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9話 「その先の未来へ」
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ふっ、と目が覚めた。
私は目覚めはあまり良い方ではない。だがこの時は、やけにすっきりとした爽やかな目覚めだった。
今どこにいるのか。眼球を動かしてみても把握出来ない。とにかく周囲を見ようと思い身体を起こす。そしてその時に、私は驚きを感じた。驚くぐらい身体が軽い。身体の奥底から力がみなぎる。
あちらこちらを目を凝らしてよく見てから、いつもの湖畔だということに気付く。そこまでなって、私はようやく思い出した。
確か死にそうになって……ソラが命を……。
すぐに足下へ視線をやる。
そこには憔悴しきった顔で倒れているソラの姿があった。
「大丈夫!?」
慌てて手を握ると、彼は音を立てず静かに顔を上げた。
「あぁ……アイネ。良かった。成功したんだ……」
ゆっくりと話すだけなのに、呼吸が整わない。余程疲労していることが窺える。
「……これ返すよ」
そう言ってソラが胸元から取り出してきたのは水晶玉。八の字の印が刻まれている。あの日私が湖に落としたものと同じ水晶玉だ。
「どうしてこれを?」
「……君はずっと探していたよね。あの日から……ずっと。返すの……遅くなってごめん」
ソラは水晶玉をそっと私の手に乗せ、そのまま手を優しく握る。彼は人間ではない。なのに手の温もりは確かに人間のそれと同じものだった。
「あの日から、って?」
「……十年前の雨の日だよ。君はこの水晶玉を探そうとして湖へ落ちたよね……」
彼が言っているのは恐らく、母に叱られ家を飛び出したあの日のことだろう。
「僕は君を助けた。でも……、これを渡すことは……出来なかった」
青緑の静かな瞳に、一粒の涙が浮かぶ。水晶玉のようなその涙は頬を伝い落ちた。
「あの日、私が見た金色の龍。それは貴方だったのね」
誰に話しても幻を見たのだと馬鹿にされたこと。だが、あの日の私が見たものは幻覚ではなく、確かに本物だったのだ。
——と、その時。
横たわっていたソラの姿が薄れてくる。透き通る、というのが正しい表現かもしれない。いつもの金色の粉になる時とは違う。繋がれていた私の指が彼の指をすり抜ける。輪郭が見える程度で、もう触れることは出来なくなってしまった。
「ソラ、貴方は死なないのよね?不死なのよね?」
透き通った彼の影は穏やかな表情でそっと頷く。
「どうして私を助けたの。永遠に闇の中で暮らさなくてはならないのは嫌だって、そう言っていたのに……」
ソラは柔らかな笑みを浮かべて私に視線を合わせ、一度だけゆっくりと首を縦に動かす。その顔には、悲しみなんてものは欠片もありはしなかった。
「アイネ、君に幸せになってほしいと思った。ただそれだけのことだよ」
こうしてソラの姿は消えた。それが私たちの交わした最後の言葉となってしまった。
「……ソラ。さようなら」
彼は死んだわけじゃない。だから、それが運命ならば、きっといつかまた出会える。私はそう信じて空を見上げた。
「きっと、またいつか会いましょう。私はずっと忘れないから……貴方と過ごした日々」
湖畔にはもう誰もいない。たった一人、私がいるだけ。
初めからそうだった。誰かと傍にいることなんて諦めて生きてきた。幸せとか温もりとか、そんなものはどうでも良かったはずなのに。
私は声をあげて泣いた。悲しかったの。ただひたすらに。けれど少しして私は涙を拭くと、私は立ち上がった。
今の私には希望が見える。ずっと遠くの未来まで、私は歩いてゆける。彼が自身を身代わりに私にくれた道。だから立ち止まっているわけにはいかない。無意味に時間を浪費している暇はないのだ。
「ありがとう。私、幸せに生きるわ。ずっと……、ずっとよ」
見上げた空は晴れていた。天まで届くような、無限に広がるような大空。まるで新たな人生の始まりを祝福してくれているかのような空だった。
私はあれから村を出て、旅を始めた。世界中を巡り知らないものに出会うのはとても楽しいことだった。本という文字だけではなく、この目で見て身体で触れられる本物の世界は、全てが刺激に満ち溢れている。胸のときめきは留まることを知らない。
旅先で私はいつも日記を書いた。文学的なんかではなくて、拙い言葉の羅列だけれど、この現在の感動を未来まで忘れないために記しておくのだ。そうすれば生の世界の感動を、僅かでも、いつでも体感することが出来るから。
やがて十年が過ぎた。
私は久々に村に帰り、そこで貸本屋を開いた。旅先で買ってきた珍しい本を中心に貸すお店である。二十後半に差し掛かってまだ独り身ではあったが、毎日が楽しく充実している。村の子どもたちに絵本を読み聞かせたり、本好きの人と語り合ったり。これこそ自分の生きる道だと確かに実感していた。
そんな幸せな日常の中でも、少し切なくなる時がある。満月の夜だ。今住んでいる家の寝室の窓からは月がよく見えるのだが、満月の夜には、いつも不思議と胸を締め付けられるような気持ちに駆られる。そんな夜には水晶玉を握り夜空を見上げ、呪文のように呟く。
貴方は今、どこにいるの——?
