MELODIST!!

すなねこ

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#084 de plus

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ウィーン・50代男性「前日の夜更かしが祟ったのかな…その日は妙に眠くてね。どうしても体が起きなかったんだ。それで携帯の時計を見てびっくりしたんだよ。23時間も寝過ごしてたんだ!会社に何て言い訳しよう」


…………………………………………………………………………………


 背後から吹き抜け地を這う凍て付く風。

 パキパキと小気味良い音を奏でながら零式自鳴琴と京哉との間に造形された美しい氷柱が、巨大な前顎の一撃を寸前の所で食い止める。
 そして、氷の粒を纏った空気に触れた金属のボディが一瞬で凍り付いてしまう。

 内部の熱を放出してあっという間にその凍結は解除されたものの、機械兵器の動きが明らかに鈍った。

「今です!支部長!」

巳継が声を張り上げたと思えば、キュイイイィンと甲高い音が鼓膜を劈く。

 高周波を伴いながら高速で振動する特殊な金属素材を織り込んだ細いワイヤーカッターが合計12本、零式自鳴琴の節の部分に合わせてそのボディを両断すべく地面から姿を現して腹側の鋼鉄と接触し火花を上げた。

 ワイヤーの両サイドは瓦礫の山の中に仕込んだ支柱に括り付けられており、巳継の氷結で位置の微調整を行ったのだろう。アジア支部二人の連携の取れた動きで機械兵器の攻殻に僅かに切れ込みが入っていく。


 一方、あわやという所で助けられた形になった京哉。目の前で敵と渡り合う二人の光景に呆気に取られている様子であった。
「…ゆ、閖塚さん……どうやって目覚めて…」
「俺達だけじゃない。少なくとも超絶技巧を譲り受けた者は皆夢から覚めたようだよ」

虎ノ門ヒルズが崩壊した場所の瓦礫の中から続々と顔を出す白い燕尾服達。

「…え?な、なんで皆……でも麗慈は…」

姿を現した面子の中に彼はいない。しかし、鼻で笑った巳継の次の言葉でその理由を理解した。

「悔しいが、この中じゃ奴が1番最初に君の危機に気が付いたようだ。傷、もう何ともないだろう?」
「傷……」

恐る恐る赤黒く染まっている脇腹を摩るものの、痛みは全く無い。麗慈は大己貴命オオナムチノミコトを使い、京哉の怪我を治したのだ。傷口も診ていないのに一体どうやって…。


「のんびりしている暇は無いよ、京哉君!そろそろ動き出しそうだ!」

巳継の声掛けで顔を上げた京哉は、ダルシャンの高周波カッターが外殻を貫通する前に零式が浮遊を始めようとしたのを目で確認した。

「俺達が死ぬ気で奴を地べたに縫い付けておく!君は素戔嗚尊スサノオノミコトの演奏を…ッ!」

零式の前顎を押さえ付けていた氷柱が砕かれそうになり、巳継はすぐにオーボエのリードを食む。
 地面から生えた氷柱がパキパキと音を立てながら金属製のムカデの頭を押さえ付けようとするが、今度は途中でパキンと折れてしまう。ノイズキャンセリングの影響であろう。

 思いもよらぬ総力戦。この戦力で駄目ならばもう成す術がない…そう思わせる程心強い仲間達の応援であった。
 その中で京哉が成すべきは、皆が零式を押さえ付けてくれている間に切り札を出せる様に超絶技巧を完奏する事。
 フルートを構えてリッププレートに下唇を乗せた京哉は、滑らかに指を動かし始めた。

 

…………………………………………………………………………………


 徐々に浮遊を始めた機械兵器。それを押さえ付けようと飛び出した旋律師メロディストの一人が、手から何やら粒子状の物を地面に撒いてトランペットのマウスピースに唇を当てがう。
 突如現れた植物の蔓が零式のボディに複雑に絡みつき、更なる上昇を阻止する。次々に折り重なる蔓はやがて木の幹のように太くなり、ミシミシと鋼鉄の体を締め付けていく。

 左顎から離したヴァイオリンをマオに預けたダルシャンの右手にはタルワールが握られていた。勢い良く跳躍し、2歩目に零式の体側を蹴り、5メートルの高さに到達した彼の振り下ろしたタルワールの刀身は高周波振動によってその見た目の数十、数百倍の切れ味を持つ。
 巻き付いた植物の蔓ごと巨体の第6節を斬り付けるダルシャン。激しく火花が散った後、刀身が深く突き刺さったタイミングで切り込みを入れた場所の反対側まで素早く駆け抜けていった。

 ガコンという大きな音と共に、斬撃を受けた節の箇所が地面にずり落ちた。完全な状態と比べれば約半分の長さになった零式自鳴琴。切り落とされた尻側のパーツはピクリとも動かなくなった。
 零式自鳴琴は全13個のユニットで其々異なる曲を奏でて電力を作り出している。単純に考えればそのパワーは半減されている筈であった。

 しかし、期待通りにならないのがこの狡猾な機械兵器。ボディが短くなった分より機敏に動くようになってしまい、軽くなったボディは勢い良く空に舞い上がろうとした。

「退いてろダルシャン!」

怒鳴り声を上げたロシア支部長の手には赤く怪しい光を纏った太い鎖が握られていた。そして、その先に装着されている複雑な形の碇を勢い良く投げて飛び立とうとした零式のボディに絡み付かせる。

 次々と繰り出される能力は超絶技巧による祝福。零式自鳴琴の周囲ではどこかしこで超絶技巧の旋律が奏でられており、戦場の演奏会状態になっていた。
 そして、ダルシャンによって切断された断面から漏れ出す不協和音が複雑に絡み合う。

「くっ…嫌な音ですね、ダルシャン様……ッ」
マオが眉間に皺を寄せながらダルシャンにヴァイオリンを手渡す。
「集中しなさい、マオ……様子がおかしい…」
ダルシャンの忠告に、周囲の旋律師メロディスト達も身構えた。

 不協和音が止まり、零式自鳴琴が纏っていたLEDの光が一瞬弱まる。そして、切断面から伸びてきた無数のワイヤーアームが切り捨てられた片割れの中に高速で進入していく。

「まさか、くっつこうとしてるんですか…アイツ!?」
ダルシャンの後方に身を隠したマオは、まるで切り離された自身の身体を捕食する虫なような奇妙な動きに息を呑む。
「何か出てくる…!」
ワイヤーアームに絡め取られた緑色に輝く卵状の物体が切り離された胴体の中から引き摺り出された。ぬらぬらと粘性の液体に湿るカプセルは半透明であり、複雑に巻き付いたアームの隙間から中の様子を伺う事ができた。


 思わず演奏する指を止めてリッププレートから口を離した京哉の目に映るのは、緑の蛍光色に光るカプセルの中に閉じ込められた状態で意識を失っていたシェリー。
 彼女の後頭部には複数のシールドが突き刺さっていた。

「………シェリー……」

 零式自鳴琴のバックアップ電源…世界に終焉を齎す兵器、その構造の一部として造られた存在。
 当然の様に内部に用意されていたインターフェースに接続され、生物としての行動自由を奪われた彼女の姿に誰もが絶句していた。

「…助けないと……アイツを…」

京哉のフルートが太刀の形状に変形する。動揺を隠せない彼の瞳には彼女の姿しか映っていなかった。
 頭側のボディへとシェリーの入ったカプセルを取り込もうと動くワイヤーアームに斬りかかるものの、ノイズキャンセルによる見えない壁に阻まれる。

「キョウヤ!待て!」
「京哉君!君は素戔嗚尊スサノオノミコトを早く!」

仲間達が彼の肩を掴んでその場から引き離そうとする。

「聞き分けろ、キョウヤ!コイツにはもう普通の斬撃は効かない!わかってるだろ!」

ダルシャンの言葉に京哉は反論した。

「コイツごと攻撃しろって事ですか!?僕にシェリーまで殺せって!?」
「そうは言っていないだろ!状況を考えろ!」

 投げ飛ばされた京哉は、砂埃の舞う地面に転がる。カランと小さな音を立ててフルートが手から離れた。

 ズルズルと引き込まれていく卵。全体が胴体の中に入ってしまうと、切断面を覆うように無数のワイヤーアームが壁を作る。


…………………………………………………………………………………


 シェリーを取り入れた零式自鳴琴のボディからは不協和音に交じり彼女の歌声が聞こえ始めた。
 シエナの脳から指令を受けた壱式自鳴琴が紡ぐのは、京哉の誕生日に歌われていたAlles Gute zum Geburtstag。
 世界が終わろうと言う日に何と言う皮肉であろうか。



Viel Glück und viel Segen auf all Deinen Wegen 
…の生きる道の先に沢山の幸運と祝福が訪れますように



…………………………………………………………………………………



 拘束を振り払い、零式自鳴琴は上空に戻っていく。
 時刻は23時を回っていた。絶望的な状況に拍車がかかる。


「………終わりだ」


旋律師メロディストの1人が呟いた言葉に、面々は顔を伏せる。
 これだけ足掻いたというのに、全く勝ち筋は見えない。終わりゆく世界に抗い続けたものの、全く歯が立たなかった。
 人類は淘汰されるのだ。



 呆然と立ち尽くし、空を見上げた京哉。その背後から彼に声を掛けたのは、オーストラリア支部長の男であった。

「……こっちに来い」
「……え?」

短く告げて踵を返した彼の後に続いて辿り着いたのは、大きな瓦礫に囲まれた派手な柄のグランドピアノの前。

 地面に横たわる人影の近くに跪いた彼の隣に、まだ大己貴命オオナムチノミコトの影響でフラついている様子の麗慈が並んで座る。


「…託斗から第21楽章の祝福と災厄について聞いた」

静かに語り出した麗慈。

 安らかな夢の中で人類に世界の終わりを迎えさせる。強力な催眠効果は、災厄と因果を結んだ奏者の命を蝕む。

「零式自鳴琴の破壊…俺達が生き残る道はそれしか無かった。でも、無理そうだろ…もう。お前にシェリーは斬れない」
「………」
麗慈の言葉に、京哉は眉を顰めて足元に視線を落とした。


「…京哉。俺は最後まで諦めたくない。医者だから」

立ち尽くす京哉の方を見上げた麗慈は、次にオーストリア支部長の男と顔を合わせて頷き合う。


「俺は託斗を見殺しにしたくない。ムカつくけど命の恩人だ。だから今から因果を断ち切って蘇生処置をする」
「……災厄との因果を…」

顔を上げた京哉がボソリと呟いた。
 楽譜スコアの所有者でなくなれば、当然力は失われる。世界中で夢の中に居る人間達が目覚めるのだろう。

「構わねぇよな?どうせ死ぬんだ、全員」

医者故に目の前の命を諦められないと言いながらのその発言。ふざけているのかと手元を覗くが、彼は真剣そのものであった。
 横たえられた託斗。その口から溢れる血を初めて目の当たりにした京哉の瞳に動揺が浮かぶ。



…………………………………………………………………………………



「……お前に説教すんのはコイツの役目だったけどな、もう喋んのもしんどいだろうから俺が頼まれてやった。それでも響かなけりゃ、本当にこのまま死ぬのを待つだけって訳だ」

咳き込むたびに口元から溢れる血を脱いだ燕尾服の裾で拭い取った麗慈は、2本揃えた人差し指と中指を託斗の首筋に当てがう。
 眉を顰めて小さく溜め息をついた彼は、再び京哉の方に視線を移して静かに口を開いた。

「…何で俺達が目覚めたか、わかるか?京哉」

 京哉があの夢から覚めたのは、託斗から譲り受けた右目のおかげであった。真実を視る瞳。皆が持ち得ないものである。
 首を左右に振った京哉に、今度はオーストラリア支部長の男が語り掛けた。

「烏滸がましいだろ、幸せな夢の中で死ねるだなんて。社長の福利厚生だか何だか知らねェけどな……俺達にとっちゃ、心地悪くて仕方ねぇ」

託斗の胸元に彼の指先が差し込まれ、紫色に輝き出した。災厄との因果を断ち切る方法…顕現した呪いを奏者から引き摺り出し、因果の鎖を両断する事。

 苦しげに踠く髑髏しゃれこうべが姿を現す。

「呪いは契約だと、よくタクトは言っていたがな…俺はそうは思わねぇよ。呪いなんてのは人の心だろ?……音楽と同じだ。本来あるべき姿の…な」

燕尾服の胸ポケットから取り出したバタフライナイフが黒い鎖を砕く様に断ち切る。不協和音のような叫び声と共に光子になって消え失せる災厄。

 託斗の身体を預かった麗慈が、彼の背中をグランドピアノの脚にもたれ掛からせながらヴァイオリンを手に取った。

「託斗から聞いた。シェリーは今、天照大御神アマテラスオオミカミを持ってるらしい。お前が超絶技巧を使う時、アイツも命を燃やすと約束したそうだ。……そんな奴に皆を殺させるつもりか?お前は」








