常世の彼方 番外編

ひろせこ

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07.ワンピース

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 「なんか俺、大事なこと忘れてる気がすんだよなあ。」

ある日の夜。
夕食も済ませ、シャワーも浴びてあとは寝るだけとなった3人が、リビングのソファでだらだらと過ごしているとき、唐突にリョウが言い出した。
煙草の煙を吐き出しながら、首を捻っているリョウを見たマリーもまた、一緒に首を捻り始める。
「大事なことねえ…何かあったしから。」
そう言ったところで、はたとマリーは気づいた。
それはお説教ではないのか。
ついこの間、カインと話し合った時。
トウコが口を滑らせたあれこれ。
あの時、間違いなくリョウはトウコにキレていたし、あの後説教すると断言していた。
なるほど、とマリーは心の中で頷く。
あの日の夜、トウコは目覚めたばかりなのだから今日は絶対に抱くなと強く釘を刺したし、リョウも分かっていると言っていた。
猿のような男だが、結局あの日はその言葉通りトウコを抱かなかったのだ。
だからお説教の件も忘れてしまったのだろうとマリーは思った。
未だに首を捻っているリョウの隣で、しれっとした顔で紫煙を燻らせているトウコに視線を送ると、トウコが空恐ろしくなる微笑を浮かべた。
間違いなく説教の件だと確信したマリーがそっとトウコから目を逸らし、「思い出せないなら、大したことじゃないんでしょ。」と言うと、リョウは納得のいかない様子で唸った。
「俺、トウコになんか約束した気がすんだよなあ…。」
リョウの言葉にマリーが首を傾げてトウコに視線をやると、心当たりがないといった風にトウコもまた小さく首を傾げた。
「ここ最近、お前と約束したことなんてないぞ。」
した記憶の無い約束とやらを思い出すついでに、説教の件まで思い出されたら困るなと思いながら、トウコが2本目の煙草に火をつけた時、リョウが「あ。」と声を出した。

「思い出した。ワンピースだ。」
「ワンピース?」
「俺、トウコにワンピース買ってやるって約束したんだった。」
「はあ?」
「あら、いいじゃない。トウコったら全然スカート履かないものね。」
「いや、待て。私はリョウにワンピースを買ってもらう約束なんてしてないぞ。」
トウコが思いきり顔を顰めてリョウに言うと、リョウはあっさり言った。
「おう。お前の夢の中でした約束だからな。それにお前、死んでたし。」
リョウの言葉にトウコとマリーがげんなりした顔をする。
「それ約束って言わないでしょう…。」
「その約束は無効だ、リョウ。そもそも私はワンピースなんていらない。」
「そんなこと言うなよ。俺ワンピース姿のトウコを初めて見たのに、お前めちゃくちゃだせえの着てんだぜ?」
リョウがトウコの腰を抱き寄せながら言うと、マリーが「なあに?どんなワンピースを着てたの?」と少し楽しそうに聞いてきた。
「まず色が灰色で…。」とリョウが身振り手振りで夢の中でトウコが着ていたワンピースの説明を始めた。
説明を聞くうちにマリーがげらげら笑い出し、トウコが物凄く不愉快そうな表情を浮かべた。
「トウコが!ひざ丈のフレアラインのワンピースでおまけにパフスリーブ!しかも灰色!そりゃ壊滅的に似合わないわね!」
「だろ?だからちゃんと似合うやつを買ってやるって言ったんだよ。」
「死体にな。おまけにそれは私じゃない。リョウにそう見えてただけで別の女だ。」
「うるせえな。細かいこといちいち気にすんなよ。買ってやるから明日出掛けようぜ。」
盛大に顔を顰めて、嫌だ、いらないとトウコが言うも、マリーも買ってもらいなさいよとリョウの援護射撃をする。
何色でどんな形のワンピースがいいか、リョウとマリーがああだこうだと相談し始め、トウコは遠い目をして煙草をふかした。

盛り上がる2人を冷めた目でトウコが見ていると、マリーは紙と鉛筆を取り出して、様々なデザインのワンピースを描き始めた。
次々と出来上がるデザインに、この大男は本当に自分なんかよりよっぽど女らしいなと思っていると、マリーが「こんなもんかしらねえ。」と言いながら鉛筆を置いた。
マリーの書いたデザイン画を、リョウが楽しそうにニヤニヤしながら眺めているのをトウコが呆れながら見ていると、マリがー「トウコもどれがいいか見てみなさいよ。」と言ってきた。
「どれがいいかって…マリーが描いたのが店に売ってるわけじゃないだろう。」
「そりゃそうだけど、明日買いに行くときの参考にはなるじゃない。」
「買いに行くなんて一言も私は言ってないぞ。」
「マジで可愛くない女だな、お前。いいから見てみろよ。」
リョウに紙束を押し付けられたトウコが、しぶしぶそれに目を通す。
興味なさげに次々と紙をめくっていたトウコが呆れた声を出した。
「…これワンピースっていうよりも、もはやドレスになってないか?」
その言葉にリョウとマリーが顔を見合わせる。
トウコがテーブルの上にぽいと紙束を放り投げると、2人がそれを手に取った。
「…確かにワンピースっていうよりドレスだな。」
「…トウコに似合うものって考えてたら…ドレスになっちゃってたわ。」
呆れたようにトウコが黙り込んだ2人を見ていると、リョウが「よし、決めた。」と手を打った。
今度はなんだとトウコが少し身構えると、「悪いトウコ。ワンピースの約束はなしだ。」と言い出した。
「そもそも約束してないからな。いいか?お前が約束したのは別の女の死体だ。」
「俺はお前がスカートを履いているのを見たことがなかった。なのに、最初に見たのがくそだせえワンピースだったから、ちゃんと似合ってるやつが見たかった。似合ってるのを着たトウコが俺の上に跨ればなお最高だと思った。」
「リョウ、いいから私の話を聞け。」
「でも、ワンピースなんかよりドレスの方がもっといい。」
リョウがトウコの手を握る。
「トウコ、結婚しよう。」
「しないぞ。」
「久しぶりに見たわねえ、それ。」
マリーがテーブルの上に散らばった紙束を集めながらのんびり言い、トウコが疲れた顔をして立ち上がる。
「じゃあ、ワンピースの話はなしだな。」
言いながらトウコが階段を上がって行くと、「あ!待て!」と言いながらリョウがその後を追った。

苦笑しながら2人を見送ったマリーもまた立ち上がる。
手に持った紙束をゴミ箱に入れようとしてその手を止める。
「ドレスねぇ…。」

これが役に立つ日がくるとは到底思えないが、とっておいてもまあいいかと思ったマリーはそれを自室へ持っていき、机の中に大事にしまった。
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