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202話「カマカニの発案した人生」
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キエル帝国の中心地、帝都。
既に囚われの身となったビタリーは、地下牢に入れられていた。
光の届かないその場所には何もない。あるのは、埃臭い空気と拘束のための器具のみ。もちろん人もいない。入り口付近に見張りが一人か二人いる程度だ。その場所には、とにかく何もなかった。
栄光の先には破滅しかない。かつて誰かがそう言った。それは事実で、ビタリーもまたその運命をたどることとなった人間である。
民のため。その言葉を矛とし、イヴァンが統べる国を変え、一度は国そのものを手にした。その男も、今や罪人でしかない。
いつの世もそうだ。どんな場所でも、どんな時でも、大衆は変革者の過ちに寛容でない。理想としていたものが叶えられなければ、かつて慕った者が相手でも容赦なく牙を剥く。
彼らにとっては、己の理想が叶えられたか否かがすべて。
望みが叶わねば壊す。
歴史など、大抵、その繰り返しばかりである。
「旦那ぁ……いるすかぁ……?」
地下牢にやって来たのは、ワンピースを着た一人の男性——カマカニ。
「……あぁ、君か」
「あああ! 旦那ぁ! 生きてたんすね!!」
格子越しにカマカニとビタリーが対面する。
「君がなぜここに? 捕まる前に逃げ出せと言ったはずだけど」
ビタリーはカマカニに冷めた視線を向けた。
力なく光もない目で、訪問してきたミソカニを捉える。
「あ、あの時は、逃げてしまったすけどぅ……」
「逃げてしまった? おかしな言い方をするね」
「でもぅ……あの後どうしても旦那ぁのことが頭から離れなくて……。それで、こっそり会いに来たんすぅ……」
皇帝の間に敵対する者たちが流れ込み、もうすぐビタリーが拘束されるという時、ビタリーはカマカニに指示を出した。逃げ出せ、と。そして、カマカニはそれに従い脱出した。人混みの中を抜け、何とか拘束されることなく建物から出ることができたのだ。
カマカニは一旦、家族のもとへと帰った。
だが彼は、そのまま穏やかな日々へ戻ることはできなかった。
「家族たちと穏やかに暮らしていたら……旦那ぁのことが、よぎってばかりで……それでぇ……じっとしていられなくなったんすぅ……」
今や、隣り合って語らうことすら可能でない。姿が見えないことはないが、格子越しゆえ距離がある。それでも、カマカニは迷わず言いたいことを言う。何もかも捨て去ったとでも言いたげな顔をしているビタリーに、躊躇うことなく胸の内を明かしている。
「僕のことは覚えていなくていいよ。……もう、何もかも終わった」
カマカニが歩み寄ろうとするのを、ビタリーは拒否する。
だが、そのくらいで諦めるカマカニではない。
「そ、それでも! たとえ皇帝じゃなくても! 自分は旦那を尊敬してるす!」
拒まれれば拒まれるほど、カマカニは声を大きくする。訴えも強くする。カマカニの心には、気持ちを伝えたい、という思いが満ちていた。
カマカニは、伝えたい本題に入る前に、アナシエアのことについて少しだけ伝えた。
ラブブラブブラブラとキエル帝国の間で、今後は一切戦わないという協定が結ばれたこと。
そしていよいよ本題に入る。
「……あの、一緒に暮らさないすか?」
カマカニは短い紺色のスカートの裾を指でいじりつつ述べた。
「一体何を言っているんだい」
「旦那は完璧じゃなかったかもしれない。でも、もしそうだとしても、努力はしていたと思うんすぅ。それを、あんな風に一方的に押し潰すのは、一種の暴力すよぅ。屈する必要なんてないって思っているす」
その時ビタリーは動揺に瞳を揺らしていた。
カマカニの提案がよほど意外だったらしく、感情が顔に滲み出ている。
「もし良かったらすけど……我が家に来ないすか……?」
「何を言っているのか意味が分からないよ」
「こんなところに閉じ込められるなんて……辛くないんすか……」
