MELODIST!!

すなねこ

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#005 Rondo

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東京都・23歳男性「仲はエエんですよ。でも親しき中にもっちゅう言葉あるでしょ?ウチは反社やのうて自警団や言うてんのになぁ…何度そのネタでイジってきた事か。ムカつくねん、東京湾沈めた方がエエかもな…」


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 その日、総理官邸には政治界隈において影響力のある財閥系企業の重鎮が集まっていた。
「新しい発電所の方は順調ですか?」

 煌びやかな装飾が施された屋敷の内装。どこを見回しても値の張る調度品に囲まれた大ホールの中でそう声を掛けたのは、第157代内閣総理大臣、都野崎仁一トノザキジンイチである。歴代最年少で国家の舵取りを担う立場を手に入れた彼であったが、年齢不相応な落ち着きのある風貌をしていた。
 艶のある黒い短髪をオールバックにまとめ、細い銀縁メガネの奥で和かに目を細めた都野崎。彼の方を振り向いたのは、大山田建設社長…大山田淳弥オオヤマダジュンヤである。額に冷や汗を滲ませながら、差し出されたシャンパングラスを受け取って会釈する。

「これはこれは…あと、2ヶ月といったところでしょうか。皆様にはご迷惑をお掛けしております」

申し訳なさそうに何度もヘコヘコと頭を下げながら答えた大山田の様子を見て、都野崎は少々高圧的だったかと自分の態度を顧みて反省する。そして、ふと腕時計に視線を落とすと小走りになって壇上に移動した。

 フロアに散りばめられた円卓に座するは、現在の日本の屋台骨を支える大企業の面々……改正日本国憲法施行後もな生活を送る事を約束された上流階級の人間達である。

「皆様、本日はご多用中のところお集まりいただき誠にありがとうございます。本日皆様にお伝えしたいと考えております最重要項目は…我々に仇なす憎き存在について…。政府が難儀して漸く収集できた貴重な情報を皆様に共有致します」

都野崎の合図で係員が壁のボタンを押下し、カラカラと滑車の音を立てながら一枚のスクリーンが天井から降りてくる。続いて室内の照明が落とされ、プロジェクターがスクリーンに一枚の画像を投影した。


「これは東京都内にて潜伏していると思われる音楽家達の一覧です」

10枚の顔写真が並べられており、そのうちの1枚に赤い斜線が引かれていた。

「彼は昨日、旧市街地に隠れていたところを射殺しました。資料の編集が間に合わず申し訳ない…」

射殺という単語を述べるにはあまりにも爽やかな表情を見せる都野崎であったが、その目は完全に笑っていなかった。

「市街地の監視強化、そして包囲から拘束まで……皆様のお力添え、誠に感謝いたします。残りの音楽家達に関しても必ずや全員…「少しよろしいですかな?」

1番スクリーンから遠い円卓の男が手を挙げる。場にいた全員の視線を一挙に集めると、恰幅の良い老爺は顎髭を撫でながら再び口を開いた。

「先月発生した発電所の爆発事故に楽団ギルド旋律師人間が関与していたというのは本当ですかな?」

会場がどよめき、皆が都野崎の回答に注目する。

 最先端技術の粋であるニュー千代田区画の中枢、その厳重なセキュリティを擦り抜けて前代未聞の大事件を起こした張本人が政府が最も敵視している音楽家彼らであるならば、これほどの大失態は無い。
 少し視線を伏せた都野崎は、ひと息置いて作り笑いを浮かべる。

「ええ…防犯カメラに顔がはっきりと映っていました。そちらも本日皆様に共有したいと考えていた情報です」

都野崎はプロジェクターに接続された端末を操作し、次の画像を投影した。爆発した発電所の地下から退避する緊急エレベーター内部の映像。

「損傷が激しかったのですが、その手の専門家とAI技術を駆使してどうにか修復できました。この隅に映っている男が……楽団ギルドの要とも言える専属作曲家の右神託斗だと思われます」

「右神…オーストリアからわざわざ日本にやって来てまで…!」
楽団ギルドは我々に不利益しか齎もたらさない!何とか捕えることはできませんか、総理?」

楽団ギルドの話題になるや否や、会場内は声を荒げた来賓によって喧騒に包まれていく。

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「残念ながら右神託斗は既に出国しているものと思われます…が、彼と行動を共にしていたこの3人を特定できれば必ず奴に繋がる事でしょう」

次のスライドに移り、3枚の顔写真が表示された。京哉、麗慈、茅沙紀…どれも不鮮明ではあるが個人を識別できるレベルの解像度である。

「一番右の彼女は…地下官営オーケストラのヴァイオリニストでした。捕えていた音楽家達は発電所の自滅プログラムで全員死亡した事が確認されていましたが…」


 自滅プログラム…発電所に万が一の事態が発生した場合、その被人道的な発電方法の証拠を隠滅する為に組み込まれたものだった。
 発電所の崩壊と共に、オーケストラの人間は全員首のチョーカーが爆発して息絶える筈である。実際、茅沙紀に付けられていたチョーカーの記録には、確実に起爆し心停止した旨のデータが残っていた。
 まるで、死んだ筈の音楽家が何故か生き返ったかのような事態に全員が息を呑む。

「彼女が何故生きて地上に昇って来られたのか…その理由はわかりませんが、楽団ギルドの中に芸当をやってのける何らかの能力者がいるのでしょう…。当事者である那珂島茅沙紀を取り逃したのは痛い損失でした」

どよめくフィクサー達は、都野崎がレーザーポインターで示したスライドの一点に視線を移す。不安げな表情を浮かべる彼らを一瞥した都野崎は、それとは裏腹にニヤリと口元に笑みを浮かべていた。

「ご心配には及びません。既に居場所は特定済みです。時を見て連行…場合によってはその場で処刑します。……まぁ、折角楽団奴らと繋がる人物を特定できた訳ですから……少しばかり彼女には我々の役に立ってもらいましょう。とても、我々の被った損失に見合うものではありませんが、ね」


