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11.闇闘技場
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チャンピオンが動かなくなったことを確認したトウコは、そのまま走って競技場裏―出場者の控室等があるエリアに消えた。
それをげらげら笑いながらリョウが見ていると、静かに黒服が近づいて来て、「場内が落ち着いて客があらかた帰るまで、トウコ様とリョウ様は別室にいた方がいいだろうと支配人が。」と声を掛けて来た。
リョウが頷き黒服に付いて行くと、ちゃっかりタクミも後ろを付いて来た。
「その辺の適当な部屋でいいぞ。女も男もいらねえ。ついでに支配人の挨拶も不要だ。酒だけ頼む。」
黒服は小さく頭を下げ了承を示すと、競技場裏にある一室にリョウを案内した。
「落ち着きましたら参ります。」と言って下がろうとした黒服をリョウが引き留める。
「トウコはチャンピオンにすんなよ。あいつ怒るぞ。」
黒服は、「心得ております。」と言って頭を下げると去って行った。
部屋の中をめずらしそうにきょろきょろと見渡しているタクミを放置して、テーブルに用意されてあった酒をグラスに注いだリョウがどっかりとソファに腰掛けた時、部屋の扉が開いてトウコが入ってきた。
「よう、トウコ。漏らさなかったか?」
「危なかった。」
「お前本当に馬鹿だな。」
けらけら笑っているリョウの隣に腰掛けたトウコが、部屋の中にタクミがいることに気付き、微妙な表情を浮かべた。
「タクミが何でここにいるんだ。リョウ、お前連れてくるなよ。」
「自分から付いてきたんだからいいだろ、別に。」
「トウコさん酷い!」
タクミが抗議の声を上げるが、トウコは微妙な表情を浮かべたまま煙草に火をつけた。
そんなトウコにタクミが聞いた。
「ねえトウコさん。チャ…元チャンピオンと最後何か話してたでしょ?あれ何話してたの?」
「ああ、そう言えばなんか話してたな。なんだったんだ?まあ大体想像つくけどな。」
トウコはタクミを見つめて少し思案した後に口を開いた。
「取引を持ち掛けられたんだよ。」
「取引?なんの?」
煙草の煙を吐き出しながら、トウコが目を細めてタクミを見る。
「いいか、タクミ。私もリョウも今日のこの件に関しては、支配人に頼まれて試合に出た以上のことは口外しない。マリーにもな。もしそれ以上のことが露見したら、お前が情報を売っていなくても、まず間違いなくお前だと思われるぞ。それでも聞くか?」
「この部屋に入った時点で、手遅れだろ。俺たちが教えようが教えまいが、タクミは知ったってことになったも同然だ。」
トウコとリョウの言葉にタクミが少し顔色を悪くし、「…そんなにヤバい?」と聞いた。
「支配人の顔が潰れるからなあ。まあ、殺されるまではいかねえだろ。スラムにはいられなくなるだろうがな。」
リョウがそう言い、どうするとでも言うようにトウコが眉を上げてタクミを見ると、タクミは少し躊躇ったが、しかしすぐに「聞く。」と言った。
それを聞いたトウコが頷き、説明を始める。
「あいつは、金をやるから自分たちは何もしていない、支配人と私の勘違いだったってことにしてくれって言ってきたんだよ。ついでに、試合に負けてくれたら更に金をやるってね。」
リョウが、「予想通りちっちぇえ!デカイ図体しときながらちっちぇえ奴!」とげらげら笑い、タクミが「勘違いってどういうこと?」と聞いた。
「あいつら暗器を使ってたのさ。」
タクミが推していた男はそれなりに強いが、勝ち抜ける程の実力はないとトウコもリョウも思っていた。
しかし、1・2回戦とも男は一撃で相手の頭を割って倒した。
しかも、どちらの試合も男の攻撃を相手は避けられるはずだった。にも関わらず避けられず頭を割られた。
おまけに2回戦目では、負けた小柄な男は試合開始とともに駆け出し、そのまま真っ直ぐ突っ込んで攻撃できたはずなのに、何故か小柄な男は横に飛んだ。
その後の小柄な男の動きは、明らかに生彩を欠いた動きになっており、トウコとリョウが予想した俊敏性を生かしたタイプの動きではなかった。
男は、試合開始直後は必ず顔の前で構えたまま動かず、相手が一定の距離に近づくまで動こうとしなかった。
それでトウコとリョウは、致命的ではないが少し痺れるだとか、体に違和感を持つ程度の即効性のある何かを吹くなり投げているのかもしれないと思った。
相手の動きが鈍ったところで、拳の中に握りこんでいる武器を使って頭を殴り、割るなり昏倒させ相手を倒しているのだろうと予想した。
1回戦目が終わった時点では、勝ち方も負け方も違和感程度だったが、2回戦目ではタクミの「男はチャンピオンの関係者」という情報もあり、通常ならば2~3か月で入れ替わっておかしくないチャンピオンを半年も続けているのは、そちらも暗器を使っている可能性があると思った。
更に、他にも―闘士の中にも同じようなチャンピオンの関係者が含まれているならば、暗器を使って闘士戦を勝ち抜き、チャンピオン戦で負ける、を繰り返していてもおかしくないと思ったとトウコは語った。
「まあ、確信はなかったけどね。そうしたら支配人からのお誘いさ。タクミが推してた男とチャンピオンの他にもいるなら、そいつらもまとめてやってやるって言ったら、あの通り出てきた。」
ポカンとしているタクミを見てトウコが続ける。
「闘技場側も怪しいとは思いつつ、確信はなかったんじゃないか。実際、奴ら弱かったわけじゃないからな。チャンピオンの奴はそれなりに強かったぞ。こそこそしなくても、チャンピオンになれる実力はあった。まあ、2か月かそこらが限界だっただろうけどね。」
「瞬殺しといてよく言うな、お前。」
「じゃ、じゃあ、2回戦目が終わった時、トウコさんとリョウさんが怒ってたのはあいつらが暗器を使ってたから?」
タクミの言葉にトウコとリョウがにやりと笑う。
「タクミ、いいことを教えてやろう。暗器を使ってるやつは他にもいる。」
「えっ!!」
「手のひらの中に握りこめば見えなくなるからなあ。結構いるぞ。」
「し、知らなかった…。じゃあ、なんで怒ってたの?支配人も…。」
「ここでやってることは早い話が喧嘩だろう?ただの殴り合いだ。隠した武器で殴ったって面白ければいいさ。それに、当たらなければ何の問題もない。」
肩をすくめてトウコがそう言い、リョウが引き継ぐ。
「だが、変な薬使うのは面白くねえ。大人しく殴りあっときゃいいんだよ。」
「え、えぇ…。じゃ、じゃあ、本当に奴らはその変なので対戦者の動きを鈍らせてたの?」
タクミの問いに、トウコはあっさり「さあ。」と肩をすくめた。
「薬を使ってたかどうか、それは分からない。闘技場側も分かってないだろうな。でも、怪しいってだけで充分さ。まあ、取引を持ち掛けてきたってことは、そうなんじゃないか。」
話は終わりだとばかりにトウコがソファの上で伸びをしたとき、扉がノックされた。
黒服が入って来て、「そろそろお帰りになっても大丈夫です。」と言いながら、トウコとリョウが儲けた金を渡してきた。
それを見たタクミがぎょっと目を瞠る。
「予定通り飲みに行くか。」と言いながら、リョウがその金をぞんざいにジャケットのポケットと、トウコの腰のポーチに押し込む。
部屋を出て行く2人をタクミが「待って!」と追いかけ、黒服は静かに頭を下げて見送った。
まばらに人が残っている観客席を抜け、3人は地上へ出た。
入り口の鉄格子を開ける黒服の、「暴れないで金を落とせって言ったのに、暴れたついでに儲けやがって。」と言う言葉に、リョウが「まだ暴れてねえし。」と鼻で笑って返し、3人は大通りへ向かって路地を歩き始めた。
3人が闇闘技場を出て少し後、ぞろぞろと地下から上がってきた男たちもまた路地へと消えていく。
「まだってそういうことかよ。」
黒服の2人は、男たちの背中を見送ると地下へと降りて行った。
大通りに向かって歩いていたトウコとリョウが、方向を変え別の路地へと入ったため、タクミが慌てて声を掛けた。
「そっちは行き止まりだよ!大通りはこっち!」
「いいんだよ。いいから来い。」
リョウが足を止めずにそう言い、トウコが「殺されたくなけりゃついて来い。」と言いながら、タクミの腕を引っ張った。
「リョウ、私はもうやらないからな。疲れた。」
「嘘言うなよ。全然疲れてねえだろ。」
「面倒だから、お前が全部やれ。」
2人の会話を聞いたタクミが顔を青くする。
「え、嘘でしょ…。」
トウコが笑いながら、「リョウが暴れた情報は売っていいぞ。」と言うと、タクミは頭を抱えた。
少し歩くとすぐに行き止まりになった。
トウコが壁際にタクミを押しやると、その隣で腕を組んで壁にもたれ掛かり、リョウはその少し前でにやにやしながら前を見た。
路地の端や壁際で蹲るようにしていたスラムの住人が、暗がりに消える。
すぐに、トウコたちの後を追うようにやってきた7人の男たちに向かって、リョウが声をかけた。
「よう、俺たちになんか用か。」
「うるせえ!お前に用はねえんだ。用があるのは後ろの色無しの女とそのガキだ!」
トウコが不思議そうにタクミを見下ろすと、タクミは少し青い顔をして囁いた。
「…あいつらに情報を売ったんだ。」
「それがどうした?」
「…トウコさんが負けるって。」
「はあ!?なんで私が負けるなんて馬鹿な情報を売ったんだ。」
「トウコ、お前が馬鹿だからだよ。お前があそこに出入りしてた時にわざと怪我してただろ。そのせいで、タクミはお前がそんなに強くねえって思ってたんだよ。」
トウコが呆れたようにタクミを見ると、タクミは項垂れてしまった。
「ごちゃごちゃうるせえぞ!お前らどうせグルだろう!」
「闘技場とも組んで俺たちから金を巻き上げやがって!そもそも色無しが勝てるわけねえんだ!」
「色無しなら大人しく娼館で腰振って喘いでりゃいいんだよ!」
青い顔をしたタクミが少し前に出て、リョウを指さしながら言い募る。
「ま、待って!僕が間違った情報を売ってしまったのは謝るし、代金は返すよ!でも、この人の髪と目の色を見て!喧嘩売っちゃダメな相手だから!これは本当!本当だから!」
「うっせえぞ!色無しの女の尻を追いかけてる男がなんだってえんだ!どうせ2区のぼっちゃんだろう!」
リョウを恐る恐る見上げたタクミが顔を引き攣らせ、爆笑するトウコの隣まで後ずさった。
「死ね。」
リョウが短剣を抜いて駆け出し、「リョウ、殺すなよ。スラムでもさすがにこの人数を殺したら面倒になるかもしれない。」と未だ笑いの残る声でトウコが言った。
足を切りつけられて、男たちが次々と呻きながら地面に倒れ伏していく。
最後の1人の男の足の腱を切ったリョウは、今度は呻いて倒れている男たちの頭を蹴って意識を無くさせていった。
静かになっていく男たちの中で、地面を這いながら逃げようとする男が2人。
リョウがそのうちの1人の襟首を掴んでもう1人の男の隣に投げる。
その側にリョウがしゃがみ込むと、男たちが小さく悲鳴を上げた。
「よう。お前、俺がなんだって?」
「い、いや…悪かった。忘れてくれ…。」
「おいおい、ちゃんと質問に答えろよ。なんつったんだ?」
頬に短剣の切っ先を突き刺したまま、ゆっくりとリョウが手を動かすと、男が痛みに悲鳴を上げた。
「まともに答えられない口ならいらないよなあ?」
リョウが男の唇に短剣を当てて薙いだ。
口から頬を切り裂かれた男が絶叫し、リョウがうるさそうに短剣の柄で叫ぶ男の側頭部を殴ると、男は静かになった。
残った男が、「ひっ。」と小さく悲鳴を上げ、リョウがその男に視線を向ける。
「さて。お前はなんだったかな。俺の女がどうしてりゃいいって?なあ、教えてくれよ。」
「す、すまねえ。あ、ありゃあ言葉のあやだ!」
「あいつが娼婦に見えるような使えねえ目なら、無くても困らないだろ?」
短剣の切っ先を目に突き付けられた男が、「やめてくれ!わ、悪かった!お願いだ!」と喚くのを冷たく見ていたリョウだったが、やがて鼻で笑うと立ち上がった。
男がほっとした表情を浮かべる。
無表情のリョウがその男の顔をコンバットブーツの底で踏みつぶした。
鼻と前歯が折れ、血まみれの顔を押さえながら喚く男が、リョウに側頭部を蹴られて静かになる。
壁から体を起こしたトウコが、タクミの肩を1つ叩いて「行くぞ。」と言うと先に歩き出した。
トウコがリョウに腕を絡ませると、そのまま2人は元来た道を戻り始めた。
青い顔をしたタクミはしばらく2人の背中を呆然と見ていたが、振り返ったトウコから「早く来い。」と言われると、血まみれの男たちの間を恐る恐る歩いて2人の後を追った。
3人がいなくなると、スラムの住人がどこからともなく現れて、血を流して倒れている男たちから服をはぎ取り始めた。
すぐに彼らもいなくなり、全裸で血を流す7人の男が残された。
大通りへと戻るトウコとリョウをタクミは無言で追っていたが、大通りが見えると足を止め2人に静かに声を掛けた。
「ねえ、トウコさん。リョウさん。」
2人が振り返ると、タクミは何かを探るような目をしてこちらを見ていた。
「南0都市のスラムで…虐殺事件があったの知ってる?」
「らしいね。」
「あれに…破壊屋が関わってるって情報があるんだ。」
「それで?」
「その情報売っていい?」
トウコが微笑む。
「タクミ、誤った情報を売ったら痛い目に合うってさっき分かっただろう?」
何か言いたげなタクミを見つめて、トウコが続ける。
「虐殺があったっていう場所。私はそこがどこだか知らないし、見たこともない。…デマを売るならちゃんと考えて売りな。」
何も言わないタクミにトウコとリョウが軽く手を上げる。
「じゃあな、タクミ。」
「闘技場に行った時はまた頼むよ。」
互いの腰に腕を回して歓楽街の方へと歩いて行く2人の背中を、タクミはじっと見つめていた。
それをげらげら笑いながらリョウが見ていると、静かに黒服が近づいて来て、「場内が落ち着いて客があらかた帰るまで、トウコ様とリョウ様は別室にいた方がいいだろうと支配人が。」と声を掛けて来た。
リョウが頷き黒服に付いて行くと、ちゃっかりタクミも後ろを付いて来た。
「その辺の適当な部屋でいいぞ。女も男もいらねえ。ついでに支配人の挨拶も不要だ。酒だけ頼む。」
黒服は小さく頭を下げ了承を示すと、競技場裏にある一室にリョウを案内した。
「落ち着きましたら参ります。」と言って下がろうとした黒服をリョウが引き留める。
「トウコはチャンピオンにすんなよ。あいつ怒るぞ。」
黒服は、「心得ております。」と言って頭を下げると去って行った。
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「よう、トウコ。漏らさなかったか?」
「危なかった。」
「お前本当に馬鹿だな。」
けらけら笑っているリョウの隣に腰掛けたトウコが、部屋の中にタクミがいることに気付き、微妙な表情を浮かべた。
「タクミが何でここにいるんだ。リョウ、お前連れてくるなよ。」
「自分から付いてきたんだからいいだろ、別に。」
「トウコさん酷い!」
タクミが抗議の声を上げるが、トウコは微妙な表情を浮かべたまま煙草に火をつけた。
そんなトウコにタクミが聞いた。
「ねえトウコさん。チャ…元チャンピオンと最後何か話してたでしょ?あれ何話してたの?」
「ああ、そう言えばなんか話してたな。なんだったんだ?まあ大体想像つくけどな。」
トウコはタクミを見つめて少し思案した後に口を開いた。
「取引を持ち掛けられたんだよ。」
「取引?なんの?」
煙草の煙を吐き出しながら、トウコが目を細めてタクミを見る。
「いいか、タクミ。私もリョウも今日のこの件に関しては、支配人に頼まれて試合に出た以上のことは口外しない。マリーにもな。もしそれ以上のことが露見したら、お前が情報を売っていなくても、まず間違いなくお前だと思われるぞ。それでも聞くか?」
「この部屋に入った時点で、手遅れだろ。俺たちが教えようが教えまいが、タクミは知ったってことになったも同然だ。」
トウコとリョウの言葉にタクミが少し顔色を悪くし、「…そんなにヤバい?」と聞いた。
「支配人の顔が潰れるからなあ。まあ、殺されるまではいかねえだろ。スラムにはいられなくなるだろうがな。」
リョウがそう言い、どうするとでも言うようにトウコが眉を上げてタクミを見ると、タクミは少し躊躇ったが、しかしすぐに「聞く。」と言った。
それを聞いたトウコが頷き、説明を始める。
「あいつは、金をやるから自分たちは何もしていない、支配人と私の勘違いだったってことにしてくれって言ってきたんだよ。ついでに、試合に負けてくれたら更に金をやるってね。」
リョウが、「予想通りちっちぇえ!デカイ図体しときながらちっちぇえ奴!」とげらげら笑い、タクミが「勘違いってどういうこと?」と聞いた。
「あいつら暗器を使ってたのさ。」
タクミが推していた男はそれなりに強いが、勝ち抜ける程の実力はないとトウコもリョウも思っていた。
しかし、1・2回戦とも男は一撃で相手の頭を割って倒した。
しかも、どちらの試合も男の攻撃を相手は避けられるはずだった。にも関わらず避けられず頭を割られた。
おまけに2回戦目では、負けた小柄な男は試合開始とともに駆け出し、そのまま真っ直ぐ突っ込んで攻撃できたはずなのに、何故か小柄な男は横に飛んだ。
その後の小柄な男の動きは、明らかに生彩を欠いた動きになっており、トウコとリョウが予想した俊敏性を生かしたタイプの動きではなかった。
男は、試合開始直後は必ず顔の前で構えたまま動かず、相手が一定の距離に近づくまで動こうとしなかった。
それでトウコとリョウは、致命的ではないが少し痺れるだとか、体に違和感を持つ程度の即効性のある何かを吹くなり投げているのかもしれないと思った。
相手の動きが鈍ったところで、拳の中に握りこんでいる武器を使って頭を殴り、割るなり昏倒させ相手を倒しているのだろうと予想した。
1回戦目が終わった時点では、勝ち方も負け方も違和感程度だったが、2回戦目ではタクミの「男はチャンピオンの関係者」という情報もあり、通常ならば2~3か月で入れ替わっておかしくないチャンピオンを半年も続けているのは、そちらも暗器を使っている可能性があると思った。
更に、他にも―闘士の中にも同じようなチャンピオンの関係者が含まれているならば、暗器を使って闘士戦を勝ち抜き、チャンピオン戦で負ける、を繰り返していてもおかしくないと思ったとトウコは語った。
「まあ、確信はなかったけどね。そうしたら支配人からのお誘いさ。タクミが推してた男とチャンピオンの他にもいるなら、そいつらもまとめてやってやるって言ったら、あの通り出てきた。」
ポカンとしているタクミを見てトウコが続ける。
「闘技場側も怪しいとは思いつつ、確信はなかったんじゃないか。実際、奴ら弱かったわけじゃないからな。チャンピオンの奴はそれなりに強かったぞ。こそこそしなくても、チャンピオンになれる実力はあった。まあ、2か月かそこらが限界だっただろうけどね。」
「瞬殺しといてよく言うな、お前。」
「じゃ、じゃあ、2回戦目が終わった時、トウコさんとリョウさんが怒ってたのはあいつらが暗器を使ってたから?」
タクミの言葉にトウコとリョウがにやりと笑う。
「タクミ、いいことを教えてやろう。暗器を使ってるやつは他にもいる。」
「えっ!!」
「手のひらの中に握りこめば見えなくなるからなあ。結構いるぞ。」
「し、知らなかった…。じゃあ、なんで怒ってたの?支配人も…。」
「ここでやってることは早い話が喧嘩だろう?ただの殴り合いだ。隠した武器で殴ったって面白ければいいさ。それに、当たらなければ何の問題もない。」
肩をすくめてトウコがそう言い、リョウが引き継ぐ。
「だが、変な薬使うのは面白くねえ。大人しく殴りあっときゃいいんだよ。」
「え、えぇ…。じゃ、じゃあ、本当に奴らはその変なので対戦者の動きを鈍らせてたの?」
タクミの問いに、トウコはあっさり「さあ。」と肩をすくめた。
「薬を使ってたかどうか、それは分からない。闘技場側も分かってないだろうな。でも、怪しいってだけで充分さ。まあ、取引を持ち掛けてきたってことは、そうなんじゃないか。」
話は終わりだとばかりにトウコがソファの上で伸びをしたとき、扉がノックされた。
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それを見たタクミがぎょっと目を瞠る。
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3人が闇闘技場を出て少し後、ぞろぞろと地下から上がってきた男たちもまた路地へと消えていく。
「まだってそういうことかよ。」
黒服の2人は、男たちの背中を見送ると地下へと降りて行った。
大通りに向かって歩いていたトウコとリョウが、方向を変え別の路地へと入ったため、タクミが慌てて声を掛けた。
「そっちは行き止まりだよ!大通りはこっち!」
「いいんだよ。いいから来い。」
リョウが足を止めずにそう言い、トウコが「殺されたくなけりゃついて来い。」と言いながら、タクミの腕を引っ張った。
「リョウ、私はもうやらないからな。疲れた。」
「嘘言うなよ。全然疲れてねえだろ。」
「面倒だから、お前が全部やれ。」
2人の会話を聞いたタクミが顔を青くする。
「え、嘘でしょ…。」
トウコが笑いながら、「リョウが暴れた情報は売っていいぞ。」と言うと、タクミは頭を抱えた。
少し歩くとすぐに行き止まりになった。
トウコが壁際にタクミを押しやると、その隣で腕を組んで壁にもたれ掛かり、リョウはその少し前でにやにやしながら前を見た。
路地の端や壁際で蹲るようにしていたスラムの住人が、暗がりに消える。
すぐに、トウコたちの後を追うようにやってきた7人の男たちに向かって、リョウが声をかけた。
「よう、俺たちになんか用か。」
「うるせえ!お前に用はねえんだ。用があるのは後ろの色無しの女とそのガキだ!」
トウコが不思議そうにタクミを見下ろすと、タクミは少し青い顔をして囁いた。
「…あいつらに情報を売ったんだ。」
「それがどうした?」
「…トウコさんが負けるって。」
「はあ!?なんで私が負けるなんて馬鹿な情報を売ったんだ。」
「トウコ、お前が馬鹿だからだよ。お前があそこに出入りしてた時にわざと怪我してただろ。そのせいで、タクミはお前がそんなに強くねえって思ってたんだよ。」
トウコが呆れたようにタクミを見ると、タクミは項垂れてしまった。
「ごちゃごちゃうるせえぞ!お前らどうせグルだろう!」
「闘技場とも組んで俺たちから金を巻き上げやがって!そもそも色無しが勝てるわけねえんだ!」
「色無しなら大人しく娼館で腰振って喘いでりゃいいんだよ!」
青い顔をしたタクミが少し前に出て、リョウを指さしながら言い募る。
「ま、待って!僕が間違った情報を売ってしまったのは謝るし、代金は返すよ!でも、この人の髪と目の色を見て!喧嘩売っちゃダメな相手だから!これは本当!本当だから!」
「うっせえぞ!色無しの女の尻を追いかけてる男がなんだってえんだ!どうせ2区のぼっちゃんだろう!」
リョウを恐る恐る見上げたタクミが顔を引き攣らせ、爆笑するトウコの隣まで後ずさった。
「死ね。」
リョウが短剣を抜いて駆け出し、「リョウ、殺すなよ。スラムでもさすがにこの人数を殺したら面倒になるかもしれない。」と未だ笑いの残る声でトウコが言った。
足を切りつけられて、男たちが次々と呻きながら地面に倒れ伏していく。
最後の1人の男の足の腱を切ったリョウは、今度は呻いて倒れている男たちの頭を蹴って意識を無くさせていった。
静かになっていく男たちの中で、地面を這いながら逃げようとする男が2人。
リョウがそのうちの1人の襟首を掴んでもう1人の男の隣に投げる。
その側にリョウがしゃがみ込むと、男たちが小さく悲鳴を上げた。
「よう。お前、俺がなんだって?」
「い、いや…悪かった。忘れてくれ…。」
「おいおい、ちゃんと質問に答えろよ。なんつったんだ?」
頬に短剣の切っ先を突き刺したまま、ゆっくりとリョウが手を動かすと、男が痛みに悲鳴を上げた。
「まともに答えられない口ならいらないよなあ?」
リョウが男の唇に短剣を当てて薙いだ。
口から頬を切り裂かれた男が絶叫し、リョウがうるさそうに短剣の柄で叫ぶ男の側頭部を殴ると、男は静かになった。
残った男が、「ひっ。」と小さく悲鳴を上げ、リョウがその男に視線を向ける。
「さて。お前はなんだったかな。俺の女がどうしてりゃいいって?なあ、教えてくれよ。」
「す、すまねえ。あ、ありゃあ言葉のあやだ!」
「あいつが娼婦に見えるような使えねえ目なら、無くても困らないだろ?」
短剣の切っ先を目に突き付けられた男が、「やめてくれ!わ、悪かった!お願いだ!」と喚くのを冷たく見ていたリョウだったが、やがて鼻で笑うと立ち上がった。
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トウコがリョウに腕を絡ませると、そのまま2人は元来た道を戻り始めた。
青い顔をしたタクミはしばらく2人の背中を呆然と見ていたが、振り返ったトウコから「早く来い。」と言われると、血まみれの男たちの間を恐る恐る歩いて2人の後を追った。
3人がいなくなると、スラムの住人がどこからともなく現れて、血を流して倒れている男たちから服をはぎ取り始めた。
すぐに彼らもいなくなり、全裸で血を流す7人の男が残された。
大通りへと戻るトウコとリョウをタクミは無言で追っていたが、大通りが見えると足を止め2人に静かに声を掛けた。
「ねえ、トウコさん。リョウさん。」
2人が振り返ると、タクミは何かを探るような目をしてこちらを見ていた。
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「らしいね。」
「あれに…破壊屋が関わってるって情報があるんだ。」
「それで?」
「その情報売っていい?」
トウコが微笑む。
「タクミ、誤った情報を売ったら痛い目に合うってさっき分かっただろう?」
何か言いたげなタクミを見つめて、トウコが続ける。
「虐殺があったっていう場所。私はそこがどこだか知らないし、見たこともない。…デマを売るならちゃんと考えて売りな。」
何も言わないタクミにトウコとリョウが軽く手を上げる。
「じゃあな、タクミ。」
「闘技場に行った時はまた頼むよ。」
互いの腰に腕を回して歓楽街の方へと歩いて行く2人の背中を、タクミはじっと見つめていた。
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