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85話 「くまのストラップ」
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私たちはしばらくたわいない話をした。その後ヴァネッサは私たちをノアのところへ案内してくれた。
簡易的な小屋に入り、しっかり洗われた真っ白なカーテンを開ける。するとそこにはベッドに横たわるノアの姿があった。ふかふかのベッドの上で、目を閉じて心地よさそうに寝息をたてている。
ずっと苦しんではいないようだ。私は少し安心した。
「ノアさん、起きて下さい。アンナ王女を連れてきました」
よく眠っているノアに、ヴァネッサが静かな声をかける。しかし起きそうにない。
そういえばノアは一度寝るとなかなか起きないタイプだったな、と思い出す。よくジェシカに叩き起こされていた。そんなことを思い返すと、とても懐かしくて少し笑ってしまった。
ヴァネッサはあまりに起きそうにないノアに呆れつつ、ノアの片耳を引っ張る。途端に彼はパチッと目を開けた。
「——痛っ!」
ノアは耳を引っ張られた痛みで目を覚ましたようだ。
驚いてパチパチまばたきしている。若干混乱しているように見受けられる。
「あれー、王女様だー」
横たわったまま頭だけを動かして私を見る。のんびりした口調は変わっていない。
「ノアさん、大丈夫? ……ではなさそうね、まだ動けなさそうだもの」
表情は普段通りだが体は動いていない。恐らくまだ傷が痛むのだろう。
「平気平気ー気にしないでー。それより王女様無事で良かったー」
ノアは呑気に笑っている。だが平気と言われても心配だ。
「……私のせいか」
エリアスは横になっているノアを見下ろしながら申し訳なさそうな顔をする。ノアを心配しているように見える。エリアスもノアを心配したりするのね。ちょっと意外。
ヴァネッサがベッドの下からパイプ椅子を取り出す。座るように促され、私は腰かけた。
「気にしないでー。それより、隊長は肩治ったのー?」
「今は落ち着いている」
「良かった、安心したよー。魔気絡みの傷はなかなか癒えないから厄か……っ」
ノアは突然言葉を詰まらせ、顔をしかめる。顔色が悪くなり体が震え出す。まるで極寒の地にいるかのような様子だ。
それを見ていたエリアスは緊迫した顔つきになる。私も何が起きたか分からず戸惑う。
「医者を呼んできます」
ヴァネッサは速やかにカーテンの外へ出ていった。
「ノアさん、傷が痛むの?」
私は彼の手をそっと握る。
目の前で苦しんでいるのを見ると本当に申し訳ない気分になった。
私が迂闊に夜道を歩いたりしなければこんなことにはならなかったというのに……いや、考えたらダメだ。無意味なことを考えるのは止めよう。世の中、考えてもどうしようもないことはある。
その時、ノアの手が握り返してきた。彼は震えながらも懸命に笑みを浮かべようとしていた。心配させないようにだろうか?意図は分からないが、とにかく笑おうとしているようだ。
「……お、王女様ー……僕は平気……だからー……」
そう言ってはいるが、どう見ても平気だとは思えない状態である。私にもさすがに分かる。もしこの状況で「そっか! 平気なんだ!」となる者がいれば、そっちが驚きだ。
「……昨日の晩のねー……卵のお粥……上に乗って……葱が……美味しかったー……」
「話すだけでも消耗する。なるべく話すな」
ノアが今は関係ないどうでもいい話を途切れ途切れ話すのを、エリアスが制止する。
それにしても、卵のお粥の上に乗っていた葱が美味しいだなんて不思議。葱って青臭いから、あまり好きじゃないのよね。
ちょうどそのタイミングで、医者の天使が入ってきた。
彼の後ろにはヴァネッサもいる。ヴァネッサが呼んできてくれたのだ。さすが、彼女は気が利く。
「大丈夫かい!? 少し診るよ」
私はノアから手を離し、邪魔にならないよう少し離れた。エリアスも同じようにした。
