MELODIST!!

すなねこ

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#066 Variation Ⅳ

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ウィーン・71歳男性「裏切りなんてのは人間誰しも経験する事だが、組織では適正に処罰されなければならないな。他の者に示しがつかない…良く言えばそうだが、実際には残る社員への見せしめ的な意味合いが強い。


…………………………………………………………………………………




 人も建物も…地上を文字通り更地にしてから、理想の日本に作り直す。
 そんな絵空事は人生に辟易した人間が描いた空想である。
 万が一にも権力者がその様な世迷言を口に出したのであれば、精神鑑定か脳の疾患を疑うべきである。


 初めは皆、疑ったのだ。
 自分の目と耳を。今し方、目の前の男が公言した事は全て自身の聞き間違いであったと。

 次に、彼の病気を疑った。
 何を血迷ったのだろうか。あのような採択を強行するなど、正気であるはずがない。


 残念ながら、都野崎仁一は正気であり健康そのものであった。




 最初の掃討作戦は年の瀬の12月28日深夜に始まった。
 世田谷区の旧住宅街に残された家々が次々と、大山田建設の従業員達が操縦する重機によって取り壊されていった。
 作戦を指揮していたのは国土交通大臣の今永昌俊イマナガマサトシであった。

 廃墟軍に住まう人々は、居住地を奪われまいとして必死に抵抗した。重機の侵入を阻もうと、通路に肉の壁を形成していく。
 そんな彼らをていくのは、ムカデを模った鉄の塊であった。
 志麻凌壱ら元自警団構成員達がニュー千代田区画を除く東京22区内のあちこちに件の機械兵器を投入し、次々に人命を狩り取っていった。骨の一片も残らぬ程の圧倒的な力で虐殺を繰り返すその兵器の総数は1000体にものぼるとされていた。


 凌壱の作った血の海を、今永が耕していく。
 阿鼻叫喚の地獄絵図は22区内の各所で同時多発的に発生していた。



「正直最初は手を組んだ事を後悔しておりました」

そんな一言で始まった会食の席。総理官邸でまみえるのは都野崎とミゲルである。

「ご心配をお掛けして申し訳ございませんでした。我々としても、もっとスマートに今日の流れに漕ぎつければ良かったのですが…いかんせん邪魔が入りましたからね」

楽しげに笑いながら炭酸水の入ったグラスを手に取ったミゲルは、プツプツと浮かび上がる透明の液体越しに都野崎の薄ら笑みを確認した。

「ただ…心残りなのは、第21楽章……楽団ギルドが血眼で探す超絶技巧の在処がとうとうわからなかったという事です」
「ガブリエルさんのお力で、都内に存在する事は確認済みなのでしょう?それならば、物や人を退かしていけばそのうち見つかる筈なのではないでしょうか?」

都野崎の返事に、ミゲルはゆっくりとグラスをテーブルの上に戻しながら首を横に振る。

「確かに存在する筈なのに、何故か実体が見えない。……これは、我々の認識を改める必要がある…そう考えました」

認識という言葉に反応した都野崎に対して、スプーンを両手に一本ずつ持ったミゲルは「失礼」と先に謝罪の言葉を述べる。そして、左右に置かれた2つのグラスの縁を交互に叩き、最後は頷きながら同時に叩いた。

「異なる音源から発生させた音を重ねる……。かつて人類が歩んできた音楽史の中では、わりと初期の段階で“合奏”という文化は存在していました」
「合奏…」

スプーンを定位置に戻し、ハンカチで手を拭うミゲル。

「音は物理的な波であり、その合成波を楽器ひとつで作り出し、エネルギー変換するのが我々や旋律師メロディストのような存在。我々が寄り集まって一つの曲を奏でた場合……合成波は更にその振幅を大きくするとは思いませんか?」
手をクネクネさせながら波を表現するミゲルに、都野崎は訝しげな表情で尋ね返した。
「…それはつまり……合奏の方がより厄介である…と?」
「おっしゃる通りです!…木を隠すなら森の中、曲を隠すなら曲の中………。もし、20曲の超絶技巧を全て同時に奏でた時に、隠された21番目が浮かび上がってくるとしたら……ソレこそが『天地開闢の物語』なのかもしれません」

