MELODIST!!

すなねこ

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#068 Variation Ⅵ

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東京都・22歳女性「窓際上司の事がずっと大嫌いで早く一人前になってこんな人の近くは離れたいって思ってたんですけど…最近、ちょっとだけ見直す出来事があって困っちゃいました。お別れするのが寂しいんです…」


…………………………………………………………………………………



 彼女の手に携えられていた傷付いたフルートが、この数日間で繰り返してきた戦闘の苛烈さを物語っていた。
 京哉の方を振り返ったミーアは、彼が自分の前に現れた意味を理解し、そっと目を閉じる。

「……相変わらず、切り捨てる判断だけは早いな。そうか…君に依頼を回すとは、人の血の通わない連中の考えそうな事だ」

 怪我をしている様子は無い。しかし、その声色から彼女がかなりの疲労状態であることは明らかであった。ダルシャンの送り込んだ人間達に相当削られているのだろう。

「どうした。君が彼らの判断を正しいと解釈したのなら、甘んじて受け入れるぞ。抵抗するつもりもない」

フルートを足元に置いたミーアは、両手を上げて戦意が無いことを示している。そんな彼女に対して、京哉は無表情のまま今し方送られてきた速報について語り始めた。

「……父が死んだそうです。本社が火災に見舞われて…」
「タクトが……?」

あの男が火事で死んだという俄には信じ難い情報に、訝しげに眉を顰めたミーア。

「JACからの速報なんで、本当に死んだのかもしれません。……人っていきなり死ぬんだなぁって。10歳からこの世界で生きてきたら、なんか普通の事になっちゃって……少しは驚いたけど正直、何の感情も湧きませんでした」

朝の日差しを浴びて光るスワロウテイルを風に靡かせながら、京哉はじっと立ち尽くしたまま淡々と述べた。

楽団ギルドにしか捌けない悪があるって、ミーアさんこの前言ってましたよね?世界はどうしようもなく理不尽な事ばかりで、正しく生きようと思ったら自ら悪に身を窶すしかないって」

空のジュラルミンケースがコンクリートの床に落下し、甲高い音を立てて転がった。鈍色のボディが朝日で淡く橙に染まっている。

「……でも、正しく生きたとして……それを判断するのは誰なんですか?反吐が出る程の外道を殺して、そのせいで路頭に迷う人間が出る可能性だってある……結局、正義感なんて主観でしか成り立たないですよね?見方を変えれば、正義も悪もいくらだって立場は変わってくる」

青白い光が放たれる間に花弁状に舞うタングステンが収束し、京哉の手元で太刀の形を成した。

「ごめんなさい、ミーアさん。恩人を殺す為の理由を考えるのに必死なんですよ、僕。でも、わかんなくなりました……どう考えたってこの世界に必要なのは貴女の方なのに…」

下段に太刀を構えた京哉が地面を蹴って駆け出し、ミーアの目の前で縦一閃に振り上げた。舞い上がった砂煙や瓦礫と共に、スターリングシルバーのフルートが高く舞い上がる。

「…お願いします、ミーアさん」
「………キョウヤ…」

クルクルと回転しながら落下するフルートを片手で掴んだミーアは、伏目がちになりながら小さく息を吐く。そして、ゆっくりと両手でフルートを構えてリッププレートに下唇を置いた。

コンマ数秒という速さでサーベルの姿に変形したシルバーの周囲を纏うエネルギーの刃。

「……相手になろう、キョウヤ。但し、ここから先はレッスンではなく殺し合いだ」


 油断も手加減もしない。そうしなければ、京哉にはミーアと戦う理由が無いのだ。命令を無視する事の意味を十分に理解しているミーア。これは、彼女なりの京哉に対する優しさであった。












…………………………………………………………………………………




 改正憲法施行後、東京は瞬く間に衰退していった。
 電気の供給を絶たれたコンクリートジャングルに聳える古びた高層ビル群。かつては栄華を極め、日本の若者は皆夢を追い求めて東京を目指したと言うが、今はその面影すら残らない。

