぐには言えない訳が?
「この先のことについて話したくてな」
「えぇ。構わないわよ」
もったいぶらず言いたいことを言えば良いのに、なんて思ってしまったことは、私だけの秘密。
すると、ウィクトルは足を動かし始めた。真剣な面持ちのまま、こちらへ歩いてくる。渡したい物があるというわけではなさそうだが、何をしに接近してきているのか分からない。私は最初数歩だけ、反射的に後退してしまった。が、危害を加えるはずはないと判断できると後退は止まった。けれども、胸の内に芽生えた困惑はすぐには消えない。
「共に生きてくれないか」
琥珀色の瞳に見つめられ、さらにそんなことを言われた。
「え……」
強張ったような詰まるような声が自然と漏れる。
真剣な眼差しを向けてきている彼が見える。きっと冗談ではないのだろう。けれども真意が掴めない。彼はどういう意図でそんなことを言ったのか。そこが理解できなくて、私は止まってしまう。
「……どういう、意味?」
つい怪訝な顔をしてしまう。
「君を妻にしたいと考えて」
「待って。意味が分からないわ。どうしていきなりそんなことを」
なぜこのタイミングでそんな重要なことを? と、不思議に思わずにはいられない。
「今すぐに、とは言わない。これはあくまで予約だ」
「予約って……店じゃないのだから……」
単に言い方の問題だということは分かっているけれど、こればかりは突っ込みを入れずにはいられなかった。
「駄目か。あるいは、まさか、今すぐの方が良かったのか」
「ち、違うわ! ただ……色々いきなり過ぎて」
共に生きる? そんなの突然過ぎる。そんなことを言われても、容易に「はい!」と返事をすることはできない。だってそれは、人生を決めるに等しい選択だから。熟考する、とまではいかずとも、多少は考えて決めたい。それが本心である。
「それはどういうことだ。もう少し分かりやすく説明してくれ」
「時間が欲しいわ、ってことよ」
「そうか! 返事に時間がかかるということだな」
「えぇ、そういうこと」
その時のノリで決めてしまうのも悪くはないのかもしれないけれど、私にはできない。少なくとも、現状においては。人生における重大なことを即決するのは容易いことではない。
「君が待てと言うなら待とう。私はいつまででも待てる。……いや、いつまででもは言い過ぎか。百年後だと生きているかが分からない」
ウィクトルは妙な真面目さを発揮していた。
「ふふ。おかしなことを言うのね」
「そうか?」
「そんなに待たせはしないわよ。 それに、百年後だったら、きっと私も死んでるわ」
いくらなんでも百年も決意できないなんてことはないはずだ。
「もっと早く決めるわ」
「あ、あぁ! そうしてくれ! できれば私が生きているうちに」
ウィクトルは年寄りではない。私よりかは年上だろうが、社会全体の人々と比べれば若い部類だ。その彼が命を落とすまで待たせるなんてことは、さすがにないと思う。
「彼は処刑はされないのかしら」
ある昼下がり、私はふとそんなことを思い、口にしてしまった。
その時室内にはウィクトルだけがいた。リベルテは買い出し中だったのだ。それゆえ、室内は一段と静かで。だからなおさら、私の発言が際立って聞こえてしまった。
「どうした、ウタくん。唐突だな」
ウィクトルは「意外と物騒なことを言うのだな」とでも言いたげな視線を向けてくる。
「イヴァンは命を落としたわよね。ビタリーもそうなるのかなって……ふと思ったの」
「あぁ、イヴァンはそうだったな」
タブーに触れてしまったかと一瞬焦ったが、そんなことはなかったようだ。
……とすると、唐突さに驚いただけだったのだろうか?
いや、それ自体が都合の良い推測なのかもしれないけれど。ただ、触れてはならないところに触れてしまったのなら、もう少し普段と違うようなことを言うはず。反応が変化したりもするはず。冷静に考えれば、私の推測も大きく間違ってはいないと言えるだろう。
無論、何もかもすべて私の推測でしかないのだが。
「だがビタリーも同じことになるかというとそこは分からないだろう」
「そうなの?」
「反対派の過激さにもよるはずだ。過激であれば酷い目に遭うだろうが、な」
「そ、そうね。……怖いわね」
ビタリーには位があった。力もあった。そして、彼はそれを思うままに使ってきたのだ。もし痛い目に遭わされたとしても、それは、それだけのことをしたということ。自業自得というやつなのだろう。
ただ、それでも私は「自業自得だ」と一蹴する気にはなれなかった。
彼は敵。フーシェを殺め、ウィクトルを刺した、本来であれば憎むべき存在だ。なのに純粋に憎むことができないのは、なぜだろう。何がそう思わせているのかは、私自身にもよく分からない。
「ところで、だが」
一人ビタリーのことについて熟考していた時、唐突にウィクトルが口を開いた。それも、話題を変えようとしているかのような言葉の発し方。私は戸惑いを覚えつつも、思考の世界から抜け出し、彼の顔へ視線を向ける。
「君はこの先もこの星で生きるのか」
これまた唐突だな、と思いつつ、私は言葉を返す。
「それしかないわ。だって地球へは戻れない。……でも、どうしてそんなことを?」
改めて「この先もここで生きていくのか」と問われると、すんなりは答えられなかった。この星を出ていく気はない、それはとうに決まりきったことなのに。
「いや、何でもない。ふと気になっただけだ」
「……本当にそう?」
わざわざ話題を変えてまで、ふと気になっただけのことを尋ねるだろうか?
「なぜそんなことを聞く」
「深い意味はないわ」
「……なるほど。お見通し、か」
ウィクトルは、はぁ、と小さく息を吐き出す。
「溜め息?」
「いや、失礼。不快にさせる気はなかったんだ」
なかなか本題にたどり着かない。
そんなに言いづらいことを言おうとしているのだろうか?
それとも、他に何か、すぐには言えない訳が?
「この先のことについて話したくてな」
「えぇ。構わないわよ」
もったいぶらず言いたいことを言えば良いのに、なんて思ってしまったことは、私だけの秘密。
すると、ウィクトルは足を動かし始めた。真剣な面持ちのまま、こちらへ歩いてくる。渡したい物があるというわけではなさそうだが、何をしに接近してきているのか分からない。私は最初数歩だけ、反射的に後退してしまった。が、危害を加えるはずはないと判断できると後退は止まった。けれども、胸の内に芽生えた困惑はすぐには消えない。
「共に生きてくれないか」
琥珀色の瞳に見つめられ、さらにそんなことを言われた。
「え……」
強張ったような詰まるような声が自然と漏れる。
真剣な眼差しを向けてきている彼が見える。きっと冗談ではないのだろう。けれども真意が掴めない。彼はどういう意図でそんなことを言ったのか。そこが理解できなくて、私は止まってしまう。
「……どういう、意味?」
つい怪訝な顔をしてしまう。
「君を妻にしたいと考えて」
「待って。意味が分からないわ。どうしていきなりそんなことを」
なぜこのタイミングでそんな重要なことを? と、不思議に思わずにはいられない。
「今すぐに、とは言わない。これはあくまで予約だ」
「予約って……店じゃないのだから……」
単に言い方の問題だということは分かっているけれど、こればかりは突っ込みを入れずにはいられなかった。
「駄目か。あるいは、まさか、今すぐの方が良かったのか」
「ち、違うわ! ただ……色々いきなり過ぎて」
共に生きる? そんなの突然過ぎる。そんなことを言われても、容易に「はい!」と返事をすることはできない。だってそれは、人生を決めるに等しい選択だから。熟考する、とまではいかずとも、多少は考えて決めたい。それが本心である。
「それはどういうことだ。もう少し分かりやすく説明してくれ」
「時間が欲しいわ、ってことよ」
「そうか! 返事に時間がかかるということだな」
「えぇ、そういうこと」
その時のノリで決めてしまうのも悪くはないのかもしれないけれど、私にはできない。少なくとも、現状においては。人生における重大なことを即決するのは容易いことではない。
「君が待てと言うなら待とう。私はいつまででも待てる。……いや、いつまででもは言い過ぎか。百年後だと生きているかが分からない」
ウィクトルは妙な真面目さを発揮していた。
「ふふ。おかしなことを言うのね」
「そうか?」
「そんなに待たせはしないわよ。 それに、百年後だったら、きっと私も死んでるわ」
いくらなんでも百年も決意できないなんてことはないはずだ。
「もっと早く決めるわ」
「あ、あぁ! そうしてくれ! できれば私が生きているうちに」
ウィクトルは年寄りではない。私よりかは年上だろうが、社会全体の人々と比べれば若い部類だ。その彼が命を落とすまで待たせるなんてことは、さすがにないと思う。
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