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 くしゃみの音で、居眠りをしていたシェリーが飛び起きる。
 何事かと周囲を見回し、鼻をすする京哉を発見すると途端に不機嫌な表情を見せた。

「風邪うつすなよ。きったねー」
「馬鹿は風邪ひかないから大丈夫だろ、馬鹿」

いつもの調子で喧嘩が始まり、ぐぬぬぬと啀み合う2人。
 店舗の外を掃除していた祐介は、また煩く言い合いを始めた様子を窓から呑気に眺めていたが、ふと正面の廃屋に視線を移した。何者かの視線を感じたのだ。
 小首を傾げながら店舗内に戻っていく祐介は、犬のように唸っているシェリーと京哉の間に仲裁に入る。

「はいはい、元気で良いね君達」
「ユウスケ!キョウヤがアタシの事馬鹿って言う!」

どうどう、と彼女を宥めながら祐介は京哉の方に向き直った。

「すごいよ京ちゃん。今月はかなり黒字になりそう」

嬉しそうな様子を見て、京哉はポリポリと頭を掻いて目を逸らす。

 祐介の店では、先月末から新しい商売を始めていた。床の肥やしになっていたハンネス機関に蓄電をし、周囲の家庭にレンタルしてもらう、というものである。
 ハンネス機関には音源から集音しその場で発電する機能の他に、あらかじめ発電しておいた電気をストックする蓄電機能も備わっている。
 電力会社からの供給が途絶えている現在、どの家庭でも電気の無い苦しい生活を強いられていた。そんな状況下で良縁屋の店先に突如掲げられた『電気安く売ります!』の手作りポスター。
 近隣住民達は半信半疑で手を出し始めたものの、それまで眠らせざるを得なかった家電製品の数々を好きなように使えるとあらば、利用しない手はない。
 連日良縁屋には電気を購入したい客が後を絶たず、ちょっとした売電ビジネスは見事功を成したのだ。
 しかも、その方法を提案したのは意外にも京哉であった。


 父親からのお叱りを受けて以降、彼は音が極力漏れないように地下室のある廃ビルを探し出し、そこで練習するようになっていた。
 誰かに聴いてもらわねば伸びないとも言われていたので、シェリーを無理矢理同行させている。
 最初は面倒だと嫌がっていた彼女が、ある日店舗に陳列してあった小型のハンネス機関をくすねて来て、勝手に京哉の演奏で充電をしていたのが始まりだった。彼女は夜ドライヤーを使うつもりで持ち込んでいたらしい。
 そして、祐介の前で「キョウヤがずっとフルート吹いてれば一日中エアコンかけ放題の電気使い放題なのになー」と呟いていたのがキッカケとなった。
 どうせなら売ったらどうだ、と京哉が提案し、今の形に至る。



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 店舗から廃ビルまで金属塊を運ぶ手間はかかるが、発電方法の秘密を守る為には致し方ない。充電自体はものの数分で完了してしまうため、かなり効率の良い稼ぎ方ではあった。


 今日も身支度を整え、シェリーを引き連れて例の廃ビルに向かう。店に返却されて空になったハンネス機関は既に祐介が車で運び入れておいたという。

 外気温と比べるとかなり涼しい地下室。空気が良いとは言えないが、暑さを凌げるだけでもかなりの優良物件である。

「お金貯まったら広い所引っ越せる?」

フルートのチューニングをしている京哉に、シェリーはニヤニヤしながら尋ねた。

「祐ちゃんがその気ならな」
「じゃあさっさと始めろ!」

引越し!引越し!と浮かれているシェリーをひと睨みした京哉は、彼女に背を向けてフルートを構えた。

 カルメン幻想曲の序奏が聞こえてくると、シェリーは床に体育座りになって静かに聞き入る。日頃あれだけ喧嘩をする仲ではあるが、彼の演奏は好きなようだった。ハバネラの演奏が始まると、彼女もオペラの歌詞を口ずさむ。
 聴かせるために連れて来たのに、結局いつもアンサンブルになってしまう。


 一曲吹き終える頃には、用意していた全てのハンネス機関が満充電となっていた。転がっている金属塊のランプを確認し、そろそろと立ち上がって帰ろうとするシェリーを見て京哉は慌てて引き留める。

「何で?もう終わったじゃん」
「本来の目的じゃねーんだけど」

不満そうに頬を膨らました彼女は、ぶつぶつと文句を続ける。

「だって、練習とか言ってたけどさぁ、キョウヤ普通にうま……普通に吹けてんじゃん。これ以上何すんの?」
「だからー…そういうんじゃなくて、こう…何というか…」

ポカンとしているシェリーの表情を見て、彼女に表現力うんぬんを判断させるのは無理があるのかもしれないと悟る。
 どうしたものかと考えている時間が勿体無いと、京哉は次の曲を吹き始めた。




 陽は1番高い位置に昇っている。ジュラルミンケースにフルートを片付けている途中で、祐介がやってきた。
「丁度よかったかな?」
「おう…ついでにそこの居眠り馬鹿も連れてけよ」

京哉の演奏で心地良くなってしまったシェリーは静かに寝息を立てながら、幸せそうな顔で眠っている。

 その眠り姫を助手席に、充電し終えたハンネス機関を後部座席に詰め込み、良縁屋へと送り出す。


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 残暑が厳しい、という言葉で片付けるにはあまりにも度を超えているのではないかと思えるほどの気温。
 割れたアスファルトから跳ね返ってくる輻射熱にジリジリと焼かれながら、京哉は祐介の店に向かってトボトボ歩き続けていた。

「…ん?」

そろそろ到着という頃、数十メートル先に見える長蛇の列に目を凝らす。蜃気楼かと疑い、もう一度よく確認するが、確かに良縁屋の前に並んでいる様子だった。


「すみませんー、今日の分は皆出払ってしまっててー!また明日よろしくお願いしますー」

嬉しい悲鳴だと言わんばかりに額に汗をかきながら笑顔で接客する祐介。先程運んできたハンネス機関はもう借り手が見つかってしまったらしい。

 残念そうに手ぶらで帰っていく人々とすれ違った後、床が綺麗になった良縁屋に入っていく京哉。


「すげーな…もう売り切れ?」
「うんうん、京ちゃんのお陰!」

ニコニコ笑いながら床を掃除する祐介を見て、京哉も少しばかり心がムズムズする。
 居候という形で置いてもらっている以上、いつか恩を返さねばならないという思いは頭の片隅にずっとあった。
 予想外の形ではあったが、彼に喜んでもらえたのは嬉しい。

「本当はもっと多くの人に行き届けたいんだけど…ハンネス機関って重いし、嵩張るし……今のやり方が限界なのかな…」

ボソッと呟いた祐介の横顔は、利益を増やしたいという商売人のものではなく、本当に困っている人をどうにかしたいという聖人のそれであった。

「祐ちゃん…めっちゃ良い人じゃん…」
「そう?まぁ、あんだけ毎日不毛な喧嘩を止める側になってみると、心は菩薩にもなるよ」

若干嫌味混じりに返され、複雑な気持ちになる京哉。

「廃材っていうか、スクラップになる前のハンネス機関はわりとたくさん落ちてるんだけどさ、移動させる手段と保管場所が足りないよね……京ちゃんの練習場所との往復もあるし」

大型トラックと倉庫でもあればなぁ…と、モップを片付ける様子を眺めていた京哉には、ふとあの男の顔が思い浮かんでいた。

「…もしかしたら、ソレ…いけるかもしんねー…」


店舗の一角で寝息を立てているシェリーを叩き起こす。車借りてくぞ!と言ってカウンターの上に転がっていたカーキーを引っ掴んだ京哉は、寝起きでぼんやりしているシェリーを引き連れて良縁屋の外に出た。


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 京哉が、良縁屋から少女を連れて出ていく様子をじっと対面の廃ビルから眺める人影があった。
 何度も声を掛けようとしたが、勇気が出ずに全て失敗に終わっている。
 今度こそ、と思った矢先に彼がどこかへ消えてしまって意気消沈していた。

「うーっ、意気地なし!次こそはって思ってたのに…」

肩から大きめのショルダーバッグをぶら下げた黒いワンピース姿の茅沙紀は、悔しそうにギュッと両手を握りしめていた。


 発電所の爆発事件後、救急隊によってニュー千代田区画内の病院に搬送された茅沙紀。運良く手当を受けることができたものの、身元不明ということで厳しい追求を受けることになった。
 何とか隙を見て逃げ出す事に成功した彼女は、各地の廃墟を転々としながら、旧歌舞伎町まで辿り着いたのだ。
 近くに身寄りもおらず、誰も頼る者のいない茅沙紀。せめて『今の日本で生き抜く術』を音楽家である彼らから学びたいと思い探し回っていた。

 しかし、彼女は『新宿を根城にしている』というある筋からの情報しか得ておらず、半ば途方に暮れる日々。
 そんな中、茅沙紀の耳が微かにフルートの音色を感知した。元々オーケストラに所属していた音楽家…耳には自信があった。フルートの音を頼りにあの廃ビルを探り当て、遂に京哉を発見出来たという訳だ。


「見付けたは良いけど、もう1ヶ月くらい前の事だし、私あの人の名前も知らない……忘れられてたら、変な奴が来たって警戒されてしまう……」

茅沙紀はこれまでの苦労を考えると、慎重にならざるを得なかった。


 うだうだと頭を抱えていた茅沙紀の背後に、1人の男が歩み寄る。突然聞こえてきた物音に慌てて振り返った茅沙紀だったが、その正体を知るなり表情が明るくなる。
「あ!七白ナナシロさん、こんにちは!」
親しげに挨拶すると、男も笑顔でキャップを外した。

「やあ、那珂島さん。今日も此処にいるんだね」

初老の男は両手に一本ずつ持ったペットボトルのうち、片方を茅沙紀に手渡した。

「配給、まだもらってなかったらどうぞ」
「わあ…ありがとうございます!助かります!」

笑顔でペットボトルを受け取った茅沙紀を見て、男も笑みを浮かべる。

「流れ着いてくる人は結構いるからさ、そういう人達も受け入れて助け合っていこうっていうのが旧新宿区をまとめてる自警団の方針なんだよ」

なるほどーと返しながらペットボトルの封を開けた茅沙紀。
 七白と呼んだこの男は、彼女が歌舞伎町に辿り着いた翌日に話しかけてきた地元民であるという。彼女にとっては配給や住居の情報などを共有してくれる、親切な人間という印象であった。


「那珂島さんもこの地域に住むつもりだったら、いつでも声を掛けてね。自治会長の所に一緒に行ってあげるから」
「ありがとうございます、何から何まで……」

ぺこぺこと頭を下げる茅沙紀。構わないよ、と手を振った七白は再び頭にキャップを被り、廃ビルを後にした。

「こんな時代にも優しい人はいるもんだな……何だか次こそはあの人に話しかけられそう!」

ふんっと意気込んだ茅沙紀は、また物陰に隠れて京哉が戻ってくるのを待ち始めた。


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 新宿・市谷砂土原町。かつては高級住宅街の立ち並ぶ場所だったが、その殆どは廃墟と化している。廃墟と言っても、元々は富裕層の豪邸だ。今でも立派な佇まいが並んでおり、京哉達の住まう地域とは一線を画している。
 荘厳な雰囲気の門構えを前に、グレーのジープがエンジンを止めた。降車したシェリーは迷わず門に駆け寄り、インターホンを連打する。しかし、誰も応答しない。
 後から追いついた京哉の方を振り返ったシェリーは、首を横に振る。その様子を見た京哉は、フッと息を吸い込むと口の横に両手を当てて大声で叫んだ。

「あーすかーくーん!あーそーぼーーー!」

まるで小学生のように大声で騒ぐ京哉と、相変わらずインターホンを連打するシェリー。
 奥に見える立派な日本家屋、その2階の窓の一枚が音を立てて開き、同じく大声が返ってきた。

「うっさいわボケ!!今行くから待ってろ!!」

バタンと乱暴に窓が閉められたかと思うと、すぐさま駆け寄ってくる足音によって門の引き戸が開けられた。

「そないな大声出すヤツがあるか!嬢ちゃんもピンポンピンポンうっさいわ!」

姿を現したのは、迎賓館襲撃事件で京哉と手を組んだ自警団若頭、宍戸阿須賀。相変わらず派手なアロハシャツを着ている。

「アッスー、早くお家の中入れてよ!暑い!」

ブーブーと文句を垂れるシェリーがまたインターホンを押そうとしていたので、慌ててその手を引っ叩く。

「やめい!…じぃちゃん寝とるから。ちゃんとお茶ぐらい出すわ」

はぁー、と溜め息を吐いた阿須賀の様子に、京哉が問う。

「組長、そんなに悪いのか?」
「団長な、団長。…あぁ、医者さんにはこの夏が最期かなって」

阿須賀に促されて門戸を潜り、丁寧に手入れが行き届いた庭を通り過ぎる二人。
 かつて反社会的勢力として関東を中心に日本の裏社会に生きる筋者達を取り纏めてきた遍玖アマネク会という組織が、この新宿自警団の前身であった。
 屋敷の所々に散見される極道一家の名残り。畳1畳分はあるかという大きな額の中に収められた『任侠』の能書が目立つ大広間を通る度に、茶化してもいないのに「反社やないからな」と阿須賀に突っ込まれる。
 それなら額を片付ければ良いのに…と一度文句を言ってみた京哉であったが、初代の意向によって飾り続ける事になっているのだと言う。



 涼しい風の通る客間に通された二人。面倒臭そうにドカっと座布団にあぐらをかいた阿須賀を正面に、早速京哉が話を切り出す。

「僕たち友達だよね?」
「ううん、ビジネスパートナーやんな?」
「友達なら頼み事きいてくれるよね?」

一方的に話を進めようとする京哉に、シェリーは彼の父親を思い出す。

「だーっ、何やねん。言うだけ言うてみ!」

しつこく迫られ、観念した様子の阿須賀。結局、そのお願いとやらも押し通されるんだろうな、と薄らぼんやり察しながらも『ビジネスパートナー』として話を聞く事にしたようだ。



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 京哉は最近祐介の店で始めた商売のこと、ハンネス機関の輸送方法に限界があることを話した。その上で提案をする。

「自警団の力使って何とかならない?」

うーんと考え込んだ阿須賀。電気が欲しいという思いは皆同じだ。自警団が所有する大型車両を使えば多くのハンネス機関を輸送する事も可能だった。そして、目白ならば所有者に放置されて久しい建造物が山のように存在する。
 しかし、阿須賀には懸念があった。

「新宿に行けば電気が買えるー、なったら…当然他所の自警団が取りまとめてる地区の人間も押し掛けてくるやろ。そんで、定住するようになれば元々住んどった人間と揉める事も多なるやろし…」

人が増えればトラブルも増える。治める立場の人間としてはあまり喜ばしくない。それに、文字通り売る程の電気を生み出す方法について、政府の調査が入る可能性もある。住民を危険に晒す訳にはいかない。

「へぇー…ちゃんとしてんだ。反社じゃなかった…」
「自警団言うとるやろ!…でもまぁ、そんだけ客が多いんやったら本当に需要があるんやろな。何とか揉めずにやれそうな方法がないか、兄貴らと考えとくわ」

客間の襖が開き、着物姿の使用人が麦茶と和菓子を運んできた。はしゃいでいるシェリーに自分の分も食べて良いと伝えた京哉は、阿須賀に耳打ちする。





 シェリーを残して客間を出た京哉と阿須賀の二人。使用人達によって手入れの行き届いた中庭を通り過ぎて向かったのは、屋敷の最奥に位置するより一層静寂に包まれた一間である。

「じぃちゃん、入ってもエエか?」

阿須賀が話し掛けると、ピッタリと閉ざされた襖の奥から鈴の音が聞こえてきた。

 窓際の障子戸が閉められ、薄暗い部屋の真ん中に置かれた介護用ベッド。周囲にはハンネス機関が溶接された複雑な機械が置かれていて、そのうちの一つはベッドに横たわる老人の口に繋がれていた。

「京ちゃん連れてきたで」

ベッドの横にしゃがみ、老人の耳元で告げた阿須賀は京哉を手招いた。

「ご無沙汰してます」

老人の顔を覗き込む。人工呼吸器を付けられた状態の彼は会話する事ができなくなっていたが、シワだらけの目元をゆっくりと細めた。

「ホンマはコレ付けるんも嫌がってん。こんな死にかけの老人に使う電気なんか無いわ!って」

でも、アンタがいなくなったら希望を失う人間もいる、と説得した。そう続けた阿須賀の横顔はどこか憂いを帯びていた。

 石油中心の社会、エネルギー革命の瞬間、そして音エネルギーの台頭により弾圧された社会をその目で見てきた人間だ。
 彼が総べてきた『遍玖アマネク会系組織』は、かつては京哉が揶揄するように反社会的勢力であった。しかし、政府、警察組織の暴虐的な振る舞いに痺れを切らし、一般市民を守るための存在へと変化していった。
 各地を納める自警団も同様に、過去の暴力団系組織が変化したものであった。




「じぃちゃん、京ちゃんがな、みんなに電気が行き渡りそうなエエ方法考えてくれはったんやで。兄貴らと相談して、ホンマにできるように試してみるわ」

阿須賀がそう声を掛けると、老人は京哉の方に視線を送り何か言いたげな様子を見せた。彼の横にしゃがみ込むと、ピクリと動いた骨の浮き出た手を握ってやる。
 弱り切った老人とは思えない程、その握り返す力は強い。




 部屋を出た京哉と阿須賀は、中庭の縁側に腰掛けた。

「元気だった頃知ってるから、すっごい複雑な気分……」

手元を弄りながら呟いた京哉を見て、阿須賀も遠くの松の木を眺めながら返す。

「…あの人がおらんと、ウチの自警団はまとまらん」

聞けば遍玖会は今、跡目争いの最中であるという。若頭という組の頭に次ぐ地位にいる阿須賀は有力な後継者候補であったが、年齢が若過ぎるという事を問題視する者も多い。
 そして、若い構成員を中心とした宍戸派と、現団長の嫡男である志麻凌壱シマリョウイチの周囲を囲む古株の多い志麻派の二大勢力が争っていた。

「凌壱兄さんがココを継げば、遍玖会は変わってまう……」

阿須賀の苦虫を噛み潰したような表情に、京哉は3年前の事を思い出す。


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 京哉がオーストリアから東京に派遣されてきたのは、彼が18歳の時。イギリスからの貨物船に密航し、東京湾で政府の関所をすり抜け、新宿に辿り着いたその日の事である。
 数日間眠らずに活動していたため、とある廃墟の一角で仮眠を取っていた京哉は、運悪く自警団のパトロールに目撃されてしまった。

「こんな場所に隠れてるなんてのは、間違いなくやましい理由があるもんだ。疑わしきは罰する…それが俺のポリシーなんだよなァ」

 この時京哉を捕らえたのが、志麻凌壱だった。
 彼が部下を連れて屯している雑居ビルの地下に連れ込まれ、薄暗く埃臭い空間で周囲をぐるりと団員達に囲まれていた。
 普段よりエージェントとして教育されてきた京哉であったが、限界に達していた疲労と寝込みを大勢に襲われるという不利な状況下で逃げる事ができなかったのだ。
 床に投げ捨てられた京哉は、荒縄で手首と足首を拘束されており身動きが取れない。そんな彼に歩み寄った凌壱は、躊躇なく靴の底で頭を踏み付ける。

「綺麗な面してやがるから女だと思ったのになァ?俺をガッカリさせたから処刑決定ー」

頭を踏み付けていた足を浮かせたかと思うと、間髪入れずに京哉の腹を蹴り飛ばした。

「凌壱兄さんならイけんじゃないんスか?」
「はっ、馬鹿言え!よく見たらコイツ、図体はデケェがガキだわ。俺は年上のオネェサンが好みなんだよっ!」

続けて何度も蹴りを食らい、京哉は口許から血を滲ませていた。




「凌壱兄さん!コレ見てくださいよ!」

部下の一人が、京哉の所持していたジュラルミンケースの蓋を開けていた。三つに分解されて収められているフルートを見て、凌壱は口許をニチャリと歪ませる。

「おいおい、音楽家が何で新宿に居ンだよ?に連絡しねぇとな!」

京哉の前髪を鷲掴みにし無理矢理上体を引き起こして膝立ちにさせると、両手で側頭部を押さえ付けて顔面に膝を入れる。
 ダラダラと鼻血を流しながら横たわる京哉の背中を最後に踏み付けて、凌壱は部屋を後にした。



 阿須賀は当時20歳。舎弟頭として団長の信頼を得ていた。両親の仕事の都合で関西から上京してきた阿須賀。しかしその両親は反政府運動の首謀者として誤認逮捕され、冤罪が晴れぬまま極刑に処された。
 12歳にして一人きりになってしまった阿須賀を拾い、家族のように育てたのが現団長の志麻周平太シマシュウヘイタである。

 新宿区内の自治に関する集会の後、阿須賀は凌壱の部下達が話している内容を偶然耳に聞き入れていた。

「アジトに監禁してるアイツ、マジでタフだよな?あんだけ痛ぶられても顔色一つ変えねーし」
「でもそろそろ死ぬんじゃねぇの?嫌だぜ俺、死体処理とか気持ちワリーし」

ゲラゲラ笑っている二人組の肩を叩いた阿須賀は、ラウンドのサングラスの奥で細い目を更に細めた。

「楽しそうやな…その話、詳しく聞かせてもらおか?」

ニッコリと口角を上げた阿須賀の手に力がこもり、肩を握り潰されそうな恐怖を覚えた二人は、顔を歪ませながら首を縦に振る。



 その後、阿須賀が聞き出した情報は団長の知る所となり、凌壱は本部に呼び出された。遍玖会の幹部連中が揃う中、彼への詰問が始まった。

「凌壱…おめぇ、家に帰らねぇと思ったら他所さんの坊ちゃん拉致監禁して遊んでるそうじゃねぇか」
「親父には関係ねーだろ?アンタにとって興味の無ェ俺のやる事なんか…なぁ?」

食って掛かる凌壱に対して、幹部連中は何も口を出せない。凌壱は嫡男であり、次期団長候補。この当時既に病状の悪化していた周平太の事もあり、彼のやる事を諌める事ができる人間はいなかった。

「はっ…誰も俺には指図できねぇ!そうだろ!」

吠える凌壱に、誰もが押し黙る。

「それになぁ…俺達は新宿に忍び込んだ音楽家をとっ捕まえたんだよ。あんなのがいたら、政府に目ェつけられちまう。そんなん嫌だよなぁ?親父?」

音楽家という言葉に、室内がざわついた。

「凌壱…ソレは本当なのか?」
「ああ。フルート背負ってやがった。なに…殺しなんてしねぇよ。で追い出しといてやるから、安心しな」

そう宣った凌壱は、未だ硬直したままの幹部連中をひと睨みし、面倒臭そうにわざと大きなため息をつきながら立ち上がると、ドカドカと足音を立てながら勢い良く襖の外に消えていった。


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 凌壱が詰問を受けている間に、阿須賀は彼のアジトに向かっていた。
 豊かさを奪われ不便な生活に喘ぐ市民を助け、暴虐な振る舞いを続ける政府に楯突く…それが自警団だと教えられて育った阿須賀にとって、凌壱のやり方は容認できるものではない。
 己の快楽の為に犯罪行為に及ぶ彼を、決して許す事はできなかった。


 雑居ビルの前に到着すると、入り口付近に見慣れない男が立っていた。白衣姿が場不相応過ぎて声を掛けずにはいられない。

「アンタ、何?危ないから近寄らん方がエエで」

そう忠告するも、一向に立ち去る様子が無い。面倒臭いと思いながらも、組織内の事情に無関係な人間を巻き込む訳にはいかない。ハァ…と溜め息をついた阿須賀は不審な男に歩み寄って再度警告した。

「危ない言うとるやろ!はよ帰りや!」
「帰りてぇのはやまやまなんだが…仕事なもんで」

仕事と言いながら、白衣の男は雑居ビルの中に入っていってしまう。

「ちょちょちょっ!待てや!なあ!」

阿須賀の方には脇目も振らずに、バキバキに割れて枠組みだけになった扉を潜っていく男の姿を見て、彼も慌てて建物内に駆け込んでいった。


 配管の繋ぎ目から液体がポタポタと垂れ落ち、コンクリート打ちっぱなしの床を濡らしている。
 先を歩く白衣の男は、その手に何やら小さな端末を持っていた。気になる事はさっさと聞き出してしまいたいタチの阿須賀は、今はそんな場合ではないと理解しながらも彼に質問せざるを得なかった。

「何なん、ソレ?」
「ん?GPS…日本に荷物が届いたから無事だったか確認して報告しろって言われてんだよ」

GPS…と静かに繰り返した阿須賀は、訝しげな表情で白衣の男の背中を睨んだ。今のご時世、位置情報を扱える設備を有しているのは政府の人間か裏社会の人間くらいだと聞く。それならば、彼はどう見ても後者だ。そんな人間が凌壱の縄張りに一体何の用があるというのだろうか。阿須賀の警戒は自ずと強まっていく。



 薄暗い中進む二人は、階段の踊り場で運悪く凌壱の部下たちと遭遇してしまった。

「何やってんスか?こんな所で」
「凌壱兄さんと仲良かったなんて知らねぇんだけど?」

 周囲を囲まれ、方々から睨みつけられる阿須賀。凌壱との仲の悪さは組織内でも有名な話である。そんな宿敵がアジトに居るなど、彼らにとって穏やかな事ではない。
 取り繕おうと下手な嘘を付けば、この場に凌壱が戻って来た時にどうせバレて厄介な事になる。意を決した阿須賀は砂っぽいコンクリートの床をジャリっと鳴らしながら肩幅に脚を開いて構えた。

「ニイちゃん!しゃがめ!」

そう叫ぶや否や、阿須賀は身軽に飛び上がると階段の手摺りを支えにした回し蹴りで、連中を階段の下に落とした。

「逃げるで!」

騒ぎを聞きつけた凌壱の部下達が追いかけてくる中、二人は全速力で階段を駆け降り、地下に向かう。

 途中、立ち向かってくる黒山の人だかりを次々となぎ倒しながら、阿須賀達は京哉が囚われている場所に辿り着いた。



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 柱に固定されたパイプ椅子に拘束されていた京哉。周囲は彼の血で赤黒く染まっており、酷い暴行を受けた痕が見て取れる。
 彼の元に駆け寄った阿須賀は、京哉の背後に回って荒縄に手を掛けた。

「大丈夫か、アンタ?」

自由を奪っていた拘束を解いてやると、京哉はコキコキと首の骨を鳴らしながら凝り固まった様子の肩を回した。足元は彼のものと思われる血で酷く汚れていたものの、怪我の程度は深刻ではなさそうである。

「大丈夫な訳ねーだろ…イッテェ…」
「…元気そうやな」

すくっと立ち上がった京哉は、阿須賀と共にやって来た白衣姿の方に視線を移した。

「おっせーよ麗慈!無駄に殴られただろ!」
「文句言わないでくださーい。ヘマやってリンチされたとか自業自得」

 日本に届いた荷物…楽団ギルドからの命令で、密航してきた京哉の生存確認を任されていた麗慈は、近くに転がっていたジュラルミンケースを開けると、クッション材の中から発信器を取り出した。



 地下空間から抜け出すには元来た道を戻るしかなく、間違いなく追っ手と遭遇してしまう。どうやって二人を庇いながら地上に出ようかと考えてる阿須賀だったが、彼の耳に今一番聞きたくない男の声が届いた。



「阿須賀ァ…テメェが親父にチクったらしいな」




カツカツと靴底を鳴らしながら近付いてきた凌壱の米神には血管が浮き出ている。

「凌壱兄さんこそ…よくも新宿でこんな悪行三昧働きますねェ……」

阿須賀の言葉を聞き、凌壱は仰け反りながら笑う。

「悪行?どこが?親父が治めてる土地に忍び込んできた音楽家をシめてただけだろうが!」

「音楽家…アンタが?」

驚きながら踵を返した阿須賀に、京哉は「まぁね」と軽い調子で返す。

「お前が今ココでソイツを敢えて逃したとなりゃあ、政府が新宿に攻め入る正当な理由を作っちまうんじゃねーの?」

改正憲法による音楽等禁止法は、音楽家の擁護、逃亡や潜伏の幇助の一切を禁止行為としており、違反した者は無期限の禁固刑…場合によっては極刑となる。
 組織内に逮捕者が出れば、政府が何かと理由をつけて自警団の動きを制限しようとしてくるのは目に見えていた。

「親父に教わったか何だか知らねぇけどなァ、お前のちっぽけな正義感でウチに属してる奴等や区民全員の生活狂わせてぇのかよ?」

何重にも正論を叩き付けられ、阿須賀は言葉を返す事ができなかった。

「俺は俺のやり方で自警団をデカくして…あの老いぼれに見せ付けてやんだよ…」
「ッ……どうするつもりや…」
「今頃、本部に俺の招いた政府の人間が来てる。ソイツとは管轄区に紛れ込んでる音楽家コイツを引き渡して支援金を受け取る契約をしてんだよ」

政府と対峙している筈の自警団が、彼等と組むと言うのだ。突拍子もない凌壱の話に、阿須賀は額に汗を滲ませた。

「そんなん…親父が許す訳ないやろ!」
「どうかな?ウチが潤えば市民にも還元される…テメェの大好きなクソ親父なら、二言目には市民の為と抜かしやがるぜ?」

そして、幹部連中や他派の支持を集めて跡目を継ぐ。そんな魂胆なのだろう。

「さぁ、どうする?遍玖会を生かすも殺すもお前次第だ、阿須賀…」

不気味な笑みを見せながら問う凌壱を睨み付ける阿須賀。額に汗を滲ませる彼の肩を叩いたのは、渦中の男だった。

「行くよ、僕」

平然と宣う京哉に、踵を返した阿須賀は目を見開いた。

「なっ…何でや!?政府に引き渡されるっちゅうのは、最悪殺されるって事やで?」
「何でアンタが心配すんのさ?問題無いからさっさと行こーぜー」

呑気に頭の後ろで手を組んだ京哉は、凌壱の真正面に立つと何故かニヒルな笑みを浮かべた。
 絶望的な状況であるにも関わらず、余裕な様子を見せる京哉に不信感を抱きながらも、凌壱は彼を拘束するように部下に顎で指示を出した。


…………………………………………………………………………………



 新宿自警団本部にはスーツ姿の痩せた男が訪れていた。志麻凌壱に呼び出された…そう言って門戸を潜った男は、客間に通されていた。

「すみませんな…馬鹿な息子が留守にしておって。お約束があるのなら、もうすぐ戻るでしょうから」

対応していた周平太は和かに話し掛けているものの、その表情は堅苦しいままであった。あの凌壱の呼び出した客となれば、何かしら厄介事を持ち込んでくるに違いないと踏んでいた。


 そこから10分ばかり経過した頃、門前にセダンが停車し凌壱達が姿を現した。京哉は再び後ろ手に拘束されており、荒縄の端は凌壱が握っていた。

 襖を勢い良く開けた凌壱は、京哉の背中を蹴飛ばして客間に押し込む。畳の上に転がった傷だらけの青年を見た周平太は目を見開いた。

「凌い…「連れて来ましたよ…コレが新宿のネズミです」


 それまでじっと黙り込んでいたスーツの男は、ニタァと薄気味悪い笑みを浮かべて顔を上げた。


「ご協力感謝します、志麻さん。お約束の謝礼はこちらです」

男は100枚程の紙幣が入った封筒を取り出し、一枚杉の座敷机の上に置いた。分厚い封筒を対面に立つ凌壱の方へスッとズラそうとした時、周平太の振り翳した扇子がその動きを止めた。

「ウチぁいつから音楽家ヒトを売る商売なんざ始めたんだァ?えぇ?」

ドスの効いた声で尋ねる周平太の目は怒りに血走っていた。

「Win-Winだろ?これからは政府とも取引しながら遍玖会はデカくなってくんだよ」
「はっ!何が取引だ!ウチのやり方を勝手に変えんじゃネェ!」


襖や窓、押入れが勢い良く開き、阿須賀を筆頭とした自警団の構成員達が男の周りを取り囲む。

人道ひとのみち外れた政府に楯突く、ソレが新宿自警団だ!そんな汚ェ金で救える区民なんざ一人もおらんわ!」

周平太が立ち上がると、構成員達は一斉に男に襲い掛かる。手足を押さえ付けられたスーツの男は、なす術なくガムテープで晒し巻きにされた。
 芋虫のような状態にされた男は、最後に口も塞がれると屋敷の外に転がされ、門前に止められた軽トラックの荷台に放り投げられた。
 運転席に乗り込んだ阿須賀の手に、周平太から紙幣の入った封筒が渡される。

「済まん、じぃちゃん…俺、凌壱兄さんに唆されて一瞬迷ったわ…。自警団や新宿の為やと思うて、そこの兄ちゃんをあの場で逃す選択せぇへんかった…」

俯いたままそう告げた阿須賀の頭をワシャワシャと乱暴に撫でた周平太は、続いて力強く彼の肩を何度も叩いた。

「気にすんな、阿須賀!結果良ければ全て良しってのもウチのやり方だ!」

ニカッと豪快に笑った親父の姿に、阿須賀も歯を見せて笑い返す。




…………………………………………………………………………………



 拘束を解かれた京哉は疲れ切った様子で畳に座り込んでいた。客間に戻ってきた周平太は彼の隣にドカッと腰を下ろす。

「悪かったな、ニイちゃん。大丈夫か?それにしても随分な胆力だなァ?政府に連れてかれるって時に呑気に欠伸なんかしやがって」

アレ、バレてました?とニヤけた京哉に、周平太は脱力して笑う。

「自警団のアジトに単身で乗り込んで来てる時点で只の中抜き業者だってわかりましたよ。政府のお偉いさんにお小遣いもらって、街のチンピラにネズミ・・・とやらを探させるって」

放心状態で立ち尽くしていた凌壱を見上げた京哉。彼と目が合うとニヤリと口角を上げた。

「ッ…てめぇ!」

ひと回り以上も歳の離れた若造に小馬鹿にされた事に腹を立てて拳を振り上げた凌壱だったが、周平太のひと睨みでその動きが止められる。

「もしあちらさんも大勢連れて来てたら、どうするつもりだったんだ?」

「どちらにしろ問題無かったですよ」

京哉は上の前歯の裏に舌を付けてピュイッと歯笛を吹く。すると、ベルトのバックルが青白く光を纏って変形し、彼の人差し指の周りに集まってリングナイフになった。

「これで頸動脈を…」

首を掻き切るフリをしてみせた。

「そりゃあ…大したモンだな」
唐突に見せ付けられた奇術に、周平太は感嘆の声を漏らしす。



 息子のしでかした悪行の落とし前を付けたいと申し出た周平太。組織の長として立場ある人間がその責任を担うのは当然だと言ってきかない彼の姿を見て、その心意気を無碍には出来ないと感じた京哉は数秒考え込む。

「慰謝料代わりに、お願い聞いてもらっても良いですか?」

ニコリと笑ってはいるものの、得体の知れない青年に何を強請られるのかと周平太は一瞬息を呑んだ。


「僕を新宿に住ませてください」


 音楽家の潜伏を幇助する事…それは、現代日本の悪法において厳しく禁じられた行為であった。
 警察や政府の人間に知られれば、新宿自警団は愚か区民全員が危険に晒される可能性すらある。


 この判断が新宿の今後を大きく揺るがす結果となるやもしれない。責任は重大であった。ゆっくりと目を瞑った周平太は、大きく息を吸い込んで自分の膝を握り込んだ拳で叩く。



…………………………………………………………………………………




 男を搬送した軽トラックは、国会議事堂前に停車した。阿須賀と助手席に乗っていた若衆で男を地面に転がし、最後に封筒の金を宙に放り投げてばら撒く。
 ヒラヒラと風の抵抗を受けながらゆっくりと落下してきた一万円札は、男の体の上や周囲に無造作にちらばっていった。

 曇天の下、ポツポツと降り出した雨。雨足は徐々に強くなり、地面に落下していた紙幣は完全に水没してしまっていた。
 目を閉じ、じっと天を仰いでいた男の頭上に、ビニール傘が差される。

「やはり自警団は手に余るか?」

首だけを動かして声の主を確認する。
 男の目線に合わせるようにしゃがみ込んだのは、現内閣総理大臣の都野崎であった。その当時、財務大臣を勤めていた。
 男の口に貼られていたガムテープを剥がすと、彼はゲホゲホと咳き込む。

「……ひひっ…、あと一歩だったんですけどねェ。まぁ、どの組織にも馬鹿はいるもんです。使い様ですよ」

使い様ねぇ…と繰り返した都野崎は、地面に傘を預けて男の身体に巻き付けられていたガムテープをバリバリと剥がしていく。

「日本国では…我々は皆平等に生きなければならない」

通り雨だったのか、雨足は次第に収まっていく。

「武力は皆が等しく恐怖するものでなければならない」

徐に立ち上がり、傘を取り上げて畳む。
そして、地面に横たわったままの男に手を差し伸べた。

「やらねばならないよ、七白」

都野崎の手に掴まり、立ち上がった男…七白勲ナナシロイサオの心は静かな怒りに支配されていた。

 新宿自警団本部で志麻凌壱に連行されてきた、あの音楽家。改正憲法で国民が弾圧を受け始めた年を考えれば、あの若さの音楽家が日本に存在する訳がない。

 あの青年は楽団ギルド旋律師メロディストに間違い無い。

 音エネルギーをハンネス機関を介さずに武器転用することが出来る特殊な人間達。
 都野崎が定義する平等から外れた者達。

「…次は失敗しませんよ、大臣。あの舐め腐ったガキを…必ず引き摺り出してみせましょう」

七白が強く握りしめた拳からは、一筋の血が滴り落ち、足元の水溜りの中に赤褐色の波紋を浮かべた。



…………………………………………………………………………………




 客間に戻ると、シェリーが座布団を敷布団代わりにしてスヤスヤと眠っている。和菓子は三人分しっかり消えていた。

「よう食うなぁ、この嬢ちゃんは…」

プスプスと頬を突くが、一向に目覚める気配が無い。仕方なく彼女を背負った京哉は、阿須賀に見送られながら門戸をくぐる。
 そして、「あ!」と何かを思い出した様子で阿須賀の方を振り返ると、ニヤリと笑った。

「跡目争いでお困りならご依頼どうぞ!個人的には24時間耐久撲殺コースがお勧めでーす!」
「それ、自分が凌壱兄さんの事殴りたいダケやろ。可哀想やからドラム缶コンクリ詰め放題コースにしときや」

反社じゃん!と突っ込んだ京哉は、ジープの助手席にシェリーを押し込んだ。






 やはり視線を感じる。
 店じまい作業をしていた祐介は、シャッターを降ろしながら向かい側の廃ビルを警戒し始めた。
 京哉達を匿っている以上、政府の手のものにいつ狙われてもおかしくない、という警戒心は常に持ってはいる。
「やっぱり気のせいじゃ無いよなぁ……京ちゃん帰ってきたら相談かな」
周囲を確認しながら店舗内に戻り、最後のシャッターを閉める。

 その様子を向かい側の廃ビルから眺めていた茅沙紀は、眠い目を擦りながら京哉が戻るのを待っていた。数日間、声を掛けられずにこの場所に籠城していたが、そろそろ体力も限界である。
 次、彼が通りかかったら必ず駆け寄って話をするんだ。何度も心の中で呟きながら眠気を噛み殺していると、遂に待ち望んだ瞬間が訪れた。

 白いツインテールを靡かせた少女を連れて歩く京哉。何かを言い合いながら店舗の裏手から出てきた。

「あの…っ!この前は私……」

駆け出した茅沙紀であったが、背中から衝撃を感じて立ち止まった。
 正面に立つ二人が目を見開いている。
 やはり突然飛び出して話し掛けるなんて、おかしかったかな…。

 腹から温かいものが溢れ出し、脚を伝って地面に落ちていく。手で触るとじっとりと濡れていた。そして、指先に当たる鋭利な金属。

「ッ…茅沙紀!!」

あれ、覚えててくれたんだ…と、駆け寄ってきた京哉に話しかけようとしたが、力無く地面に吸い込まれていく。

 目だけで彼を追うと、茅沙紀は自分の背後に立っていた人物の正体に目を見開いた。
 新宿にやってきた日から優しく接してくれたはずの七白。
 そんな彼を、京哉は殴り飛ばしていた。


「お前らは消えなければならないッ!我々は平等でなければならないのだッ!」

地面に転がった七白は、発狂しながらズボンの尻ポケットに手を突っ込んだ。
 咄嗟に茅沙紀を抱えて走り出した京哉は、シェリーに物陰に隠れるよう叫ぶ。

 次の瞬間…閃光が走り七白の身体に巻き付けてあった爆弾が炸裂した。凄まじい爆風に、京哉達が逃げ込んだ廃墟の窓ガラスは一瞬で吹き飛ぶ。
 良縁屋のシャッターも激しい音を立てながら振動し、周囲に軒を連ねる雑居ビルの壁に吹き飛ばされた小石がぶつかって無数の傷が入った。

「シェリアーナ!コイツとここで待ってろ!」
「…ッ、うん」

まだ土煙の舞う中、外に飛び出した京哉は、腹部を包丁で突き刺された茅沙紀を運ぶ為、良縁屋の裏手に戻って行ったのであった。


[5] Rondo 完


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