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5話「不思議な縁、感じます」
しおりを挟む「すみません、お嬢さん。迷惑をかけてしまって」
事後、青年から声をかけられた。
正直意外だった。
彼の視界にはもう私なんて入っていないと思っていたから。
「あ……いえ」
「お気遣いありがとうございました」
「何があったとしても、抜かすのは問題だと思うので」
「真面目な方なのですね」
彼はふっと頬を緩める。
その顔を目にしたら、何か、特別な感情が芽生えるような気がした。
……ないない、勘違いよ。
慌てて脳を修正する。
だって、私たち、今日ただここで出会っただけ。それ以上のことなんてない。知り合いですらないのだし。だから私たちは今日ここで一瞬出会うだけの人だ、本当にそれだけの小さな縁。
「もう。駄目よ、ウェルネリア。余計な口出しをしちゃ」
「うん……ごめん母さん」
「まぁ無事でよかったけれど……」
「心配させてごめんなさい」
「ま、いいわ。もう解決したしね! もうしばらく並んでいましょ」
それからもしばらく、私と母は並んだ。
ただ一つ、愛するクッキーを買うためだけに。
でも苦なんてなかった。
――そうしてついに購入に成功する。
「良かったわね、ナツツルンナッツのクッキーが売り切れてなくて」
「うん!」
「数も結構あったし、最高の結果ね」
「思う思う」
ご機嫌で、二人、家へ帰る道を歩いていると。
「あの!」
誰かが声をかけてきた。
視界に入ったのは、先ほどの青年。
「お嬢さん、ナツツルンナッツ入りクッキーが好きだったのですか?」
彼は気さくだった。
「え、あ、はい」
「僕これ買ったんです。ナツツルンナッツ入りの飴なんですけど、良かったらお贈りしますよ」
袋入り飴を差し出してくる青年。
「先ほどのお礼じゃないですけど……そんな感じと思ってください」
「え。でも、貰えません。だって貴方が買ったのでしょう?」
「良いのです、一番欲しかったのはこれではなかったですし。むしろこれは一応買ってみただけですし」
「でも……」
「よければ試してみてください、クッキーが好きなら飴でも好きでしょう恐らく」
向こうからの圧に押し流されるように、何となくナツツルンナッツ入り飴を受け取ることとなった。
その後彼は笑顔でモーレスと名乗って去っていった。
「何だったのかしらね、あの男の人」
母は空を見上げながら不思議そうに呟く。
「うん、謎」
「でも……ウェルネリアのことを気にしているみたいだったわ」
「そう?」
「だって、また話しかけてきたのよ? 不自然じゃない」
「いやそれはナツツルンナッツの件で……」
「それだけとは思えないわ。もしかして、ウェルネリアのことが気になった、とか?」
少し茶化すようにこちらへ目をやってくる母。
「いや、ないない。それはない」
……そうよ、だって私たちは他人なんだもの。
特別な関係性になるなんて。
そんなことはあるわけがないわ。
だが、それから数回店へ行っている間に、彼と何度も顔を合わせることとなった。
ナツツルンナッツ入りクッキーを買いに行く用事は、いつしか、彼と会うこととイコールになって。
「やあ! 今日もまた会えましたね!」
「こんにちは」
気づけば私たちは挨拶を交わす仲となっていた。
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