いつか獣になりたいふたり

南條ゆりか

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「クリスマスは先生の家に行きたい」

 蓮からのLINEに、貴正は自宅のベッドから飛び起きた。
 自慢じゃないが、家事はてんで出来ないのだ。
 駅近で築浅のデザイナーズマンションのワンルームは、今や立派な汚部屋と成り果てている。
 何度もメッセージのやり取りをして別の提案をしても、どうやら絶対にクリスマスを貴正の家で過ごしたいらしい。
 仕方なく承諾した。

 生徒は冬休みに入っても、教師は仕事納めまでは出勤日だ。25日も通常通りに出勤しなければならない。
 その中で、この、ゴミまみれの家をどう片付けるか。それが問題だ。






 奇跡は起こそうと思えば起こせるものだ。
 家にやってきた蓮が、汚部屋から見事に変身した我が家を眺め、感嘆の溜息をついたのを見て、貴正はつくづく思った。
 死ぬ気で頑張れば奇跡は起こせるが、やはり日常から奇跡を起こさずともよい生活を心がけよう。
 積もり積もったゴミを処分する労力、清掃にかかる余計な手間。それらはせいぜい数日の怠惰であれば簡単に取り戻せても、月日を重ねてしまうと、とんでもない利子がつくことを、今回学んだ。
 必死に床を、風呂を、台所のシンクを、トイレを磨いた肩が痛い。低い姿勢を取り続けた腰も痛いし、ひざも痛い。
 貴正は体中の痛みに耐えながら、蓮のイメージする貴正らしい笑顔で蓮に答える。

 料理ができないことは最初に伝えてあり、蓮を迎えに行って、家に戻る途中の店で二人でチキンとケーキを買った。
 乾杯は、貴正はビールで蓮は烏龍茶だ。

「俺、今日は泊まるね。親にも言ってあるから」

 迎えに行って早々に晴れやかに蓮から言われて、思わず車のハンドルを変な方向に切ってしまいそうになった。

「え、なんて?」
「『友達の家でクリパやって、そのまま泊まる』って言ったから大丈夫だよ」
「なるほど。クリパではあるな……」
「そんなに警戒しなくても、うちの親は詮索しないよ」
「いや、そういう意味ではなく」
「だって突然じゃなきゃ、先生泊めてくれないでしょ」
「確かに。賢いね」

 ずる賢いとも言う。

 豪華さとはほど遠い料理でも、蓮は満足したようだった。
 デザートのケーキを食べる時には、蓮の希望で一口ずつお互いに食べさせあった。
 少し上目遣いでケーキを待つ姿が可愛らしくもいやらしくて、危うく流されそうになるのを堪えるのが大変だった。

 蓮が、貴正の過去の恋人たちを意識していることは、解っている。聞かれたことを明け透けに話しすぎてしまったのには、後悔しかない。
 比べたところで過去は過去で、蓮は蓮。同じように扱うつもりは最初からない。むしろ、今までの誰よりも大事に扱っている。
 それをなぜか、自分は軽んじられていると蓮が受け止めているのが、不思議だ。

 蓮は知らない。
 貴正が抱える欲望が、どれほど激しく汚らしいものか。それが吹き出そうとする度に、教師という肩書きを持ち出してこらえる苦痛がいくばくか。

 今だって、ケーキのクリームにてらつく蓮の唇にむしゃぶりつきたい衝動を抑えて、大人の紳士として振舞っている。それが蓮のイメージする自分だからだ。
 貴正は蓮の前に用意したプレゼントを置いた。

「これ、クリスマスプレゼント」
「この大きさは、指輪?」
「ではない。開けてみて」
「違うかぁ。え、こんないい物もらっていいの?」

 満面の笑みの蓮に、貴正は頷いた。
 悩みに悩んで貴正が選んだのは、ワイヤレスイヤホンだった。
 ラッピングされた箱は、確かに指輪を想像させる大きさだった。思わず苦笑いしてしまう。

「これ使って、いつも先生の声を感じることにするよ」
「そこから流れるのは、お前がスマホで見ている動画の音声で、俺のではないと思うぞ」
「そんなの雰囲気、雰囲気。聞こえていなくても聞こえるよ」
「それは怖いだろ……」
「先生、ありがとう」

 改めて礼を言われると、照れてしまう。大事にしろよ、と何でもないように返事をして、貴正はビールをあおった。
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