MELODIST!!

すなねこ

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#029 Partita

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ポーランド・34歳男性「いやぁ、悪いとは思ってるよ。でも、仕方がなかったんだ。結婚詐欺や公然猥褻じゃあの刑務所に投獄するには弱過ぎたし、殺しじゃすぐ処刑されかねない。彼なら上手くやれると信じてるさ!」



…………………………………………………………………………………



「結論としては、無理ってこった」

翌朝、ウォルターに呼び出された京哉は開口一番にそう告げられてしまった。

「え…な、何で?」
「タングステンを溶かす為の型になれる素材がこの世に存在しねぇからだ。唯一ギリのラインで行けるとしたら、窯もトレーもオールダイヤモンドのゴージャスなセットを用意するしかねぇ」
宝石を窯に使うなど聞いたことが無い。資料で埋もれたデスクを見るに、ウォルターの方も試行錯誤して工法を模索した結果、何も出てこなかったのだということがわかる。
「ハンネス製と聞いたが、もともとどうやってコイツを作ったのか全く見当がつかねェ。およそ地球上の物質でやるには無理がありすぎるってんだ」
はぁ、と溜め息をついたウォルターを見て京哉も困り果てた表情を浮かべた。
「誰からソレを貰ったんだ?何か知ってるんじゃないのか?」
「…確かに……社長がいきなり入社祝いって言ってくれたんだけど、あの人なら何か隠してる気がする…」
一旦店を出た京哉は、外で待っていた椿と合流してザルツブルグの市街地を歩きながらPHSを取り出した。社長に直通電話というのも気が引けるが、今はそれどころではない。


『あのフルートの製造方法か……まぁ、アテが無いことも無いが…』
答えを渋るようにしてそう返したロジャーに、京哉はやっと一筋の光が見えたと食いつく。
「お、教えてください!特別な方法があるんですよね?」
暫く考え込んでいる様子のロジャー。受話器からは、うーんと唸る声が聞こえてくる。
『アレはハンネスとその妻の合作でな…妻の方に聞けば教えてもらえると思うがなぁ…』
歯切れの悪い彼の様子に、京哉は小首を傾げた。
「何か問題があるんですか…?」
『ああ。彼女は今、ピョトルクフ刑務所に収監されている』


 世界で最も危険で凶悪な犯罪者を収容している、ポーランドのピョトルクフ刑務所。亡き夫と共に多くの楽器製作に携わってきた彼女は、母国であるポーランドに帰った際、日本で言う音楽等禁止法のような法律に抵触し逮捕された。そして、刑事裁判を経て現在は脱獄不可と言われている重警備刑務所にいるという訳だ。

「め、面会とかは…」
『もちろん無い。唯一彼女と接触する方法があるとするなら…一度社会科見学することだな』
社会科見学、つまり投獄されてみろという事だ。あまりの難易度の高さに、京哉は情けない悲鳴を上げながらその場に崩れ落ちる。
『まぁ、画像ギルドとして協力はできる。出入国と脱獄のサポートを現地にいる旋律師メロディストに頼んでみよう』
「え…結局僕は投獄されるんですか…?」
答えを聞く前に既に電話は切れており、京哉は白目を剥いて天を仰いだ。


…………………………………………………………………………………



 世界で一番危険な刑務所と言われているピョトルクフ刑務所。エネルギー革命以前は凶悪犯罪者を収容する為の施設であったが、現在は音楽家やそれに関わる者達も多く収容されている。
 その為、囚人達の間にカースト制度が自然と生まれ、力の強い者が弱い者を征服し従えるという最悪の環境となっていた。


 ポーランドをを担当している旋律師メロディストとザルツブルグ駅で合流すると、3人は長距離列車の貨物室に忍び込んだ。

「この揺れはキッツいな…」
駅を出て早々に激しい縦横の揺れに音を上げている京哉に、アランと名乗った縮れ毛ボンバーヘアに濃い髭面の彼は笑いながら答えた。
「丸一日揺られていればクラクフに到着するさ。女の子にはちとキツイかもしれないけどね」
アランが気遣っている事を通訳して椿に伝えると、彼女はプルプルと首を横に振った。
「問題無い。こういう環境は慣れてる」
恐らく狙撃手としての仕事を請け負う中で、という意味なのだろうが相変わらず言葉足らずな彼女の言う事にはいちいち驚いてしまう。

「さて…ピョトルクフに潜入したいそうだけど、あそこはかなり刺激的な場所だよ」
「刺激的…と言いますと?」
息を呑んだ京哉を見て、アランはニヤリと笑いながら答えた。
「まず、旋律師メロディストってバレると殺されるから注意だ。そうだな…君は何の罪で収容されたい?」
「嫌な言い方だなぁ……逆に何やってそう?」
自分の顔を指差して尋ねてきた京哉を、ジッと見つめるアラン。暫く腕を組んで考え込んだ彼は、苦笑いを浮かべながら答えた。
「結婚詐欺か公然猥褻?」
「めっちゃ失礼だよアンタ」
ムスッと不機嫌になった京哉を見て、アランはまた愉快そうに笑っていた。
「ごめんごめん…ピョトルクフ刑務所に収容される訳だからその程度の罪状じゃ逆に不自然だな。シンプルに殺しにしとく?うっかり10人程」
「うっかりしすぎでしょそんなの……そもそも、バリバリ東洋人顔の僕じゃポーランドに収監されるのおかしくない?」
もっともな指摘に手をポンと打ったアラン。
「不法就労しに来た日本人は?」
「だから、そんくらいじゃ弱いってさっきアンタが言ったんだけど?」
「いやいや、特殊な設定付きで送り込めば良い感じの犯罪者になれるよ。俺に任せときなって」
ニカッと笑ってサムズアップしてきたアランの提案に一抹の不安を感じながらも、京哉は彼に作戦を委ねることにした。


…………………………………………………………………………………



 貨物車の通風口から見える外の風景が段々と暗くなり、通り掛かった街の教会の鐘が夜を迎えた事を知らせる。アランが自ら見張を買って出たので、京哉と椿は山積みになった木箱に囲まれた狭い空間で並んで休む事にした。

 相変わらずの乗り心地の悪さにウンザリしながら、貨物車の天井を見上げて目を瞑っていると、暗闇から伸びてきた冷たい手が彼の頬にそっと触れた。
 京哉は昨日シェリーが言っていたという言葉を思い出し、慌てて飛び起きる。
「な、何?」
壁からぶら下がっている緊急用の小さな赤色灯が唯一周囲を照らしており、ぼんやりと輪郭だけが視認できる。
「私、昔京哉に助けられた事がある」
唐突に告げられた全く身に覚えのない記憶に、京哉は訝しげな表情で聞き返した。
「助けた?僕が?」
やはりかという反応を見せた椿は、残念そうに息を吐いて上体を起こす。
「…私が銃を初めて触ったのは、凌壱兄さんがキッカケ。あの人は最初、私の反応が面白くて廃墟に連れて行かれては瓦礫に向かって撃たせてた」
志麻家の分家の子供であると聞かされていた椿。凌壱ともそれなりに接点があったのだ。
「でもあの人…私に筋が良いって言い始めた頃から……人を狙うよう命令するようになった」
命令を聞かなければ怖い目に合うのだと、椿は苦悶の表情を浮かべながら続ける。
「人を殺した事はない。でも……何人も怪我をさせた…。凌壱兄さんの命令はずっと続いた……京哉が本家に来るまでは」
政治家の協力者と連んで音楽家を政府に売り飛ばそうとした凌壱を出し抜き、結果として彼の本家での立場を失墜させたのは京哉と遍玖会の面々であった。
「僕がっていうか……あれは自警団のみんなのおかげじゃない?」
「あの日は、そう……でも、京哉が新宿に来てくれなかったら、誰も凌壱兄さんに逆らえなかった。阿須賀一人じゃあの人を追い出せなかったから…」
京哉は遍玖会を変えるきっかけだったのだと椿は言う。そして、凌壱のオモチャから解放された椿は京哉に恩義を感じて阿須賀に彼を手伝えないかと打診したのだ。
「ずっと、ありがとうって言いたかった。だから今言う……ありがとう」
律儀な所もあるのだと、京哉はここ数日間で初めて彼女の意外な一面に触れる事が出来たように思えた。
 そして、日本で阿須賀が京哉にコッソリと伝えてきた彼女についての様々な憶測は間違いだったのではないかと眉を顰めた。

「何かお礼がしたいと思ってる。けど、お金は持ってない」
「別に良いよ、そんなの。僕の仕事これからもたまに援護……ん?」
彼女がにじり寄ってくる物音の後、腕に何か柔らかいものが当たる感覚がした。雲の切れ間から月明かりが差し込み、狭い通気口を通して貨物車内が明るくなる。ブカブカとしたオーバーサイズのパーカーを脱いだ椿は薄手のロングTシャツに隠れた豊満な胸を彼の腕に押し付けていた。

「身体には少し自信がある。京哉になら初めてをあげてもい「待て待て待て!距離!はい!距離取って!」
彼女の腕を掴んでグイッと元の位置に戻すと、京哉は焦った様子で立ち上がった。
「……嫌?」
「そういう事じゃなくて!」
悩ましげな表情を浮かべている京哉の様子を見て、椿はハッと何かに気が付いたようだった。
「忘れてた…コレで落ちなかったら、京哉はアッチだから諦めろって阿須賀に言われてたんだった」
とは一体何だと一瞬考えた京哉。しかし、ジワジワとその答えがわかってくると慌てて彼女の顔を覗き込むようにしゃがみ込んだ。
「椿、勘違いしてるよね?僕はノン「皆まで言うな…って言ってあげるんだよって、阿須賀に教えられてた。皆まで言うな」
アイツ一体何吹き込んでんの!?と発狂する京哉は、弁明しようとするも再び床に転がって嘘みたいに寝息を立て始めた椿を見て口を噤む。
 日本に帰ったらただじゃおかないと阿須賀に恨みの念を飛ばしながら、京哉も床に横向きに倒れ膝を抱えて目を閉じた。


…………………………………………………………………………………



 停車駅のクラクフに到着する間際、アランが京哉と椿の肩をゆすって起こす。跪いた彼は、徐々にスピードを落とす車内で京哉に今後の作戦について話をした。

「さっき、俺がクラクフの市警に通報を入れておいた。この列車の貨物車に不法就労の密入国者が潜んでいるってね。駅に着いたら無事、お縄にかかってくれ」
無事にって…と呟きながらも、京哉は首を縦に振る。そして、椿の方を向いたアランはニコリと笑い英語で話し掛けた。
「君は俺とキョウヤの援護だ。英語だったら少しはわかるかい?」
京哉の通訳が入ると、椿は難しそうな表情を見せた。
「単語…すごく優しいやつならわかると思う…」
椿が不安げにそう言うと、京哉の通訳でアランはサムズアップした。




 ブレーキの金属音が響き、ゆっくりとホームに到着した車両。バタバタと忙しなく駆け寄ってくる足音が聞こえてくると、京哉は通気口から外を覗く。警察官と思しき人集りが、彼らの潜んでいる貨物車を取り囲むようにして肉の壁を形成していた。小銃をコンテナに向けて構えている。
 先に外に逃げていったアランと椿に母親の形見を預けている為真の丸腰状態である今、威嚇の為とはいえ銃口を向けられると本能として緊張感が走った。

 一般車両から乗客が全員降りた頃合いを見計らって、警官達が一斉に貨物車内に雪崩れ込んでくる。
「手を挙げろ!」
積まれた木箱で囲まれたスペースに京哉の姿を発見した彼らは連携した見事な動きで素早く彼を取り囲んで銃を構えた。
 膝立ちのまま大人しく両手を耳の高さまで上げると、彼の背後に回り込んだ男に後頭部を鷲掴みにされて床に頬を押し付けられた。
「確保した!厳重に拘束して連行しろ」
男の合図で周囲の警官達も動き出し、手錠を後ろ手に掛けて更に腕を縄でグルグルと巻かれた。脇を抱えられて立ち上がるように促される間、警官達は終始京哉に向けて汚い物を見るかのような視線をぶつけてくる。
「あのー…僕は何をしたって事になってるんですか?」
恐る恐る尋ねてみると、彼らは憤った様子でにじり寄ってきた。
「聖職者相手に不埒な売春営業をする為に繰り返し入国しているだろ!カトリックの国と知りながら何という野風俗な野郎だ!」
「東洋人は人気があるそうだからな。良い鴨だと思って荒稼ぎに来たんだろ!ふしだらな男娼め!」
驚きのあまり瞼をパチパチと瞬かせる京哉だったが、徐々に怒りが込み上げてきて思わず言い返してしまう。
「ンな事するわけねーだろ!!証拠あんのかよ証拠!!」
すると、警官の一人が彼の両頬を片手で鷲掴みにしてガクガクと揺らしながら怒鳴った。
「この顔で何をほざこうと、何も覆らないんだよ!大人しく牢屋に入ってろ!!」
「は!?顔!?何言っ…ちょっと!誤解だって!おい!」
京哉の抵抗も虚しく警官4人掛かりで貨物車から連行されると、ホームは騒ぎを見に集まってきた野次馬の人集りで賑わっていた。その中にアランと椿の姿もあり、哀れみの表情を浮かべてバックヤードへ引き摺られて行く京哉を見送る。



…………………………………………………………………………………



 ポーランドではエネルギー革命以降に発生した大恐慌で、食い扶持を失った多くの若者が路頭に迷う事になった。堕ちる所まで堕ちた者達は自分の体を売って何とか生計を立てる様になっていったという。そして、聖職者階層に同性愛が広がっている事が大変問題視されている中、そのような売春営業に走る人間が後を断たないという。
 カトリックの教えでは、自然法に反する同性愛行為は罪深い事とされている。何としても清らかなる聖職者のイメージを立て直したいと動いた国は、対象の行為を働いた人間を厳重に処罰する法律を制定していた。

「罪状によると……はっ!ここ1ヶ月で40人以上の聖職者と関係を持って報酬を得た、と」

取調室の椅子に座らされた京哉は、刑事達に囲まれて無い事無い事を責められ続けていた。
 こんな事なら殺人罪で捕まった方がマシだと泣きそうになる京哉だったが、今更何を言っても目の前の警察達は聞く耳を持たないと諦める。そして、コクリと首を縦に振った。

「とんだアバズレだな。おい、移送の準備だ。ピョトルクフにブチ込んでやれ」
「残念だったな、アジア人。お前のような性犯罪者は裁判無しに投獄できるんだよ、この国では。法律様々だな」

二人の警察官に両脇を抱えられながら立ち上がると、取調室に響くうるさい笑い声を背に、移送車に向かって引き摺られていった。



…………………………………………………………………………………



 久々に新たな隠れ家に戻ってきたナツキとフユキ。無事に退院できた事を喜ぶ祐介に迎え入れらると、奥の衝立の向こう側から顔を出した道夫に手を振った。

「…誰アレ?」
訝しげな表情で尋ねた麗慈に、鬼頭は腕を組みながら返す。
「一般人の藤原道夫だ。運悪く俺達の根城に迷い込んじまったようでな。まぁ、ああ見えて結構面白い奴なんだ。昔のサブカルってのに精通してて話してて飽きねぇ」
前の住処を追いやられたという道夫と同居していると聞かされると、麗慈と託斗は顔を見合わせた。
 鬼頭も楽団ギルドと関わりを持つようになって長い男。何か理由があっての事だろうと彼の方を見やると、案の定首を縦に振った。
「白とも言い切れねぇが、間違いなく黒じゃねぇ。その追い出された場所ってのがどうも臭ェとにらんでる」
「こちらに害はないけど、何かしら関係者である可能性が高い、と。成程、創くんがそう言うなら納得だ」
託斗はニンマリと笑ってみせると、双子と談笑する道夫の近くまで歩み寄った。
 季節不相応な出立ちの男の登場に目を瞬かせる道夫は、その顔立ちに既視感を覚えて小首を傾げた。
「初めまして、道夫さん。僕は右神京哉のパパ上です」
「あぁ!京哉殿の!どうりで初対面なのに見覚えがあると…!これはこれは!」
納得した様子の道夫は、自分が腰掛けていたフラットシートの対面のスペースに入りゲーミングチェアを引っ張り出して座る託斗と向かい合わせになった。
「どうかされましたかな?」
「ああ、少しお話したいと思って。どうしてこのビルに移り住まなきゃいけなくなったのか……教えて欲しいんだよね」
そう切り出してきた託斗に、道夫はどこか気まずそうな表情を見せた。答えたくない事情があるのだろう。しかし、楽団ギルドの人間と共に生活をするのであればその事情とやらも余す事なく聞き出さなくてはならない。
「追い出されちゃったって聞いたんだけど、何でかな?」
柔らかい物腰に優しげな笑顔。しかし、託斗と対峙した道夫は言いようのない圧迫感や焦燥感を感じていた。話さない、という選択肢はこの男が現れた瞬間に奪われていたのだろうと観念した様子の道夫は渋々語り始めた。



…………………………………………………………………………………


 かつて、六本木のとある雑居ビルの一角を根城にしていた道夫。彼も周囲の住民同様に自警団からの配給で何とか食い繋ぐ毎日を送っていた。
 特にやる事もなく、鬱屈した日々を過ごしていた彼らの元に突如現れたのはグレーの髪をオールバックに撫で付けたビジネススーツ姿で、流暢な日本語を話す外国人の男であったという。

「すみませんが、少しご協力願えますか?勿論謝礼はお支払い致しますので…」

例外なく困窮していた雑居ビルの住人達は、時間だけはたっぷりとあるわけだし…と自分に言い聞かせ、その怪しい誘いに乗ってしまった。

 外国人が彼らに依頼したのは、ある単純作業だった。1日3回各20分間、手渡された15インチ程のタブレット端末画面に映し出された合図に合わせてハンドベルを鳴らすというものであった。
 サブカルチャーに精通していた道夫は、かつて流行していた音ゲーの要領でコツを掴んでいき意気揚々とタスクをこなしていったという。
 報酬も申し分なく、その外国人の依頼によって彼の生活は多少なりとも潤っていた。


 しかし、そんな日々は唐突に終わりを迎える。


 目を覚ました道夫は、時計を見て焦った。約束の時間を過ぎてしまっていたのだ。どうしたものかと部屋の中を右往左往したものの、この訳のわからない作業をたった一度忘れただけで一体何が変わるというのだろうか。
 そもそもお願いされて仕方なくやってあげている訳で、もし何か言われるようなら報酬を返還してやれば良い。その程度に考えていた。
 それからもたまに寝過ごしたり、うっかりと忘れてしまった道夫であったが特に悪びれる様子もなく普段通りの生活を続けていた。



 屋上で人が死んでいると騒ぎになったのは、道夫が最初に寝過ごしてから10日後の事であった。
 いつの間にか運び込まれていたプレハブ小屋の中、シングルベッドに寝かされた状態のその男の胸には直径1センチ程の太いシールドが数本突き刺さっており、それらは床に据えられた30センチ四方のハンネス機関に繋がっている。
 野次馬心にその死体が搬送されていく様子を眺めていた道夫であったが、同じく屋上の様子を見に来ていた隣の区画の住人に肩を叩かれてビルのエントランスまで降りた。

 そこには、あのオールバックの外国人が立っており、彼から依頼を受けていた他の住人たちも集まっていた。


「作業のご協力、ありがとうございました。皆様には後程、最後の報酬をお支払いいたします」

にこやかにそう切り出した男であったが、道夫は妙に彼と目が合うと感じていた。怠けていた事がバレてしまったのだろうか。

「皆様にお願いしていた作業なんですがね……実はハンネス機関を動かしてもらっていたんです」

ハンネス機関という言葉に、住人たちはガヤガヤと騒がしくなり始めた。
「今朝、屋上で人が亡くなっていたのを見ていただいたと思いますが…彼の心臓を動かしていたのは、あのハンネス機関なんです」


…………………………………………………………………………………


 住人たちに渡されていたハンドベル。其々が奏でた音が各階に設置されていた伝声管を通って一つのメロディとなり、屋上のプレハプ小屋の中に据えられていたハンネス機関を動かしていたのだという。

「あ、あの…死んでいた男は一体…」
住人の一人が恐る恐る尋ねると、外国人の男は眉を顰めて悲しそうな表情を見せた。

「彼は、心臓の病を患っていました。しかし、適正な医療を受けられず……困っていた所を偶然出会った私があの方法で治療を行っていたのです」

そこでようやく医者だと名乗った男は、胸の前で十字を切って手を組んだ。

「日本国内では自由にハンネス機関を使用する事は許されない……なので、皆様にも真の目的はお伝えせずにご協力頂いていたのですが、残念です…」

男の目が再び道夫をとらえると、まるで蛇に睨まれたかのように動けなくなる。そして、毛穴という毛穴から汗が吹き出した。

「藤原さん?どうかしたのか?」
隣の区画の住人が道夫の肩を叩くが、焦点の合わない目で床を見つめたまま、終いにはガクガクと震え出した。

「彼、何回かお願いした作業をしていただけていなかったみたいなんです。おかげで、曲は完成せず…」

外国人の男のその言葉で、住民達の顔色は一変した。

「アンタ…アンタが鳴らさなかった音があるから……曲が完成せずにあの人、死んだんじゃないのか!?」
「そうなのか!?毎日暇そうにしてたじゃないか!!あんな簡単な事すらできなかったのか!?」
「藤原さん…それは、人殺しですよ……あなた、あの人を殺したんですよ!何とか言ったらどうなんですか!?」

口々に道夫を責め立てる住人たち。幾重にも重なって鼓膜を震わせる彼らの罵声に耐えきれなくなり、道夫はその場から逃げ出した。






「彼らの言う通りです。ぼくの怠慢があの方を殺してしまったんだ……ぼくは…どうしたら…」
両手で頭を抱えて項垂れた道夫の肩を、託斗がポンポンと叩く。そして、ゲーミングチェアからスクッと立ち上がると踵を返して麗慈を手招いた。

「と、いう事情らしいのですがどうしちゃいます?」
どう?と問い返した麗慈は、託斗がクイクイと道夫の方を顎でさす様子を見て深いため息をついた。そして、彼と入れ替わりにゲーミングチェアにドサッと腰掛ける。

「アンタ、医者舐めてんのか?」
「へっ…?」

まさかの問い掛けに、その場にいた全員が顔を引き攣らせる。

「預かった命、無責任に人様に託して…死んだらテメェらのせいだって投げ出す野郎が本当に医者だと思ってんのか?……少なくとも、俺は思わないな」

ゆっくりと顔を上げた道夫は、涙で滲む視界でまっすぐにこちらを見据えている麗慈と目を合わせた。白衣を纏った彼の姿に、すぐその正体を察する。

「もし万が一、そいつが医者だったとしても…アンタは悪くねぇよ。命を一つ繋ぐのがどれだけ難しいのか俺は知ってる。どんなに頑張ったって取りこぼしちまう事はある。ましてや、何をやらされてるかわからない状況で頑張れるような事じゃない。それ以上自分を責めるな」


日々、人の死を見送ってきた麗慈の言葉は非常に重く、説得力があった。震えながら首を縦に振った道夫の肩を叩き、麗慈は託斗の方を振り返る。

…………………………………………………………………………………


 複数のパーティションを取り払って作った会議スペースに集結した旋律師メロディスト達は、先程の道夫の証言から状況を考察し始めた。
 中央に据えた卓袱台を囲み、鬼頭が配ったトランプの手札を各々手に取る。

「まず死んだ男についてだが、心臓に病をっていうくだりは全部嘘だろうな。いくら野戦病院でもそんな処置はしねーよ」

麗慈がそう言いながら、隣に座るナツキの手札から1枚取って2枚を捨てる。

「じゃあ、何でそんな面倒な事をしてたんだ?」
「もしかして、健康な心臓をわざとヘンテコな機械に繋いでた…とかですかね?」

フユキから手札を取ったナツキ、そして託斗の持つ手札から1枚を選んで手元に納めたフユキが苦い表情を浮かべた。

「医療行為じゃなくて……そういう拷問って事か。なかなか鋭いね、フユキちゃん」

ジョーカーが手元から離れて上機嫌な様子の託斗は、鬼頭から1枚奪い取って2枚を場に捨てる。

「ほほぉ…見えてきたぜ。まぁ、最初からそんな陰険な事させるのは奴らぐらいしかいねぇケドな」

「で、狙いは何だ?拷問っていう事なら勝手にやってりゃ良い。わざわざ一般人を巻き込む理由は?」

1周まわり、再び麗慈に戻ってくると、ナツキが何か閃いたように目を見開いた。

「こんな事やってますよー…って、オレ達に見せびらかしてるとか?」

「それ、正解かもしれないよナツキ。ボク達を誘き出そうとしてるんだ」

「全く、かまってちゃんだなぁ……異端アイツら

パラパラとトランプが舞う中、最後の1枚を握ったままのナツキは残念そうにそのジョーカーを卓上に置いた。

…………………………………………………………………………………




 ウィーン・リング通りに佇む楽団ギルド本社前。煉瓦造りの美しい社屋を呆然と見上げていたシェリーはミーアに肩を叩かれて共に扉の方へと進んでいく。
 エントランスロビーに待機する受付係の男女が立ち上がって頭を下げる様子を見て、シェリーも思わずペコリと頭を下げた。
「上層部の人間が君を待っているそうだ。最上階に向かおう」


 両開きの扉を開け放つと、その先には分厚い絨毯の敷かれただだっ広い空間。等間隔に設置された一人掛けのソファチェアには上層部の人間と思しきスーツの男達が座っていた。
 じっと自分の方を見据えている彼らの視線を感じて、シェリーも眉間にぐっと力を込める。

「ご苦労だったね、二人とも」
「お待たせ致しました、社長。こちらが、シェリアーナ・シェスカ嬢です」

ミーアが社長と呼んだ事で、目の前の白髪混じりの銀髪の男が京哉達の話題によく出てきていたハロルド・ロジャーだと察したシェリー。緊張した面持ちでじっと彼の方を見つめていると、ニコリと笑いかけられて右手を差し伸べられた。

「ようこそ、楽団ギルドへ。感謝するよ」

想像していた社長像と本人の第一印象がかなり異なっていたのか、シェリーは目をぱちくりさせて戸惑いながら握手に応じた。




 並んだソファチェアの一つにミーアに促されて座ったシェリーは、早速だが…と切り出してきたロジャーの声にビクリと肩を震わせた。
「君にわざわざ来てもらったのは、君に隠された秘密が事態解決の鍵になるやもしれんという仮説が立ったからなんだよ。キョウヤから既に聞いていたかもしれないが…」

 シェリーに隠された秘密…それは彼女を改造した実父、オルバス・シェスカによって埋め込まれたハンネス機関、そして彼女の母親の骨で作られたオルゴールの事である。

「……私の体内ナカに埋め込まれてるオルゴールが、楽譜スコアの曲を奏でてしまうかもしれないからキョウヤはアタシを監視してるんだって教えてもらいました」

伏目がちでそう答えたシェリーの様子に、ミーアは目を細めた。楽団ギルドが藁科から依頼を受けた際の事前調査や京哉からの任務報告も隈なく目を通していた彼女は、シェリーがその身体のせいでこれまでに味わってきた数々の苦悩を知っていたのだ。

「ああ。その通りだ。我々は監視という名目で君の元に彼を付けさせている。何故、君のお父さんが事をしたのか…一体何を成し遂げたかったのか……それらの謎がオルゴールとハンネス機関に秘められているはずだからね」

ロジャーは椅子から立ち上がると、スーツの内ポケットから徐に一枚の写真を取り出してシェリーに手渡した。
 それは、チロリアンハットを被ったスーツの男と白いローブを纏った金髪碧眼の少年を写したものである。

「アメリカで我々の仲間を襲い続けている二人組だ。先日、彼らから逃げ仰せた旋律師メロディストらの証言を得たんだ。そして、その子供の歌声と男の演奏が組み合わさる事で特殊な効果を生むのではないかと上層部は踏んでいる」
「……歌と楽器が……そんな事が可能なんですか?」

理論上、人の歌声は大きな音エネルギーを生み出す為の合成波の生成には適さないと言われている。しかし、異端カルトの人間があの小さな子供を連れて回る理由が他に考えつかないのだ。

「可能かどうか…それを確かめたい。シェリアーナ、君の力を貸してくれないか?」
「……ちから…?」

何をどうやって確かめるのだと、シェリーは訝しげな表情でロジャーを見つめる。

「キョウヤのフルートが完成するまでの間、そこにいるミーアとアンサンブルをして欲しい。君の歌声が我々の演奏にどう作用するのか…データを取らせて欲しいんだ」


 データを取る、その言葉を聞いたシェリーは彼らの考えを理解した。楽団ギルドは偶然にも手の内に存在する『シェスカの遺産』という道具を使った実験をしたいのだ、と。
 自分の事を過保護なくらい大切に匿ってくれている京哉の手が届かない今、誰も道具として扱われようとしている事を止めてはくれない。
 それでも、シェリーには首を縦に振るという選択肢しか残されていなかった。ここで断る事は、ある意味安全な楽団ギルドという傘の下での暮らしを全て失う事を意味しているからだ。京哉や祐介と引き離されてしまうかもしれない…それを恐れていたシェリーは、静かにミーアの後に続いて歩くしかなかった。



[29] Partita 完
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