MELODIST!!

すなねこ

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#055 Riddim Ⅱ

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東京都・17歳女性「女子ウケするプレゼントが載ってる雑誌見て用意してる時点でキモいし、男が貰ってたらどうすんだよって感じだし、仕方ないから着けるけど別に大した意味とか無くて何となく…意味とか無くて…」


…………………………………………………………………………………


 どこか余所余所しさを感じる。
 気が付いた頃には宴もたけなわの頃合いであり、皆疲れているのかと思った京哉は座卓の端でニコニコと微笑んでいた周平太の妻の隣に座った。

「若いって良いわね。それに、生の音楽なんて本当に久しぶりに聴いたわ」
「音楽……アッ!」
京哉が正気を失っている間に、興が乗った他の旋律師メロディスト達で様々な曲を演奏して騒がしくしていたのだという。
 襖の向こう側の廊下を忙しなく駆ける足音が、向かい側の部屋に並ぶハンネス機関の交換をする構成員達のものであると気が付き安堵した京哉。
 ほっと胸を撫で下ろして情け無い表情を見せている彼の元に可愛らしい花柄の包装紙で丁寧に飾られた小箱が投げ込まれ、続けて鬼頭が声を掛ける。
「お前のだ、ソレ。プレゼント交換の」
そういえばこの邸宅に到着してすぐ、急拵えで用意したプレゼントを回収されたのだと思い出した京哉。
 見た目からして椿か梓あたりのものが自分のところに回ってきたのかと思えば、「俺のだな」と鬼頭が付け加えて目を見開く。
 案の定、包装紙を開いてみれば小さな箱の中には鬼頭の趣味である編みぐるみの可愛らしい小熊がちょこんと鎮座していた。
「いいなー。私も創くんのが良かったー」
包装すらされていない粗品のタオルを片手につまらなそうな表情を見せている梓は、麗慈が適当に持ってきたプレゼントが当たったのだと言う。


 お互いの用意した物が当たり運命を感じで喜ぶ双子の横で目を輝かせているシェリーの掌の上には、蝶を模った金属製のブレスレットがのっていた。
「シェリー殿、良い物が当たりましたな!」
道夫に話し掛けられて我に帰ったシェリーは、嬉しそうにブレスレットを彼の目の前に差し出した。横から顔を出した祐介はのほほんとした表情を見せる。
「京ちゃんのやつだね、ソレ。自分で作ったらしいよ」

 昨晩、ナツキとフユキの二人に促されて慌てて用意したというブレスレットは、京哉が得意とする音エネルギーの操作による金属の変形と造形を応用したもの。デザインは根城にしているネットカフェ内に残されていた当時のファッション誌を参考にしたのだと祐介は聞いていた。
「キョウヤの…手作り……?」
「良かったね、シェリー」
彼女の背中に抱き付いた椿も嬉しそうな様子で話し掛けた。
「あ、僕が昨日ビールの空き缶で作った…」
また余計な一言が飛び出そうと言う京哉の口を祐介が塞いだ所で縁側に面した障子戸が勢い良く開いた。
 何事かと客間にいた全員が音のした方を振り返ると、そこには額に汗を滲ませる構成員の一人が息を切らして立っていた。
「青柳?どうしたんだい?」
周平太の妻が立ち上がりながら問い掛けると、彼は服の袖で汗を拭いながら早口で答える。

「国会議事堂前で揉み合いになっていた他地区の自警団連中が大勢……ッ!訳わかんネェ内に次々血ィ流して倒れていって…」
焦る青柳の元に駆け寄った椿が彼の身体を支えた。
「椿ちゃん…ヤベェよ今年の抗争は…!どうなってんだ?凌壱兄さんは何で議事堂ン中に入っていったんだよ!?」
凌壱の名が聞こえた瞬間に、周平太の妻の顔色が悪くなる。
「青柳、落ち着いて…怪我人が沢山いるの?補給に行ってる新宿ウチの人間は無事?」
「わかんねぇ…活動家も自警団の奴らも全員パニックになってて……」

