46 / 50
四十六話「カザフさん、虹色糞を混ぜる」
しおりを挟む
カザフは虹色糞を材料とした薬を作り始めた。
彼の右手には、色とりどりの鮮やかなそれが入った器。そして、左手にはナナから貰った白いスプーン。
「お湯、ちょっと冷ましてきました!」
少ししてカザフのもとに現れたのは、ナナ。
彼女はお湯で満たしたコップを大事そうに両手で持っている。
「ありがとう」
「ぬるくしておいて大丈夫なんでしたよね!」
「うん。助かったよ」
カザフが今から作ろうとしている薬。それを作るためには、ぬるま湯がいる。熱湯では熱過ぎて、しかし普通の水は使えない。指で触れて「温かいな」と軽く思う程度のぬるま湯が必要だ。
「そこに入れたら良いですか?」
ナナはコップを持ったままカザフの傍に寄り、尋ねた。
それに対してカザフはさらりと答える。
「うん。でも少量でお願いしたいな」
水分量が多くなり過ぎると、薬として使用することが難しくなってしまうのだ。
「ナナが入れて大丈夫ですか?」
「うん」
「じゃあ入れますよ。終わりの時は言って下さいっ」
器にぬるま湯を注ぐ重要な役を担うことになったナナは、緊張した面持ちで、両手で握っているコップを徐々に傾けていく。その手は、緊張しているせいか、若干震えていた。
コップは傾き、やがて、端から透明なものが零れ落ちる。
粘度の低い湯は、一度零れ始めると、するするとコップから離れてゆく。
「今!」
重力に従い上から下へと向かう湯をじっと見つめていたカザフが、突如叫んだ。
その叫びに反応し、ナナは咄嗟に、コップの傾きを平常時の位置まで戻した。
「だ、大丈夫でしたか……?」
一応カザフの声にきちんと反応できたナナ。だが、それでも心配がまったくないということはなかったようで、確認の意味を込めて言葉を発する。
「うん。ちょうどいいよ」
「よ、良かったですっ……」
カザフが微笑んで返したのを目にした時、ナナはようやく安堵したように笑った。
「この後もナナがお手伝いすることはありますか?」
「ううん。もう大丈夫だよ」
「そうなんですか?」
「うん。ここからは練るだけだから」
そう述べるカザフは幸せそうな顔つきをしている。
大切なナナと一緒に穏やかな時間を過ごせることを、嬉しく思っているのだろう。
「じゃあこのコップは——」
「あ、ここに置いていってもらっても良いかな」
ナナの言葉を遮り、カザフは言った。
最後まで喋ることができなかったナナだが、それを不快に思うことはなかったようで、明るい表情で「分かりましたっ」と返事をしていた。
それからナナは、カウンターの方へ移動する。
カザフは、スプーンと器を手に持ちながら、虹色糞を混ぜていく。まずは切るように、それから縁を描くように、そしてまた切るように。片手でスプーンを華麗に動かし、独特の方法で混ぜる。水分が減ってきたことに気づけば、ほんの少しだけぬるま湯を垂らし、またスプーンを動かす。それをひたすら繰り返す。
その動きは単調で、一見退屈しそうである。
だがカザフは退屈などしておらず、真剣な表情で、器の中身をひたすら混ぜていた。
ナナはというと、カウンターの奥の椅子に腰掛けて、近くのテーブルに置かれたビーズケースの蓋を開けている。
カザフの方は見ない。
真剣な彼の邪魔にならないように、と考えてのことなのだろう。
ナナは半透明の白いビーズケースから透明な細い糸を取り出す。それから、さらに、小指の爪の半分もないくらい小さなビーズも出してきた。赤、青、黄、と、出してくるビーズの色はランダムだ。
アクセサリー店はもう閉店している。それゆえ、人が入ってくることはない。灯りは消えていないけれど、ナナとカザフ以外の人間が現れることはない状況。
だからこそ、二人とも好きなことができるのだ。
来店を気にすることなく、それぞれ、今やりたいことをやることができる。
◆
「よし! 薬完成!」
混ぜることを始めてから三十分ほどが経過した時、カザフは突然声をあげた。
前触れのない大声に驚いたナナは、一瞬、ビクッと身を震わせる。が、急に放たれた大声がカザフのものだと気づくと、ホッとしたような顔でカザフの方を向く。
「完成したんですか?」
ナナの手には作りかけのビーズアクセサリー。
ちなみに、一個目に製作していたブレスレットは既に完成している。
今彼女が持っているのは、二つ目だ。
「うん。できたよ」
「どのようにして保存を?」
「紙を被せておいたら大丈夫だよ。使いたい時、もし乾いていたら、ぬるま湯を足せば問題ないよ」
カザフは丁寧に説明した。
それを聞いたナナは、カウンター奥の椅子から立ち上がる。
「じゃあ、その器に蓋できるくらいの紙が要りますね!」
「あ、今じゃなくてもいいよ」
カザフは遠慮がちに言うが、ナナはもう聞いていない。自身の思考のままに、紙を取りに行ってしまう。
「待ってて下さい! 持ってきますから!」
その後ろ姿を見て、カザフは「あぁ……」と小さく漏らしてしまう。そんなに急がなくても、とでも言いたげな顔をしていた。
ナナは行動が早い方だ。特に、カザフに何か頼まれた時には、素早く行動する。カザフとて、それ自体を悪く言う気はない。ただ、ナナがあまりに従ってくれるから、申し訳ない心境になってしまう時もあるのだ。
彼の右手には、色とりどりの鮮やかなそれが入った器。そして、左手にはナナから貰った白いスプーン。
「お湯、ちょっと冷ましてきました!」
少ししてカザフのもとに現れたのは、ナナ。
彼女はお湯で満たしたコップを大事そうに両手で持っている。
「ありがとう」
「ぬるくしておいて大丈夫なんでしたよね!」
「うん。助かったよ」
カザフが今から作ろうとしている薬。それを作るためには、ぬるま湯がいる。熱湯では熱過ぎて、しかし普通の水は使えない。指で触れて「温かいな」と軽く思う程度のぬるま湯が必要だ。
「そこに入れたら良いですか?」
ナナはコップを持ったままカザフの傍に寄り、尋ねた。
それに対してカザフはさらりと答える。
「うん。でも少量でお願いしたいな」
水分量が多くなり過ぎると、薬として使用することが難しくなってしまうのだ。
「ナナが入れて大丈夫ですか?」
「うん」
「じゃあ入れますよ。終わりの時は言って下さいっ」
器にぬるま湯を注ぐ重要な役を担うことになったナナは、緊張した面持ちで、両手で握っているコップを徐々に傾けていく。その手は、緊張しているせいか、若干震えていた。
コップは傾き、やがて、端から透明なものが零れ落ちる。
粘度の低い湯は、一度零れ始めると、するするとコップから離れてゆく。
「今!」
重力に従い上から下へと向かう湯をじっと見つめていたカザフが、突如叫んだ。
その叫びに反応し、ナナは咄嗟に、コップの傾きを平常時の位置まで戻した。
「だ、大丈夫でしたか……?」
一応カザフの声にきちんと反応できたナナ。だが、それでも心配がまったくないということはなかったようで、確認の意味を込めて言葉を発する。
「うん。ちょうどいいよ」
「よ、良かったですっ……」
カザフが微笑んで返したのを目にした時、ナナはようやく安堵したように笑った。
「この後もナナがお手伝いすることはありますか?」
「ううん。もう大丈夫だよ」
「そうなんですか?」
「うん。ここからは練るだけだから」
そう述べるカザフは幸せそうな顔つきをしている。
大切なナナと一緒に穏やかな時間を過ごせることを、嬉しく思っているのだろう。
「じゃあこのコップは——」
「あ、ここに置いていってもらっても良いかな」
ナナの言葉を遮り、カザフは言った。
最後まで喋ることができなかったナナだが、それを不快に思うことはなかったようで、明るい表情で「分かりましたっ」と返事をしていた。
それからナナは、カウンターの方へ移動する。
カザフは、スプーンと器を手に持ちながら、虹色糞を混ぜていく。まずは切るように、それから縁を描くように、そしてまた切るように。片手でスプーンを華麗に動かし、独特の方法で混ぜる。水分が減ってきたことに気づけば、ほんの少しだけぬるま湯を垂らし、またスプーンを動かす。それをひたすら繰り返す。
その動きは単調で、一見退屈しそうである。
だがカザフは退屈などしておらず、真剣な表情で、器の中身をひたすら混ぜていた。
ナナはというと、カウンターの奥の椅子に腰掛けて、近くのテーブルに置かれたビーズケースの蓋を開けている。
カザフの方は見ない。
真剣な彼の邪魔にならないように、と考えてのことなのだろう。
ナナは半透明の白いビーズケースから透明な細い糸を取り出す。それから、さらに、小指の爪の半分もないくらい小さなビーズも出してきた。赤、青、黄、と、出してくるビーズの色はランダムだ。
アクセサリー店はもう閉店している。それゆえ、人が入ってくることはない。灯りは消えていないけれど、ナナとカザフ以外の人間が現れることはない状況。
だからこそ、二人とも好きなことができるのだ。
来店を気にすることなく、それぞれ、今やりたいことをやることができる。
◆
「よし! 薬完成!」
混ぜることを始めてから三十分ほどが経過した時、カザフは突然声をあげた。
前触れのない大声に驚いたナナは、一瞬、ビクッと身を震わせる。が、急に放たれた大声がカザフのものだと気づくと、ホッとしたような顔でカザフの方を向く。
「完成したんですか?」
ナナの手には作りかけのビーズアクセサリー。
ちなみに、一個目に製作していたブレスレットは既に完成している。
今彼女が持っているのは、二つ目だ。
「うん。できたよ」
「どのようにして保存を?」
「紙を被せておいたら大丈夫だよ。使いたい時、もし乾いていたら、ぬるま湯を足せば問題ないよ」
カザフは丁寧に説明した。
それを聞いたナナは、カウンター奥の椅子から立ち上がる。
「じゃあ、その器に蓋できるくらいの紙が要りますね!」
「あ、今じゃなくてもいいよ」
カザフは遠慮がちに言うが、ナナはもう聞いていない。自身の思考のままに、紙を取りに行ってしまう。
「待ってて下さい! 持ってきますから!」
その後ろ姿を見て、カザフは「あぁ……」と小さく漏らしてしまう。そんなに急がなくても、とでも言いたげな顔をしていた。
ナナは行動が早い方だ。特に、カザフに何か頼まれた時には、素早く行動する。カザフとて、それ自体を悪く言う気はない。ただ、ナナがあまりに従ってくれるから、申し訳ない心境になってしまう時もあるのだ。
0
あなたにおすすめの小説
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。
かの
ファンタジー
孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。
ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで
ひーにゃん
ファンタジー
誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。
運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……
与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。
だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。
これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。
冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。
よろしくお願いします。
この作品は小説家になろう様にも掲載しています。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる