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113話 「第一関門」
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結局、一瞬にして捕まった。
私の足はヴァネッサから逃げきれるほど速くなかったのだ。こればかりは私の目算が甘かったとしか言い様がない。
「アンナ王女! 突然何のつもりですか!」
勝手なことをしたのだから叱責されるのも仕方がない。この際もう逃げるのは諦めて、大人しく叱られることにした。その方が話が早い。
「エリアスと結婚する? 馬鹿なことを仰るのは止めて下さい! 貴女はこれからエンジェリカの女王になられるのですよ。そのような勝手は断じて認められません!」
「どうしてダメなの? 信頼できるかすら分からないような余所者の男より良いじゃない」
エリアスなら信頼できるし、エンジェリカ出身だし。問題は何もないと思うのだが。
「護衛と結婚した女王など前代未聞ですよ! 良いですか? 貴女はエンジェリカの女王になる身。それに相応しい人生を……」
「ヴァネッサは頭が固いのよ! 今までの女王なんて関係ないでしょ!」
色々言われるのが鬱陶しくて、つい口調が荒れてしまう。こんなのはおかしいと分かってはいるのだが、感情的にならずにはいられない。
「エリアスが王女をたぶらかしたなどと言われても構わないのですか? 貴女とエリアスの結婚を良く思わない輩は、必ずエリアスを責めますよ」
「分かってる! そんなくらい、痛くも痒くもないわ!」
するとヴァネッサは一度黙った。数秒間を空けて、静かに尋ねてくる。
「アンナ王女、貴女……本気なのですか?」
その表情は真剣そのものだ。じっと見つめられて目を逸らしたくなるが、それではいけないと思い、私は彼女の瞳を見つめ返す。彼女には私の本気度を知ってもらわなくてはならない。
これは冗談ではないのだから。
「ヴァネッサは、私が本気でないと思う?」
逆に聞き返すと、彼女は少ししてから溜め息を漏らす。
「こちらが質問しているのですよ、まったく……。ですが」
彼女はここで一呼吸おき、それから続ける。
「貴女が本気であることは理解しました」
呆れたような笑みを浮かべるヴァネッサ。私の気持ちはどうやら伝わったらしい。
これで第一関門は突破か。
第一関門と言っても、ヴァネッサを説得するのが一番難しいところだ。彼女に認めてもらえれば大抵のことはどうにかなる。それを思えば、この第一関門を突破できるかどうかがすべてを決めると言っても過言ではない。彼女に反対されれば、どう足掻いても上手くいくことはないのだから。
「冗談半分でないというのなら、私は認めます」
「ありがとう、ヴァネッサ!」
あんなに喧嘩ばかりだったエリアスとの結婚を認めてくれるなんて、ヴァネッサもたまには良いところあるじゃない!
……あ。たまには、なんて言ったら怒られるわね。
「ただしお覚悟を。険しい道を行くことになります」
どんな困難だってかかってきなさい! と言い放ちたい気分だ。進み始めた私を止められる者なんて一人もいない。
「それは分かってる。けど、例えどんなに困難な道だとしても、エリアスとなら歩んでいけると思うわ」
それは心の底からの純粋な思いだ。
私たちは今まで、いくつもの高い壁に出会った。時にはすれ違いかけたこともあったけど、最終的にはいつも分かりあえた。だからこの先もきっと、困難は乗り越えてゆける。
彼だって聞かれたなら同じ答えを言うと思うの。
「ではまずはディルク王にその旨を伝えましょう」
ヴァネッサが落ち着いた口調で切り出す。平淡な声色だが冷たさはなく、穏やかな雰囲気だ。
「そうね! 私が話したらいいのかな」
「はい。真剣さが伝わるよう、真面目に話して下さい。私もなるべく尽力しますが、メインはあくまでアンナ王女です」
ヴァネッサが一緒に来てくれるなら安心だ。利口な彼女なら上手くフォローしてくれるはず。私一人で話すより、ずっと心強い。
「分かったわ。できるだけ真面目に頑張るわね」
無意識のうちにリラックスしていたのか、私は自然と笑うことができた。ヴァネッサの態度が冷たくなくなったからかもしれない。
後はディルク王に話すのみ。よし、頑張ろう。
この思いをしっかり伝えよう、と私は改めて強く決意した。
それから私はヴァネッサと一緒に王の間へ向かった。
親衛隊員は少し不思議そうな顔をしていたが、特に何も言わずに通してくれる。おかげで速やかにディルク王に会うことができた。今日は幸運だ。
「アンナ、どうした。まだ何か話があるのか?」
ディルク王は落ち着いた重厚感のある声で聞いてくる。威厳のある容姿と声に、少し怯みそうになった。
普通の父と娘ならそんなことにはならないだろうが、私とディルク王は距離のある親子だ。だから私は時々彼の存在感に圧倒される。直接話すのは苦手だ。
だが今は怯んでいる場合ではない。
「お父様、聞きたいことがあるの。戴冠式と結婚式が同時に行われるというのは本当?」
するとディルク王は少し戸惑ったように黙る。十秒ぐらいの沈黙があり、ようやく返してくる。
「……そうだ。それがどうかしたのか?」
「私の結婚相手のことなのだけど」
そう切り出すと、ディルク王は両眉を内へ寄せて怪訝な顔になる。娘がいきなりこんなことを言い出したのだから怪訝な顔になるのも無理はないかもしれない。
「お前が案ずる必要はない。相手はこっちで準備を——」
「エリアスと結婚するわ」
ディルク王の言葉を途中で遮り宣言する。
「……何だと?」
彼の訝しむような視線が刺さり痛いが、今の私はそんなことで怯むほど弱くない。私だっていつまでも父親の言いなりではないのだ。
「私はエリアスを迎えたいの。夫として、ね」
私の足はヴァネッサから逃げきれるほど速くなかったのだ。こればかりは私の目算が甘かったとしか言い様がない。
「アンナ王女! 突然何のつもりですか!」
勝手なことをしたのだから叱責されるのも仕方がない。この際もう逃げるのは諦めて、大人しく叱られることにした。その方が話が早い。
「エリアスと結婚する? 馬鹿なことを仰るのは止めて下さい! 貴女はこれからエンジェリカの女王になられるのですよ。そのような勝手は断じて認められません!」
「どうしてダメなの? 信頼できるかすら分からないような余所者の男より良いじゃない」
エリアスなら信頼できるし、エンジェリカ出身だし。問題は何もないと思うのだが。
「護衛と結婚した女王など前代未聞ですよ! 良いですか? 貴女はエンジェリカの女王になる身。それに相応しい人生を……」
「ヴァネッサは頭が固いのよ! 今までの女王なんて関係ないでしょ!」
色々言われるのが鬱陶しくて、つい口調が荒れてしまう。こんなのはおかしいと分かってはいるのだが、感情的にならずにはいられない。
「エリアスが王女をたぶらかしたなどと言われても構わないのですか? 貴女とエリアスの結婚を良く思わない輩は、必ずエリアスを責めますよ」
「分かってる! そんなくらい、痛くも痒くもないわ!」
するとヴァネッサは一度黙った。数秒間を空けて、静かに尋ねてくる。
「アンナ王女、貴女……本気なのですか?」
その表情は真剣そのものだ。じっと見つめられて目を逸らしたくなるが、それではいけないと思い、私は彼女の瞳を見つめ返す。彼女には私の本気度を知ってもらわなくてはならない。
これは冗談ではないのだから。
「ヴァネッサは、私が本気でないと思う?」
逆に聞き返すと、彼女は少ししてから溜め息を漏らす。
「こちらが質問しているのですよ、まったく……。ですが」
彼女はここで一呼吸おき、それから続ける。
「貴女が本気であることは理解しました」
呆れたような笑みを浮かべるヴァネッサ。私の気持ちはどうやら伝わったらしい。
これで第一関門は突破か。
第一関門と言っても、ヴァネッサを説得するのが一番難しいところだ。彼女に認めてもらえれば大抵のことはどうにかなる。それを思えば、この第一関門を突破できるかどうかがすべてを決めると言っても過言ではない。彼女に反対されれば、どう足掻いても上手くいくことはないのだから。
「冗談半分でないというのなら、私は認めます」
「ありがとう、ヴァネッサ!」
あんなに喧嘩ばかりだったエリアスとの結婚を認めてくれるなんて、ヴァネッサもたまには良いところあるじゃない!
……あ。たまには、なんて言ったら怒られるわね。
「ただしお覚悟を。険しい道を行くことになります」
どんな困難だってかかってきなさい! と言い放ちたい気分だ。進み始めた私を止められる者なんて一人もいない。
「それは分かってる。けど、例えどんなに困難な道だとしても、エリアスとなら歩んでいけると思うわ」
それは心の底からの純粋な思いだ。
私たちは今まで、いくつもの高い壁に出会った。時にはすれ違いかけたこともあったけど、最終的にはいつも分かりあえた。だからこの先もきっと、困難は乗り越えてゆける。
彼だって聞かれたなら同じ答えを言うと思うの。
「ではまずはディルク王にその旨を伝えましょう」
ヴァネッサが落ち着いた口調で切り出す。平淡な声色だが冷たさはなく、穏やかな雰囲気だ。
「そうね! 私が話したらいいのかな」
「はい。真剣さが伝わるよう、真面目に話して下さい。私もなるべく尽力しますが、メインはあくまでアンナ王女です」
ヴァネッサが一緒に来てくれるなら安心だ。利口な彼女なら上手くフォローしてくれるはず。私一人で話すより、ずっと心強い。
「分かったわ。できるだけ真面目に頑張るわね」
無意識のうちにリラックスしていたのか、私は自然と笑うことができた。ヴァネッサの態度が冷たくなくなったからかもしれない。
後はディルク王に話すのみ。よし、頑張ろう。
この思いをしっかり伝えよう、と私は改めて強く決意した。
それから私はヴァネッサと一緒に王の間へ向かった。
親衛隊員は少し不思議そうな顔をしていたが、特に何も言わずに通してくれる。おかげで速やかにディルク王に会うことができた。今日は幸運だ。
「アンナ、どうした。まだ何か話があるのか?」
ディルク王は落ち着いた重厚感のある声で聞いてくる。威厳のある容姿と声に、少し怯みそうになった。
普通の父と娘ならそんなことにはならないだろうが、私とディルク王は距離のある親子だ。だから私は時々彼の存在感に圧倒される。直接話すのは苦手だ。
だが今は怯んでいる場合ではない。
「お父様、聞きたいことがあるの。戴冠式と結婚式が同時に行われるというのは本当?」
するとディルク王は少し戸惑ったように黙る。十秒ぐらいの沈黙があり、ようやく返してくる。
「……そうだ。それがどうかしたのか?」
「私の結婚相手のことなのだけど」
そう切り出すと、ディルク王は両眉を内へ寄せて怪訝な顔になる。娘がいきなりこんなことを言い出したのだから怪訝な顔になるのも無理はないかもしれない。
「お前が案ずる必要はない。相手はこっちで準備を——」
「エリアスと結婚するわ」
ディルク王の言葉を途中で遮り宣言する。
「……何だと?」
彼の訝しむような視線が刺さり痛いが、今の私はそんなことで怯むほど弱くない。私だっていつまでも父親の言いなりではないのだ。
「私はエリアスを迎えたいの。夫として、ね」
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