 思わず言葉を詰まらせる青柳の様子を見て、旋律師メロディスト達は現場の惨状を直感した。


…………………………………………………………………………………


「京哉、麗慈と一緒に永田町に向かえ。異端ヤツらが関与してるってんなら上層部も一枚噛もうとする筈だ」
鬼頭が声を張り上げるのと同時に、梓がバイクの鍵を放り投げる。
「運転は問題無い?」
「余裕」
鍵を片手でキャッチした麗慈が特に酔った様子も無く返して客間を出る。ジュラルミンケースを背負いながら後を追う京哉だったが、ふと立ち止まってシェリーの方を振り返った。
「早く行け。全員俺が送り届けるから安心しろ」
言わんとした事を察した鬼頭に促され、京哉は大きく頷いて踵を返した。


 庭に停車していた漆黒のスーパースポーツバイクに跨る麗慈のもとに駆け寄り、そのタンデムシートに飛び乗る京哉。手渡されたヘルメットを装着しながら阿須賀の状況について伝達した。

「志麻凌壱が都野崎と結託して今年の抗争を滅茶苦茶にしようとしてるって…自警団裏切ったアイツにケジメつけさせる為に阿須賀が単身乗り込んでる」
「都野崎?また随分な奴が絡んでるな。あの青柳とかいう兄チャンが言ってたヤバい状況ってのと関係あんのか?」
厳ついエンジン音と共に始動した車体。普段乗っているネイキッドと仕様の違いはあるものの、慣れた様子でスタンドを蹴り上げて屯所を出発する。


 不安げな表情で二人を見送ったシェリーの肩を叩いて客間に引き戻した梓は、彼女が手に持ったままだった皿を奪い取った。
「シェリーちゃん、皆と一緒に創くんの車で家に戻ろうか。片付けは私がやっておくからね」
視線で合図を受け取った鬼頭が静かに頷いて台所に向かっていた祐介と道夫を引き止める。
「…この場所は一度攻め込まれていますからね。梓さんにお任せしてボクらは六本木に戻りましょう」
ジュラルミンケースを担いだフユキの言葉に、シェリーは梓の行動の意図を汲んだ。
 異端カルトの目的の一部であるシェリーがこの場に居ると知れれば簡単に攻略されてしまう可能性がある。そうすれば、無関係な周平太の妻や使用人達も巻き込む結果となってしまうのだ。
 此処に住まう者達を守る為だと知れればシェリーの動きに迷いは無い。椿の方に手を振って別れを告げると、すぐさま鬼頭や祐介の集う方へと駆けて行った。

「椿チャンは女将さんとお手伝いの人達を連れて安全な場所に隠れていてちょうだい。新宿自警団の屯所が狙われる理由なんて数えきれない程あるんだから、取り越し苦労になる位でちょうど良いのよ」
続けて椿や周平太の妻を客間から移動させた梓は、シンと静まり返った室内をゆっくりと横断して縁側に出る。
 いまだに雪が降り頻る庭の様子を見渡しながら周囲の気配に意識を集中させた。その手には先程の宴で演奏していたヴァイオリンが握られている。

 ふと違和感を感じた梓は、その場に放置されていたサンダルを突っかけて軒下から庭に飛び出し、ふかふかの地面を踏み締めて立派な日本家屋の屋根の上を見上げる。
 月明かりもなく薄暗い宵でも、多くの経験を積んできた彼女の目はよく見えていた。そこに存在するはずのない小さな人影が一つ、ポツンと屋根瓦の上に立っている。
 即座にヴァイオリンを奏で自身の姿を消した梓が元いた場所には、いつ移動してきたのであろうか、屋根の上に確認できた人影が見えた。