『キョウヤ!アタシも一緒に闘う!』




 同報無線のスピーカーから聞こえた彼女の声を、京哉は思い出していた。

 もう仲間を失いたくないと泣いていた彼女の心を、零式自鳴琴を破壊する為に自らの命を賭す事も厭わないと言った彼女の決意を、自分は全て無碍にして彼女に世界を終わらせるのか。



…………………………………………………………………………………


 光を失った東京の街、その上空にはかつて拝む事の叶わなかった満天の星々が広がっていた。白い息に混じって寒空に漂う巨大機械兵器の影。
 顎の奥に見える開口部からは白い光が漏れ出していた。発電機構が半分になったにも関わらず、零式自鳴琴は世界を焼き尽くす準備を着実に進めているのだろう。



「……お前も僕にシェリーを殺せって言うんだな」

フルートを握る手が震えていた。もし、京哉の素戔嗚尊スサノオノミコトが零式自鳴琴を破壊できれば、結果的にシェリーの命を直接奪ったのは彼という事になってしまうだろう。
 例え世界が救われたとしても、そこにシェリーはいない。その上、京哉は彼女を殺したという十字架を背負う事になる。


「そんな世界に……生きる意味なんて無いだろ…」


顎に挟んだヴァイオリンを一度離した麗慈は徐に立ち上がると、苦悩する京哉の正面に立った。そして、ドレスシャツを蝶ネクタイごと鷲掴みにすると、振りかぶった拳で京哉を殴り飛ばす。

 ドサッと地面に倒れた京哉に馬乗りになった麗慈は、再び襟首を掴んでその上体を引き上げ額がつくほどの位置で睨み付けた。


「シェリーを殺したくないから人類なんて滅んでも良いってか……」
「………」


 返す言葉もない。全くもってその通りだったのだ。


「……そうだな…今までも散々、楽団ギルドはお前にそうやって人を殺させてきた。ガキの頃からずっとだ。今更お前に泣きついてて助けてくれだなんて虫の良い話だわ」

手の力を緩めた麗慈は、諦めたように息を吐いて目を伏せた。

 10歳で旋律師メロディストになった京哉が組織からどのように扱われてきたのかを、麗慈はよく知っていた。
 そしてまた、彼の意思とは関係無しに彼を闘わせようとしている。

 京哉の上から体を退かした麗慈は、彼に背中を向けて託斗の方へと歩き始めた。

「……麗慈…」

夜空を見上げながら掛けられた京哉の声に、麗慈は彼の方を振り返る事なく立ち止まる。

「何だよ」

上体を起こした京哉は、短く返した背中に問い掛ける。

「何で僕なんだと思う…?」

何故、父親がその右目を託したのか。何故、自分が世界を変えなければならないのか。
 託斗とシエナが出会って始まったこの物語の後始末をするのが、何故自分なのか。

その答えを麗慈は知る由もなかった。

「…知らねぇよ、そんなの」

オーストラリア支部長の男の隣に戻った麗慈は、自分のヴァイオリンを拾い上げ左顎に挟みながら俯いて目を閉じた。そして、何か考え込む様子でじっと託斗を見据えた後、ゆっくりと弓を構える。

「世界の事なんて俺にもわからねぇけど……シェリーを救えるのなら、それはお前にしか出来ない事なんだろ」



…………………………………………………………………………………




 燕尾服についた砂を手で叩く京哉に声を掛けたのは、ミゲルであった。先程のやり取りをずっと見ていたようで、その口元には笑みを浮かべていた。

「醜態を晒したまま終わるのかとヒヤヒヤしたよ」
「……ウジウジして何が悪ィんだよ。悪いね、僕はアンタと違って人の心があるもんで」

フルートを構えた京哉は、再度素戔嗚尊スサノオノミコトの演奏を始める。隣に並んだミゲルは空中を周遊する零式自鳴琴に目を凝らしながら呟いた。

「人の心…ねぇ」

 全ての元凶は世界政府だった。しかし、零式自鳴琴を発動する原因を作り、制御を奪おうと鍵を盗んだのは彼ら異端カルトである。
 人の心が無いと言われればその通りであり、多くの罪のない人間を巻き込んで数え切れぬほどの犠牲を出してきた。
 世界が終わろうという時に自分のこれまでの行いを思い返したミゲルは自嘲する。

 今更何を考えている。そう思いながらも、彼は肩から下げていたバンジョーのネックに手を掛けていた。京哉の隣に並んだ時から、そうするべきだと脳は理解していたのかもしれない。

「…心外だな」

弦に指を掛けたミゲルは、無意識のうちにそう口走っていた。

「君一人に尻拭いをさせる大人の一人として、お節介はさせてもらうつもりだよ」


 バンジョーの弦が震え、京哉が足場にしていた巨大な瓦礫が宙に浮き始めた。いきなりの空中浮遊に驚きながらバランスを取る京哉は、演奏を続けながらミゲルの方に視線を移す。

「そんな顔するな。礼には及ばないよ」

今口がきけないのを良い事に勝手なことばかり言う彼に京哉は呆れ顔を見せた。
 想定外の助力、しかしこれで空中を浮かび続ける零式自鳴琴との距離を縮める事ができる。



 激しい横風に耐えながら、上空300メートル付近に到達した京哉。彼の周囲にも幾つかの瓦礫が浮遊している。
 京哉の接近を察知した金属の巨体は周遊を止め、その面を彼の方に向けた。大きな前顎をギシギシと開閉し、狙いを定めるように周囲を回り始める。
 不協和音と同時に聞こえるシェリーの歌声に変化はなく、やはりその意識は全て零式自鳴琴に奪われてしまっているようであった。


 最後の一音が寒空に溶け、京哉が前に出した右手の前に赤く光る天叢雲剣アメノムラクモノツルギが出現する。
 相変わらず腹の中を大蛇オロチがのたうち回る痛みに顔を歪めながら、京哉は剣を構えて大きく開いた前顎を睨み付けた。

 天叢雲剣アメノムラクモノツルギは必中の8本の刃である。8本目のツルギを使った時、その命を落とすと言われていた。



 縦一閃に放たれた赤い斬撃が夜空を駆けていく。零式自鳴琴は回避しようと体をくねらせるが、追撃した赤い一閃はその鋼鉄の鎧をバリバリと引き破りながら後方に駆け抜けていった。
 背側の外殻を失った機械兵器は、屋根を失った建造物のように内装が丸見えになる。頭から数えて3番目のユニットの中央に京哉が引き摺り込まれた際に見た、脳を格納する為の水槽が見えた。
 そして、その水槽のすぐ傍には鳥の巣のように絡み合ったワイヤーアームの中に囚われた蛍光色に光る卵状の巨大なカプセル…。


 2本目の剣を掴んだ京哉が再び構えようとした時、内部構造を剥き出しにした零式自鳴琴が猛スピードで彼の方に迫って来た。
 足場にしていた瓦礫に体当たりをされ、バランスを崩した京哉は空中に投げ出された。咄嗟に剣を振り下ろし、2回目の斬撃を飛ばすが、ボディの側面を僅かに削る程度のダメージしか与えられない。

「…攻撃が逸らされた……またノイズキャンセルか?」

空中で一回転しながら宙に浮かぶ別の瓦礫に着地した京哉。すぐ3本目を手に取って上段に構えた。
 その巨体に見合わぬ機敏な動きで切り返してきた機械兵器は、前顎を大きく広げて開口部を露わにした。眩く光り出した荷電粒子砲…瞬時に命の危機を感じた京哉が足場から飛び降りた直後に、眩い光線が地上に向かって放たれた。
 強烈な熱を背中に受けながら、落下地点に浮かび上がってきた瓦礫に着陸した京哉は深く抉られた地面に背筋を凍らせる。



…………………………………………………………………………………


 地上では旋律師メロディスト達が放たれた光線によって抉られた地面から凄まじい勢いで飛んできた瓦礫を回避すべく姿勢を低くして暴風に耐えていた。

「ッ…大丈夫か!?」
「何とかな!キョウヤは!?」

旋律師メロディスト達が見上げた先、遥か上空に浮かぶ大きな瓦礫の上に、夜でも映える白いスワロウテイルが旗めくのが見えた。

「無事だ!」
「それじゃあ続けるぞ!」

ミゲルの方を見やったダルシャンが、彼のOKサインを受けて周囲の男達に指示を出す。2人1組で瓦礫の傍に駆け寄り、声を揃えてそれを上空に放り投げた。
 ミゲルの重力を操作する能力により、質量を無視して高く飛び上がった瓦礫達は、次なる京哉の足場となる。

「今何本目だ?」
「3本目を使った所だ…畜生……やっぱりあの素戔嗚尊スサノオノミコトでも最初ほど削れなくなってやがる!」



 ノイズキャンセリングによって京哉の斬撃は尽く軌道を逸らされ、狙い通りの方向に飛んでいかない。
「またかよ…ッ!」
焦りを見せる京哉。あと4本のうちに決着を付けねばシェリーを解放してやることができない。
「集中しろ……集中…」
自分に言い聞かせながら、京哉は4本目の剣を手に取った。
 彼が攻撃体勢に入ったのを察知した零式自鳴琴は、優雅に旋回しながら前顎を大きく開いて突進して来た。ギリギリまで引きつけなければ攻撃を去なされてしまう。砲門が眩く光り輝き荷電粒子ビームが放たれようとする間際まで足場で堪えた京哉。
 寸前のところで零式のボディに飛び移り直撃を免れる。しかし、凄まじい熱線が至近距離で通過した事により体の背面が焼かれるような痛みを感じた。
 耐熱繊維でできた特殊仕様の燕尾服を通過する程の高熱…まともに浴びれば命どころか骨すら残らないかもしれない。

 京哉が飛び乗った事を感知した零式は、頭部を垂直に持ち上げて上昇し始める。
「これなら小細工できねェだろッ!」
振り落とそうと左右にボディを揺らされる中、剣をまだ熱の冷めない砲門にガキィンと直接突き立てた京哉は両手で柄を握り重力に任せて金属のボディを切り裂いていった。
 途中で剣が消失し、2節目までが真っ二つに裂けた状態になる。これで荷電粒子砲はもう使えまい。

 そして、支えを失った京哉は空中に投げ出される直前に3ユニット目に見えるシェリーの囚われた卵型のカプセルに巻き付いたアームの一本を左手で掴んだ。
「何寝てんだよシェリー!起きろッ!」
京哉は右手に現れた5本目の剣をアームが寄り集まっている部分に突き刺そうとするが、またもや見えない壁に遮られて弾き飛ばされると赤く光る天叢雲剣アメノムラクモノツルギは空中へと放り出されて消失してしまった。
 しがみ付いていた京哉の手足には先端の尖ったワイヤーアームが容赦無く次々と突き刺さり、カプセルから引き剥がそうとする。
 背中にも次々とアームが突き刺さり、激痛に歯を食いしばる京哉は自分の血で滑る手を握り締めてカプセルの表面をドンドン叩き始めた。
「何やってんだよメスガキ!絶壁性悪小娘ッ!世界が終わっちまうって時に何やってんだよ!」
強化ガラスを叩き続ける京哉の拳からも血が滲み出ていた。
 再度ガラスに叩き付けると思わせて振り上げた右手には6本目の剣。4ユニット目以降の発電機構に向かって放たれた牙突は次々とオルゴールを破壊していった。



…………………………………………………………………………………


 これでシェリー以外の自家発電構造を失った零式自鳴琴は自重に耐えきれなくなり徐々に降下し始める。上空500メートルから地上に直撃すれば、京哉もシェリーもタダでは済まない。
 今ならばノイズキャンセリングされずに攻撃が通るかもしれないと考えた京哉は、7本目の剣を構えてカプセルと本体とを繋げている接続部に突き立てた。やはり効いている。
 しかし、あと数センチという所で寄り集まったアームが背後から京哉の腹を貫いた。最後の抵抗と言わんばかりの攻撃。
 それでも剣を離さない京哉の体を、シールドの先端部から放電された電気が一瞬通過する。雷に撃たれたような衝撃と痛みで意識が遠退いていった。

 カプセルから引き剥がされた京哉。落下速度の違いで先に地面に吸い込まれていった零式自鳴琴を目で追う。痺れる体は思うように動かない。



  8本目がまだ残っている。まだこの距離ならば届く筈…。


 その最後の剣を使えば、京哉を蝕む素戔嗚尊スサノオノミコトの災厄は必ず彼の命を奪うだろう。
 
 しかし、そんな事は彼にとって今どうでもよかった。

 震える手で剣の柄を握った京哉は、ゆっくりと上段に構えた。





[84] de plus 完
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