MELODIST!!

すなねこ

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#065 Variation Ⅲ

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東京都・32歳男性「一夫多妻制が残る地域の男性と話をしたんだけど、色々と興味深かったね。家事育児は皆で分担なんだって。でも、男性が原因の夫婦喧嘩では妻側が結託していつもボコボコにされるんだってさ…」



…………………………………………………………………………………



 仁道祐介は困惑していた。

 彼の目の前にはグレーのスーツを纏った褐色の肌に白い短髪の男。
 自らを“ダルシャン・アミール・ミシュラ”と名乗った謎の男が六本木の根城を訪れたのは、京哉とシェリーが再び品川の医院に出掛けた30分ほど後のことである。
 やけに流暢な日本語で話す彼であったが、チベット人であると勝手に自己紹介をしてきた。

「それじゃあ入れ違いになった訳か。惜しかったなー…悪いけど暫く待たせてもらえるか?今日を逃すと、またいつ日本に来れるかわからないからさ」

承諾する前に既にカウンターの丸椅子に腰掛けていたダルシャン。お土産だと言いながら菓子の詰め合わせの入った箱を手渡してきた。

「ええと…ミシュラさんは…」
「ダルで良いよ」

ああ、気さくと言うか馴れ馴れしいタイプか、と心の中で呟きながら祐介は再度切り出す。

「ダルさんは、その……楽団ギルドの方…なんですよね?」
「ああ。アジア支部所属でね、ミツキとはよく一緒に仕事をしているよ。キョウヤには彼の件で貸しがあったな、そういえば」
京哉がオーストリアに渡航している間の穴埋めとして呼ばれていたのが巳継であった。
「閖塚さんとお仕事を…!先日、ウィーンに向かわれましたよね」
託斗を送り届ける為の護衛として共に楽団ギルド本社のあるオーストリアに渡ったところであった。
「そうそう。それで、昨日ようやくインドに戻ってきてさ。やっぱり口煩いねー、彼!田舎の母ちゃん思い出すよ、毎度」
あの唐変木な性格を母親だと表現する人間は初めて見たが、少し話した感じでは悪い人間には見えない。

 いつ帰るかわからないとも説明したが、ダルシャンはそれなら待たせてもらうと言って楽団ギルド社給のPHS端末を取り出すと、何やら画面を弄り始めた。

「いやぁ、本当久しぶりの出張だからね…妻が心配しちゃって」
「ご結婚されてるんですねー」
卒ない返事をした祐介の目の前に、ダルシャンはパッと開いた掌を出す。
「5人ね」
「な…何がですか?」
困惑する祐介に対して、ダルシャンはニンマリと満面の笑みを浮かべながら端末の画面を見せてくる。
 そこには、4人の女達と写る彼の写真が表示されていた。
「ダラックにはまだ一夫多妻の文化が残ってたりしてね」
「なるほど…ん?先程5人とおっしゃってましたがー…」
そこには4人の妻しか写っていない。
「ああ。実はまだ正式に娶った訳じゃなくてさ。仕事が忙しくて結婚式ができてないんだよ」
楽団ギルドなんて組織に所属していれば納得のいく理由である。
「日本での仕事を終えたらインドに戻って式を挙げる予定でね。いやあ、楽しみだな…」
周囲の旋律師メロディストの様子から見るに、楽団ギルドを取り巻く状況はそれなりに慌ただしいもののようであるが、アジア支部は平和なのだろうか。それともこのダルシャンという男だけがお気楽なのだろうか。
 彼の私情について考えても仕方ないと、立ち上がった祐介は茶を出したいと言って暖簾を潜った先の厨房の中へと姿を消したのであった。




…………………………………………………………………………………



 内容は本社にて確認・精査し、後程報告する。
 そう言われて黙って待てるような悠長な状況ではない。異端カルトの本拠地から奪い取ったオルバス・シェスカの設計図の写しは麗慈の手元に保管されていた。

 翌朝、再度彼の元を訪れた京哉とシェリー。元々廃墟となっていたこの箱物に取り残されていた50インチの大きなモニターがあると聞いて、カンファレンス室に入る。
 PHSに端子を繋ぎ、巨大な画面に映し出されたのは麗慈の端末に保存された設計図の表紙の写真である。
 本拠地で確認した時同様、表紙の次にはシェリーに施された処理の数々について文章だけで纏められており、ざっと目を通すもののオルゴールに刻まれた曲に関する記述は見当たらなかった。
 画面をスワイプし、次に表示されたのは図面であった。何を模しているのかは一目瞭然である。
「……ムカデ?」
首を傾げながら呟いたシェリーの横で、京哉が目を見開いた。
「麗慈、コレ……」
「…そうだな。まるで、俺達が阿須賀を助けに行った時に見た、だ」

 ペネムから設計図の存在を明かされた当初、それは“シェリーの身体に秘められた力を紐解く”事が目的であった。しかし、ミーアから事の真相を告げられた京哉にはそこから更に繋がりが見えていたのだ。
 オルバス・シェスカが造り上げたもの。
 自身の娘の身体を改造した遺作、そしてシエナの脳を使った“ナニカ”である。京哉が母親を失った時期とシェリーが作品の一部となった時期は近い。

「アイツの設計図って…アタシに関係する何かじゃなかったのかな?」
「わかんねぇ。読み進めていけば何かしら…」

京哉は目の前で議論する二人の様子に眉を顰めた。彼らはオルバスとシエナ、そして世界政府との繋がりについて知らない。これから内容を紐解いていくにあたり、今の所京哉だけが持つ情報を共有しておかなければならないのだ。
 しかし、全てを曝け出す事で京哉は自身の出生の秘密や過去の悲劇について話さなければならなくなる。自分は楽団ギルドに利用される為に産み出された父親のクローンであること、母親の死とその後のこと。

 そして、京哉はミーアから伝えられていた“ナニカ”の真相が今画面に映し出されている図面によって作り出されたものではないのかという悪い予感に苛まれていた。
 24日の夜、国会前庭で遭遇したあの巨大な未確認兵器が、梓やナツキ、フユキの死の原因が、自分の母親と関係する“ナニカ”ではないのかという不安な感情が高まる。


「言いたい事でもあんのか。難しい面して」


 思考に耽っていた京哉の耳に、麗慈の声が届く。慌てて顔をあげると、シェリーも不安げな眼差しで京哉の方を見ていた。

「……もしかして、みんなを殺した機械…って私と何か関係あるの…?こんな変なデザイン、偶然なんておかしいし…」

シェリーも気が付き始めていた。

「アイツが……あの機械を設計したって事だよね……」

膝の上で握られていた彼女の拳が震えている。

 オルバス・シェスカは人骨を使ったオルゴールを作り上げるために、墓を暴き死者を冒涜するのに飽き足らず、納得のいく音色を追求するために多くの人の命を奪っている。
 彼の犯した罪は、長年シェリーを苦しめていた。彼女の中に流れる血の半分はオルバスのものである、と。ただ、彼の罪は過去のものであった。過去の罪に対する罰は、死という形で下されたのだ。
 しかし、オルバスの設計した兵器が仲間の命を奪ったのだとしたら…。その罪に対する罰は?誰が償うというのか。
 今度はオルバスの墓を暴いて、白骨死体をもう一度処刑台に上げるというのか。

「どうしよう…そんなのって……」

 シェリーの頬を流れ落ちた雫。彼女はまた卑屈な解釈で自身を責めようとしているのだ。



 ……そんな事あってはならない。




…………………………………………………………………………………


 
「話しておきたいことがあんだけどさ…」

 京哉の声は震えていた。まるで罪を告白する時のようだ。黙って視線を向けた二人は、呼吸を整える彼が話し始めるのを静かに待った。




 何故自分が産まれたのかという事。ミーアに誘拐された先で何を話したのかという事。

 順を追って、時折時を遡って…京哉はゆっくりと、今まで秘密にしていたそれらの真実を語る。




「……何じゃそりゃ」



 全ての真実を知った上で、麗慈が開口一番に放った感想。頭脳明晰な彼らしくない表現に、京哉は緊張の糸をあっさり手放した。

「え…もしかして、信じてない?ノンフィクション、ノンフィクション!」

妄想ホラ吹き野郎などと言われるのではないかと、京哉は慌てて麗慈の肩を揺さぶった。そして、ポカンと口を開けて背景に宇宙空間が見えてきそうな程呆然としているシェリーのツインテールを掴んでブンブン振り回す。

「ちゃんと聞いてた!?確かにお前の親父はヤベー奴だけど、なんつーか僕の母親の事もあってー……あーっ!!頭こんがらがってきた!!」

混乱極まる京哉とシェリーを見かねて、麗慈はカンファレンス室の壁際に寄せられていた黒板を引き摺って二人の目の前に設置する。ぶら下がっていた木の箱からチョークを数本取り出し、カツカツと文字を書き込み始める。
 時折、PHSに保存していた画像を眺めながら緑の盤面に見事な相関図を作り上げていった。

「まず、はじまりはオルバス・シェスカからだ」
麗慈が黒板に書いたその名に赤いチョークでグルリと丸を付ける。
「恐らく個人的興味、研究心、探究心…アーティストとして作品を世に残したいっていう欲求から、京哉の言う“ナニカ”ってのを作り出そうとした」
赤い丸を今度はシエナの名前に繋げる。
「ハンネス機関と人体の融合…オルバスのテーマとしてるのはこんな所だろ。そんで、京哉の母親であるシエナ・シルヴェスターに目を付けた」

 フルーティストとして最高の腕前を誇った彼女の脳内。曲を奏でる際に出る電気信号を使って仮想的に生音による波を発生させ、ハンネス機関で増幅させる。
 そんな奇特な事を考え付く人間がこの世に存在するとは…。ぶつぶつと小声で呟きながら、麗慈はミーアの名前に丸をつけ、オルバスのところから矢印を引っ張った。

「シエナ・シルヴェスターの脳を提供するように支部長に打診してから実際に手に入るまでの間に、オルバスは違う研究を始めている」

画面に映し出された設計図の一部を拡大表示し、麗慈が指差しながら述べる。

「“零式自鳴琴”コレがシエナ・シルヴェスターの脳を使って作り上げた一つの作品を指すとすれば…このページに書かれている“壱式自鳴琴”ってのは恐らく、シェリーの事だ」

突如名前を呼ばれたシェリーは目を見開いた。

…………………………………………………………………………………


 生体から一切の臓器を摘出し、生身の筒を作る。そこにハンネス機関と、イコライザを起動させる為の人骨で作ったオルゴールを接続する。

 そんなシンプルな説明のみが走り書きされたページには、簡単な人体のイラストとハンネス機関の規格について事細かに記載されていた。

「……アタシ…?コレが?」

クリスマスに焼くジンジャークッキーの人型のようなディティールのイラストを凝視するシェリー。彼女よりも驚いたのは残りの二人であった。
 何故生命を維持できているのか全くの謎なのである。

「デタラメ過ぎるな…シェリーの存在って…」
「内臓が無いのに腹減って馬鹿喰いしてる時点でデタラメだろ」

こそこそと陰口を叩く男二人の背中に蹴りを入れたシェリーは、早く続きを纏めろと急かした。


「ってー……それから、この設計図には記載されてないが…壱色自鳴琴は零式が作動する上で何らかの補助的役割を担ってるかと」
麗慈の推察を聞いた京哉は、ミーアの語ったオルバスとの約束について思い出していた。
「オルバスは支部長に…僕の母親を使った作品を作る担保に、自分の娘を…って言ってたらしい。多分、その読みは当たってんじゃねーの?」
勝手に担保にされていたシェリーは顔を歪めて不機嫌を表していた。

「成程……あーはいはい、わかった。そういうことか…」

一人で先に納得した様子の麗慈が、カツカツと黒板に文字を追加していった。内容が気になる二人は彼の両脇に立って黒板を覗き込む。

「脳を生かし続ける為にはそれなりに高度な技術と安定的な環境が必要で…簡単に言えば国家予算レベルの金がかかる。しかも継続的に」

 ミーアがその資金提供を求めたのが世界政府であった。
 この世界政府という組織に関する都市伝説のような噂がある。それが、国家間の争いを未然に防ぐという目的の為に『世界を一日で焼き尽くす終末兵器を保有している』というものであった。

「抑止力という名目で予算を出すには、ソレが本当に抑止力である必要があった……零式自鳴琴に終末兵器たる機能を持たせない事には世界政府の助力は受けられなかったんだろうな」

設計図にはっきりと記載されていた、EMS攻撃を可能にするガンマ線照射装置と荷電粒子砲。東京の地下に眠っているのは都市伝説ではなく、実在する超巨大兵器であったのだ。

「…じゃあ、キョウヤのお母さんを使った兵器はあくまでも戦争にならないように保管されてる兵器で……もしその兵器を使う事になったら、アタシが何かをする…って事?」
「簡単に言えばそんな感じだろうな。ただ、零式は機械の中に人体の一部が収められているのに対して、壱式…シェリーは生身の人間だ。お前が鍵だとすれば、寿命で鍵が先に失われる場合もある。だから、担保として鍵は作るがスペアでも起動可能な構造にしている筈だ」
スペア、その表現聞いた京哉とシェリーは同時にバッと顔を見合わせた。二人の頭の中には同じ人物の姿が浮かび上がっている。

「……ペネム…」
「そうだ。異端カルトは終末兵器の存在を知って、起動させようとしている。だから、シェリーを捉えようとしたり、真似て人体実験を繰り返していた…」

段々とパズルのピースが揃っていく。そして、異端カルトと繋がりのある日本政府に対する大規模な反対運動で人々に襲い掛かった、零式自鳴琴に似た機械兵器。

「俺達が見たのは…零式を模倣して作られたレプリカだろうな。作ったのはこの設計図を所持していた異端カルトに違いない」

麗慈が赤いチョークで黒板の中央に「カルト」と文字を書き込んだ。


…………………………………………………………………………………


「確かにあの兵器を設計したのはオルバスだが、師匠達を殺したレプリカを作ったのは政府側の人間だ」
「……アイツは人を殺すために作った訳じゃなかった…」

戦争抑止の為の力とそのレプリカの違いを例えるなら、鞘に収まった刀と抜き身の刀である。そのままで人を傷つける可能性があるのは後者だ。

「はい、先生」
スッと手を挙げた京哉は、ある疑問を投げ掛けた。
「レプリカが作れるんだったら、その零式ってのもまるっとパクって自分たちで作れたんじゃねーの?」

 壱式自鳴琴ですらレプリカの開発に成功しているのだ。技術的には不可能ではないはず。そして、彼らのバックには音楽否定派の数カ国がついている。開発資金に困る事もないだろう。
 ならば、零式自鳴琴を形成する要素の中で手に入れることが出来なかったものはただ一つ。

「お前の母親に勝る“脳”が見つからなかった…とか?だから、零式自鳴琴だけはオリジナルを手に入れる必要があった…」
そう言いながら最後に黒板に書き足したのは、異端カルトがこれまでに盗作してきた呪いの楽譜スコアのタイトル達。そして、手に持ったチョークの先端をクイッと京哉の方に向ける。
「京哉、支部長と一緒に虎ノ門ヒルズの地下に行ったんだろ?何があった?」
「……でっかい水槽…そっからもっと深い所に眠ってるって言ってた。水槽の前に起動する為の操作盤があって、鍵が何重にもかかってるって…」
京哉の回答を聞き、麗慈はチョークを箱に戻して手についた粉をはたき落としながら椅子に腰掛けた。

「世界中で騒ぎを起こして、挙げ句の果てにはアメリカの大統領まで暗殺した……これまで、異端カルトの行動原理がわからなかったが、コレでハッキリした。零式を地下から引き摺り出すだけの動機…終末兵器を持ち出させる為の理由を世界政府に与えるためだ」

 じきに零式レプリカは増産され、更に多くの人間を殺して回るだろう。日本国内の次はアジア、ヨーロッパ…世界中を恐怖と混乱の渦中に巻き込んだ主犯格が『音楽否定派国家』の援助を受ける組織と知れれば、世界大戦に発展するのも秒読み段階に入るだろう。
 そうなれば、零式の抑止力としての役目は終わる。世界政府は打てる手立てとして自らの組織に与えられた次段階の権限を行使するしかない。

異端カルトに加担した国に武力制裁を加えるために、零式自鳴琴を使うしか無くなる。そうなったら、日本はまず焼け野原にされるだろうな」


 それは、最悪の想定。あってはならない事。











…………………………………………………………………………………



 六本木に向かうグレーのジープ。その車内に会話は無かった。
 オルバス・シェスカの設計図を紐解いて明らかになった事実。異端カルトの目論む“胸糞悪い”計画を知ってしまい、心中穏やかでいられるはずがない。

「………キョウヤ…」

静寂を破ったシェリーの呼び掛けに、京哉は溜め息混じりに返事をした。

「さっきの話……本当になったりしないよね…?だって……酷すぎるよ…」
「そりゃあ、あくまで最終手段って訳だから…本気で世界を終わらせたい奴が出てこない限り……な」

数秒の後、再度大きな溜め息をつく。

「それが異端カルトなんだよなー……」
楽団ギルドが潰すしかないんじゃない?…正義のヒーローじゃないからできない?」
楽団ギルド異端カルトと対立しているのは、利益を損なう存在だからだ。依頼解決のために派遣する旋律師メロディストを殺されては困る。

「まぁ、世界政府が動く状況ってのは本当に相当な感じらしいけどな。世界を焼き尽くすなんてヤベェもん持ち出したら、それこそ自分達も含めてタダじゃ済まないだろ?」

 神など信じないと言い張っていた京哉であったが、今回ばかりは有事に発展しない事を祈り続けるしかないと言う。

「……もし、明日世界が終わるってなったら…キョウヤはどうすんの?」
唐突なその質問は、昨日の時点ではお気楽な回答もできたかもしれない。グッと眉を顰めて考え込んだ京哉は、フロントガラス越しに広がる青空を見詰めながら口を開いた。

「1日じゃ足りなくて、やり残して未練になるような事はしたくねーよな。仲間と馬鹿騒ぎして……ってのはクリスマスにやったからもう良いかなって感じだし」
はぁーだの、ふぅーだの優柔不断さの滲み出る煮え切らない返事に苛立ちを覚えたシェリーが大きく舌打ちをした。
「サクッと決めろよ、情けない奴だな」
「は?重要だろ、人生最後の1日なんだから悩むだろ!じゃあ、お前は何したいんだよ!」
散々な言い様で京哉を急かした癖に、シェリーもいざ自分が答える番となるとグヌヌと黙ってしまった。

「あ…アタシは……」
「アタシは?」

ぷくーっと頬を膨らませて外方を向いてしまったシェリー。早く答えろと肩を小突かれると、もじもじと顔を伏せながら小声でぶつぶつと答える。

「……好きな人と一緒にいられればそれで良い…」

真っ赤な顔でそんな謙虚な事を言う可愛らしい彼女の一面を目の当たりにして、京哉は目をパチクリと瞬かせた。意外と乙女なのだなぁ、という感想を抱く。

「キョウヤは?何したいの?」
「そうだなぁ……まぁ、僕はそんなシェリーちゃんの傍にいることにしましょうかね」

ぼんやりと遠くを眺めながら返すものの、助手席はシンと静まり返っている。どうしたのかと一瞥すると、茹蛸のようになったシェリーが壊れた機械のようにプスプスと唸っている。

「え?僕、変な事言った?」
どうしたのかと尋ねるが、首をブンブンと高速で振り乱した彼女はワワワワとそれこそ壊れてしまったかのように意味のない言葉を繰り返し発している。
「あ、アタシは……好きな人と一緒にって…言ったんだよ…!?」
やっと絞り出されたまともな人語を聞いて、京哉はハッとする。そして、口元に手を置いて眉をハの字に下げた。
「あらやだ!今時の若い子ったら……やらしい事考えてたのかしら!ごめんなさいねー、気が利かずに…どうぞ2人でお幸せにねー」
「は…!?ちょっ…何言ってんの!?ちがうから!しかも何で3人になってんの!?誰!?」
ギャーギャーと騒ぐシェリーのせいで車体がグラグラと揺れている。


…………………………………………………………………………………



 ネットカフェ跡の店舗入り口から屋内に入ると、何やらガヤガヤと騒がしかった。
 またマオが何かやらかしているのかと奥の方を覗いてみると、京哉には見覚えのある男が祐介や道夫、マオと共に廃墟で拾ったすごろくを引っ張り出してきて一緒に遊んでいる。

「ダルシャン支部長!?」
帰ってきて早々に素っ頓狂な声を上げた京哉の方へと一同の視線が集中する。
「キョウヤ!いやー久しぶりだね!4年ぶりか?」
サイコロを盤面に置いて立ち上がったダルシャンは楽しげな笑みを浮かべながら京哉の方に歩み寄って来た。
 差し出された手に両手を出して握手に応えると、京哉は横でポカンと口を開けていたシェリーを指差しながら紹介する。
「シェリアーナ・シェスカです」
ダルシャンは『シェスカ』というファミリーネームで全てを察した様子で首を縦にコクコクと振った。そして、シェリーの方に向き直って手を差し出した。
「初めまして、ダルシャン・アミール・ミシュラ…こう見えてアジア支部長やっててね。よろしく、シェリアーナ」
彼の自己紹介を聞いたところで楽団ギルドの人間だとわかった様子のシェリーはぺこりと頭を下げた。正面に向き直った彼女の顔をまじまじと見つめるダルシャンは、ニッコリと白い歯を見せて笑いかけた。
「おや!噂通りの美人さんだ。キョウヤ、君も隅におけないな」
「何言ってるんですか……そんな事より急に日本まで来るなんて、何かあったんですか?」
支部長クラスの人間が何の理由も無しに拠点を出てフラフラとしている事などあり得ない。彼らが動かなければいけない程の深刻な問題でも発生したのかと眉を顰める京哉。
「何か……そうだな。日本に配属してるアジア支部の人間がかなり殺されているからね。オレが処理しなきゃならないってのは諸々発生してる訳でさ」
そう言いながら京哉の肩を叩いたダルシャンは、表に出るよう視線で促す。出入り口の方へと向かいながら双六を囲む面々の方を振り返ると、手を挙げて中国語でマオに告げる。
「マオ、忘れ物無いようにな。もう戻るぞ」
彼の呼びかけにバッと顔を上げたマオは、悲しそうに眉を下げながら返した。

「ええー…日本楽しかったのになぁ」
「仕事は終わっただろ?良い働きぶりだったよ。上手くいったみたいだ」

中国語のわからない彼らは、一体何を話しているのかと不思議そうにそのやり取りを眺める事しかできない。
 ゴネる様子を見せていたマオであったが、最後には「はぁーい」、と残念そうな声色で返事をしながら立ち上がり、ドタドタと足音を立ててパーティションの向こう側に姿を消してしまった。





 根城にしているネットカフェの入る廃ビルを出て、入り組んだ路地の中を進んでいくダルシャン。その後ろをテコテコと続くマオは、更に後ろを歩く京哉の方をチラチラと見上げていた。
「ん?何だよ?」
その視線に気が付いた京哉が日本語で尋ねるが、返したのは彼女ではなく先頭を歩くダルシャンであった。一度立ち止まったダルシャンは彼女の頭をポンポン叩いて京哉から距離を取らせると、ニコリと笑いながら突き当たりの廃ビルの方を指差した。
「そこで話そうか」
随分と離れた場所に連れてこられたと周囲を見まわした京哉は、二人に続いて壊れたシャッターの隙間から屋内に入る。



…………………………………………………………………………………



 屋外よりもヒンヤリと冷たい空気の漂うだだっ広い空間。連なって放置された錆びついたカートや天井からぶら下がったままの「鮮魚」「野菜」のプラカードが、かつてこの場所が食料品店だったことを表していた。

「日本での生活も4年目か。どうだ?なかなか大変だろう、この国は?」

埃の積もったワゴンに寄り掛かりながら問い掛けたダルシャンは、スーツの懐から取り出したPHSの画面を操作し始める。そして、はぁー…と長く気怠そうな溜め息を吐いてから液晶画面を京哉の方に見せた。
 表示されていたのは血塗れで横たわる10人程の男達。

「まったく…酷いもんだな、元同僚だってのに。躊躇なく八つ裂きだ。あーあ…オレはあの人の事は尊敬してたんだ。楽団ギルドの番人なんて言われててさ」

楽団ギルドの番人。その二つ名を持つ…否、持っていた人間は彼女をおいて他には存在しない。

「何故だと思う?キョウヤ……何故、彼女はオレ達を裏切った?」
「…………」

黙り込む京哉を一瞥して、ダルシャンは一人語りを続ける。

「社長に頼まれてアジア支部の人間使って探し回ってたんだよ、ミーア・ウィルソンを。オレも何があの人をそうさせたのか…理由が気になったから協力したんだよな。でも、何日か前に通達がきてさ……まったくこれだから組織ってやつは…」
再び大袈裟に溜め息を吐くと、ネクタイを緩めながら天井を仰ぎ見た。ぶら下がるプラカードが隙間風に揺れている様子を暫く眺めた後、視線を京哉の方に戻してゆっくりと重い口を開いた。


「キョウヤ、日本での最後の仕事だ。ミーア・ウィルソンを処刑しろ」


 放たれた言葉が鼓膜を揺らしたのと同時に、割れた窓ガラスから強い風が屋内に吹き込み、天井からぶら下がるプラカードが音を立てながら激しく煽られる。



「………支部長…を……?」



 旋律師メロディストとしての演奏技術と生き延びるための剣術を教えてくれた。オーストリアに来てからの生活を親のように見守ってくれた。そして、最愛の母親の心を汲んで成長した息子との再会を願い尽力してくれた。

 そんな京哉にとってかけがえのない恩人の命を、自らの手で奪えという命令。


「…冗談ですよね……?第一、僕が敵う相手じゃ…「お膳立てはしてやる。三日三晩追い回されて疲労困憊のところにトドメを刺すだけだ。簡単だろ?」

京哉の反論を遮ったダルシャンの顔に表情は無かった。彼の口からその命令が下った時点で、京哉に逆らう権利は無い。
 絶対服従…それが楽団ギルドの掟である。皮肉な事に、その掟を彼に叩き込んだのは処刑対象であるミーアであった。






[65] Variation Ⅲ 完
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