9 / 11
8話 「決断の時」
しおりを挟む
「覚悟しなよ!」
巨体から発される耳をつんざくような声。いつものソラと同じ声のはずなのに、とてもそうは思えない。
龍となったソラは伯母を凪ぎ払おうと長い尾を振り回す。あんなのがまともに当たれば即死は免れないだろう。巻き起こされる風だけでも嵐のようだ。伯母は恐怖のあまり涙目になって逃げようとするが、慌てているせいで足が絡まる。何度もつまずいて転けそうになっていた。
「ソラ!止めて!」
あまりに憐れに逃げ回る伯母がさすがに可哀想になり、ソラを制止しようと声をかける。
「……アイネ」
黄金に輝く巨大な龍の青緑色をした宝玉のような瞳が私を見た。
「待っていて。あんな酷いやつは僕が始末してあげる。アイネを傷つける者は許さない」
冷ややかな声で言うソラ。私は首を横に振る。
「お願い、止めて」
伯母のことは好きではないが死んでほしいというほどの憎しみがあるわけではない。
「……何を言っているんだい?君はあんなに嫌がっていたじゃないか」
ソラは長い首を伸ばして逃げる伯母の服の襟を軽く噛むと、空高く持ち上げる。
「私を育ててくれた人なの!だから殺さないで!」
可能な限り大きく言ったが、伯母を殺すことに執着してしまっている彼には聞こえていないようだ。
「暴れるのは止めて!」
私が再び叫んだ時、ソラはようやく動きを止めた。青緑の瞳が微かにこちらを見る。私は視線を合わせて頷く。
するとソラはくわえていた伯母を地面に落とし、金の粉を舞わせながら人の姿に戻った。
「い……一体なんなの……」
地面に落とされた伯母は疲れきった顔をしている。幸い、酷い怪我はないようだ。
良かった、と思った瞬間。安堵して気が緩んだのか足がよろけ転けそうになる。倒れかかった私を人の姿に戻っているソラが支えてくれた。
「しっかりして」
青緑の透き通った瞳が不安の色を湛えている。ソラの手が私の手を包む。とても温かい。
「……ソラ。平気よ。私は、ちょっと……眠たいだけ」
身体が妙に重たい。もうそろそろ死ぬのかもしれない。この時になってようやく受け入れることが出来た。
「駄目だよ、アイネ。こんなところで。絶対に駄目だ」
悲しそうな面持ちで何度も繰り返す。
「こんなの……どうして!」
ソラが苦しそうに漏らした刹那、背後にいた伯母が口を開いた。
「貴方のせいよ。貴方が無理させたから、アイネの命が縮んだのよ!」
よくもそんなことを言えるものだ。目の前にいる悲しんでいる者に対して追い討ちをかけるようなことを言うなんて、この上ない卑怯者。
「すぐに去れ。さもなくば、次は殺すぞ」
ソラは恐ろしい形相で伯母を立ち去らせると、こちらに向き直り、悲しそうに顔を歪める。
「僕のせいなの?僕が君を不幸にした?」
「……違うわ。ソラは何も……悪くないの……」
何とかしてそれを伝えたかった。
ソラに罪はない。誰が何と言おうが彼は悪くないのだ。彼は私の勝手に付き合ってくれていただけ。
「そんな悲しそうな顔をしないで。私は大丈夫だから……」
その時は迫ってきていた。自身に残された時間がほんの僅かだということが手に取るように分かる。
ただ、私はもう死にたくないと嘆くことはなかった。何もかも諦めて生きてきた私が、この生涯のうちで奇跡的に唯一愛したソラ。彼の腕の中で死んでいくのなら一番幸せな道だろうと思える。
私はそっと目を閉じた。湖のほとりで二人で過ごした、とても楽しかった日々が蘇る。そして、あの夜、黄金の龍に乗って見て回った景色。
「アイネ。僕はもう迷わない」
薄れゆく意識の中、ソラの小さな声を聞いた。
「君を救う。例えそれが禁忌だとしても」
気付けば私は見たことのない世界に立っていた。
真っ白な空間にただ一人。なのに寂しくはない。ぼんやりと暖かく、心地よい優しい風が吹いている。
何が起きているのかよく分からぬまま立っていると金色の粉が穏やかに舞った。手を伸ばしてみるが掴むことは出来ない。やがてそれは人の形となる。
「……ソラ?」
私は思わずぼやいた。
美しい金髪、整った顔、そして青緑色をした透き通った瞳。その姿は、どこからどう見てもソラだった。
「……私は死んだの?」
一番に尋ねる。
「いいや。君は死なない」
目の前の彼は首を横に振りながらそう答えた。
「君は生きてゆける。僕の命を与えたから」
言いながらゆっくり笑みを浮かべるソラ。私は信じられない思いで彼を見た。
「どうして……それは禁忌だって言っていたじゃない。禁忌を犯せば永遠に闇の中にいなくちゃならなくなるって、前に教えてくれたでしょ?」
ソラは静かに笑みを浮かべたまま、私の問いに答えることはせずに歩き出す。どこへ向かっているのか分からないが、私は彼の背を追いかけるように歩いていった。
長い長い道のりは、全てが真っ白だった。埃一つない、白以外は全くない世界だ。もちろん色もない。退屈で、でもどこか心が癒される。私はしばらくの間、そんな道を歩いた。
巨体から発される耳をつんざくような声。いつものソラと同じ声のはずなのに、とてもそうは思えない。
