MELODIST!!

すなねこ

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#056 Riddim Ⅲ

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東京都・43歳男性「親父に気に入られたってだけの理由で拾ってきたガキに跡を継がせた老耄に幻滅した古参は多いさ。組織運営は義理人情じゃねぇ。ビジネスだって言ってんだ。利益を追求して何が悪い?」



…………………………………………………………………………………



 彼にとっては約10年ぶりの帰国であった。
 乳児院と孤児院で育ったが故、身寄りや実家と言うものには縁が無い。
 誰かに迎えに来てもらう約束も無く、放り出された横浜港でぼんやりと空を見上げている時であった。

 ドコドコと特徴的な重低音を響かせながら近付いてきた一台のスーパースポーツバイクのエンジンが彼の目の前で停止した。
 見覚えのある型の車体から降りたライダースーツがフルフェイスのヘルメットを取り去ると、艶のある長い黒髪が潮風に靡く。


「ボサッとしてんな、馬鹿乃宮麗慈!ほら、行くよ」




 超絶技巧修得の仕上げとして、師匠である梓のレッスンを受ける事になっていた麗慈。彼が日本に来て早々に連れて行かれたのは、奥多摩の別荘ではなく都営団地の一室であった。
 以前入った根城とは違い生活感のある内装が妙な居辛さを感じさせる。何より玄関や壁に飾られていた写真に写る見覚えのない男の姿が、その原因ではないのかと推察する。

「……もしかして、既婚者?」
「え?言ってなかったっけ?」

押し入れの中をガサガサと捜索する梓の寄越した回答で答え合わせが完了した。

「アンタの一件が片付いてからかな。憂さ晴らしにかっ飛ばした先の漁港で出会った遠洋漁業船の乗組員と仲良くなってね。完全に勢いで結婚しちゃった」

ケラケラと笑っている梓の背中を呆れ顔で眺める麗慈は、背後の物音を聞いて素早く踵を返す。
 麗慈も長身の部類に入るが、そこに立っていたのは彼より更に背の高い筋骨隆々な男。何故か下着一枚で欠伸をしている。

「服!脱衣所のいつもの場所に置いてあるからって言ったじゃん!」

ノールックで声を張った梓は、後頭部にも目がついているのだろうか。ノロノロと移動して行った男に目を瞬かせている麗慈が恐る恐る尋ねた。

「……旦那さん?」
「そうそう。今朝いきなり帰ってきたの。いつも突然なのよねー、困る困る!」

困っているようには聞こえないが、先程のやり取りを思い出すと世話の焼ける夫であることは想像に容易い。



 梓が押し入れの中から折り畳まれた譜面台を掘り起こしボストンバックの中に詰めている所で、再び大男が現れて麗慈の背後に立った。
 何故か一言も喋らないでいる梓の夫の視線の先に自分がいることに気が付いた麗慈は、額に冷や汗を滲ませながらペコリと会釈をする。

「その子が若乃宮麗慈。今年いくつになるんだっけ?」

チャックをジジーッと閉めた梓が立ち上がりながら麗慈に話を振る。

「……22…ですけ「若いな」

答え終わる前に大男が初めての一言を返す。すると、梓はまたケラケラと笑い始めた。

「面白いでしょ、この人。私が若い男家に上げてるから嫉妬してんのよ」

嫌がるのは普通だろうと思いながらも、指摘すれば後が怖いので麗慈は黙って二人の顔色を伺っていた。



…………………………………………………………………………………


 譜面台を取りに来ただけと言っていた筈であったが、すぐにまた漁に出るという大男の為に夕飯を作ると言い出した梓が麗慈を残して出掛けてしまった。
 二人がどういう関係なのか組織外の人間に話す訳にはいかないとはいえ、男の自分が何の説明も無しに上がり込んで良い場所では無い。誤解や疑念を抱いているのであれば当たり障りの無い内容でどうにか解消するべきだと、麗慈は意を決して話しかけた。

「…あ、新妻さんとは上司と部下と言いますか、師匠と弟子みたいな関係で……」

 下手な言い訳に聞こえてしまったのだろうか、大男は何の反応も示さずじっと黙り込んでいる。
 地獄のような時間が過ぎ、梓が戻ってきてからもギクシャクした雰囲気は解消される事はなかった。

「私達、婚姻届を役所に提出してる訳じゃないのよ。事実婚ってやつ?書類上のどうのって、この時代じゃあまりアテにならないじゃない」

 皿洗いをしながら隣で手伝う麗慈に話し掛けた梓。楽団ギルドに所属している人間は婚姻に際しては漏れなく書類の届出等の手続きは行わない。
 職業柄、身分を特定される危険を避ける為というのもあるが、そもそも戸籍を持たない者も多い。麗慈もオーストリアに亡命するまで戸籍を持たない人間であった。

「第三者や公的機関に二人の関係が保証されないのが怖いっていう人もいるみたいだけどさ、私は全く違う考えなんだよね」
「……違う?」

最後の皿についた泡を洗い流し、水切り籠に入れる動作をぼんやりと眺める。

「逆に考えたらさ、何にでもなれるって訳じゃない?もし私が超有名な女優ですーって言っても良い訳でしょ?」
「絶対違うと思う」

即答した麗慈の肩を小突いて「つまんねー奴ぅー」と唇を尖らせた梓は、小走りでリビングの方に駆けて行って大男に半分占領されている二人がけのソファに勢い良く腰を沈めた。
 手招きをする彼女を見て訝しげな表情を浮かべながら歩み寄る麗慈。満面の笑みを浮かべている梓が次に何を話し出すのかなど微塵も予想できていなかった。




「麗慈、ウチの養子にならない?」




 親に会いたいと思った事は一度もなかった。
 無責任に自分を産み捨て、名前もくれなかった大人になど興味は無かったからだ。

 だから要らないのかと問われれば、少し悩む。
 孤児院の院長も、児童買春を斡旋していた組織の輩も、銭勘定ばかりに気を取られていた。
 そんな大人ばかり見て育ってきた。
 無償の愛というものを麗慈は知らない。

 血の繋がりの無い自分を、形式だけとは言え家族として迎え入れようとする理由は一体何なのだろう。

 何故、そう問おうとした時、彼は頬を伝う自分の涙に気が付いた。泣いていたのだ。
 自己分析が追いつかない。感情がぐちゃぐちゃになっている。いつも冷静に、俯瞰的に物事を見ていた筈なのに、どうしてしまったのだろうか。



「泣くほど嬉しいとか、困ったねー。ほら、もう反対できないでしょ?」


またケラケラと笑っている梓の言葉で、整理できない心が一つの結論に導かれていく。
 自分は家族が欲しかったのだ。


「この人ね、成人した男の子だけど家族にして良い?って聞いたら嫌だとか言ってたのよ。や~ねぇ~、私と麗慈がいくつ年離れてると思ってんのよ?ガキンチョ相手に…」
「……良いのかよ……」

梓の言葉を遮り、麗慈が二人に尋ねる。

「…どうせ養子にすんなら、もっとマシな奴いっぱいいるだろ……わざわざ俺にする必要…あんのか?」

どんな答えが返ってくるのだろうか、恐る恐る視線を上げた麗慈は、ソファに並んで座る二人がずっと柔らかな笑みを浮かべて自分の方を見ている事に気が付いた。


「何言ってんだよ。立派に育ちやがって。私はとうの昔からアンタのこと育ててきて親気分だってのにさ。今更変更とか、ム・リッ!」


 親がいたら、こんな風に接してくるのだろうか。オーストリアに亡命してから…いや、もっと前からだ。孤児院で初めて梓が声を掛けてきた時から麗慈が感じていた『温もり』は彼の妄想などではなかった。

 10年も昔から、彼には母親が存在していた。そして、今日この時から父親も増えて三人家族になるのだ。




「わざわざアンタにする必要あるのかって?大アリだよバカ。アンタ以外願い下げだよ、私は」





…………………………………………………………………………………



 意識が遠くなる。耳はもう殆ど聞こえていない。

 破壊された縁側の瓦礫の中で仰向けに転がっていた梓の顔に、冷たく柔らかな雪が次々とぶつかっては溶ける。
 痛覚もだいぶ前に無くなったようで、今はただ体が重だるくて眠かった。


 薄く雪の積もった玉砂利に金属製の細い足をザクザクと突き刺しながら接近してきた金属製のムカデ。一際太くて大きなアームを駆動させて、三叉に分かれた先端の蟹バサミ部分で梓の上体を鷲掴みにする。

 腹部を大きく損傷した彼女の身体からは尋常ではない量の血液が流れ出ていた。

 新宿自警団屯所に突如姿を現した得体の知れない子供。その身体を飲み込んで動き出したマシンの猛攻によって受けた致命傷によって、誰の目から見ても勝負の行く末は決まっているるよう思えた。

 宙に投げ出された梓の体側に鞭のようにしなったもう一本のアームが直撃し、吹き飛ばされた体が激突する大きな音を立てながら正面玄関を破壊した。
 トドメを刺そうと再びアームを持ち上げたマシンの攻殻に鉛玉が弾かれる音が響いたのは、梓が呼吸の仕方を忘れる寸前の事であった。

 2階の窓からライフル銃で狙撃を試みる椿。梓の指示を聞かずに邸宅に残っていたのだ。間髪入れずにマシンの外殻や脚目掛けて弾を打ち込んでいるが、当然の事ながらビクともしていない。
 それどころか、今度は狙いを彼女の方へと変えて垂直な壁に金属の足を突き立て蛇行しながら昇って行った。


 椿まで犠牲になってしまう。しかし、どうしようもなく重い手足はもう指一本も動かす事が叶わない。尚且つ、まだ戦える体だったとしても彼女には決定打が無かった。

(お願い……ッ助かって!!)

 最早祈る事しか出来ない彼女の鼓膜をバリバリと揺らす衝撃。

 大きな顎が椿を挟み込む直前に放たれた.357マグナム弾が頭部に直撃し、ムカデは大きく背中側へと首をもたげる。残りの5発を続け様に撃ち込み、攻殻の一部がひしゃげて僅かな隙間が生まれた。
 重力に従って地面に巨体が吸い込まれていく様子は、反動で震える両の手を互いに握りしめていた椿に一瞬の隙を与えた。
 金属のムカデが伸ばした太いワイヤーはビュンビュンと音を立てながら空を切り、外壁諸共椿に向かって横一線に打ち付けられる。


 襖を突き破り、建物中央の部屋まで吹き飛ばされた椿は既に目前にまで伸びていた血糊の付いた金属のアームをその視界に捉え、ギュッと目を瞑った。
 しかし、数秒経とうと痛みは訪れない。
 そっと目を開けてみれば、そこには先程逃した筈の使用人や屯所に残って作業をしていた構成員達が体を張ってマシンの動きを止めていた。

「退け退け!危ねぇぞ!」

さらに後からやってきた構成員が運んできたのは、旋律師メロディスト達の余興の演奏で満充電となっていた中型のハンネス機関。両脇に刺した巨大なシールドはクレーン等の大型重機に給電するためのユニットである。その先端の金属部分を椿がマグナムであけた風穴の中に差し込み、皆が手を離したタイミングで緊急放電スイッチをオンにした。

 眩い発光と共に鼓膜を劈く音が響き渡り、巨大なムカデのボディがスパークを起こす。使用人達が制御を失って暴れるマシンから逃げ伸びた後、小爆発と共にガシャンと畳の床に崩れ落ちた巨体が動かなくなって瓦礫の一部と化した。

 完全に動きを止めた凶暴な機械を目の前に息を切らす椿は、梓を助けに行かねばと慌てて踵を返す。ツルツルと滑る床に足を取られながら急勾配の階段を一気に駆け降り、正面玄関へと飛び出した。




「梓さん…っ!しっかりして!」

瓦礫の中に横たわる梓は、辛うじて息のある状態であった。ダラダラと血が止めどなく流れ出ている腹部を直視してしまい、椿の呼吸は大きく乱れた。
 上着を脱いで梓の脇腹を圧迫するが、すぐにビシャビシャになってしまい椿の手を真っ赤に染める。

「どうしよう…止まらない……どうしたら……っ!」

涙を流しながらパニックを起こす椿であったが、梓の口が小さく動いている事に気が付くとすぐに耳を欹てた。

「……ありがとう…」


 彼女が最後に伝えたかったのは、みんなを守って果敢に立ち向かった事に対する感謝であった。
 そして、力なく頭をもたげて椿の胸元に顔を埋める。
 滲む視界に映る彼女はまだ温かいのに、もう二度と動く事のなくなった体はあまりにも重い。
 腕の中で一人の人間の命の灯火が消えていく。




…………………………………………………………………………………





 投光器が照らす議事堂前広場。既に政府陣営は撤退しており、担架を担いで走り回る自警団の男達の怒号と痛みに喘ぐ怪我人達の悲鳴とが響き渡っていた。
 広げられたブルーシートに等間隔で並べられていた人間の上には毛布が頭から足先まで毛布が乗せられている。死者も多く出ている様子であった。

 ごった返す抗争跡で人々の間を縫って阿須賀の姿を探していた京哉のPHSが震えて着信を知らせる。

『アイツが時計台の方に移動するのを見た奴がいた。広場で怪我人が出始める前だそうだ。俺はもうすぐ着く』

阿須賀の目撃情報を得た麗慈からの連絡であった。「わかった」と短く返し、京哉も三権分立の時計台が聳える国会前庭北地区に向かい始める。




 日付が変わった頃から本降りになった雪が薄らとアスファルトに積もり、複数の足跡の上に更に雪が積もっていた。まだ新しく濃く残る麗慈の足跡を辿り、四角く掘られた時計台前の水場に沿って進んで行った。
 ジュラルミンケースから取り出したフルートを組み立て、歩きながらチューニングをする。そして青白い光と共に太刀の形に変形させ、下段に構えながら黒い時計台に近づいていった。


 節足動物の様相でありながら、あまりにも巨大な体躯。金属で覆われた人工的な角ばったボディを鈍く光らせながら、時計台最上部に無数の脚を絡ませて京哉の方を見据えている。

「アカンで京ちゃん……アレは生身の人間がタイマン張れる代物やない…」

 時計台裏の茂みの中から麗慈と共に姿を表した阿須賀は腕を負傷しており、指先から滴る血が真っ白な雪に映えていた。







 国会議事堂前の広場で凌壱の姿を確認した阿須賀は、何処かに移動する彼を尾行していた。数人の取り巻きを連れて歩く凌壱の姿を追い時計台の前に差し掛かろうとした時、後方の広場から人々の悲鳴や怒号が響き渡ったのだという。
 何事かと踵を返そうとした矢先、彼の目の前に音も無く現れた一人の子供。遠くに見える凌壱が黒塗りのセダンに乗り込もうとする様子に慌てて駆け出した阿須賀を弾き飛ばしたのは、子供の足元に横たわっていた金属製の箱から飛び出した巨大なアームである。
 回転式の開口部に子供が押し込められ、ガシャガシャと機械的な音を立てながら巨大なムカデの様相に変形し、間髪入れずに阿須賀に向かって襲い掛かってきた。


 目の前で繰り広げられるSF映画のような展開に目を見張る。この凄まじい破壊力で攻撃を繰り返すマシンはあの子供が操縦しているというのだろうか。
 襲い掛かる金属の脚を避け続ける間にも、凌壱が乗り込んだセダンは遠ざかって行く。彼が何を企んでいるのか暴かねばならないのに、今自分が置かれている状況では到底無理な話である。それどころか、どうやって危機的な現状を打破すべきなのかさえ道筋が全く見えてこなかった。

 視界の開けた場所では此方が不利になると、時計台裏の茂みに飛び込んだ阿須賀。冬の装いで葉が全て散ってしまった紅葉樹の林を、木々の間を縫って駆け抜ける。
 落ち葉を巻き上げながら執念深く追跡してくるマシンの位置を確認し、あと数メートル先に池が待ち構えている場所で即座に進行方向を変えた。
 勢いそのままに水場へと突っ込んだ巨大なムカデの姿に、上手く撒いたかと息を撫で下ろしたのも束の間の事である。体側から飛び出した太いワイヤーロープを木々に絡めて凄まじい速度で水上を旋回し、再び阿須賀の方へと向かってきたのだ。
 頭上から襲い掛かる鉄の塊。咄嗟の判断で駆け抜けて下敷きになる事は回避できたものの、金属の脚の先に引っ掻かれた腕を深く傷付けてしまう。

 ドシンと地響きを伴って落ち葉と雪の積もった地面に着地すると、息つく暇もなく方向転換しながら大きなアームを伸ばしてきた。
 次はどのように回避しようかと考えていた時、青白い光が周囲を包み込む。動きを止めた金属のムカデは忙しなく脚をバタつかせながら光源の方向へと爆進していったのだ。




…………………………………………………………………………………


「子供が中にいんの?おイタが過ぎるんじゃねーのか?ガツンと言ってやれよアッスー、大人だろ?」
「ゲンコツ落とそうにもゴッツイ金属のガワが邪魔でしゃーないわ」
時計台を見上げながら尋ねた京哉に、阿須賀は呆れ顔で答えた。
「っていうか、凄くない?めっちゃメカじゃん。空飛ぶのかな?」
「そうかぁ?メカっちゅうと、やっぱり二足歩行やろ。コレじゃ虫やんか」

 先程まで暴れ回っていたマシンは二人の無駄話を聞いているのだろうか、先程からずっと時計台の上から動かずに様子を伺っている。

 あーでもない、こーでもないと言い合っている隣で勝手に阿須賀の腕の応急処置を始めた麗慈が何気なく呟いた。
「お前の十八番じゃねぇか。早く溶かしちまえよ脚でも何でも」
ピタリと動きが止まり、二人は顔を見合わせる。






 青白い光が再び時計台周辺を淡く照らした。
 京哉がフルートを構えたのと同時に飛び上がった金属の塊が節をしならせながら宙を舞う。
 近くの街頭の支柱に伸ばしたワイヤーロープを巻き付け、それを軸に回転しながら三人の頭上へと接近してきた。

 振り上げたアームに付着した雪がジュウッと音を立てて蒸発する。先端から真っ赤に発熱し始めた金属のパーツが細い箇所から順にドロドロに溶けていき、全ての脚を失って残った胴体部分だけが地面に落ちて来た。

「よ…よーっしゃあ!ひん剥いたろか、京ちゃん!」
「い、いくぜアッスー!」

何故こんな簡単な事に気が付かなかったのかと呆れ返る麗慈の前で、二人の大人が金属製の外殻をどうにかこじ開けようとガスガス蹴り付けていた。
 浜辺に打ち上がった亀をいじめる悪ガキのような光景に見ていられなくなった麗慈が、彼らにマシンを裏返すように指示した。ゴロンと腹側を上に横たわる金属の塊の中央に、回転式の開口部が現れた。固く閉ざされた放射状に入った切れ込みをこじ開ける術は無いかと、掌で表面に触れた瞬間、彼は目を見開く。

「え?どした?」
「……おい、こっち来い」

手招かれて横に跪いた京哉の側頭部を掴んだ麗慈は、彼の耳を外殻に押し付けた。いきなり何をするのだと暴れようとした京哉であったが、マシンの中に響く聞き覚えのあるメロディに目を見開いた。

「………ショパンのノクターンだ」

 再びフルートを構えた京哉は、それをバール状に変形させて開口部に無理矢理差し込んだ。テコの原理で隙間が開いた瞬間に大きなオルゴールの音が外部に漏れ出る。
 そして、それまでピッタリと隙間無く閉ざされていた外殻は節の部分から勢い良く蒸気が噴き出す。咄嗟に後方へ避けて距離を取った三人は、バラバラと攻殻が剥がれて露わになった内部の様子に目を見張った。


 分厚い装甲の中には金属製の振動弁が並んでいた。京哉や麗慈が外側から聞いた音が確かにオルゴールのものであるなら曲を奏でるための爪のついたリールが必要である。しかし、どこにも見当たらない。

「何だコレ?どうやって鳴ってたんだ?」

地面に転がっている蓋を掴んで内側を覗き込んだ京哉は、ビッシリと並んだピアノ内部のハンマー様の構造を確認した。
 そして、阿須賀が見たという子供の姿も殻の中央に確認できる。ワイヤーロープで固定され、身動きの取れない状態であり既に息をしていなかった。


「……死んどるんか?」
「嘘嘘……蒸し焼きで死んだとかだったら、僕のせいじゃん」

子供を死なせてしまったと狼狽える京哉を横目に、死体の周囲を歩きながら状態を確認した麗慈が訝しげな表情で呟く。

「いや…死んだのはかなり前だ。昨日や今日の話じゃない」
「は?ワシが最初に会うた時は確かに立っとったんやで?」

そんな筈は無いと麗慈の言葉を否定した阿須賀であったが、彼が指差した先に見える子供の頭頂部が腐敗し、頭蓋骨が露出している状況に絶句していた。







[56] Riddim Ⅲ 完
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