医者の天使はノアの上半身の服を脱がせた。上体が露になる。腹部には包帯が巻かれているが、そこから黒いもやが湧き出ていた。
エリアスと同じだ。
ルッツに突き刺された時、魔気を注入されたというところだろう。初めてではないのですぐに察した。
「ヴァネッサさん、二人ぐらい看護師を呼んできてくれるかな」
「承知しました」
ヴァネッサは速やかにカーテンの外へ出ていく。まるで看護師であるかのような反応の素早さを目にし、純粋に凄いと尊敬した。
「王女。空気を吸いに、少し外へ出ましょうか」
エリアスが唐突に提案してくる。
二人もいると邪魔だということだろうか……。彼の真意は分からないが、私は頷き、外へ出ることにした。
ここは狭くて圧迫感がある。まるで檻のよう。広いところへ行きたいなと内心思っていたところだ。ちょうどいいタイミングである。
カーテンの外に出て、それから小屋からも出た。だいぶ日が落ちてきて薄暗くなっている。もうすぐ夜になるからか、行き交う天使の数も心なしか減っている気がした。
「いたいた! 王女様っ」
聞き慣れた声に呼ばれそっちを向く。視界に入ったのはジェシカだった。とても明るい表情で駆け寄ってくる彼女の背後には、山のような荷物を持たされている鴬色の髪のレクシフが立っていた。
「今着いたところ?」
私は何げなく尋ねる。
ジェシカとレクシフは荷物を整理してから天界へ来るという話だった。
「うん、そうだよ。あ、そうだ! これね」
彼女は言いながら自分のズボンのポケットの中を手で探る。
「はいっ、これ。忘れてたよ」
そう言って差し出したジェシカの手には、くまのストラップ二つが乗っていた。ピンクとブルー。エンジェリカを旅立つ時に買っておいたものだ。
手紙でエリアスに送ろうと計画していたのに、色々あったせいですっかり忘れてしまっていた。
「それは……!」
エリアスは驚いた声を出す。そして上着のポケットから取り出した。前に買った方のブルーのくまを。
「これと同じものではありませんか? 王女がなぜ」
「実は私……前のやつなくしちゃったのよ。ごめんなさい」
そう答え苦笑いでごまかした。
あんなに何度も激しい戦いを繰り広げながら、まだくまのストラップを持っていたとは。予想外で衝撃を受けた。
簡易的な小屋に入り、しっかり洗われた真っ白なカーテンを開ける。するとそこにはベッドに横たわるノアの姿があった。ふかふかのベッドの上で、目を閉じて心地よさそうに寝息をたてている。
ずっと苦しんではいないようだ。私は少し安心した。
「ノアさん、起きて下さい。アンナ王女を連れてきました」
よく眠っているノアに、ヴァネッサが静かな声をかける。しかし起きそうにない。
そういえばノアは一度寝るとなかなか起きないタイプだったな、と思い出す。よくジェシカに叩き起こされていた。そんなことを思い返すと、とても懐かしくて少し笑ってしまった。
ヴァネッサはあまりに起きそうにないノアに呆れつつ、ノアの片耳を引っ張る。途端に彼はパチッと目を開けた。
「——痛っ!」
ノアは耳を引っ張られた痛みで目を覚ましたようだ。
驚いてパチパチまばたきしている。若干混乱しているように見受けられる。
「あれー、王女様だー」
横たわったまま頭だけを動かして私を見る。のんびりした口調は変わっていない。
「ノアさん、大丈夫? ……ではなさそうね、まだ動けなさそうだもの」
表情は普段通りだが体は動いていない。恐らくまだ傷が痛むのだろう。
「平気平気ー気にしないでー。それより王女様無事で良かったー」
ノアは呑気に笑っている。だが平気と言われても心配だ。
「……私のせいか」
エリアスは横になっているノアを見下ろしながら申し訳なさそうな顔をする。ノアを心配しているように見える。エリアスもノアを心配したりするのね。ちょっと意外。
ヴァネッサがベッドの下からパイプ椅子を取り出す。座るように促され、私は腰かけた。
「気にしないでー。それより、隊長は肩治ったのー?」
「今は落ち着いている」
