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#085 Coda
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東京都・17歳女性「最後くらい気の利いた言葉掛けられないのかな?アイツらしいと言えばそうなんだけど…。これでお別れだと思うとアタシの方こそもっと沢山話しておきたい事あったなぁって結構後悔してるかも…」
…………………………………………………………………………………
【やっと気が付いたねェ】
頭に文字情報を直接流し込まれるような不快感に瞼を持ち上げた彼女は、頸に走る静電気のようなビリビリとした僅かな痛みに眉を顰める。
【貴女からはあの人の気配がするねェ…ああ、そうか。その大事に抱きかかえている白いものからかな?】
抱きかかえている?頭の中で反芻した言葉通り、シェリーの腕の中には超絶技巧の楽譜が存在していた。
そうだ。京哉と共に闘いたいと願って…振り返ろうとした時、視界が眩い光に包まれて何も見えなくなる。
【…もう、時間が無いんだね】
時間…?
【そう。大きな爆発でみんながいなくなっちゃう。全部が燃えて、無くなっちゃう】
爆発……?キョウヤは?みんなは?
【みんな、死んでしまうよ。みんなを消すために、私は生み出されてしまったんだから】
……駄目だよ、そんなの…絶対に……
彼女を包み込む光は一層強さを増していく。
【そうか……貴女は………】
………?
【わかった。一緒に救おう。まだ…まだ諦めないで良いんだよね、タクト……】
…アナタは一体………
…………………………………………………………………………………
地上で京哉を見守っていた旋律師達は歓喜した。不協和音が止まり、地面に吸い込まれていく零式自鳴琴に。
「京哉君……やったんだな…!」
疲弊し切った様子の巳継は巨大な瓦礫に体を預けながら、猛スピードで落下してくる金属塊を見上げていた。
その場にいた誰もが人類の勝利を確信していた。
「……ありゃ何だ……?」
ダルシャンの一言で、皆が一斉に空を見上げる。
突然光り輝き始めた零式のボディ。徐々にその光度は増していき、あまりの眩しさに目も開けられなくなる。
まるで地上に太陽が落下しようとするかの如く、熱を帯びた光の球体は轟音と風を纏って膨らみ始めた。
喜びは一瞬で掻き消された。そして、此れは世界を終わらせる光なのだと瞬時に察する。
「まずい!自爆するつもりだ…!」
「じ、自爆……」
「それじゃあもう……」
人類が築き上げて来た長い歴史が終わりを迎える。足掻きようの無い圧倒的な力、変えようの無い未来の姿。
間に合わなかった。
上空から同じ光景を見下ろしていた京哉は、熱風に晒されながら絶望に打ちひしがれる。
シェリーはまだあの中心にいるというのに。
あんなに近くにいたのに。
あと数センチで彼女を助けられたのに。
後悔と失意。手放された剣はサラサラと砂状の光となり風に舞って消えてしまった。
…………………………………………………………………………………
突如聴こえてきたヴォカリーズの旋律は、京哉にとって覚えのあるものであった。
隣に座っていたミーアが奏でていたのだから。
超絶技巧第1楽章天照大御神。太陽神にまつわる神話をモチーフにしたこの曲の完奏者が得られるのは全てを焼き尽くす劫火を操る力と言われていた。
シェリーは目覚めていたのだ。
そして、今まさに自爆しようとしている零式自鳴琴から皆を救う為に焔に包まれながら歌い続けているのだ。
シェリーの歌声から生まれた膨大な音エネルギーによって、機械兵器の浮遊機構が一時的に回復する。
ゆっくりと上昇を始めた焔の塊とすれ違い、猛スピードで落下していく京哉は必死に叫んでいた。
「待て!シェリー!シェリアーナッ!!……ッ何でお前が犠牲になんだよ!駄目だろそんなの!!」
彼の声などもう届かない位置まで鉄の体は上昇していた。呼び止める事すら叶わなかった。
人類が救済されたとて、シェリーのいない世界で一体どう生きろというのか。
離れていく彼女の方に伸ばし続けていた腕に、次第に力が入らなくなっていく。深手を負った京哉の命もまた、危険な状態に晒されていた。
重い瞼が視界を狭めていく中、京哉は夢の中で知ったもう一人のシェリーの存在を思い出していた。
病を治せる未来に賭ける為、コールドスリープされた13歳の少女。
都合の良い夢の中の話であった。現実とはあまりにも異なる点が多過ぎる。彼にとって居心地の悪い程平和な夢。
その中に見出された一筋の希望。
京哉はその希望に縋り、最後の力を振り絞って叫んだ。
「必ず…迎えに行くから!!一人になんてさせない!!」
…………………………………………………………………………………
高度70キロメートル。成層圏よりも高高度な中間圏の中を上昇していた零式自鳴琴の全てのパーツが燃え尽きてしまった。
最後まで燃え残ったのは、何故かシェリーの手首にはめられていた蝶をモチーフにしたデザインのブレスレットであった。
先に死んでいった仲間達と共に、全員で最後に笑い合った一夜。そこでシェリーが受け取ったのが、京哉が作ったという蝶のブレスレット。
炎を纏った羽が風に靡き、まるで生きた蝶の様に羽ばたく。
必ず迎えに行く。京哉の言葉を受けた蝶の羽は美しく光り輝きながら夜空に消えていった。
…………………………………………………………………………………
猛スピードで落下してきた京哉の身体は羽が生えた様に、突然ふわりと宙に浮かんだ。
振動し続ける弦。京哉の闘いをサポートする為、只管にバンジョーを掻き鳴らしていたミゲルの爪は剥がれ、血が流れ出ていた。
地上で待っていた旋律師達が京哉の落下地点に集まり、彼の身体を受け止める。
意識は無く、出血が酷かった。すぐに治療を受けなければ命は無いだろう。誰の目にもその状態は最悪であると判断がつく状況。
「……レイジは…?」
「先程右神先生の処置を終えたばかりで……奴は災厄の影響で睡魔に…」
唇を強く噛みながら答えた巳継。麗慈以外に目の前の京哉を助けられる人間はいない。
地上で見守る事しかできなかった自分は、身を粉にして最後まで戦い抜いた仲間に対して結局何もできないのか。
京哉の体から流れ出る血で自らの燕尾服がジワジワと赤く染まっていく。
なす術の無い状況に、全員が俯いて悲痛の表情を浮かべていた。
「そこに寝かせてください」
ヴァイオリンを片手にやってきた麗慈が声を掛けると、京哉の周囲を囲んでいた旋律師達は皆驚き、彼の方へと慌てて向き直る。
「…若乃宮……お前、何故……」
巳継が唖然としながら尋ねる。地面に横たえられた血だらけの京哉の燕尾服のボタンを開いた麗慈は、「さぁな」と短く返す。
彼はこの短時間にすでに京哉と託斗に対して1度ずつ超絶技巧を使用している。大己貴命の災厄を考慮すれば、日に何度も使用できるものではない筈であった。
「さぁな…って……」
「…20時間以上眠り続けてたからな。最初はそのせいだと思ってた。ただ…あの夢を見る前と見た後では、自分の中で何かが変わった…気がする」
それだけ告げると、麗慈はヴァイオリンを左顎に挟んで弓を構える。
…………………………………………………………………………………
横田空域を出た一機の軍用偵察機。両翼に星条旗の映えるアイスグレーの機体が高度を下げ始めたのは、その眼下に変わり果てた東京の街並みが見えた頃であった。
日本にて高エネルギー反応を確認したアメリカ国防省の命を受けた在日米軍所属の隊員たち。
約24時間という長過ぎる夢の中から目覚めた世界に、極東の島国で由々しき事態が発生していると知れ渡るまでかなりの時間を要した。
日本の現状を把握する…それが彼らの使命であった。
全身防護服を身に纏い、曇る視界の中で確認できたのはニュー千代田区画を除き見渡す限り瓦礫と化した東京22区。あまりの惨状に彼等は言葉を失っていた。
「…大量破壊兵器使用の可能性。放射線量は?」
「いずれも基準値以下です。空中の有毒ガス濃度も…問題無いようです」
どうやら核ではなさそうだと、隊員たちの表情の強張りが若干弱まる。
「一昨日から日本政府と連絡が取れないらしい。友好関係が始まって以来前代未聞の事態だそうだ」
「前代未聞の事態は昨日今日に始まった事じゃないだろう…自国民の掃討とは正気の沙汰じゃねェ」
日本政府による東京都掃討作戦の開始以降、駐留部隊員には施設外への移動が許可されていなかった。
かつての世界に誇る治安の良さは何処へいってしまったのか。本国では時折発令されていた外出禁止令を、まさかこの国で受ける事になるとは…。
一通りの偵察と本部への連絡を終え、帰路に着こうという時であった。
背の高いビルが破壊され尽くした朝焼けの街にサイレンの音が響き渡る。
ニュー千代田区画から橋を渡って飛び出してきた警察車両の数々は、旧港区の虎ノ門ヒルズ跡地へ向かっていた。
「警察車両があんなに…」
「見ろ…!あの白装束は……」
偵察機下面に取り付けられたカメラの映像を確認したコックピットの隊員達は、瓦礫の街で警官隊と交戦する[[rb:旋律師 > メロディスト]]達を目撃した。
「隊長……!」
「楽団……あれ程の人数が何故日本に…?」
裏社会を暗躍するエージェント達が一堂に会する程の緊急事態が起こっているというのか。
事態把握の為に偵察を続けていた機体に、一本の連絡が入る。それは、アメリカ本土…ワシントンD.C.からであった。
『オーストリア政府より、日本に滞在するオーストリア国民の保護要請。音楽否定派国家による大量破壊兵器の使用を確認。国際法違反により、本土への着陸を一時的に許可する』
ヘッドホンからの司令に隊員達は動揺を隠せなかった。
しかし、眼下の東京の街の惨状を目の当たりにすれば、大量破壊兵器の使用という文脈も自然と納得できてしまった。
「そういう訳だ。降下するぞ、遅れずついてこいよ」
パイロットが口元のマイクに話し掛けながら操縦桿を倒すと、すぐ後方を飛行していた輸送機が続いて降下を始める。
…………………………………………………………………………………
警察車両から続々と飛び出してきた機動隊員達がシールドを構えた状態で一列に道を塞ぎ、遅れて到着した隊員がその後ろで自動小銃を構える。
「両手を上げて地面に伏せろ!」
小銃の睨み付ける先には旋律師達が臨戦体勢で構えていた。
「旋律師は即刻処刑だ!撃て!」
ひんやりと身に染みる朝の空気をバリバリと震わせる拡声器の音に眉を顰めたダルシャンの背中からマオが飛び出した。
軽業師のように軽快な身のこなしで飛び上がった彼女は、肉の壁を軽々と飛び越えて機動隊員の1人の背中に飛び乗った。そして、手刀でヘルメットのゴーグルを割ると目の痛みにのたうち回る隊員の持つ小銃の引き金に指を掛けた。
四方八方に放たれる鉛玉にパニック状態になった肉の壁はたちまち崩壊し、左右に別れた人集りの合間を縫って旋律師達が一斉に駆け抜けて行く。
「これからどうすんだ!?オーストリアに帰る手立ても無ェだろ?」
「諸々は警察を撒いてからだ!」
瓦礫に両サイドを囲まれた幹線道路の跡を真っ直ぐに進む彼らの目の前に見える交差点。行手を遮る様に次々に滑り込んで来たパトカーが今度は鉄の壁を成す。
そして、後方からも先程散った機動隊員達に追いつかれて両側から挟み込まれてしまった。
「くっ…やるか?」
「仕方ないな…こんな所で体力使いたくなかったけど」
楽器を納めたジュラルミンケースに手を掛けたロシア支部長の男は、ふと頭上から迫って来た大きな影とプロペラ音に顔を上げて確認する。
アイスグレーの偵察機が通り過ぎた直後二つの大きなプロペラのついた輸送機が、追いかけてきた機動隊員と旋律師達の間に着陸する。
強烈なダウンウォッシュによって捲き上る砂煙に目を細めた面々。開いたままのキャビンドアから飛び出した3人の米兵の姿に、警察官達が戸惑いの表情を見せて銃口を引っ込める。
「ヨコタエアベース、第374空輸航空団司令部所属のカーソンズ偵察隊です。オーストリア政府からの要請で、あなた方の身柄を保護させていただきます」
踵を揃えてビシッと敬礼した兵士の言葉に、巳継は目を見開いた。
「オーストリア政府…!?でも、楽団はもう…」
輸送機に乗り込むように誘導してくる米兵達の様子に、訝しげな表情で顔を見合わせる旋律師達。
「ロジャーからの最後の福利厚生ってヤツじゃない?」
戸惑う彼らにそう告げたのは、京哉を背負ったオーストラリア支部長の隣に立つ託斗であった。
「せ、先生…!もう大丈夫なんですか…?」
巳継が身を乗り出して尋ねると、託斗はケラケラと楽しげに笑いながらフラッと仰向けに倒れていく。地面に後頭部を打つ寸前の所でその腕を掴んで肩を組んだ麗慈は、呆れ返った表情で愚痴を溢していた。
「大丈夫な訳あるかよ。……おい、ちょっと良いかアンタ」
託斗を担いだまま米兵に英語で話しかけた麗慈。
「オーストリア政府からの要請と聞いたが…俺達がアンタらを信用できる情報は他に無いのか?」
彼の問いかけに、米兵はそちらに向き直って敬礼した。
「はい。ハワード・J・ジェザリック外務大臣が仲介人だと聞き及んでおります」
ジェザリックは京哉のスポンサーであり、楽団の人間を損なうような真似はしないであろう。
…………………………………………………………………………………
輸送機に乗り込んでいく旋律師達の様子を遠くで見ている事しか出来なかった警察官達。
日本国内で訓練空域外での飛行や所定の離発着場以外での着陸行為は許されていなかった筈である。
後から到着したパトカーから降りて来た警視正の男が、おずおずと動けずに立ち竦んでいる警察官達を掻き分けて輸送機の方に向かって叫んだ。
「止まれ!これは重要な規約違反だ!日本の領土内で勝手な行動は許さん!」
拳銃を構えた彼の姿を見て、怯んでいた警察官達や機動隊員達も再び銃口を輸送機の方に向けた。日本語が通じていないのか、米兵達は取り合う様子を見せない。
額に汗を滲ませながら睨み付けている警視正の手は震えている。此処で手を間違えれば、国際問題に発展しかねない。
嫌な緊張感に苛まれながら息を荒げる彼の制服の胸ポケットで震えていた携帯電話。こんな時に一体誰だと恨み言を言いながら通話ボタンを押した男は、受話器から聞こえてきた声に耳を疑った。
『…零式自鳴琴の起動を国連に嗅ぎつけられたそうだ。約束破りは日本の方という訳だ。……そんな奴等は勝手にさせろ。半日もすれば俺達も身動き取れなくなっちまうだろうしな…』
ツーツーと単調な電子音がスピーカーから漏れ出る携帯端末を持った左手が、ブランと力無く体側に垂れる。続いて拳銃を構えていた右腕も徐々に下げられていった。
国際法で定められていた大量破壊兵器の使用という武力行使の禁止や、都民掃討作戦という名の虐殺を横行した人道に対する罪を犯した日本には、今後国連による強制調査が入り国際社会からの批判や制裁を受ける事になるだろう。
音楽否定派国家に隠されていた音エネルギーによる終末兵器の存在は、その後世界各国の政府機関の知る所となった。首謀国家である日本はその大量破壊兵器の存在を隠秘した責任を問われることになる。
そして日本と共謀してその終末兵器の起動に大きく関与した異端は、重要犯罪組織として解散命令を出されると共に所属していた幹部クラスの人間全員が国際指名手配されることとなった。
しかし、一連の犯罪行為について纏められた調査結果の何処にも国際政府の責任を問う文言は書き記されていなかったという。
…………………………………………………………………………………
薄い緑色の囚人服を纏った男が一人、陽の光の入らない独房の中でただ静かに座っていた。
ジョシュア・アンドレアス。ミゲルと名乗っていた男は、国連職員が日本に到着後すぐ意外にも自ら出頭していた。
彼が捕えられているのは、アメリカ合衆国コロラド州にある連邦刑務所。レベル5のADXフローレンス刑務所の最地下は、懲役200年を超える極悪な囚人が収容されているフロアだった。
床を靴の底で鳴らしながら近付いてきた看守の男が、ジョシュアの官房の前で立ち止まる。
「面会だ」
静かに告げられた後、ゆっくりと独房の中に光が差し込んでいく。
座ったままの彼に、看守は再度話しかけた。
「面会だ」
すると、フゥと面倒臭そうにため息を吐いたジョシュアが言葉を返した。
「このフロアにぶち込まれた人間に会いに来る物好きが存在したとはね…」
そして徐に立ち上がり、コンクリートの床をひたひたと裸足で進む。
開錠の音がガコンと響き鉄製の重たい扉が開かれると、面会室から漏れ出る眩い照明に一瞬目をくらませたジョシュア。
眉間に寄せた皺と共に強く瞑った瞼に入れた力を徐々に緩めていくと、鉄格子と分厚いアクリル板の向こう側に見覚えのある男が待ち構えていた。
「……これはこれは、ミスター・ウガミ…」
ご機嫌な表情で手を振る託斗。彼にしては珍しく黒いスーツを纏い黒いネクタイまで締めていた。
正面の丸椅子に座り、面会時間が始まる。何の要件だ、と聞いてやる義理もない。訝しげな表情を見せるジョシュアのそんな心の内はお見通しのようで、早速嫌味を投げ付けた託斗。
「やあ、元気そうで残念だよ。あと200年の監獄生活、頑張ってくださーい」
「……相変わらずよく口の回る奴だ」
呆れ返るジョシュアの正面で頬杖をついた託斗は、ニヤニヤと笑いながら本題を切り出した。
「僕ね、社長になったんだよね。楽団の。あー、全然前みたいな大規模な組織じゃないよ。今はオーストリアで小さいオーケストラ抱えて国内巡業してる」
聞いてもいない事をペラペラと話し続ける託斗に、ジョシュアは肩を竦めた。
ロジャーから楽団を受け継いだ託斗は、社長として引き続き世界中から集まる依頼を所属する旋律師達に割り振って解決させるビジネスを続けていたのだ。
「それは意外だな。人の上に立つなんて君の苦手とする所のように思えたが…」
「まーね!…ただ、やっぱり必要なんだよな…僕らみたいな人間の受け皿っていうのは。世界には裏社会の人間にしか手を出せない理不尽ってヤツが溢れかえってるからさ」
託斗が楽団でのビジネスを続けている理由を聞き、ジョシュアはかつて仲間集めをしていた時の自分の姿を思い出した。
「……何故だろうな…異端と楽団……本質は同じであった筈なのに、何故結果がここまで違ったのかな。何処で道を誤った?」
…………………………………………………………………………………
異端という組織はこれまでに様々な音楽否定派国家と手を組んで反政府運動を繰り返す民衆を押さえ付け、多くの命を奪ってきた。そして楽団もまた、依頼の内容に応じて多くの命を奪って来た。
日本を取り巻く今回の大事件に関しても、異端は政府と手を組んで弐式自鳴琴を作り出し国民掃討を大きく推し進めた。楽団は零式自鳴琴の機動電源を提供した。両者とも深く関与していた筈なのに、楽団は何の罪にも問われていない。
2つの組織の評価を分つ理由は明確であった。
この件に関して、楽団と世界政府は深い関係にあったと言う事。
世界政府が零式自鳴琴に関わった全ての関係性を揉み消していくに当たり、楽団という組織の存在もこれまで通り闇の中に隠し続ける必要があったのだ。
その本日は元世界政府職員であったジョシュアであれば身に染みて理解していた筈。
敢えてその質問を投げ掛けているのだと悟った託斗は、今度はこちらが肩を竦めて見せた。
「……さぁね。さっぱりわからないよ」
面会時間終了のベルが鳴り、後方の椅子に腰掛けていた看守がジョシュアを丸椅子から立たせる。
「また気が向いたら会いにくるよ。独房生活なんて息が詰まるだろ?」
「…ああ、本当に気が向いた時だけにしてくれ。こちらは君の顔を見ても息が詰まりそうなものでね」
お互いに嫌味を言い合って背を向ける。ジョシュアが金属の扉の向こう側に消えようとする間際、踵を返した託斗は最後に彼の背中に言葉を投げ掛けた。
「息子の事はありがとう。結果的にアンタも世界を救う手助けになってたと思うよ」
振り向かずに鼻で笑ったジョシュア。その表情は穏やかであった。
「気休めでも嬉しいモンだな。どういたしまして、とキョウヤ君にお伝えください」
ガシャンと大きな金属音が鳴って、面会室には再び静寂が訪れる。
パイプ椅子から立ち上がった託斗は、壁に掛けられていた時計に視線を移した。もうじき約束の時間である。遅刻の良い言い訳を考えながら彼が向かったのは、ある男との待ち合わせ場所であった。
[85] Coda 完
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【やっと気が付いたねェ】
頭に文字情報を直接流し込まれるような不快感に瞼を持ち上げた彼女は、頸に走る静電気のようなビリビリとした僅かな痛みに眉を顰める。
【貴女からはあの人の気配がするねェ…ああ、そうか。その大事に抱きかかえている白いものからかな?】
抱きかかえている?頭の中で反芻した言葉通り、シェリーの腕の中には超絶技巧の楽譜が存在していた。
そうだ。京哉と共に闘いたいと願って…振り返ろうとした時、視界が眩い光に包まれて何も見えなくなる。
【…もう、時間が無いんだね】
時間…?
【そう。大きな爆発でみんながいなくなっちゃう。全部が燃えて、無くなっちゃう】
爆発……?キョウヤは?みんなは?
【みんな、死んでしまうよ。みんなを消すために、私は生み出されてしまったんだから】
……駄目だよ、そんなの…絶対に……
彼女を包み込む光は一層強さを増していく。
【そうか……貴女は………】
………?
【わかった。一緒に救おう。まだ…まだ諦めないで良いんだよね、タクト……】
…アナタは一体………
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地上で京哉を見守っていた旋律師達は歓喜した。不協和音が止まり、地面に吸い込まれていく零式自鳴琴に。
「京哉君……やったんだな…!」
疲弊し切った様子の巳継は巨大な瓦礫に体を預けながら、猛スピードで落下してくる金属塊を見上げていた。
その場にいた誰もが人類の勝利を確信していた。
「……ありゃ何だ……?」
ダルシャンの一言で、皆が一斉に空を見上げる。
突然光り輝き始めた零式のボディ。徐々にその光度は増していき、あまりの眩しさに目も開けられなくなる。
まるで地上に太陽が落下しようとするかの如く、熱を帯びた光の球体は轟音と風を纏って膨らみ始めた。
喜びは一瞬で掻き消された。そして、此れは世界を終わらせる光なのだと瞬時に察する。
「まずい!自爆するつもりだ…!」
「じ、自爆……」
「それじゃあもう……」
人類が築き上げて来た長い歴史が終わりを迎える。足掻きようの無い圧倒的な力、変えようの無い未来の姿。
間に合わなかった。
上空から同じ光景を見下ろしていた京哉は、熱風に晒されながら絶望に打ちひしがれる。
シェリーはまだあの中心にいるというのに。
あんなに近くにいたのに。
あと数センチで彼女を助けられたのに。
後悔と失意。手放された剣はサラサラと砂状の光となり風に舞って消えてしまった。
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突如聴こえてきたヴォカリーズの旋律は、京哉にとって覚えのあるものであった。
隣に座っていたミーアが奏でていたのだから。
超絶技巧第1楽章天照大御神。太陽神にまつわる神話をモチーフにしたこの曲の完奏者が得られるのは全てを焼き尽くす劫火を操る力と言われていた。
シェリーは目覚めていたのだ。
そして、今まさに自爆しようとしている零式自鳴琴から皆を救う為に焔に包まれながら歌い続けているのだ。
シェリーの歌声から生まれた膨大な音エネルギーによって、機械兵器の浮遊機構が一時的に回復する。
ゆっくりと上昇を始めた焔の塊とすれ違い、猛スピードで落下していく京哉は必死に叫んでいた。
「待て!シェリー!シェリアーナッ!!……ッ何でお前が犠牲になんだよ!駄目だろそんなの!!」
彼の声などもう届かない位置まで鉄の体は上昇していた。呼び止める事すら叶わなかった。
人類が救済されたとて、シェリーのいない世界で一体どう生きろというのか。
離れていく彼女の方に伸ばし続けていた腕に、次第に力が入らなくなっていく。深手を負った京哉の命もまた、危険な状態に晒されていた。
重い瞼が視界を狭めていく中、京哉は夢の中で知ったもう一人のシェリーの存在を思い出していた。
病を治せる未来に賭ける為、コールドスリープされた13歳の少女。
都合の良い夢の中の話であった。現実とはあまりにも異なる点が多過ぎる。彼にとって居心地の悪い程平和な夢。
その中に見出された一筋の希望。
京哉はその希望に縋り、最後の力を振り絞って叫んだ。
「必ず…迎えに行くから!!一人になんてさせない!!」
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高度70キロメートル。成層圏よりも高高度な中間圏の中を上昇していた零式自鳴琴の全てのパーツが燃え尽きてしまった。
最後まで燃え残ったのは、何故かシェリーの手首にはめられていた蝶をモチーフにしたデザインのブレスレットであった。
先に死んでいった仲間達と共に、全員で最後に笑い合った一夜。そこでシェリーが受け取ったのが、京哉が作ったという蝶のブレスレット。
炎を纏った羽が風に靡き、まるで生きた蝶の様に羽ばたく。
必ず迎えに行く。京哉の言葉を受けた蝶の羽は美しく光り輝きながら夜空に消えていった。
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猛スピードで落下してきた京哉の身体は羽が生えた様に、突然ふわりと宙に浮かんだ。
振動し続ける弦。京哉の闘いをサポートする為、只管にバンジョーを掻き鳴らしていたミゲルの爪は剥がれ、血が流れ出ていた。
地上で待っていた旋律師達が京哉の落下地点に集まり、彼の身体を受け止める。
意識は無く、出血が酷かった。すぐに治療を受けなければ命は無いだろう。誰の目にもその状態は最悪であると判断がつく状況。
「……レイジは…?」
「先程右神先生の処置を終えたばかりで……奴は災厄の影響で睡魔に…」
唇を強く噛みながら答えた巳継。麗慈以外に目の前の京哉を助けられる人間はいない。
地上で見守る事しかできなかった自分は、身を粉にして最後まで戦い抜いた仲間に対して結局何もできないのか。
京哉の体から流れ出る血で自らの燕尾服がジワジワと赤く染まっていく。
なす術の無い状況に、全員が俯いて悲痛の表情を浮かべていた。
「そこに寝かせてください」
ヴァイオリンを片手にやってきた麗慈が声を掛けると、京哉の周囲を囲んでいた旋律師達は皆驚き、彼の方へと慌てて向き直る。
「…若乃宮……お前、何故……」
巳継が唖然としながら尋ねる。地面に横たえられた血だらけの京哉の燕尾服のボタンを開いた麗慈は、「さぁな」と短く返す。
彼はこの短時間にすでに京哉と託斗に対して1度ずつ超絶技巧を使用している。大己貴命の災厄を考慮すれば、日に何度も使用できるものではない筈であった。
「さぁな…って……」
「…20時間以上眠り続けてたからな。最初はそのせいだと思ってた。ただ…あの夢を見る前と見た後では、自分の中で何かが変わった…気がする」
それだけ告げると、麗慈はヴァイオリンを左顎に挟んで弓を構える。
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横田空域を出た一機の軍用偵察機。両翼に星条旗の映えるアイスグレーの機体が高度を下げ始めたのは、その眼下に変わり果てた東京の街並みが見えた頃であった。
日本にて高エネルギー反応を確認したアメリカ国防省の命を受けた在日米軍所属の隊員たち。
約24時間という長過ぎる夢の中から目覚めた世界に、極東の島国で由々しき事態が発生していると知れ渡るまでかなりの時間を要した。
日本の現状を把握する…それが彼らの使命であった。
全身防護服を身に纏い、曇る視界の中で確認できたのはニュー千代田区画を除き見渡す限り瓦礫と化した東京22区。あまりの惨状に彼等は言葉を失っていた。
「…大量破壊兵器使用の可能性。放射線量は?」
「いずれも基準値以下です。空中の有毒ガス濃度も…問題無いようです」
どうやら核ではなさそうだと、隊員たちの表情の強張りが若干弱まる。
「一昨日から日本政府と連絡が取れないらしい。友好関係が始まって以来前代未聞の事態だそうだ」
「前代未聞の事態は昨日今日に始まった事じゃないだろう…自国民の掃討とは正気の沙汰じゃねェ」
日本政府による東京都掃討作戦の開始以降、駐留部隊員には施設外への移動が許可されていなかった。
かつての世界に誇る治安の良さは何処へいってしまったのか。本国では時折発令されていた外出禁止令を、まさかこの国で受ける事になるとは…。
一通りの偵察と本部への連絡を終え、帰路に着こうという時であった。
背の高いビルが破壊され尽くした朝焼けの街にサイレンの音が響き渡る。
ニュー千代田区画から橋を渡って飛び出してきた警察車両の数々は、旧港区の虎ノ門ヒルズ跡地へ向かっていた。
「警察車両があんなに…」
「見ろ…!あの白装束は……」
偵察機下面に取り付けられたカメラの映像を確認したコックピットの隊員達は、瓦礫の街で警官隊と交戦する[[rb:旋律師 > メロディスト]]達を目撃した。
「隊長……!」
「楽団……あれ程の人数が何故日本に…?」
裏社会を暗躍するエージェント達が一堂に会する程の緊急事態が起こっているというのか。
事態把握の為に偵察を続けていた機体に、一本の連絡が入る。それは、アメリカ本土…ワシントンD.C.からであった。
『オーストリア政府より、日本に滞在するオーストリア国民の保護要請。音楽否定派国家による大量破壊兵器の使用を確認。国際法違反により、本土への着陸を一時的に許可する』
ヘッドホンからの司令に隊員達は動揺を隠せなかった。
しかし、眼下の東京の街の惨状を目の当たりにすれば、大量破壊兵器の使用という文脈も自然と納得できてしまった。
「そういう訳だ。降下するぞ、遅れずついてこいよ」
パイロットが口元のマイクに話し掛けながら操縦桿を倒すと、すぐ後方を飛行していた輸送機が続いて降下を始める。
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警察車両から続々と飛び出してきた機動隊員達がシールドを構えた状態で一列に道を塞ぎ、遅れて到着した隊員がその後ろで自動小銃を構える。
「両手を上げて地面に伏せろ!」
小銃の睨み付ける先には旋律師達が臨戦体勢で構えていた。
「旋律師は即刻処刑だ!撃て!」
ひんやりと身に染みる朝の空気をバリバリと震わせる拡声器の音に眉を顰めたダルシャンの背中からマオが飛び出した。
軽業師のように軽快な身のこなしで飛び上がった彼女は、肉の壁を軽々と飛び越えて機動隊員の1人の背中に飛び乗った。そして、手刀でヘルメットのゴーグルを割ると目の痛みにのたうち回る隊員の持つ小銃の引き金に指を掛けた。
四方八方に放たれる鉛玉にパニック状態になった肉の壁はたちまち崩壊し、左右に別れた人集りの合間を縫って旋律師達が一斉に駆け抜けて行く。
「これからどうすんだ!?オーストリアに帰る手立ても無ェだろ?」
「諸々は警察を撒いてからだ!」
瓦礫に両サイドを囲まれた幹線道路の跡を真っ直ぐに進む彼らの目の前に見える交差点。行手を遮る様に次々に滑り込んで来たパトカーが今度は鉄の壁を成す。
そして、後方からも先程散った機動隊員達に追いつかれて両側から挟み込まれてしまった。
「くっ…やるか?」
「仕方ないな…こんな所で体力使いたくなかったけど」
楽器を納めたジュラルミンケースに手を掛けたロシア支部長の男は、ふと頭上から迫って来た大きな影とプロペラ音に顔を上げて確認する。
アイスグレーの偵察機が通り過ぎた直後二つの大きなプロペラのついた輸送機が、追いかけてきた機動隊員と旋律師達の間に着陸する。
強烈なダウンウォッシュによって捲き上る砂煙に目を細めた面々。開いたままのキャビンドアから飛び出した3人の米兵の姿に、警察官達が戸惑いの表情を見せて銃口を引っ込める。
「ヨコタエアベース、第374空輸航空団司令部所属のカーソンズ偵察隊です。オーストリア政府からの要請で、あなた方の身柄を保護させていただきます」
踵を揃えてビシッと敬礼した兵士の言葉に、巳継は目を見開いた。
「オーストリア政府…!?でも、楽団はもう…」
輸送機に乗り込むように誘導してくる米兵達の様子に、訝しげな表情で顔を見合わせる旋律師達。
「ロジャーからの最後の福利厚生ってヤツじゃない?」
戸惑う彼らにそう告げたのは、京哉を背負ったオーストラリア支部長の隣に立つ託斗であった。
「せ、先生…!もう大丈夫なんですか…?」
巳継が身を乗り出して尋ねると、託斗はケラケラと楽しげに笑いながらフラッと仰向けに倒れていく。地面に後頭部を打つ寸前の所でその腕を掴んで肩を組んだ麗慈は、呆れ返った表情で愚痴を溢していた。
「大丈夫な訳あるかよ。……おい、ちょっと良いかアンタ」
託斗を担いだまま米兵に英語で話しかけた麗慈。
「オーストリア政府からの要請と聞いたが…俺達がアンタらを信用できる情報は他に無いのか?」
彼の問いかけに、米兵はそちらに向き直って敬礼した。
「はい。ハワード・J・ジェザリック外務大臣が仲介人だと聞き及んでおります」
ジェザリックは京哉のスポンサーであり、楽団の人間を損なうような真似はしないであろう。
…………………………………………………………………………………
輸送機に乗り込んでいく旋律師達の様子を遠くで見ている事しか出来なかった警察官達。
日本国内で訓練空域外での飛行や所定の離発着場以外での着陸行為は許されていなかった筈である。
後から到着したパトカーから降りて来た警視正の男が、おずおずと動けずに立ち竦んでいる警察官達を掻き分けて輸送機の方に向かって叫んだ。
「止まれ!これは重要な規約違反だ!日本の領土内で勝手な行動は許さん!」
拳銃を構えた彼の姿を見て、怯んでいた警察官達や機動隊員達も再び銃口を輸送機の方に向けた。日本語が通じていないのか、米兵達は取り合う様子を見せない。
額に汗を滲ませながら睨み付けている警視正の手は震えている。此処で手を間違えれば、国際問題に発展しかねない。
嫌な緊張感に苛まれながら息を荒げる彼の制服の胸ポケットで震えていた携帯電話。こんな時に一体誰だと恨み言を言いながら通話ボタンを押した男は、受話器から聞こえてきた声に耳を疑った。
『…零式自鳴琴の起動を国連に嗅ぎつけられたそうだ。約束破りは日本の方という訳だ。……そんな奴等は勝手にさせろ。半日もすれば俺達も身動き取れなくなっちまうだろうしな…』
ツーツーと単調な電子音がスピーカーから漏れ出る携帯端末を持った左手が、ブランと力無く体側に垂れる。続いて拳銃を構えていた右腕も徐々に下げられていった。
国際法で定められていた大量破壊兵器の使用という武力行使の禁止や、都民掃討作戦という名の虐殺を横行した人道に対する罪を犯した日本には、今後国連による強制調査が入り国際社会からの批判や制裁を受ける事になるだろう。
音楽否定派国家に隠されていた音エネルギーによる終末兵器の存在は、その後世界各国の政府機関の知る所となった。首謀国家である日本はその大量破壊兵器の存在を隠秘した責任を問われることになる。
そして日本と共謀してその終末兵器の起動に大きく関与した異端は、重要犯罪組織として解散命令を出されると共に所属していた幹部クラスの人間全員が国際指名手配されることとなった。
しかし、一連の犯罪行為について纏められた調査結果の何処にも国際政府の責任を問う文言は書き記されていなかったという。
…………………………………………………………………………………
薄い緑色の囚人服を纏った男が一人、陽の光の入らない独房の中でただ静かに座っていた。
ジョシュア・アンドレアス。ミゲルと名乗っていた男は、国連職員が日本に到着後すぐ意外にも自ら出頭していた。
彼が捕えられているのは、アメリカ合衆国コロラド州にある連邦刑務所。レベル5のADXフローレンス刑務所の最地下は、懲役200年を超える極悪な囚人が収容されているフロアだった。
床を靴の底で鳴らしながら近付いてきた看守の男が、ジョシュアの官房の前で立ち止まる。
「面会だ」
静かに告げられた後、ゆっくりと独房の中に光が差し込んでいく。
座ったままの彼に、看守は再度話しかけた。
「面会だ」
すると、フゥと面倒臭そうにため息を吐いたジョシュアが言葉を返した。
「このフロアにぶち込まれた人間に会いに来る物好きが存在したとはね…」
そして徐に立ち上がり、コンクリートの床をひたひたと裸足で進む。
開錠の音がガコンと響き鉄製の重たい扉が開かれると、面会室から漏れ出る眩い照明に一瞬目をくらませたジョシュア。
眉間に寄せた皺と共に強く瞑った瞼に入れた力を徐々に緩めていくと、鉄格子と分厚いアクリル板の向こう側に見覚えのある男が待ち構えていた。
「……これはこれは、ミスター・ウガミ…」
ご機嫌な表情で手を振る託斗。彼にしては珍しく黒いスーツを纏い黒いネクタイまで締めていた。
正面の丸椅子に座り、面会時間が始まる。何の要件だ、と聞いてやる義理もない。訝しげな表情を見せるジョシュアのそんな心の内はお見通しのようで、早速嫌味を投げ付けた託斗。
「やあ、元気そうで残念だよ。あと200年の監獄生活、頑張ってくださーい」
「……相変わらずよく口の回る奴だ」
呆れ返るジョシュアの正面で頬杖をついた託斗は、ニヤニヤと笑いながら本題を切り出した。
「僕ね、社長になったんだよね。楽団の。あー、全然前みたいな大規模な組織じゃないよ。今はオーストリアで小さいオーケストラ抱えて国内巡業してる」
聞いてもいない事をペラペラと話し続ける託斗に、ジョシュアは肩を竦めた。
ロジャーから楽団を受け継いだ託斗は、社長として引き続き世界中から集まる依頼を所属する旋律師達に割り振って解決させるビジネスを続けていたのだ。
「それは意外だな。人の上に立つなんて君の苦手とする所のように思えたが…」
「まーね!…ただ、やっぱり必要なんだよな…僕らみたいな人間の受け皿っていうのは。世界には裏社会の人間にしか手を出せない理不尽ってヤツが溢れかえってるからさ」
託斗が楽団でのビジネスを続けている理由を聞き、ジョシュアはかつて仲間集めをしていた時の自分の姿を思い出した。
「……何故だろうな…異端と楽団……本質は同じであった筈なのに、何故結果がここまで違ったのかな。何処で道を誤った?」
…………………………………………………………………………………
異端という組織はこれまでに様々な音楽否定派国家と手を組んで反政府運動を繰り返す民衆を押さえ付け、多くの命を奪ってきた。そして楽団もまた、依頼の内容に応じて多くの命を奪って来た。
日本を取り巻く今回の大事件に関しても、異端は政府と手を組んで弐式自鳴琴を作り出し国民掃討を大きく推し進めた。楽団は零式自鳴琴の機動電源を提供した。両者とも深く関与していた筈なのに、楽団は何の罪にも問われていない。
2つの組織の評価を分つ理由は明確であった。
この件に関して、楽団と世界政府は深い関係にあったと言う事。
世界政府が零式自鳴琴に関わった全ての関係性を揉み消していくに当たり、楽団という組織の存在もこれまで通り闇の中に隠し続ける必要があったのだ。
その本日は元世界政府職員であったジョシュアであれば身に染みて理解していた筈。
敢えてその質問を投げ掛けているのだと悟った託斗は、今度はこちらが肩を竦めて見せた。
「……さぁね。さっぱりわからないよ」
面会時間終了のベルが鳴り、後方の椅子に腰掛けていた看守がジョシュアを丸椅子から立たせる。
「また気が向いたら会いにくるよ。独房生活なんて息が詰まるだろ?」
「…ああ、本当に気が向いた時だけにしてくれ。こちらは君の顔を見ても息が詰まりそうなものでね」
お互いに嫌味を言い合って背を向ける。ジョシュアが金属の扉の向こう側に消えようとする間際、踵を返した託斗は最後に彼の背中に言葉を投げ掛けた。
「息子の事はありがとう。結果的にアンタも世界を救う手助けになってたと思うよ」
振り向かずに鼻で笑ったジョシュア。その表情は穏やかであった。
「気休めでも嬉しいモンだな。どういたしまして、とキョウヤ君にお伝えください」
ガシャンと大きな金属音が鳴って、面会室には再び静寂が訪れる。
パイプ椅子から立ち上がった託斗は、壁に掛けられていた時計に視線を移した。もうじき約束の時間である。遅刻の良い言い訳を考えながら彼が向かったのは、ある男との待ち合わせ場所であった。
[85] Coda 完
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