 遠くから聞こえる掃討作戦の破壊音に怯える区民達が逃げ延びてきたのは都内各所に存在する公園である。過去の緑化計画で整備されたものであるが、現在は手入れをする者もおらず草木が好き放題に伸び散らかされていた。


「慌てないで!大丈夫ですから!こちらに並んでください!」

自警団の人間と共に有志達が避難してきた人間の誘導を行っている様子を河川敷のフェンス越しに観察するシェリー。同じく彼女の右隣で彼らの様子を見ていた道夫の方を振り返ると、小首を傾げながら尋ねた。

「ミチオ、こんな時でも日本人ってよく冷静でいられるよね。自分勝手に動く人がいないのって凄いと思うんだけど」
「はは…そうですな。国民性というやつでしょう。協調性の無い人間も中にはいるでしょうが…」

地震大国である日本では、昔から大災害に見舞われるたびに避難生活を余儀なくされてきたという経緯もあり、そのような国民性が養われていったのではないかという道夫の一説を聞かされるシェリー。
 納得した様子で、今度は左隣に立っていた祐介の腕を小突いた。

「ユウスケ、それじゃあ何でキョウヤは日本人なのに協調性無いの?」
「え…んー…オーストリアで育ったからじゃない?」
じゃあオーストリアの人って協調性無いの?という次なる質問に頭を悩ませる祐介。どう答えてやるべきかとうんうん唸っているうちに、ネイキッドバイクの排気音が近付いてきた。

 新宿区民が避難した公園の様子が気になると言った阿須賀をタンデムシートに乗せた麗慈のバイクが戻ってきたのだ。

「…おかえり。どうだった?みんなの様…」

祐介が尋ねようとしたものの、ヘルメットを外した麗慈が静かに首を横に振る。






 凌壱の話は本当であった。
 西公園に残されていたのは、見渡す限り広がる血糊の跡。そして誰の物とも判別できない身体の一部であった。
 先代の頃より区民達には『危険を感じた時にはこの場所に逃げるように』と繰り返し訓練されていた。そして今回も皆手を取り合って素早くこの場所を目指し、新宿自警団の構成員も含めた全員の避難が完了していたのだ。

「……なぁ、医者の兄チャン。これからどないしよ」

血飛沫の着いた雑草の上を歩き、惨状がそのまま残された公園内を見て回った阿須賀。一人の生存者も確認出来ずに戻ってきた彼が最初に言い放ったのは、恨み辛みに支配された心の内でも逆襲の算段でもなく、ただ一人残されてしまった事に対する不安であった。

「知らねーよ。自分で考えろ。自警団背負った人間だろうが」
「うわ、辛辣やなアンタ…。お山の大将なんてな、立ててくれとる人間がおらんと何の役にも立たん小心者やったりするんやで」
自分がその小心者だと言う阿須賀は、その場にしゃがみ込んで両手で頭を抱え込む。
「…こんな事あるか?3000人以上やで?そんな数の人間の命…「お前一人で守るなんてのはハナから無理だったろうな」
阿須賀の言葉を遮った麗慈は、足元に落ちていた小さな猫のぬいぐるみを拾い上げた。
「俺も医者の端くれだからな。この手の届く範囲の人間しか助けられないし、手の中にあっても命がすり抜けてくなんて経験は嫌というほどしてきた」
タグの部分にはマジックで持ち主のものと思われる名前が書かれていた。所々ほつれが見られたが、色味の違う布を当てて補修されており、大事にされていたのがわかる。


「ま、俺はお前とは立場が違ェしあーだこーだ言われたくもねぇだろうけどな。クヨクヨしてぇなら好きなだけすりゃ良いだろ」

錆びた鉄棒の支柱にぬいぐるみを立て掛けてポンポンとその頭を撫でた麗慈は、立ち上がって振り向いた先でポカンと口を開けている阿須賀の様子に眉を顰めた。

「……何だよ?」
「アンタ…モテるやろ。ほんのちょっぴり、キュンとしてもうたわ…」
「やめろ…気持ち悪いな…」

表情を引き攣らせてバイクの方に駆けていった麗慈が自分を置き去りにして帰ろうとしている事に気が付いた阿須賀も慌てて走り出した。
 そして、西公園と公道との境界で一度立ち止まると、踵を返して大きく息を吸う。

「待っとけよ!次こそあの馬鹿とっちめて、お前らの仇とったるからな!」

最後に手を振って公園に背を向けた阿須賀は、既にバイクのスタンドが上がっているのを見て大声を上げた。

「ちょ!待てや!置いてくな!」

遠慮なくエンジンを起動させて緩やかに走り出した麗慈を追いかける阿須賀の表情からはもう、不安や後悔に苦しむ様子は見られなかった。





…………………………………………………………………………………





 真っ赤な夕陽がガラス越しに病室を照らしていた。花瓶に生けられているのは、刑事課長から届いた見舞いの花束。色鮮やかなガーベラが殺風景な内装に映えていた。

 六本木で発生していた連続殺人事件を追っていた榛埜。彼女を襲ったのは24日の反政府運動に参加していた活動家や自警団の構成員を殺して回った自走式兵器であった。
 体の怪我は軽度であったが、丸3日近く飲まず食わずで倉庫内に隠れていた彼女の身体は憔悴し切っていた。点滴に繋がれ、ぼんやりと天井を眺めるだけの日々。
 “ルチア”と呼ばれていた少女を保護しなければならない。そんな彼女の正義感が災いし、不用意に弐式自鳴琴の『脳』に近付いてしまったのだ。

 六本木で活動家を殺してまわっていたのは、凌壱が都野崎の命を受けて試験的に解き放っていた個体であった。
 当然、何の罪に問うこともできない。
 榛埜が集めたデータは全て押収され、連続殺人事件そのものが無かったことにされたのだ。
 そして、彼女も休職と伊豆大島警察署への転属が言い渡されていた。


 ペタペタとやる気の無い足音が近付き、目隠しの為に閉めていたカーテンの隙間からビニール袋が差し出された。
「遊びに来たよ、榛埜チャン」
伊調が彼女の病室に足を運ぶのは2回目である。1回目は榛埜が搬送されたその日。
 疲れ切って眠っていたところに尋ねてきたらしく、見舞いの品を預かったという看護師からサキイカの入ったビニール袋を手渡されていたのだ。当然、貰った時の状態のまま棚の中にしまってある。
「元気か、榛埜チャン?ほれ、差し入れ」
ガチャと硬いものが当たる音がして、無理矢理手渡された袋の中身を見るとブラックの缶コーヒーが3本入っていた。
「入院患者にブラックコーヒーとか差し入れしますかね、普通…」
「え?シュークリームとかのが良かった?じゃあ今度はそうするからさ」
妙に嬉しそうな伊調の様子に違和感を抱くが、時計を見てその理由がはっきりと理解できた。時刻は面会時間終了間際の15時50分。恐らく、見舞いに行く事を理由に直帰しようと目論んでいるのだろう。
「…伊調さんは相変わらずですね」
「おうよ。程々にやってるからね、いつでも」
程々と言う割には、給料泥棒としか思えない彼の働きぶりを思い出し、榛埜は深い溜め息をついた。
「……私、もう伊調さんの部下じゃありませんよ。転属になったんです」
榛埜にとってはショックな出来事であった。しかし、伊調はケロっとした態度で返す。
「知ってるよ。良いじゃない、伊豆大島。オレが代わってやりたいくらいだよ」
彼の反応から、取り敢えず平和な場所だということだけは理解できた。

…………………………………………………………………………………
 

 落ち込む榛埜の横顔を見ながら、差し入れで持ってきた筈の缶コーヒーを勝手に開けて飲み始めた伊調。そして、カタンと底を慣らして空き缶を机の上に置くと、急に真剣な表情になって彼女に語りかけ始めた。

「……お前さんみたいな真っ直ぐな人間は生き辛いよな。特に日本はそうだ。正義の為に、平和の為に…そう言って飛ばされていった奴をオレは何人も見てきた」
「………伊調…さん…」

 榛埜の正義感は誰よりも正しかった。地域住民の平和な暮らしを守る為に動く。それが警察であった筈だ。
 いつの間にか政府の命令のままに動き、貧しさに喘ぐ彼等を排除する為の組織へと成り下がっていた。
 世の為、人の為と言って立ち上がろうとした者への風当たりは強く、若いうちに芽を摘まれて地方に左遷される。それが今の警察組織である。

「自信持て、榛埜チャン。お前さんは正しいよ。胸張って良い。立派な警察官だ。これからも、みんなの平和な暮らしを守るために働いてくれよ。日本には榛埜ちゃんみたいな人間が必要な筈なんだ」


 サボる為に来たなら帰ってくれと言う筈だったのに、彼女の口からは文句の一つも出なくなってしまった。

 お前は必要な人間で、これからも自分の正義を貫いて警察官を続けて良いのだと…榛埜はずっと、誰かに言って欲しかったのだ。
 
 頬を伝って流れ落ちる涙は次々にシーツを濡らしていった。まさか、あんなに疎ましく思っていた上司の言葉でこんなに嬉し涙を流す事になるなんて夢にも思わなかった。
 グッと握りしめた拳を伊調の前に突き出した榛埜。それに自分の拳を付き合わせた伊調は、ニッコリと笑っていた。

 この子なら大丈夫だ。何度でも立ち上がれる、と確信していたからであった。






…………………………………………………………………………………


 警察病院の玄関を出た伊調は、駐車場に停めていた車の前に立つ大男の人影に気が付いた。スキンヘッドにサングラスを掛けた厳つい風貌で仁王立ちする姿を、前を通りかかる人間全員が二度見している。
「何だよ創くん。千代田区にいるなんて珍しいな」
伊調の呼び掛けに手を上げて答えた鬼頭。解錠されたドアを開けて颯爽と助手席に乗り込み、伊調に出発するように促した。
「歩いてきたのか?愛車はどうした?」
「アイツは廃車んなった。何時間か前にな」
ニュー千代田区画内を進むセダンから見える景色は、『外』とはまるで別世界であった。物と人があふれ、豊富な電力の供給を受けてどこを見ても光り輝いている。

「そんで、何か用があったんだろ?」
窓を全開にして煙草を蒸しながら尋ねた伊調。今時車内で吸う奴なんているのかと驚きながらも、鬼頭は彼に質問を投げた。
「お前さん、同報無線は知ってるか?」
「知ってるも何も…そいつは今警察が管理してるからな。全国の市区町村が独自に持ってた仕組みを取り上げて、警視庁の合同中央庁舎の放送室を使って全国に一斉放送できるっつーとんでもないシステムに仕上げたんだよ。それがどうした?」
そうかそうか、と一人で納得している様子の鬼頭は再び伊調に問い掛ける。
「そいつの発信した電波は衛星通信を介して全世界にほぼ同時発信出来るのも知ってたか?」
「ああ…理論上はって話だろ?昔、どっかのバカが自衛隊の回線乗っ取って衛星に電波飛ばして色んな国のインフラが一時的にダメージ受けたっつー事件あったよな。まぁ、あれ以来セキュリティも強化されてるし今は難しいんじゃねーの?」
半分程の長さになったタバコを灰皿に押し付ける伊調。何故今そんな事を聞くのかと疑問を抱く。そして、次に鬼頭が口にした『とんでもないお願い』に耳を疑った。
「お前さんには、その同報無線システムを掌握してもらいたい。もちろん、全世界同時電波ジャックっつーオプション付きでな」
今し方不可能だと言った筈なのに…と愕然とする伊調に、トドメと言わんばかりに更なる注文を付ける鬼頭。
「あと昔東京都庁にあったストリートピアノ…有名なデザイナーが手掛けたって理由で廃棄されずに警視庁が保管してるって聞いたぞ。ソイツを虎ノ門ヒルズの屋上に運びてェんだが」
「無茶苦茶だな!何なんだよその要求は!……そんだけ大立ち回りするには、こちらもリスクを被るだけの理由が必要だろ。どういう訳だ?」
 ITエンジニアである伊調は長年警察組織に潜入し、楽団ギルドの為に情報収集を行ってきた。窓際刑事を演じ続ける事で同僚の目を欺き、楽団ギルドに利益を齎してきた影の功労者である。
 そんな彼にそこまでの無理を強いるのは、楽団ギルドにとっての変革点になると鬼頭は予期していたからであった。

「速報は見ただろ?…託斗が死んだってな」
窓の外を流れる廃墟群を眺める鬼頭が静かに呟く。あぁ、と短く返した伊調であったが彼もまた託斗の死を信じない人間の1人であった。
「アンタは本当にそう思うのか?」
フッと鼻で笑った鬼頭。
「まさか…アイツは殺しても死なねェだろ。ただな……組織は託斗をとしたんだ。それだけの事がこれから起ころうとしてる。だから俺はアイツの亡霊の意思を尊重して無茶苦茶するだけだ」
 ガタガタと穴ボコだらけの道に差し掛かり、車体が大きく上下に揺れる。緩やかに速度を落としたセダンの助手席のドアが開き、大男が破壊の進む街に降り立った。

「わかったよ、創くん。アンタの頼みは断れねェ。ただ、期待はすんなよ。オレはこう見えて本番に弱ェんだ」
運転席から身を乗り出して告げる伊調の方は振り返らず、鬼頭は手を挙げて答えた。
「知ってるよ。真面目な奴ほど報われねぇもんさ」
バタンと後ろ手に助手席のドアを閉め、セダンがUターンして元きた道を走り出す様子を背中で見送る。
 そして、ニッカポッカのポケットからPHSを取り出した鬼頭は、画面に表示された非通知からの着信履歴を確認して、ニヤリと口角を上げた、





…………………………………………………………………………………




 夕陽を反射して煌めく刀身に白い影が映る。京哉がミーアと対峙し始めてから2時間が経過しようとしていた。
 疲労困憊状態だった筈のミーアであったが、いざ切先を向けようとすると何処にも隙が無い。それどころか、迫り来る見えない刃に続け様に襲われ、有利な間合いを維持する事すら叶わなかった。
 
 だだっ広い屋上には遮蔽物も無く、ミーアの死角をついて攻撃する事も難しい。そして、相手との鍔迫り合いになると彼女の高速回転するエネルギーの刃に腕を持っていかれそうになるのだ。
 京哉が旋律師メロディストになる為に日々相手をしてもらっていた時のものとは質が異なる。
 『殺す為』の刃を初めて間近に感じ、その凄みに圧倒されていた。


「死にたくなければ殺すつもりで来い、キョウヤ。何回私に“外させれば”本気になれると言うんだ?」

青白い光が灯り、ミーアの手元でサーベルからフルートの形状に戻る。京哉は次に居合いが来ると直感した。彼の特技は師匠譲りである。
 見えない刃で間合いすら自在に操れるミーアの居合い斬りを流して反撃に出る事は難しい。

 間合いを無視して必ず攻撃を当てる方法。彼女に打ち勝つ方法はただ一つ…超絶技巧『素戔嗚尊スサノオノミコト』による斬撃しかなかった。
 圧倒的な力量差を見せつけ、肉を切らせて骨を断つような泥試合に持ち込ませなかったのは、彼女自身に京哉を傷付ける意思が無いからであろう。

「……ズルいですよ、ミーアさん…。自分だけ死のうとするなんて…!」

駆け出した京哉のすぐ脇を音速の刃が通り抜ける。矢張り、当てるつもりが無いのだ。
 ミーアの正面で上段から振り下ろした太刀にサーベルがぶつかって火花が上がる。切り掛かる度に甲高い音と閃光が走り、日没時刻を迎えた東京の空で激しく輝いていた。





 凸凹の路面を進むジープのフロントガラス越しにもその光は届いており、助手席に座るシェリーが数本先の交差点に面するビルの方向を指差して叫んだ。

「あそこ見て!駅前交差点のビルの屋上!」

窓を開けて身を乗り出したシェリーは、ジープの後ろを走行するネイキッドバイクの方にも合図を送って大声を上げる。

「レイジ!あそこ!」

フルフェイスのヘルメット越しに上空を見上げた麗慈は、繰り返し光り輝く方向を確認して一気にジープを抜き去った。

 通りに面したガラス扉は全て割られ、出入り口のテイを成していない正面玄関からバイクのまま屋内に進入する。
 吹き抜けのエントランスを挟んで左右両側に設置されていた階段。一方は瓦礫に埋もれており、麗慈はもう一方の前にバイクを停めて階段を駆け上がっていった。
 続けてフロアに乗り込んできたジープから降りたシェリー達も彼を追って屋上を目指し始める。

 10階建ての商業ビル。埃や瓦礫で足を滑らせそうになりながら、進んでいく一行。暗闇に目が慣れ始めた頃に漸く前を進んでいた麗慈の背中が見えてきた。何やら、屋上とを隔てる扉の手前で立ち止まって様子を伺っているようであった。

「レイジ…っ!早くキョウヤとミーアさんを……」

息を切らしながら駆け寄ってきたシェリーの目の前でバッと腕を伸ばして静止を促す麗慈。



…………………………………………………………………………………


 恐らく京哉がダルシャンから言い渡されたのは脱走した元オーストリア支部長の処刑執行命令である。そう推測した麗慈の読みは当たっていた。
 何も言わずにシェリー達の前から姿を消した京哉は、ミーアを見つけ出し、今まさに目の前で刃を交えている。
 早く見つけなければどちらかが死ぬ事になると言っていたのは麗慈であった。しかし、今はこうして静かに様子を伺っている。

「どうしたの!?早く二人を止めないとって…」
「……見ろ。上だ」

そう言って彼が指差した方向を見上げる。
 必死に階段を駆け上ってきたせいで気が付かなかったが、凄まじいプロペラ音が響き渡っており、目の前の扉をガタガタと激しく揺らしていた。

 鍔迫り合いをする二人と麗慈達との間に舞い降りてきた黒いヘリコプター。機体の影になってしまい、そこから降り立った人物の正体を伺う事はできない。

 数分が経過したであろうか。ヘリコプターが再びプロペラの回転数を上げて空に舞い上がった時、シェリーと麗慈の視線の先には床に膝を着いて苦しげに腹を押さえる京哉の姿だけが確認できた。


 ゼエゼエと今にも倒れそうな息遣いの道夫の両脇で彼を支える祐介と阿須賀が合流した所でドアを開け放ち、全員で屋上に飛び出す。
 顔を上げた先にはまだ先程のヘリコプターが見える位置にあり、ふらつきながらそれを追い掛けようとする京哉をシェリーと麗慈が止めに掛かった。

「離せッ…!支部長が……ミーアさんが!!」
「落ち着け京哉!」
「ミーアさんは何処にいるの?」

京哉が腕を伸ばして指差した先には、ちょうどキャビンドアが閉ざされて遠ざかっていくヘリコプターの機体が見えた。



 屋上を撫でる強烈なダウンウォッシュが次第におさまり、暗闇と静寂に包まれた平常の街並みに戻っていく。
 ミーアとの戦闘で立っている事すらままならない状態まで削られていた京哉。しかし、そんな状態でも早く彼女を追わなければと前に進もうとする。

「キョウヤ、待って!あのヘリに誰が乗ってたの?ミーアさんだけが襲われて連れ去られちゃったって事?」

京哉の腕にしがみつきながら、叫ぶように問い掛けるシェリー。祐介達も協力して5人掛かりで彼を押さえ付ける。

異端カルトだよ!ミーアさんと面識のあるミゲルって男だった!訳わかんねー事言いながら僕にも一緒に来るようにって……でも、ミーアさんが逆にアイツの首に刀突き立て脅して…自分だけで良いって言いながらヘリの操縦士に命令して……」

しどろもどろに語る京哉の様子から、彼が相当動揺しているのがわかった。

「…で、追いかけようと思ったらあの人に腹どつかれて置いてけぼりにされた、と……。助けられた訳か」

麗慈に図星を突かれ、眉間に皺を寄せながら黙り込んだ京哉。ようやく抵抗するのを辞め、体の力を抜いてコンクリートの床に五体投地する。



…………………………………………………………………………………




 突如上空に現れた黒い機体。猛烈な風を巻き起こしながら屋上に着地すると、キャビンドアの向こう側から姿を現したのは異端カルトの指示役と名乗ったミゲルであった。
 想定外の役者の登場に、顔を見合わせた京哉とミーアは一時休戦して刀を納めた。

 一歩、また一歩とにじり寄ってくるミゲルを警戒し身構える二人。

「世界の終わりと始まりは同時にやってくる。開闢の物語の持つ破壊の力は、新しい時代が始まる為に用意された物だと言われてしまっては……手を貸さない訳にはいかないだろ?何てったってわざとらしい程私の好きな言葉を並べてラブコールを送って貰えたんだ」

酔狂な男、その印象は最初に会った時と変わらない。しかし、ここまで会話の内容が訳のわからないものとなるとそろそろ病気を疑ってしまう程である。
 訝しげな表情で睨み付けてくる京哉に対して、ミゲルは爽やかな笑みを返す。

「君の物語は最高だよ。どうだい?闇堕ちするには十分過ぎる程のバックボーンがあるのだろう?」
「……どっかの厨二病主人公でもあるまいし、そんなのがカッコイイなんてお年頃はとっくに卒業してんだよ」
最もな返しだと手拍子付きで讃えてくるミゲルの態度に、京哉は苛立ちとも異なる気持ち悪さを感じた。

 二人のやりとりを聞いていたミーアが一歩前に出てようやく口を開く。

「この期に及んで勧誘か…?異端カルトは相当な人材不足なようだ」
彼女の言葉に、ミゲルはクツクツと笑い始める。
「ああ…今回はあの人の頼みでね。君たち二人を是非招待してほしい…と」
あの人?と首を傾げた京哉は、ミゲルが後ろでに携えていたバンジョーの肩紐を回して正面に持ち変える瞬間を見逃さなかった。
 何か仕掛けてくる。そう思ってフルートを構えようとした時には、既にコンクリートの床に膝をついて四つん這いの状態になっていたのだ。
 腹の痛みを堪えながら顔を上げれば、サーベルの周囲を高速回転するエネルギーの刃がミゲルのスーツの襟元を掠めていた。
 彼の襟首を鷲掴みにし、自ら機体に乗り込んだミーア。
「飛べ。この男の命は私の手中にある。逆らえばどうなるかはわかるな?」
操縦士を脅す彼女の顔を横目に、ミゲルは両手を小さく挙げて降参の意を表す。戸惑いながら首を縦に振った操縦士は、正面を向いて操縦桿を握った。

「ゲホッ…ッはっ……ミーアさ…んっ!待って!」

既に浮き上がった機体を追い掛けようとするが、猛烈なダウンウォッシュとノーガードで彼女に蹴られた腹の痛みから動きが鈍る。

 そして、飛び出してきたシェリーと麗慈に両腕を抑えられてしまい追いかける事は叶わなかった。



 寒空に瞬く星々を眺めているうちに、頭は冷えた。
 何故、どうして。その疑問はすぐに解決できる。ミーアは京哉を守る為に、自ら犠牲になったのだ。
 ミゲルという男とどれ程接点があるのかはわからない。ただ、あの男の隠された凶暴性を知り、それに晒される危険から京哉を遠ざけたかったのだという意図だけは十分に理解できる。

 しかし、どうしてもわからないのは、[[rb:異端 > カルト]]に今回の事を依頼した人物がいるという事であった。ミゲルは京哉の事も連れ出そうとしていた。

 地下に眠る大きな力、異端カルトの企み、そして政府の暴虐。
 大事な物を一つ、また一つと失いながら、彼らは来たる終焉の日に向けてどうにもならない運命に抗おうと足掻きを続けるのしかなかった。



[68] Variation Ⅵ 完
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