11 / 12
11話「そして訪れる、結婚式の日が」
しおりを挟む
ドレスを破壊されたことには驚いたけれど、犯人は捕まったわけだし、もうそこまで気にすることはないだろう。
確かに、私の存在を良く思わない者もいるのかもしれない。
けれどもそれとは対照的に私のことを良く思ってくれている者もいるのだ。
誰もが私の存在を不快に思っているわけではない。皆が私の存在を鬱陶しく思っているわけではない。
だから私は前を向く。
敢えて良いところへ目を向けるようにする、というのも、生きやすくするための一つの手だろう。
そんな風に思いつつ迎えた結婚式前日の夜。
「ローレニアさん」
自室にいたところ、魔王たるマオンが訪ねてきた。
「あ! マオン様」
彼の黒く長い髪を目にするだけでほっとできるようになってきた。
慣れとは不思議だ。
今はもう彼に恐ろしさは感じない。
「そ、その……」
彼は何か言いたいようだが少しばかり躊躇っている様子。
切り出す勇気が足りないのか。
「何ですか? 何でも言ってくださいね」
言いたいことを言いやすいように、と考え、そう声をかけてみると。
「明日……よろしく、お願い、します」
やがて彼はそう言った。
「え。わざわざそれを?」
思わず本心をこぼしてしまう。
さすがに失礼だったか、とも思ったけれど、彼は案外不快感を覚えている様子はなくて。
「そうです。伝えておこう、と、思い」
「こちらこそ! よろしくお願いします!」
マオンと話していると心が柔らかくなる。
「共に、幸せに……なりましょう」
「はい。ありがとうございます、そして、お互い幸せになりましょう」
始まりは捨てられたことだったけれど、それでも、私たちは関係を深めてきた。少しずつ積み重ねてきた。だから、今はもう、彼と生きることに迷いはない。これも、彼が待ってくれたから。彼が無理矢理結婚を求めなかったからこそ、結ばれようと思える今がある。
意外な形の始まりでも。
幸せな未来を信じたい。
「「「我らの王、魔王様! ご結婚おめでとうございます!」」」
結婚式は無事執り行われた。
警備は厳重。
しかし事件が起きかけるようなことはなかった。
その日の夜、パーティーの最中。
夜風を浴びにベランダへ出ていると。
「ローレニアさん、涼み中ですか」
背後から声をかけてきたのはマオン。
「あ、はい。そうなんです。お話していたら少し暑くなって。それで、少し涼もうと、ここへ出ていました」
ここは心地よい。
爽やかな乾いた風が通り過ぎてゆくから。
「……あ、えと、もしかして……じゃ、邪魔でした?」
気を遣うような顔をするマオン。
このままだと罪悪感を感じさせてしまう、と思った私は、念のためはっきりと伝えておく。もし彼が悩んだり悶々としたりしたら可哀想だから。
「いえ。そんなことはありません。むしろ、来てくださってありがとうございます」
「あ……な、なら、良かった……です」
彼の手にはグラスが二つ。
「よければこれ、飲みませんか?」
「飲み物ですね」
「は、はい、そうです。このジュース、確か、前にローレニアさんが気に入ってたと思い。お好きかな、と」
「そういえば。確かに、以前美味しく飲んだ記憶があります」
「では……差し上げます。よければ、どうぞ。飲んで……くださいどうぞ」
「ありがとうございます!」
グラス一つを受け取る。
向かい合い、同じグラスをそっと手にする。
「で、では……か、乾杯」
「はい。乾杯!」
二人、グラスを寄せ合った。
確かに、私の存在を良く思わない者もいるのかもしれない。
けれどもそれとは対照的に私のことを良く思ってくれている者もいるのだ。
誰もが私の存在を不快に思っているわけではない。皆が私の存在を鬱陶しく思っているわけではない。
だから私は前を向く。
敢えて良いところへ目を向けるようにする、というのも、生きやすくするための一つの手だろう。
そんな風に思いつつ迎えた結婚式前日の夜。
「ローレニアさん」
自室にいたところ、魔王たるマオンが訪ねてきた。
「あ! マオン様」
彼の黒く長い髪を目にするだけでほっとできるようになってきた。
慣れとは不思議だ。
今はもう彼に恐ろしさは感じない。
「そ、その……」
彼は何か言いたいようだが少しばかり躊躇っている様子。
切り出す勇気が足りないのか。
「何ですか? 何でも言ってくださいね」
言いたいことを言いやすいように、と考え、そう声をかけてみると。
「明日……よろしく、お願い、します」
やがて彼はそう言った。
「え。わざわざそれを?」
思わず本心をこぼしてしまう。
さすがに失礼だったか、とも思ったけれど、彼は案外不快感を覚えている様子はなくて。
「そうです。伝えておこう、と、思い」
「こちらこそ! よろしくお願いします!」
マオンと話していると心が柔らかくなる。
「共に、幸せに……なりましょう」
「はい。ありがとうございます、そして、お互い幸せになりましょう」
始まりは捨てられたことだったけれど、それでも、私たちは関係を深めてきた。少しずつ積み重ねてきた。だから、今はもう、彼と生きることに迷いはない。これも、彼が待ってくれたから。彼が無理矢理結婚を求めなかったからこそ、結ばれようと思える今がある。
意外な形の始まりでも。
幸せな未来を信じたい。
「「「我らの王、魔王様! ご結婚おめでとうございます!」」」
結婚式は無事執り行われた。
警備は厳重。
しかし事件が起きかけるようなことはなかった。
その日の夜、パーティーの最中。
夜風を浴びにベランダへ出ていると。
「ローレニアさん、涼み中ですか」
背後から声をかけてきたのはマオン。
「あ、はい。そうなんです。お話していたら少し暑くなって。それで、少し涼もうと、ここへ出ていました」
ここは心地よい。
爽やかな乾いた風が通り過ぎてゆくから。
「……あ、えと、もしかして……じゃ、邪魔でした?」
気を遣うような顔をするマオン。
このままだと罪悪感を感じさせてしまう、と思った私は、念のためはっきりと伝えておく。もし彼が悩んだり悶々としたりしたら可哀想だから。
「いえ。そんなことはありません。むしろ、来てくださってありがとうございます」
「あ……な、なら、良かった……です」
彼の手にはグラスが二つ。
「よければこれ、飲みませんか?」
「飲み物ですね」
「は、はい、そうです。このジュース、確か、前にローレニアさんが気に入ってたと思い。お好きかな、と」
「そういえば。確かに、以前美味しく飲んだ記憶があります」
「では……差し上げます。よければ、どうぞ。飲んで……くださいどうぞ」
「ありがとうございます!」
グラス一つを受け取る。
向かい合い、同じグラスをそっと手にする。
「で、では……か、乾杯」
「はい。乾杯!」
二人、グラスを寄せ合った。
1
あなたにおすすめの小説
聖女の力は使いたくありません!
三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。
ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの?
昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに!
どうしてこうなったのか、誰か教えて!
※アルファポリスのみの公開です。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
婚約者を奪われるのは運命ですか?
ぽんぽこ狸
恋愛
転生者であるエリアナは、婚約者のカイルと聖女ベルティーナが仲睦まじげに横並びで座っている様子に表情を硬くしていた。
そしてカイルは、エリアナが今までカイルに指一本触れさせなかったことを引き合いに婚約破棄を申し出てきた。
終始イチャイチャしている彼らを腹立たしく思いながらも、了承できないと伝えると「ヤれない女には意味がない」ときっぱり言われ、エリアナは産まれて十五年寄り添ってきた婚約者を失うことになった。
自身の屋敷に帰ると、転生者であるエリアナをよく思っていない兄に絡まれ、感情のままに荷物を纏めて従者たちと屋敷を出た。
頭の中には「こうなる運命だったのよ」というベルティーナの言葉が反芻される。
そう言われてしまうと、エリアナには”やはり”そうなのかと思ってしまう理由があったのだった。
こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる