エンジェリカの王女

四季

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8話 「母親とは面倒臭い」

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 一度王宮の外へ出てすぐ近くの別棟へ入り、地下へ続く長い石の階段を下りていく。下へ向かうにつれ徐々に埃っぽくなってきて乾いた咳が出る。喉がごろごろしてきて不快感が凄い。

「大丈夫ですか? アンナ王女」

 暗くて度々転びそうになる私をヴァネッサは気にかけてくれる。壁の所々にランプが掛けられている以外に明かりはないので、不気味すぎて一人では到底行けそうにない。

「もうまもなく着きますので」

 地下へ着いて狭い廊下を歩いている途中にヴァネッサがそっと口を開いた。

「暗くて気味悪いわね」
「地下牢ですから……。はい、着きましたよ」

 黒い鉄の柵があり、その中に白い姿が見えた。

「エリアス!!」

 私が呼びかけると、狭い牢の中に座っていたエリアスは、細く目を開ける。しばらく間があって彼は口を開く。

「……王女?」
「そうよ、私。アンナよ」
「貴女が何故ここに……あぁ、ヴァネッサさんですか」

 エリアスは眉をひそめて不快そうな表情になる。

「何なの、エリアス。嬉しくなさそうね」

 ヴァネッサは静かに言った。

「嬉しいわけがありません。王女にこのような姿を見せたくはなかった」

 微かに俯くと長い睫毛が悲しげな表情を彩る。

「エリアス。私ね、貴方に話したいことが沢山あるの。だから今から話しても構わない?」
「えぇ、もちろんです」

 こちらへ視線を向けるとエリアスは少しだけ笑みを浮かべてそう答えた。

「まずはごめんなさい。巻き込んでしまったこと、謝るわ」
「王女が謝罪なさることは何もありませんよ。私の仕事の結果など、一切王女の問題ではありませんから」

 数秒沈黙が訪れる。

「そ、そうね。ありがとう。それで、怪我はどう? 大丈夫?」

 服装自体が真っ白なので気づきにくいが、彼の首には白い包帯が巻かれていた。

「はい。診てもらったところ、そこまで深い傷ではなかったので軽い処置だけで済みました。今のところ異常もありません」

 出血が多そうだったので心配していたのだが、重傷でなくて良かった、と私は安堵の溜め息を漏らす。

「それならいいけど。なるべく無理はしないでね」

 エリアスはゆっくりまばたきしてから述べる。

「王女はお優しいですね」

 突然そんなことを言われると困惑してしまう。何と返せば良いものか。

「昔からずっと……、王女は優しくて素敵な方です」

 それを聞いて私の後ろに立っていたヴァネッサが怪訝な顔をする。

「アンナ王女を口説くようなことを言わないで」

 冷ややかな視線を送られたエリアスは冷淡な声で言い返す。
「そうではありません、ヴァネッサさん。貴女も王女の優しさはよくご存じでしょう」

「そうね、アンナ王女は優しい方だわ。けれどいずれ女王になる王女としてはまだ不十分……と思っているわ」
「ヴァネッサさん、余計な発言は慎んで下さいよ」

 冷たい夜風が一本の糸のような細さで地上から流れてくる。
 何だか怪しい雲行き。まるでまだ晴れているがまもなく雨が降りだすという時のような空気だ。しかも話の筋がずれてきている。

「はい! おしまいっ!」

 これ以上放っておくと喧嘩になってしまうと感じた私は、場の空気を変えるべく、いつになく明るい声で言った。

「……どうしました?」

 ヴァネッサの深海のような瞳から放たれる視線が私を捉えて離さない。突然明るく大きな声を出したことの説明を求めているのだろう。

「私が黙っていたら二人共すぐ喧嘩するんだから。止めてよ。折角なのに楽しくなくなるわ」
「アンナ王女。楽しみに来たわけではないでしょう」

 それもそうだな、と内心思ったのは秘密。エリアスに会いたくて来たというのはあっても、遊びに来たわけではない。

「楽しみに来たのではないとはどのような意味でしょう」

 次はエリアスが尋ねてくる。ヴァネッサもエリアスも気になることがあると躊躇いなく聞いてくるので質問が絶えない。

「うーん。えと、つまり……、私のせいで捕まっちゃったエリアスが一人で寂しい思いをしなくていいように、一晩中お話しようと思って来たの」
「本当ですか!?」

 エリアスの表情がパアッと一気に明るくなる。こんな嬉しそうな顔をしているのはいつ以来だろうか。彼はどんな時でもどこか哀愁が漂っているので、純粋に嬉しそうな顔をするのは珍しい。

「王女は本当にお優しい方ですね。……私は幸せ者です」

 長い睫毛をぱちぱちさせながら瞳を輝かせている。

「一晩中とは何です! そんなことは聞いていませんよ!」

 いつものことながらお堅いヴァネッサは、予想通り厳しい口調で突っ込んできた。彼女はエリアスと私が仲良くしているとすぐに注意してくる。いや、エリアスとの場合だけでなく、男性と親しくしていると、というのに近いかもしれない。

「いいじゃない、ヴァネッサ。どうしてそうやってすぐに怒るの?」

 王妃だった私の母はいつも仕事で忙しくあまり会えなかったため経験したことはないが、口出ししてくる厄介な母親というのはこういう感じなのかもしれない。

「怒っているわけではありません。ただ、貴女は王女でエリアスは男です。男女がこんなところで一緒にいるなど……!」

 ヴァネッサの言葉を聞いた瞬間、エリアスが鋭い目つきで言い放つ。

「ヴァネッサさん、一言失礼しますが」

 エリアスは私に対しては親切だが、ヴァネッサに対する態度はいつもかなり厳しい。

「私は男である前に護衛隊長ですから。そのような心配は必要ありません」

 それでなくても埃っぽくて重苦しかった空気が更に重苦しくなってきて、私は思わず溜め息を漏らしてしまった。
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