まぁ、全て私の想像の域を出ませんが。そう付け足したミゲルは、いちいち都野崎の反応を楽しむように表情を観察していた。
 それを鬱陶しく感じたのか、咳払いをした彼が上目遣いでミゲルの方を睨みながら尋ねる。


…………………………………………………………………………………


「つまり、20人の旋律師メロディストを捕えて無理矢理演奏させない限り、その天地開闢の力はお目見えしない…と?」

ようやく彼の苛立ちに気が付いたミゲルは、苦笑いを浮かべながら後頭部を掻く。

「私の推測が事実だとして、あの楽団ギルドの要がそこまでして隠し通した第21楽章……強大な力を秘めていると見てまず間違いないでしょう。我々の目指す地球の新たな歴史の幕開けに作用するような…ね」

ミゲルの合図で大広間に入ってきたユリエルは、手に持っていたA3サイズの紙を都野崎の横で広げた。
 そこには19人の顔写真が貼り付けられており、その中には京哉と麗慈、そしてマオのものもある。

異端カルトが総力を上げて調べました。超絶技巧を持つ旋律師メロディストの個人情報です。残る一人は我々が殺害した元アメリカ支部長の男…。恐らく既に代役は立てていると思われますので、じきに顔写真も手に入るでしょう」
「……これらの手練れを全員捕えるつもりで?」
都野崎が視線を上げると、ミゲルは手を大袈裟に横に振りながら否定を表していた。

「とてもじゃありませんが、こんな化け物達の相手などしてられません。もっと効率の良い方法があります。まぁ…一度失敗した作戦ではありますが、今は状況が変わっていますし……再度試す価値はあるかと」

かつて“失敗した”と言う割には余裕の表情でそう述べるミゲルの自信は一体どこからやってくるのだろうか。
 手の内を決して明かさない頼れる運命共同体の提案に、都野崎は疑念を持ちながらも首を縦に振るしかなかった。






…………………………………………………………………………………





 旧新宿区にも掃討作戦の手が伸び始めていた。
 容赦なくビルを破壊して回る重機から逃げ惑う市民達の誘導するのは、阿須賀が頭を張る遍玖会新宿自警団の構成員達である。

「西公園の方に逃げろ!年寄りは俺たちが背負うから声掛けてくれ!」
「荷物は置いてけ!命が最優先だ!!」

一斉に走り出した人の波。
 はるか後方に見える油圧ショベルのキャタピラーがボロボロのアスファルトを捲り上げながら長い首を振って廃ビルの胴体に巨大な穴を開けた。
 壊された壁から飛び出した大人の身長程もある大きさの瓦礫が、避難する人々の頭上に迫る。

「危ないっ!端に寄れ!」

構成員の掛け声で咄嗟に路地の両端に駆け出す人々。しかし、列の中程を走っていた黄色い花柄のワンピースを纏った子供が躓いて転んでしまった。

「チハルちゃんっ!」

隣を逃げていた母親が顔面蒼白になりながら咄嗟に子供の上に覆い被さり迫る瓦礫から守ろうとする。

 震えながらギュッと目を閉じて衝撃を待つ母親であったが、次の瞬間にはアスファルトの上を転がり背後で土煙を上げながら巨大なコンクリート片が砕け散っていた。
 恐る恐る目を開けた母親。腕の中の娘は恐怖で泣き出していたものの、かすり傷一つ無い。

「アンタ、大丈夫か?怪我はあらへんか?」

咄嗟に飛び込み、襲い来る瓦礫の軌道から逸れる方向に親子を担いで助け出したのは阿須賀であった。彼の肩を借りて立ち上がった親子は、何度も頭を下げて感謝を述べる。

「ありがとうございます……っ!おかげさまで……」
「気ぃつけや。グズグズしとる暇あらへんで…避難場所に急がな」

走り出した親子の背中を見送り、阿須賀は他に逃げ遅れた人間がいないか確認を始めた。
 そして、足の悪い老爺が杖を突いて歩く補助をしながら路地を曲がった時、背後に迫る気配に気が付く。

「……ジィさん、ここ真っ直ぐ行ったら西公園や。転ばへんように気ィつけてな」

老爺の背中を優しく叩き、ゆっくりと踵を返した。
 黒いコートに身を包み込み、じっと阿須賀を睨みつける男。


 数人の黒服達を従えた凌壱の手に握られていた携帯端末は通話状態になっていた。阿須賀の方から視線を外さずに端末を耳に近付け、唸るように低い声で話し掛ける。

「……ああ、進めてくれ。今ならまとめて始末できる」

そう告げ終わった凌壱は、端末をコートの内ポケットにしまいながら阿須賀の正面で仁王立ちになる。
 路地に吹き込む寒風に髪を揺らしながら、互いに黙ったまま睨み合う。


…………………………………………………………………………………



「よう。ヒーローごっこは楽しいか?阿須賀ァ…」
「……凌壱兄さん…」

 24日の抗争の日、阿須賀は凌壱を追っていた。実家を捨て、新宿自警団に関するデマを周囲に吹聴し、政府に加担する彼とのケジメをつける事は、阿須賀にとって周平太から受け継いだ組織や区民達を守り抜く上で避けては通れない道であった。

「俺ァ…親父がお前を拾って来た日から……そうだ、そのツラが気に入らなかった」

ラウンドのサングラス越しに凌壱を睨み上げる阿須賀。ジリジリと距離を詰めながら彼を取り囲む黒服達の手には特殊警棒が握られている。

「気に食わん相手をサシで殴れんような腰抜けが……そう言やぁ、アンタは昔からそうでしたねェ。自分の手は絶対に汚さへん」

拳を構えた阿須賀の放った言葉に、凌壱は何故か楽しげに笑い始めた。嘲笑は背後に迫る重機の騒音に吸い込まれ、周平太を思わせる鋭い眼光で阿須賀より頭二つ程高い場所からギロリと睨み下ろされる。

「あぁ…俺は潔癖なモンでなァ。今の仕事は俺にはお誂え向きってこった」


 遠くの方から悲鳴が響き渡る。それは、新宿区民達が避難した西公園の方向からであった。


「気になるだろ?お前らが誘導した先だからな。可哀想に…何も疑わずに従った奴らは今頃全員、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられて生ゴミにされてる頃だろうな」

「………ア゛?」

凄んだ阿須賀であったが、先程からその悲鳴がピタリと止んでいる事に焦りを感じていた。
 何かあったは確かだ。全員逃げ延びたのならばそれで良い。しかし、目の前の男の余裕綽々な表情がその可能性を否定していた。


「24日の夜…屯所で女が一人死んだだろ?」
「………」

阿須賀の頭の中には瞬時に梓の事が連想される。じっと黙ったまま答えを寄越さない阿須賀の様子を愉快そうな表情で眺める凌壱。

「首相は大層あのがお気に召したようでなァ。急いで増産させて今では22区中をアイツが這い回ってるさ」

ニタニタと不適な笑みを浮かべる目の前の男が一体何の事を話しているのか、阿須賀は新宿区民達の逃げた方向から這い寄ってきた“其れ等”を直接目の当たりにするまで全く見当がつかなかった。

 ムカデを模した巨大な機械兵器。24日の夜に遭遇した驚異的な機動力と破壊力を持つあの機械が、その鈍色に光るボディを夥しい量の血でべったりと濡らしながら凌壱の傍でピタリと動きを止めたのだ。
 あの日、京哉を前にして見せた行動不能な状態ではなく、まるで彼に服従するかのように…。


「……ソイツは…」
「俺ァ今、この殺戮しか脳の無ェデカブツを使った地上のゴミ処理を任されてんだ。あの老耄が残した一銭の役にも立たない仁義だの人情だのに夢を見させられてた馬鹿どもは、綺麗サッパリ片付けられた後って訳だ」

 人工的に作られた大きな上顎から滴る赤い液体。そして、ボディの所々に残る様々な色や柄の布切れ。
 その中に、黄色い花柄のものが見えた瞬間に、阿須賀の身体は動いていた。


…………………………………………………………………………………


 素早く強烈な右フックが凌壱の頬にめり込み、更に体重を掛けて振り切った腕の力によって彼の体は後方に大きく吹き飛ばされた。特殊警棒を持った黒服達が次々に阿須賀に襲いかかるも、その細い体躯からは想像出来ないような重い蹴りによって右に左にと吹き飛ばされていく。
 最後の一人の顔面に後ろ回し蹴りが綺麗に入った頃に、最初に地面に転がされた凌壱が口からボロボロと血を流しながらようやく立ち上がってきた。

 折れた歯を血痰と共に地面に吐き捨て、口元をコートの袖で拭いながら阿須賀を睨み付ける。
「テメェ…」
「これでようやくサシになったわ……掛かってこいや腰抜けッ!」
阿須賀が凌壱に向かって叫んだのと同時に、それまで大人しく静止していたムカデが地面を蛇行しながら移動してきた。そして、助走を付けて阿須賀に向かって襲い掛かる。
 金属の塊とは思えない程の機敏な動き。間一髪鋭い上顎の一撃を避けたものの、ボディの側面から伸びてきたワイヤーに上体を縛り上げられ、まるで赤子のように持ち上げられるとそのままブロック塀に叩き付けられた。
 大きな音を立てて砕ける塀。続け様に持ち上げられた阿須賀は、再度瓦礫に向かって叩きつけられた。
 肩に走る強烈な痛みに息が詰まり、トドメと言わんばかりに迫り来る巨大な上顎を避ける暇が無い。


 残り僅か数センチという所まで鋭利な先端が迫った瞬間、倒れた垣根の傾斜を使って飛び上がったフロントガラスの無い黒塗りのワゴン車が機械兵器の土手っ腹に体当たりをした。
 横転する間際に車内から飛び出した人影が掘り返されたアスファルトの上に転がる。
 そして、衝突に巻き込まれてはるか後方で解体処理中の雑居ビルの中に押し込まれた機械兵器を襲ったのは、インパクトグレネードによる爆発であった。


 
「無事か!?新宿の大将さんよぅ!」



 爆風をやり過ごし、面を上げた鬼頭は瓦礫の影で腕を押さえた状態で項垂れていた阿須賀の方に駆け寄った。そして、彼を肩に担ぎ上げながら反対側の腕を高く上げてどこかに合図を送る。
 巻き上がった砂煙の中から飛び出してきたのは祐介の運転するグレーのジープであった。助手席に座っていたシェリーが素早くドアを開けて外に出ると、道夫が手早く座席シートを前に倒して鬼頭の担いできた阿須賀を車内に引き摺り込む。

「約束の場所で麗慈と落ち合え。俺は別ルートで向かう」
「丸腰だけど大丈夫?創くん」

急いでシートを元に戻したシェリーが助手席に乗り込む横で祐介が尋ねた。彼の不安げな表情を見て鼻を啜った鬼頭は、纏っていた防弾チョッキの内側にズラリと取り付けられていた手榴弾の数々を披露する。

「道夫の仕事に感謝するぜ。心配すんな、さっさと行け」

後部座席の窓越しにグータッチを交わす鬼頭と道夫。彼らの様子を見て大きく頷いた祐介は、意識を失っている様子の阿須賀を一瞥してからジープを急発進させた。





…………………………………………………………………………………


 悪路を飛ばすジープの車内。じっと窓の外を黙って見つめていたシェリーは、膝に置いた手を固く握りしめていた。

「こんな時に行方不明だなんて……何やってんだよ京ちゃんは…」
助手席をチラッと見やりながら放った小言に対する返事は無い。代わりに、後部座席で阿須賀の身体を支える道夫が口を開いた。
「きっと近くにおられますよ、シェリー殿。お二人に何も言わずに黙って出ていくなんて、きっと事情があったのでしょう……」
「そうだよね、道夫さん。京ちゃんのことだから、フラッといきなり帰ってくるさ。ね、シェリーちゃん」

必死に自分を元気付けようとする二人の言葉に、シェリーもグッと唇を噛み締めながら頷いた。そして、シフトレバーで飛び跳ねる小熊の編みぐるみに視線を落として眉間にグッと力を入れて涙腺を締める。





 マオと共にダルシャンに連れられて外に出ていた京哉。彼が戻ったのは1時間程経過した後の事であった。

「長かったね、京ちゃん。ダルシャンさんはもう帰ったの?……あれ?マオちゃんは?」

帰るなり脇目も振らず自身に割り振られたスペースの方へと向かっていった京哉を祐介が呼び止めて尋ねる。すると、京哉はぼんやりと覚束無い表情で譫言のように返してきた。

「マオは中国に帰った」
「え?京ちゃんの新しい相棒だったんじゃないの?」
彼自身もそう聞かされていた筈だ。
「事情があったのかな…せめてお別れの挨拶ぐらいしたかったな…」
そう言いながら京哉の顔を覗き込んだ祐介は思わず息を呑んだ。4年前と同じ、何かを見ているのに何もみていないような表情。他人との間に壁を作り、寄せ付けようとしなかったあの時の顔をしていた。

「……何かあった?ダルシャンさんに何か言われ…「もう良い?」

祐介の言葉を遮った京哉。あの時、もっと食い下がって理由を問いただしていれば…。祐介はそんな後悔に苛まれていた。


 その数時間後、京哉は突如姿を消したのだ。


 仕事なのかと一晩待ってみたものの、朝になっても昼を回っても帰ってくる様子は無い。そわそわと落ち着かないシェリーが祐介に手渡したのは、一件の電話番号の書かれた紙。

「……体調の悪い時だけ、黒電話使って掛けて来いって言われたレイジの番号。アイツに聞いたら何かわかるかもしんない…」

シェリーの手が、声が震えているのがわかり、祐介は迷わず黒電話の受話器に手を伸ばしていた。



…………………………………………………………………………………


 普段ならどうってことのない10コールが、とんでもなく長い時間のように感じた。そして11コール目でやっと繋がった電話相手は、何かに警戒している様子で声を発しなかった。

「あ…会社のものだってのは承知の上で使わせて貰ってるよ。京ちゃんの協力者の、仁道です」
祐介がそう告げると、「あぁ…」と素っ気ない返事が聞こえてきた。やっと警戒が解けたようである。

『どうした?アンタが俺に直接掛けてくるなんて』
「実は…京ちゃんが黙って家を出たまま戻ってなくて……。若乃宮さんなら何か知ってるかなって思ったんだけど…」

受話器から漏れる声に耳をそば立てていたシェリーであったが、やはりそっけない声色で放たれた「知らない」という一言にガックリと肩を落とす。

『仕事なんじゃねーの?』
「最初は俺らもそう思ったんだけど……出ていく前の様子がどうも気になっちゃって…」

 祐介は、ダルシャンという楽団ギルドの人間が昨日来ていたこと、彼に連れて行かれて戻ってから様子がおかしくなったことを麗慈に説明した。

『…ダルシャンって男は、アジア支部長だ。そのクラスの人間が立ち話の為にわざわざ日本にやってくるってのは考えにくいな』
「支部長…じゃあ、今の京ちゃんの直接の上司って事だね。という事は……」

そこまで言いかけた祐介であったが、受話器から聞こえてくるザワザワした喧騒に意識を持っていかれる。

「騒がしいね。外?」
『あ?あぁ……ちょっと待て。あー……避難してんな、皆』

診察室の窓から屋外の状況を確認した様子の麗慈は、それでも特段慌てる様子を見せずに返してきた。

「ひ、避難?」

祐介が素っ頓狂な声を上げると、パーティションの奥から道夫が飛び出してきた。そして、額に汗を滲ませながら両耳に当てがっていたヘッドホンのイヤーマフを外して首に掛ける。

「祐介殿…っ!今し方政府の無線を傍聴していたのですが、例の機械兵器や重機を動員して建物や人を次々に襲っている…と!」

22区の掃討作戦について初めて耳にした祐介は、目を丸くして暫く絶句していた。彼が返事を寄越さないで固まっていると、それを察したのか麗慈が言葉を発した。

『……今の話だと、建物ン中のが危ねェな。話はまた後で。五反田駅の近くで目黒川の上に高架がかかってる場所わかるか?』
「高い位置に駅のホームが見える所だ。あそこで合流だね」

受話器を置いた祐介は、シェリーと顔を見合わせて一緒に頷いた。




…………………………………………………………………………………




 高架橋の下にジープを停車し、3人は車を降りて麗慈の姿を探し始めた。
 人間がどこかに消えてしまい、町全体が空っぽの状態になっている場所では近づいて来るネイキッドバイクの排気音は余計に目立った。
 こちらに気がついて減速した車体。エンジンを切り、スタンドを立てバイクから降りて早々に、麗慈は道夫が背負っていた阿須賀の方へと歩み寄っていった。

「聞こえるかー、聞こえてたら右手上げろ」
彼の耳元で呼び掛け、右手を確認する。だらんとぶら下がったままであった。麗慈はまた耳元で呼び掛けを続ける。
「聞こえてたら返事しろよー。おい、チビこら。いつまで寝てんだバカ」
「うっさいわボケ!!誰がチビじゃド阿呆が!!右手痛くて上がらんから左手上げてたやろがい!このヤブ医者!!」
意識を取り戻してすぐに怒鳴り散らかした阿須賀を見て「はい、元気ですねー」と言いながら右肩に手を添えてもう一方の手で二の腕を掴んだ麗慈。今度は声掛け無しで無遠慮にその両手に力を入れると、阿須賀の悲痛な叫び声が人気の無い河川敷にこだました。

「ただの脱臼。骨は戻ったからもう痛くねェだろ」
両手の指をワキワキさせながら無表情で尋ねる麗慈に、阿須賀は涙目になりながら文句を吐き散らかした。
「だーっ!!いきなりやる奴がおるか!!……ってホンマに痛くない!すごっ!ゴッドハンドか!?」
現金な態度の裏返しに呆れ返る麗慈は踵を返し、停めていたバイクのスタンドを上げて目立たないように木の影に隠した。




 合流した場所から少し歩いた先に、川の下を潜る地下歩道が伸びている場所がある。高さ170センチ程の天井の低い通路は、一部成人男性を除いて屈まなければ頭をぶつけてしまう高さであった。

「おいコラ。何笑とんねん。誰がかがまんでもエエ程のチビじゃ」
「何も言ってねーよ」
睨み付ける阿須賀を軽くあしらった麗慈は、本題を急かすように祐介の方を見据える。

「電話でも話した通り。今まで何の連絡も無く、こんな風に姿を消す事なんて一度も無かったから心配で…」
「レイジ、キョウヤが今何の仕事してんのか調べらんないの?」
不安げな表情で尋ねてきたシェリーに、麗慈は首を横に振って答えた。
「他の旋律師メロディストへ来てる依頼を覗き見すんのは御法度だからな。ただ…今回の事は俺にも気になる所がある」
そう言いながら腕を組んだ麗慈は眉間に皺を寄せながらじっと考え込む様子を見せる。
「…気になる事?」
「ああ。京哉が普段依頼を受ける時の流れは大体知ってるだろ?」
首を縦に振る面々。
 顧客からの依頼は、その内容を上層部が精査した上でAIであるJACシステムから各旋律師メロディストに通達される。
「オーストリアの本社内にでもいない限り、依頼はJAC経由で知らされる訳だ。何故なら、伝達ミスで深刻な問題が発生した例が過去にあったから…」
麗慈はぼんやりと梓の事を思い出しかけるが、今はそれどころではないと気を引き締める。
「あと、存在しない依頼を旋律師メロディストに遂行させない為でもある」
「……存在しない依頼?」
首を傾げたシェリーの隣で、祐介が何かピンと来た様子であった。
「例えば、個人的に顧客から仕入れてきた依頼を部下に解決させてその依頼料を着服したり?」
祐介の考えに、おおっと声を上げるシェリーと道夫。しかし、麗慈は一人無表情を貫いている。

「まぁ、そんなんもやろうと思えばできそうだな。ただ、金がどうこうよりも、もっと問題は根深いんだよ。楽団ギルドでは掟に背いた人間を処刑する…なんて上層部からの“依頼”もたまにある訳で」
処刑という単語に、三人の表情は凍り付いた。例え仲間内であったとしても、規則を犯した者には厳罰が降る。それが、楽団ギルドという組織なのだという事実を突き付けられたようであった。
「処刑に関する依頼だけは逆にJACを介さない。JACへの入力ミスで無意味に仲間の命を削り合う危険性があるからな。そう考えると…ダルシャンが今回、京哉に直々に下した命令は……まず、処刑だと考えて間違いねェな」

 淡々と語り終えた麗慈であったが、始終嫌な胸騒ぎを感じていた。
 掟を破った旋律師メロディスト…今、京哉が執行を命じられる処刑対象などたった一人しか麗慈の頭の中には思い浮かばないのだ。



…………………………………………………………………………………




 廃ビルの一角、窓枠などとうの昔に取り攫われた桟に片脚を上げて腰掛けていたのは白い燕尾服を纏った青年。
 日当たりの良い場所では眩しい程に輝く美しい白い布地は、これから相手のものとも自分のものとも判断出来ない双方の血で汚れる事になるのだ。


 ミーアを殺す事。
 執行した暁には、もう誰の近くにも戻ることは出来ないのだと理解していた。


 京哉にとって旋律師メロディストの命令は絶対であった。己の感情など、心など捨て置いて、まず第一に優先すべきもの。
 これまでにも、何度も処刑の命令は下されてきた。つい最近まで挨拶を交わす間柄であったとしても関係無いのだ。
 今までも幾度となくやってきた事。相手をみて執行しないなどという身勝手は許されない。
 茅沙紀の時だってそうだった。“命令だと割り切る”事であんなに慕ってくれていた相手を手に掛けたのだ。




 PHSには30件ほどの不在着信履歴が残されていた。古い29件は根城の黒電話からであり、最後の1件だけが麗慈からのものであった。
 何も言わず姿を消した自分を探して、最終的に麗慈を頼ったのであろう。

 全ての事情を知っている麗慈であれば、ミーア処刑の判断は時期尚早であると言って、上層部への異議申し立てまで行いかねない。
 しかし、京哉は知っていた。楽団ギルドでは一度切り捨てると判断した人間が赦される事はないという事を。
 彼を巻き込んでしまい、上層部に楯突いた人間として不利益を被らせる訳にはいかなかった。


 汚れ役は慣れている。
 自分は“こう”なる為に楽団ギルドが作り出した化け物なのだから。


 腰掛けていた桟から床に飛び降りた京哉は、床に置いていたジュラルミンケースから伸びる紐を肩に掛けて歩き出した。







[66] Variation Ⅳ 完
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俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

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