「良かった、安心したよー。魔気絡みの傷はなかなか癒えないから厄か……っ」
ノアは突然言葉を詰まらせ、顔をしかめる。顔色が悪くなり体が震え出す。まるで極寒の地にいるかのような様子だ。
それを見ていたエリアスは緊迫した顔つきになる。私も何が起きたか分からず戸惑う。
「医者を呼んできます」
ヴァネッサは速やかにカーテンの外へ出ていった。
「ノアさん、傷が痛むの?」
私は彼の手をそっと握る。
目の前で苦しんでいるのを見ると本当に申し訳ない気分になった。
私が迂闊に夜道を歩いたりしなければこんなことにはならなかったというのに……いや、考えたらダメだ。無意味なことを考えるのは止めよう。世の中、考えてもどうしようもないことはある。
その時、ノアの手が握り返してきた。彼は震えながらも懸命に笑みを浮かべようとしていた。心配させないようにだろうか?意図は分からないが、とにかく笑おうとしているようだ。
「……お、王女様ー……僕は平気……だからー……」
そう言ってはいるが、どう見ても平気だとは思えない状態である。私にもさすがに分かる。もしこの状況で「そっか! 平気なんだ!」となる者がいれば、そっちが驚きだ。
「……昨日の晩のねー……卵のお粥……上に乗って……葱が……美味しかったー……」
「話すだけでも消耗する。なるべく話すな」
ノアが今は関係ないどうでもいい話を途切れ途切れ話すのを、エリアスが制止する。
それにしても、卵のお粥の上に乗っていた葱が美味しいだなんて不思議。葱って青臭いから、あまり好きじゃないのよね。
ちょうどそのタイミングで、医者の天使が入ってきた。
彼の後ろにはヴァネッサもいる。ヴァネッサが呼んできてくれたのだ。さすが、彼女は気が利く。
「大丈夫かい!? 少し診るよ」
私はノアから手を離し、邪魔にならないよう少し離れた。エリアスも同じようにした。
医者の天使はノアの上半身の服を脱がせた。上体が露になる。腹部には包帯が巻かれているが、そこから黒いもやが湧き出ていた。
エリアスと同じだ。
ルッツに突き刺された時、魔気を注入されたというところだろう。初めてではないのですぐに察した。
「ヴァネッサさん、二人ぐらい看護師を呼んできてくれるかな」
「承知しました」
ヴァネッサは速やかにカーテンの外へ出ていく。まるで看護師であるかのような反応の素早さを目にし、純粋に凄いと尊敬した。
「王女。空気を吸いに、少し外へ出ましょうか」
エリアスが唐突に提案してくる。
二人もいると邪魔だということだろうか……。彼の真意は分からないが、私は頷き、外へ出ることにした。
ここは狭くて圧迫感がある。まるで檻のよう。広いところへ行きたいなと内心思っていたところだ。ちょうどいいタイミングである。
カーテンの外に出て、それから小屋からも出た。だいぶ日が落ちてきて薄暗くなっている。もうすぐ夜になるからか、行き交う天使の数も心なしか減っている気がした。
「いたいた! 王女様っ」
聞き慣れた声に呼ばれそっちを向く。視界に入ったのはジェシカだった。とても明るい表情で駆け寄ってくる彼女の背後には、山のような荷物を持たされている鴬色の髪のレクシフが立っていた。
「今着いたところ?」
私は何げなく尋ねる。
ジェシカとレクシフは荷物を整理してから天界へ来るという話だった。
「うん、そうだよ。あ、そうだ! これね」
彼女は言いながら自分のズボンのポケットの中を手で探る。
「はいっ、これ。忘れてたよ」
そう言って差し出したジェシカの手には、くまのストラップ二つが乗っていた。ピンクとブルー。エンジェリカを旅立つ時に買っておいたものだ。
手紙でエリアスに送ろうと計画していたのに、色々あったせいですっかり忘れてしまっていた。
「それは……!」
エリアスは驚いた声を出す。そして上着のポケットから取り出した。前に買った方のブルーのくまを。
「これと同じものではありませんか? 王女がなぜ」
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