エンジェリカの王女

四季

文字の大きさ
86 / 131

85話 「くまのストラップ」

しおりを挟む
 私たちはしばらくたわいない話をした。その後ヴァネッサは私たちをノアのところへ案内してくれた。
 簡易的な小屋に入り、しっかり洗われた真っ白なカーテンを開ける。するとそこにはベッドに横たわるノアの姿があった。ふかふかのベッドの上で、目を閉じて心地よさそうに寝息をたてている。
 ずっと苦しんではいないようだ。私は少し安心した。

「ノアさん、起きて下さい。アンナ王女を連れてきました」

 よく眠っているノアに、ヴァネッサが静かな声をかける。しかし起きそうにない。

 そういえばノアは一度寝るとなかなか起きないタイプだったな、と思い出す。よくジェシカに叩き起こされていた。そんなことを思い返すと、とても懐かしくて少し笑ってしまった。

 ヴァネッサはあまりに起きそうにないノアに呆れつつ、ノアの片耳を引っ張る。途端に彼はパチッと目を開けた。

「——痛っ!」

 ノアは耳を引っ張られた痛みで目を覚ましたようだ。
 驚いてパチパチまばたきしている。若干混乱しているように見受けられる。

「あれー、王女様だー」

 横たわったまま頭だけを動かして私を見る。のんびりした口調は変わっていない。

「ノアさん、大丈夫? ……ではなさそうね、まだ動けなさそうだもの」

 表情は普段通りだが体は動いていない。恐らくまだ傷が痛むのだろう。

「平気平気ー気にしないでー。それより王女様無事で良かったー」

 ノアは呑気に笑っている。だが平気と言われても心配だ。

「……私のせいか」

 エリアスは横になっているノアを見下ろしながら申し訳なさそうな顔をする。ノアを心配しているように見える。エリアスもノアを心配したりするのね。ちょっと意外。

 ヴァネッサがベッドの下からパイプ椅子を取り出す。座るように促され、私は腰かけた。

「気にしないでー。それより、隊長は肩治ったのー?」
「今は落ち着いている」
「良かった、安心したよー。魔気絡みの傷はなかなか癒えないから厄か……っ」

 ノアは突然言葉を詰まらせ、顔をしかめる。顔色が悪くなり体が震え出す。まるで極寒の地にいるかのような様子だ。
 それを見ていたエリアスは緊迫した顔つきになる。私も何が起きたか分からず戸惑う。

「医者を呼んできます」

 ヴァネッサは速やかにカーテンの外へ出ていった。

「ノアさん、傷が痛むの?」

 私は彼の手をそっと握る。
 目の前で苦しんでいるのを見ると本当に申し訳ない気分になった。
 私が迂闊に夜道を歩いたりしなければこんなことにはならなかったというのに……いや、考えたらダメだ。無意味なことを考えるのは止めよう。世の中、考えてもどうしようもないことはある。

 その時、ノアの手が握り返してきた。彼は震えながらも懸命に笑みを浮かべようとしていた。心配させないようにだろうか?意図は分からないが、とにかく笑おうとしているようだ。

「……お、王女様ー……僕は平気……だからー……」

 そう言ってはいるが、どう見ても平気だとは思えない状態である。私にもさすがに分かる。もしこの状況で「そっか! 平気なんだ!」となる者がいれば、そっちが驚きだ。

「……昨日の晩のねー……卵のお粥……上に乗って……葱が……美味しかったー……」
「話すだけでも消耗する。なるべく話すな」

 ノアが今は関係ないどうでもいい話を途切れ途切れ話すのを、エリアスが制止する。

 それにしても、卵のお粥の上に乗っていた葱が美味しいだなんて不思議。葱って青臭いから、あまり好きじゃないのよね。


 ちょうどそのタイミングで、医者の天使が入ってきた。
 彼の後ろにはヴァネッサもいる。ヴァネッサが呼んできてくれたのだ。さすが、彼女は気が利く。

「大丈夫かい!? 少し診るよ」

 私はノアから手を離し、邪魔にならないよう少し離れた。エリアスも同じようにした。

 医者の天使はノアの上半身の服を脱がせた。上体が露になる。腹部には包帯が巻かれているが、そこから黒いもやが湧き出ていた。
 エリアスと同じだ。
 ルッツに突き刺された時、魔気を注入されたというところだろう。初めてではないのですぐに察した。

「ヴァネッサさん、二人ぐらい看護師を呼んできてくれるかな」
「承知しました」

 ヴァネッサは速やかにカーテンの外へ出ていく。まるで看護師であるかのような反応の素早さを目にし、純粋に凄いと尊敬した。

「王女。空気を吸いに、少し外へ出ましょうか」

 エリアスが唐突に提案してくる。
 二人もいると邪魔だということだろうか……。彼の真意は分からないが、私は頷き、外へ出ることにした。
 ここは狭くて圧迫感がある。まるで檻のよう。広いところへ行きたいなと内心思っていたところだ。ちょうどいいタイミングである。


 カーテンの外に出て、それから小屋からも出た。だいぶ日が落ちてきて薄暗くなっている。もうすぐ夜になるからか、行き交う天使の数も心なしか減っている気がした。

「いたいた! 王女様っ」

 聞き慣れた声に呼ばれそっちを向く。視界に入ったのはジェシカだった。とても明るい表情で駆け寄ってくる彼女の背後には、山のような荷物を持たされている鴬色の髪のレクシフが立っていた。

「今着いたところ?」

 私は何げなく尋ねる。
 ジェシカとレクシフは荷物を整理してから天界へ来るという話だった。

「うん、そうだよ。あ、そうだ! これね」

 彼女は言いながら自分のズボンのポケットの中を手で探る。

「はいっ、これ。忘れてたよ」

 そう言って差し出したジェシカの手には、くまのストラップ二つが乗っていた。ピンクとブルー。エンジェリカを旅立つ時に買っておいたものだ。
 手紙でエリアスに送ろうと計画していたのに、色々あったせいですっかり忘れてしまっていた。

「それは……!」

 エリアスは驚いた声を出す。そして上着のポケットから取り出した。前に買った方のブルーのくまを。

「これと同じものではありませんか? 王女がなぜ」
「実は私……前のやつなくしちゃったのよ。ごめんなさい」

 そう答え苦笑いでごまかした。

 あんなに何度も激しい戦いを繰り広げながら、まだくまのストラップを持っていたとは。予想外で衝撃を受けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...