龍となったソラは伯母を凪ぎ払おうと長い尾を振り回す。あんなのがまともに当たれば即死は免れないだろう。巻き起こされる風だけでも嵐のようだ。伯母は恐怖のあまり涙目になって逃げようとするが、慌てているせいで足が絡まる。何度もつまずいて転けそうになっていた。
「ソラ!止めて!」
あまりに憐れに逃げ回る伯母がさすがに可哀想になり、ソラを制止しようと声をかける。
「……アイネ」
黄金に輝く巨大な龍の青緑色をした宝玉のような瞳が私を見た。
「待っていて。あんな酷いやつは僕が始末してあげる。アイネを傷つける者は許さない」
冷ややかな声で言うソラ。私は首を横に振る。
「お願い、止めて」
伯母のことは好きではないが死んでほしいというほどの憎しみがあるわけではない。
「……何を言っているんだい?君はあんなに嫌がっていたじゃないか」
ソラは長い首を伸ばして逃げる伯母の服の襟を軽く噛むと、空高く持ち上げる。
「私を育ててくれた人なの!だから殺さないで!」
可能な限り大きく言ったが、伯母を殺すことに執着してしまっている彼には聞こえていないようだ。
「暴れるのは止めて!」
私が再び叫んだ時、ソラはようやく動きを止めた。青緑の瞳が微かにこちらを見る。私は視線を合わせて頷く。
するとソラはくわえていた伯母を地面に落とし、金の粉を舞わせながら人の姿に戻った。
「い……一体なんなの……」
地面に落とされた伯母は疲れきった顔をしている。幸い、酷い怪我はないようだ。
良かった、と思った瞬間。安堵して気が緩んだのか足がよろけ転けそうになる。倒れかかった私を人の姿に戻っているソラが支えてくれた。
「しっかりして」
青緑の透き通った瞳が不安の色を湛えている。ソラの手が私の手を包む。とても温かい。
「……ソラ。平気よ。私は、ちょっと……眠たいだけ」
身体が妙に重たい。もうそろそろ死ぬのかもしれない。この時になってようやく受け入れることが出来た。
「駄目だよ、アイネ。こんなところで。絶対に駄目だ」
悲しそうな面持ちで何度も繰り返す。
「こんなの……どうして!」
ソラが苦しそうに漏らした刹那、背後にいた伯母が口を開いた。
「貴方のせいよ。貴方が無理させたから、アイネの命が縮んだのよ!」
よくもそんなことを言えるものだ。目の前にいる悲しんでいる者に対して追い討ちをかけるようなことを言うなんて、この上ない卑怯者。
「すぐに去れ。さもなくば、次は殺すぞ」
ソラは恐ろしい形相で伯母を立ち去らせると、こちらに向き直り、悲しそうに顔を歪める。
「僕のせいなの?僕が君を不幸にした?」
「……違うわ。ソラは何も……悪くないの……」
何とかしてそれを伝えたかった。
ソラに罪はない。誰が何と言おうが彼は悪くないのだ。彼は私の勝手に付き合ってくれていただけ。
「そんな悲しそうな顔をしないで。私は大丈夫だから……」
その時は迫ってきていた。自身に残された時間がほんの僅かだということが手に取るように分かる。
ただ、私はもう死にたくないと嘆くことはなかった。何もかも諦めて生きてきた私が、この生涯のうちで奇跡的に唯一愛したソラ。彼の腕の中で死んでいくのなら一番幸せな道だろうと思える。
私はそっと目を閉じた。湖のほとりで二人で過ごした、とても楽しかった日々が蘇る。そして、あの夜、黄金の龍に乗って見て回った景色。
「アイネ。僕はもう迷わない」
薄れゆく意識の中、ソラの小さな声を聞いた。
「君を救う。例えそれが禁忌だとしても」
気付けば私は見たことのない世界に立っていた。
真っ白な空間にただ一人。なのに寂しくはない。ぼんやりと暖かく、心地よい優しい風が吹いている。
何が起きているのかよく分からぬまま立っていると金色の粉が穏やかに舞った。手を伸ばしてみるが掴むことは出来ない。やがてそれは人の形となる。
「……ソラ?」
私は思わずぼやいた。
美しい金髪、整った顔、そして青緑色をした透き通った瞳。その姿は、どこからどう見てもソラだった。
「……私は死んだの?」
一番に尋ねる。
「いいや。君は死なない」
目の前の彼は首を横に振りながらそう答えた。
「君は生きてゆける。僕の命を与えたから」
言いながらゆっくり笑みを浮かべるソラ。私は信じられない思いで彼を見た。
「どうして……それは禁忌だって言っていたじゃない。禁忌を犯せば永遠に闇の中にいなくちゃならなくなるって、前に教えてくれたでしょ?」
ソラは静かに笑みを浮かべたまま、私の問いに答えることはせずに歩き出す。どこへ向かっているのか分からないが、私は彼の背を追いかけるように歩いていった。
長い長い道のりは、全てが真っ白だった。埃一つない、白以外は全くない世界だ。もちろん色もない。退屈で、でもどこか心が癒される。私はしばらくの間、そんな道を歩いた。
1
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
*「第3回きずな児童書大賞」エントリー中です*
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる