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本編
継承②
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首実検の後、義元の同朋衆には、十分な褒美が与えられた。その上、義元の首を、この同朋衆に渡し、十人もの僧をお供に付けて駿河へ送り返した。
また信長は、清洲から20町(2.2km)南の熱田参りの街道に、「義元塚」を築かせた。供養のために大きな卒都婆(霊を供養するための細長い板)を立て、千部経を読ませた。千部経とは、同じ経を千人の僧が1部ずつ読む法会であり、かなりの規模で手厚く供養を行った。
熱田参りの街道には、全国から人が集まり、人通りも多かった。信長が義元を討ち取ったという知らせは、瞬く間に全国へ広がっていった。
信長は、自らの勝利と、偉大な戦国大名への敬意と追悼の意思を、いち早く全国へ発信したかった。その意味では、熱田参りの街道は、最適だったと言える。
後日、信長は合戦の恩賞を言い渡すため、清州城に家臣一同を集めていた。次々と手柄を立てたものの名前が呼ばれ、相応の恩賞が発表されていく。
終盤、一番槍の服部小平太の名前が呼ばれた。その次に満を持して、義元の首を獲った毛利新介が呼ばれた。双方とも、破格の恩賞が与えられた。
家臣一同、これで終わりかと思った矢先、簗田正綱の名が呼ばれた。
「簗田正綱、沓掛城および知行3千貫を与える」
名前と、恩賞が伝えられると、場は一斉にざわついた。他の家臣からすれば、正綱には、目立った功績が見えなかったため、皆不思議がった。しかし、信長は当初の約束通りの恩賞を与えたのである。
会合の後、広正と政綱、そして政綱の兄、弥次右衛門も交え、3人でお互いの労を労っていた。
政綱は広正に対し、満足げに言った。
「一同の顔を見たか? すべてお前の手柄だ」
弥次右衛門も、堅物な顔を緩めて言った。
「本当に良くやったな、広正。政綱! お前も晴れて城主だな」
祝福を言われると、政綱は、急に真面目な顔になって言った。
「いや、少し早いが、儂は隠居しようと思う。簗田家の家督は広正、お前に譲る」
広正は少し驚いたが、城主のような堅苦しいことが嫌いな父親らしいとも思った。弥次右衛門も珍しく笑っていた。
これからは、一城の主として、信長を支えて行くと決心した。
その時、信長の小姓がやって来て、信長が広正を呼んでいると伝えた。
急いで参上した広正に対し、信長は労いの言葉を送った。
「よく来た! ご苦労だったな」
「はっ! 先ほどは過分な恩賞、まことにありがたき幸せ。若輩ながら、先ほど、家督を継ぐことが決まりました」
「ほう! では、お前が沓掛城主か! これからも頼むぞ」
信長は嬉しそうに言った。
「時に、広正。此度の戦、如何であった?」
広正は、この1年の出来事が、走馬灯のように頭を駆け巡った。
「信長様の深慮、まさに神の如く。後の世に語り継がれる戦となりましょう」
「うむ。多少の誤算はあったがな。我ながら会心の出来だった」
信長は満足げに答えたが、少し顔をしかめながら言った。
「だが、最後の大雨は、熱田の神も余計なことをした。後世の人間に、雨のおかげで勝てたと思われるのは癪にさわるな」
そういうと、信長は無邪気に笑った。
「まあ、助けられたのも事実。神がかりも演出できた。雨もまた良し! か」
また信長は、清洲から20町(2.2km)南の熱田参りの街道に、「義元塚」を築かせた。供養のために大きな卒都婆(霊を供養するための細長い板)を立て、千部経を読ませた。千部経とは、同じ経を千人の僧が1部ずつ読む法会であり、かなりの規模で手厚く供養を行った。
熱田参りの街道には、全国から人が集まり、人通りも多かった。信長が義元を討ち取ったという知らせは、瞬く間に全国へ広がっていった。
信長は、自らの勝利と、偉大な戦国大名への敬意と追悼の意思を、いち早く全国へ発信したかった。その意味では、熱田参りの街道は、最適だったと言える。
後日、信長は合戦の恩賞を言い渡すため、清州城に家臣一同を集めていた。次々と手柄を立てたものの名前が呼ばれ、相応の恩賞が発表されていく。
終盤、一番槍の服部小平太の名前が呼ばれた。その次に満を持して、義元の首を獲った毛利新介が呼ばれた。双方とも、破格の恩賞が与えられた。
家臣一同、これで終わりかと思った矢先、簗田正綱の名が呼ばれた。
「簗田正綱、沓掛城および知行3千貫を与える」
名前と、恩賞が伝えられると、場は一斉にざわついた。他の家臣からすれば、正綱には、目立った功績が見えなかったため、皆不思議がった。しかし、信長は当初の約束通りの恩賞を与えたのである。
会合の後、広正と政綱、そして政綱の兄、弥次右衛門も交え、3人でお互いの労を労っていた。
政綱は広正に対し、満足げに言った。
「一同の顔を見たか? すべてお前の手柄だ」
弥次右衛門も、堅物な顔を緩めて言った。
「本当に良くやったな、広正。政綱! お前も晴れて城主だな」
祝福を言われると、政綱は、急に真面目な顔になって言った。
「いや、少し早いが、儂は隠居しようと思う。簗田家の家督は広正、お前に譲る」
広正は少し驚いたが、城主のような堅苦しいことが嫌いな父親らしいとも思った。弥次右衛門も珍しく笑っていた。
これからは、一城の主として、信長を支えて行くと決心した。
その時、信長の小姓がやって来て、信長が広正を呼んでいると伝えた。
急いで参上した広正に対し、信長は労いの言葉を送った。
「よく来た! ご苦労だったな」
「はっ! 先ほどは過分な恩賞、まことにありがたき幸せ。若輩ながら、先ほど、家督を継ぐことが決まりました」
「ほう! では、お前が沓掛城主か! これからも頼むぞ」
信長は嬉しそうに言った。
「時に、広正。此度の戦、如何であった?」
広正は、この1年の出来事が、走馬灯のように頭を駆け巡った。
「信長様の深慮、まさに神の如く。後の世に語り継がれる戦となりましょう」
「うむ。多少の誤算はあったがな。我ながら会心の出来だった」
信長は満足げに答えたが、少し顔をしかめながら言った。
「だが、最後の大雨は、熱田の神も余計なことをした。後世の人間に、雨のおかげで勝てたと思われるのは癪にさわるな」
そういうと、信長は無邪気に笑った。
「まあ、助けられたのも事実。神がかりも演出できた。雨もまた良し! か」
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