…………………………………………………………………………………



 人気の無い倉庫の隅に身を隠し三角座りで震えていた榛埜は、金属製の引き戸が無理矢理こじ開けられる音に怯えながら慌てて顔を上げる。

「榛埜チャーン!いるかー!?」

埃っぽい倉庫の床に積もった砂利を引き摺りながら歩くやる気のない足音を聞いて、ようやく安堵した様子の榛埜の両目からは自然と大粒の涙が流れ出ていた。
 伊調は棚に囲まれた薄暗い場所を覗き込んだ先で目に飛び込んできた彼女が号泣する姿を見て、2日前に自身の携帯電話に助けを求めてきた時の様子を思い出す。

「卯月榛埜を保護。目立つ外傷無し、脱水症状の傾向あり。念の為医療機関受診させます」

防弾ベストの肩に掛けられたトランシーバーに向かって現状報告をしながら榛埜の傍に歩み寄った伊調は、蹲る彼女の目の前で跪いて肩を優しく叩いた。

「よく頑張ったな、榛埜チャン。立てるかい?」

涙と鼻水でクシャクシャの顔をスーツの袖でワシワシと拭いた榛埜は、フルフルと首を横に振る。
 例の連続殺人事件を追っていた彼女が行方不明となってから丸2日、何者かから逃げ続けて心身共に疲弊し切っているのだろう。伊調の後に続いて倉庫内に雪崩れ込んできた救急隊員が運んできた担架に乗せられた。
 病院へと搬送される間際、救急車に乗り込んだ伊調は隊員達の制止を振り切って榛埜に問い掛ける。

「一つだけ良いか?榛埜チャンが追われていたのは“ルチア“じゃないのか?」
「………」

乾き切った喉の所為で声が出ない様子の彼女は、ゆっくりと首を縦に振った。





 連続殺人事件の犯人が六本木に潜んでいる。いつ遭遇するかも知れない状況で家に帰れないでいる子供がいるかもしれないと耳にした榛埜は、伊調の目を盗んで一人捜索に出ていた。
 毎年恒例となっていた国会議事堂前での反政府活動家らによるデモ行進や自警団による大規模な暴動行為を2日後に控え、多くの警察官らが当初の持ち場を離れて永田町周辺の警戒に当たっていた。

 親子の聴取を行った廃ビルを中心に、周辺を徒歩で捜索していた榛埜がに遭遇したのは倒壊した建物が多く日のあるうちでも人通りの少ない地域。
 物陰に蠢く影を視界に収めた彼女に緊張感が走る。ガサガサと忙しなく揺れる伸び放題の低木の合間。意を決した榛埜が思い切って駆け寄った時、亜麻色の髪を腰のあたりまで長く伸ばした少女とも少年ともとれる中性的な顔立ちの子供がそこに蹲っていた。
 病院で患者が纏うような検診衣を着ているが、所々汚れている。

「……もしかして…ルチアちゃん?迷子かな?」

明らかに日本人ではない要望の子供。言葉が通じるか不安になりながらも、できるだけ落ち着いた声色で尋ねる。

「…ル……チ…ア……」

消え失せそうな程小さな声が返ってくると、榛埜の警戒心が緩んだ。保護対象の子供だとわかり、笑顔でしゃがみ込みその顔を覗き込む。

「おうち、帰れないの?お姉さんと一緒に来……」

そこまで口にした所で、彼女の瞳が震えた。

 覗き込んだ方とは反対側の顔半分はいつかの事件資料で見た腐乱死体と酷似した様相で酷い悪臭を放っている。そして、腐敗している側頭部からは何本もの太いケーブルが飛び出しており、地面に横たわる金属の箱状の物体に繋がっていた。





…………………………………………………………………………………



 子供の明らかに異様な様相に気が付いた榛埜が引き返そうと上体を起こした時であった。
 甲高い金属音と共に子供の足元に転がる鉄の箱の上部に見える放射状の切れ目が渦潮のように回転しながら開口し、中から節足動物の足の様に関節のついた金属のアームが複数姿を表す。
 ガシャガシャと機械的な音を響かせながらアームの先端についた蟹バサミが子供の身体を掴んで箱の中へと引き摺り込んだ。

 目の前で繰り広げられるSF映画のような光景に目を奪われ、思わず魅入ってしまっていた榛埜の前髪を高速で拳大の何かが掠める。
 後方で砕ける瓦礫の音に驚き振り返れば、背後のコンクリート塀が無惨に砕け散っていた。砂埃の舞う中、シュルシュルというモーターの駆動音と共に地を這う極太のワイヤーが金属の箱に巻き取られていくと、先程子供を鷲掴みにした蟹バサミの部分が塀の一部を握りしめたまま本体の方に回収されていった。

 そして、先程まで単なる立方体の箱の様相をしていたからはやはり節足動物のような脚が両サイドに生えており、形容するならば節が三つ程の短いムカデのように変形していた。しかし、その大きさは全長5メートルをゆうに超える。こんな物が生物として地球上に存在していたならば、人類はとうに淘汰されていた事だろう。

 悪い夢だと思いたい。榛埜の脳内はパニックにならないよう必死に平静を装う一方で、不気味な機械音を立てながら次第に近付いて来る目の前の『怪物』に対する恐怖で今にも叫び出しそうであった。
 上司の目を盗んで捜索に乗り出した己の愚かさを恨むしかない。当然銃の携帯は許されておらず、丸腰状態なのだから。

 「逃げろ」という動物としての本能がようやく身体を突き動かした時、金属のムカデが猛スピードで榛埜に飛び掛かってきた。寸前のところで躱し、その勢いのまま駆け出していく。
 咄嗟に取り出した携帯電話で、画面を見ずに通話履歴の1番上に残っていた電話番号に掛けるが、繋がったとて全力で駆けたままの苦しい呼吸と混乱し切った精神状態でまともな会話はできなかった。



 ガシャガシャと金属がアスファルトに突き刺さる異様な音に追われながら、榛埜はアテもなく逃げ続けた。
 穴だらけの路面や無造作に横たわる廃材に足を取られ、訳もわからないまま倉庫の立ち並ぶ区画に逃げ込む。
 頑丈な鉄の扉が30センチ程開いたままになった建物を見つけて滑り込むと、それに続こうと突進してきた金属のムカデはその脚が体側についているデザインが災いして先に進むことが出来なくなっていた。
 それでも無理矢理扉をこじ開けようと踠く不気味な機械に向かって、榛埜は建物内で拾った鉄パイプの先端を思い切り突き立てる。そして、扉から僅かに離れた瞬間を見計らって力一杯取手を引き、隙間を完全に閉した。


 壊れそうな程激しく脈打つ心臓が彼女に生を認識させる。
 ポケットから取り出した携帯電話は電池切れ状態で役に立たない鉄の板と化していた。

 あの化け物が建物の周囲をしつこく歩き回っている音が遠ざかるまで、榛埜はじっと息を殺して耐えるしかない。
 物陰に身を潜め、脚を抱えて小さく蹲った。



…………………………………………………………………………………


 六本木のネットカフェ跡を根城にする面々が乗る黒いワゴン車は、ニュー千代田区画方面へと駆けて行く自警団の構成員と思しき人間とすれ違いながら割れたアスファルトの上を進んでいた。
 大勢の怪我人が出ているという国会議事堂前で一体何が起こっているのか。毎年恒例の反政府運動であると聞かされてはいたが、この年政府の手札の中には異端カルトという憂慮すべき存在が加わっている。
 旋律師メロディストのように莫大な音エネルギーをその身一つで生み出すことの出来る彼らがもし抗争に参加しているのであれば、多くの人間を傷付ける可能性があった。
 アメリカからの牽制を受けて尚、音楽賛成派に対して強行姿勢を取る場合は日本政府の動きを止めるような依頼が楽団ギルドに舞い込む可能性もある。
 彼らはそれを期待していた。今の状態では現地に向かった京哉達に許された行動はかなり制限されてしまうからだ。

「やっぱり異端カルトも一枚噛んでやがるのか?」
「あの青柳っていう人の慌て様…只事ではありませんからね。何か特殊な能力による攻撃を受けたのかもしれません」
ワゴン車の最後部に並んで座るナツキとフユキが窓の外を眺めながら呟く。
「米国は音楽反対派国と連んで動いてた異端カルトを組織犯罪グループとして国際手配してるからな。日本政府が異端カルトを使って活動家や自警団の人間に危害を加えたと知れれば、本気で干渉して来る可能性があるってのによくやるぜ」
ゆっくりとハンドルを切りながら答えた鬼頭は、急ブレーキをかけた。
 慣性のままに前方に引き寄せられた面々が何事かとフロントガラス越しに前方を凝視する。


 車道の中央に佇む小さな人影。まもなく日付が変わるという時刻に、子供が一人で外を彷徨いているなど明らかに普通ではない。
 肩につくほどの長さの黒髪に黒い瞳。汚れた検診衣、そして後頭部から伸びる謎の太い配線の数々…。

「……参ったな。奴さんか」

ジッと子供の方を見据えたままの鬼頭が手で合図を送ると、ナツキとフユキが顔を見合わせて頷いた。今この空間で戦える人間は二人しかいない。

 ジュラルミンケースを背負って開け放ったパワースライドドアから飛び出して行った双子達を不安げな表情で見送ったシェリーが掠れた声で尋ねた。
「何…あの子供……」

「迷子じゃあねぇな。ピンポイントで俺たちの目の前に現れたって事は……」

楽団ギルドの人間、又はシェリーを狙った何者。どちらにせよ、得体の知れない敵を前にしては、距離を取るしか無い。

 急発進でハンドルを切った鬼頭が子供の横をすり抜けようとした時であった。金属製のアームが目の前に現れて先端についた蟹バサミのようなパーツがフロントガラスに突き刺さり、バキバキと音を立てながら車体の正面に風穴を開けた。


「フユキッ!」
ナツキの掛け声と同時に青白い弾幕がアームを破壊する。バランスを崩しながらも何とか制御を取り戻したワゴン車が一気に駆け抜けていくと、シュルシュルとアームが子供の背後に横たわる金属製の箱の中へと戻っていった。



…………………………………………………………………………………


 上部の回転式開口部が開き子供の体が収納されていくのと同時に、双子の目の前には全長5メートル程の巨大なムカデ様の自走式マシンが姿を現した。

「……ナツキ…アレは?」
「わかんねーけど……取り敢えず壊すしかないだろ」

ポジションを入れ替えたフユキが放った榴弾がムカデの足元に着弾してアスファルトを捲り上げる。宙に舞ったソレに空かさず追い討ちを掛けるべく、続け様に弾を放った。全て命中した筈だが手応えは全く無い。

 砂埃が収まるのと同時に無傷のマシンが猛スピードで2人目掛けて突進してきた。左右に別れて躱し、背中に自動小銃を撃ち込むが金属製の攻殻に全て弾かれているようであった。

「ボディは攻撃しても意味がなさそうだ!核を探さねぇと話にならねぇ!」

再度襲いかかってきた巨体を去なしながら叫んだナツキの背後から一際大きなアームが彼に狙いを定める。

「ナツキッ!」

危機を知らせようとフユキが一歩駆け出すが、射出されたワイヤーロープによって拘束されたナツキは勢い良くマシン本体へと引き寄せられていった。
 堅固なボディに背中を打ち付け、一瞬息を詰まらせる。続けて廃ビルに向かって放り投げられたナツキの身体はコンクリートの壁に激しく叩き付けられてしまった。

 地面に落下する前に彼の元に駆け付けたフユキが身体を抱き止めてビル内部へと進入し、階段を駆け上がって上のフロアへと逃げ込む。

 ガシャガシャとけたたましい足音がしつこく二人を追い回す中、踊り場で踵を返したフユキはマシンが飛び掛かってくるタイミングを見計らって飛び上がり、三角飛びで方向転換して今度は階段を駆け降りていく。
 壁に激突したマシンは腹側を上にしてひっくり返り、本物のムカデが地面でもがくように脚をバタバタとさせていた。



 地下空間に逃げ切り、頑丈な金属製の扉のついた突き当たりの部屋に滑り込んだフユキ。内鍵をかけた後でナツキの身体を床にそっと降ろし、所狭しと並べられた大きな棚の一つを扉の前まで移動させた。

 ゼェハァと息を切らしながらナツキの元へと駆け寄ったフユキは、虚な眼差しで視線を合わせてきた彼の怪我の状態を確認する。頭部を激しく打ちつけた事による脳震盪だろうか。瞳がグラグラと揺れていた。

「カッコ悪いけど此処でやり過ごすしかないね…。ボク達は二人揃ってないとまともに攻撃できないから」

どちらか一方のホルンの演奏で作り出した弾を装填し、もう一方が放つ。双子の攻撃は一心同体であった。故に、力で圧倒してくる相手を前にどちらかが戦闘不能となると勝てる見込みは無くなってしまう。

「ワリィ…」
「皆んなが逃げられたんだ。それで良いんだよ。でも、ナツキの怪我も手当てしたいし、どうやって此処から…」

フユキが周囲を見回した時、棚で封鎖した扉を外から乱暴に押す音が響いた。

「……あの子供、すごい殺意だね。ボク達に恨みでもあるのかな?バッテリーが切れれば動けなくなるとは思うけど…」

暫く扉を叩く音が続いたものの、諦めたようで遠ざかるうるさい足音に変わるとフユキは安心した様子でナツキの隣に座り込んだ。


…………………………………………………………………………………


「……フユキ…」

消え失せそうな程小さな声で呼ばれ、フユキはナツキの顔の近くに耳を欹てる。

「さっき…あのムカデに頭打ち付けた時……聴こえたんだ」
「…聴こえた?」

金属のボディに身体が触れた瞬間、ナツキはまるで骨伝導スピーカーのように内部に響く重厚なオルゴールの音色を直接脳に叩き込まれたかのような感覚に陥ったのだという。

「オルゴール?」
「ああ…あの機械、中でエネルギーを作って動いてるんじゃねぇのか?」

原子力潜水艦の用に、内部にエネルギーを生み出す機関を搭載しているとナツキは言う。

「……え?待ってよ……それじゃあ中で動かしてるあの子供が攻撃を止めない限り動き続けるって事?」

絶望的な状況に表情を曇らせるフユキ。しかし、人が操縦しているのであれば核は操縦席ということになる。

「攻殻を剥ぎ取る方法があれば良いんだけど、守りも一番硬そうだ。ボク達の攻撃じゃ難し…」

フユキの声を遮ったのは、天井に大穴が開く爆発音。
 飛び散る瓦礫からナツキを守ろうと身を挺したフユキであったが、次の瞬間には目の前に現れた金属ムカデの巨大な牙に両腕と肋骨を粉砕されていた。
 力無く床に投げ出された身体を再度鷲掴みにしたアームを引き剥がそうと、揺れる頭で必死に掴み掛かるナツキ。

「ッ…離せムシ野郎ッ!!」

 太いアームで軽々と二人を持ち上げたマシンは、グワンと水平に一回転しながらその先端を勢い良く振り回す。
 縦一閃に振り上げたアームが床から壁、そして天井に真っ赤な線を描く。まるで毛筆で紙に文字を書く様に。

 しがみついていただ金属の脚に伝ってくる生暖かい液体がナツキの髪の毛や顔を濡らす。鉄臭い。
 ボタボタと大量に滴る液体を全身に浴びながら、ゆっくりとボヤける視界を持ち上げていった。

 恐ろしい程の力で擦りつけられたフユキの上半身はアームに掴まれていた腹から上の部分が『無くなって』いた。


 弟を一瞬で失った喪失感に襲われる間も無く、もう一本のアームがナツキを今度は天井から壁、床へと擦り付けた。







『いつ死ぬかわからないんだから、死ぬまで楽しくやりましょうよ』






 唐突に訪れた死。無情な機械による豪殺は、そこに『別れ』という人間的な感情の介入を許さなかった。











[55] Riddim Ⅱ 完
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