私は目覚めはあまり良い方ではない。だがこの時は、やけにすっきりとした爽やかな目覚めだった。
今どこにいるのか。眼球を動かしてみても把握出来ない。とにかく周囲を見ようと思い身体を起こす。そしてその時に、私は驚きを感じた。驚くぐらい身体が軽い。身体の奥底から力がみなぎる。
あちらこちらを目を凝らしてよく見てから、いつもの湖畔だということに気付く。そこまでなって、私はようやく思い出した。
確か死にそうになって……ソラが命を……。
すぐに足下へ視線をやる。
そこには憔悴しきった顔で倒れているソラの姿があった。
「大丈夫!?」
慌てて手を握ると、彼は音を立てず静かに顔を上げた。
「あぁ……アイネ。良かった。成功したんだ……」
ゆっくりと話すだけなのに、呼吸が整わない。余程疲労していることが窺える。
「……これ返すよ」
そう言ってソラが胸元から取り出してきたのは水晶玉。八の字の印が刻まれている。あの日私が湖に落としたものと同じ水晶玉だ。
「どうしてこれを?」
「……君はずっと探していたよね。あの日から……ずっと。返すの……遅くなってごめん」
ソラは水晶玉をそっと私の手に乗せ、そのまま手を優しく握る。彼は人間ではない。なのに手の温もりは確かに人間のそれと同じものだった。
「あの日から、って?」
「……十年前の雨の日だよ。君はこの水晶玉を探そうとして湖へ落ちたよね……」
彼が言っているのは恐らく、母に叱られ家を飛び出したあの日のことだろう。
「僕は君を助けた。でも……、これを渡すことは……出来なかった」
青緑の静かな瞳に、一粒の涙が浮かぶ。水晶玉のようなその涙は頬を伝い落ちた。
「あの日、私が見た金色の龍。それは貴方だったのね」
誰に話しても幻を見たのだと馬鹿にされたこと。だが、あの日の私が見たものは幻覚ではなく、確かに本物だったのだ。
——と、その時。
横たわっていたソラの姿が薄れてくる。透き通る、というのが正しい表現かもしれない。いつもの金色の粉になる時とは違う。繋がれていた私の指が彼の指をすり抜ける。輪郭が見える程度で、もう触れることは出来なくなってしまった。
「ソラ、貴方は死なないのよね?不死なのよね?」
透き通った彼の影は穏やかな表情でそっと頷く。
「どうして私を助けたの。永遠に闇の中で暮らさなくてはならないのは嫌だって、そう言っていたのに……」
ソラは柔らかな笑みを浮かべて私に視線を合わせ、一度だけゆっくりと首を縦に動かす。その顔には、悲しみなんてものは欠片もありはしなかった。
「アイネ、君に幸せになってほしいと思った。ただそれだけのことだよ」
こうしてソラの姿は消えた。それが私たちの交わした最後の言葉となってしまった。
「……ソラ。さようなら」
彼は死んだわけじゃない。だから、それが運命ならば、きっといつかまた出会える。私はそう信じて空を見上げた。
「きっと、またいつか会いましょう。私はずっと忘れないから……貴方と過ごした日々」
湖畔にはもう誰もいない。たった一人、私がいるだけ。
初めからそうだった。誰かと傍にいることなんて諦めて生きてきた。幸せとか温もりとか、そんなものはどうでも良かったはずなのに。
私は声をあげて泣いた。悲しかったの。ただひたすらに。けれど少しして私は涙を拭くと、私は立ち上がった。
今の私には希望が見える。ずっと遠くの未来まで、私は歩いてゆける。彼が自身を身代わりに私にくれた道。だから立ち止まっているわけにはいかない。無意味に時間を浪費している暇はないのだ。
「ありがとう。私、幸せに生きるわ。ずっと……、ずっとよ」
見上げた空は晴れていた。天まで届くような、無限に広がるような大空。まるで新たな人生の始まりを祝福してくれているかのような空だった。
私はあれから村を出て、旅を始めた。世界中を巡り知らないものに出会うのはとても楽しいことだった。本という文字だけではなく、この目で見て身体で触れられる本物の世界は、全てが刺激に満ち溢れている。胸のときめきは留まることを知らない。
旅先で私はいつも日記を書いた。文学的なんかではなくて、拙い言葉の羅列だけれど、この現在の感動を未来まで忘れないために記しておくのだ。そうすれば生の世界の感動を、僅かでも、いつでも体感することが出来るから。
やがて十年が過ぎた。
私は久々に村に帰り、そこで貸本屋を開いた。旅先で買ってきた珍しい本を中心に貸すお店である。二十後半に差し掛かってまだ独り身ではあったが、毎日が楽しく充実している。村の子どもたちに絵本を読み聞かせたり、本好きの人と語り合ったり。これこそ自分の生きる道だと確かに実感していた。
そんな幸せな日常の中でも、少し切なくなる時がある。満月の夜だ。今住んでいる家の寝室の窓からは月がよく見えるのだが、満月の夜には、いつも不思議と胸を締め付けられるような気持ちに駆られる。そんな夜には水晶玉を握り夜空を見上げ、呪文のように呟く。
貴方は今、どこにいるの——?
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