今にも泣き出しそうな顔をするカマカニ。その表情にさらに心を乱されたのか、ビタリーは目を細める。そして、すぐに視線を逸らした。
「いずれこうなることは分かっていた。だから辛くなんてないよ。それに。栄光も、破滅も、愛する人のーー母のいない世界では何の意味も持たない」
薄暗い牢の中でも、ビタリーは気丈に振る舞っていた。
ただ、その表情の端々からは、自ら闇の底へ落ちようとでもしそうな雰囲気が感じられる。
「で、でも! 旦那ぁ!」
「……カマカニ、君はここにいるべき人間ではないよ」
「嫌すぅ! 自分は旦那ぁについていくす!」
「君は家族と暮らせばいい。それが、奥さんや子のためでもある」
ビタリーはカマカニと関わりたくないような態度を取っていた。無論、それが本心であったか否かは誰にも分からないのだが。ただ、その時カマカニは確かに感じていた——この男を放っておいたら勝手に滅ぼうとするだろう、と。
だからこそ、カマカニは話を終わらせない。
何とかビタリーをこちらの世に繋ぎとめておこうと考えて。
「そうなんす! 自分、旦那とは一緒にいたいすけど、でも家族も大事なんす! で、考えたんすぅ。一緒に暮らしたらどうかってぇ!」
笑ってほしくてか否かははっきりしないが、カマカニは謎の動作を繰り返す。喋りながら、上半身を上下させるような踊りを披露している。ただ、発言の中でその動作に触れることはない。喋りのついで、といった感じだ。しかし、それにしてはキレのある踊りである。
「まったく、君はそんな馬鹿げたことを——」
「馬鹿げてないす!」
「……僕が君の家庭に参加するなんて、明らかにおかしいじゃないか」
「おかしくないす! 実はもう妻にも許可貰ってるんす!!」
その告白にはさすがのビタリーも愕然とする。
「も、もう言ったのかい……? 奥さんに……?」
それまでは顔面に憂いの色を濃く浮かべていたビタリーだが、カマカニの想定外の発言を耳にして口を大きく開けることになってしまっている。
「そういうことすぅ!」
「意味が分からないよ……」
「ここを出て、自分の家族と一緒に過ごす! どうすか!? 旦那ならきっと、子どもたちに馴染めるっすよぅ!」
既に囚われの身となったビタリーは、地下牢に入れられていた。
光の届かないその場所には何もない。あるのは、埃臭い空気と拘束のための器具のみ。もちろん人もいない。入り口付近に見張りが一人か二人いる程度だ。その場所には、とにかく何もなかった。
栄光の先には破滅しかない。かつて誰かがそう言った。それは事実で、ビタリーもまたその運命をたどることとなった人間である。
民のため。その言葉を矛とし、イヴァンが統べる国を変え、一度は国そのものを手にした。その男も、今や罪人でしかない。
いつの世もそうだ。どんな場所でも、どんな時でも、大衆は変革者の過ちに寛容でない。理想としていたものが叶えられなければ、かつて慕った者が相手でも容赦なく牙を剥く。
彼らにとっては、己の理想が叶えられたか否かがすべて。
望みが叶わねば壊す。
歴史など、大抵、その繰り返しばかりである。
「旦那ぁ……いるすかぁ……?」
地下牢にやって来たのは、ワンピースを着た一人の男性——カマカニ。
「……あぁ、君か」
「あああ! 旦那ぁ! 生きてたんすね!!」
格子越しにカマカニとビタリーが対面する。
「君がなぜここに? 捕まる前に逃げ出せと言ったはずだけど」
ビタリーはカマカニに冷めた視線を向けた。
力なく光もない目で、訪問してきたミソカニを捉える。
「あ、あの時は、逃げてしまったすけどぅ……」
「逃げてしまった? おかしな言い方をするね」
「でもぅ……あの後どうしても旦那ぁのことが頭から離れなくて……。それで、こっそり会いに来たんすぅ……」
皇帝の間に敵対する者たちが流れ込み、もうすぐビタリーが拘束されるという時、ビタリーはカマカニに指示を出した。逃げ出せ、と。そして、カマカニはそれに従い脱出した。人混みの中を抜け、何とか拘束されることなく建物から出ることができたのだ。
カマカニは一旦、家族のもとへと帰った。
だが彼は、そのまま穏やかな日々へ戻ることはできなかった。
「家族たちと穏やかに暮らしていたら……旦那ぁのことが、よぎってばかりで……それでぇ……じっとしていられなくなったんすぅ……」
今や、隣り合って語らうことすら可能でない。姿が見えないことはないが、格子越しゆえ距離がある。それでも、カマカニは迷わず言いたいことを言う。何もかも捨て去ったとでも言いたげな顔をしているビタリーに、躊躇うことなく胸の内を明かしている。
「僕のことは覚えていなくていいよ。……もう、何もかも終わった」
カマカニが歩み寄ろうとするのを、ビタリーは拒否する。
だが、そのくらいで諦めるカマカニではない。
「そ、それでも! たとえ皇帝じゃなくても! 自分は旦那を尊敬してるす!」
拒まれれば拒まれるほど、カマカニは声を大きくする。訴えも強くする。カマカニの心には、気持ちを伝えたい、という思いが満ちていた。
カマカニは、伝えたい本題に入る前に、アナシエアのことについて少しだけ伝えた。
ラブブラブブラブラとキエル帝国の間で、今後は一切戦わないという協定が結ばれたこと。
そしていよいよ本題に入る。
「……あの、一緒に暮らさないすか?」
カマカニは短い紺色のスカートの裾を指でいじりつつ述べた。
「一体何を言っているんだい」
「旦那は完璧じゃなかったかもしれない。でも、もしそうだとしても、努力はしていたと思うんすぅ。それを、あんな風に一方的に押し潰すのは、一種の暴力すよぅ。屈する必要なんてないって思っているす」
その時ビタリーは動揺に瞳を揺らしていた。
カマカニの提案がよほど意外だったらしく、感情が顔に滲み出ている。
「もし良かったらすけど……我が家に来ないすか……?」
「何を言っているのか意味が分からないよ」
「こんなところに閉じ込められるなんて……辛くないんすか……」
今にも泣き出しそうな顔をするカマカニ。その表情にさらに心を乱されたのか、ビタリーは目を細める。そして、すぐに視線を逸らした。
「いずれこうなることは分かっていた。だから辛くなんてないよ。それに。栄光も、破滅も、愛する人のーー母のいない世界では何の意味も持たない」
薄暗い牢の中でも、ビタリーは気丈に振る舞っていた。
ただ、その表情の端々からは、自ら闇の底へ落ちようとでもしそうな雰囲気が感じられる。
「で、でも! 旦那ぁ!」
「……カマカニ、君はここにいるべき人間ではないよ」
「嫌すぅ! 自分は旦那ぁについていくす!」
「君は家族と暮らせばいい。それが、奥さんや子のためでもある」
ビタリーはカマカニと関わりたくないような態度を取っていた。無論、それが本心であったか否かは誰にも分からないのだが。ただ、その時カマカニは確かに感じていた——この男を放っておいたら勝手に滅ぼうとするだろう、と。
だからこそ、カマカニは話を終わらせない。
何とかビタリーをこちらの世に繋ぎとめておこうと考えて。
「そうなんす! 自分、旦那とは一緒にいたいすけど、でも家族も大事なんす! で、考えたんすぅ。一緒に暮らしたらどうかってぇ!」
笑ってほしくてか否かははっきりしないが、カマカニは謎の動作を繰り返す。喋りながら、上半身を上下させるような踊りを披露している。ただ、発言の中でその動作に触れることはない。喋りのついで、といった感じだ。しかし、それにしてはキレのある踊りである。
「まったく、君はそんな馬鹿げたことを——」
「馬鹿げてないす!」
「……僕が君の家庭に参加するなんて、明らかにおかしいじゃないか」
「おかしくないす! 実はもう妻にも許可貰ってるんす!!」
その告白にはさすがのビタリーも愕然とする。
「も、もう言ったのかい……? 奥さんに……?」
それまでは顔面に憂いの色を濃く浮かべていたビタリーだが、カマカニの想定外の発言を耳にして口を大きく開けることになってしまっている。
「そういうことすぅ!」
「意味が分からないよ……」
「ここを出て、自分の家族と一緒に過ごす! どうすか!? 旦那ならきっと、子どもたちに馴染めるっすよぅ!」
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