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14.好物
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ものすごく不機嫌な顔をしたトウコが、キッチンに1人立っていた。
材料を切り刻み、時に手でちぎり、それはそれは面倒くさそうに鍋に放り込んでいたトウコが、殺気すらも籠っていそうな声で呟いた。
「面倒くさい…。何で私が…。」
トウコがこうなった原因。
それは遡ることほんの数十分前。
リョウの一言から始まった。
**********
「なんか小腹空かねえ?」
ある日の夜。
3人がだらだらとリビングのソファで過ごしている時、トウコの膝の上に頭を乗せてごろごろしていたリョウが唐突に言い出した。
「あら。やっぱり?私もちょっとお腹空いたなって思ってたのよ。今日は夕飯が軽かったものね。」
「だろ?トウコはどうだ?」
「私は別に…酒でも飲んで何かつまんだらどうだ?」
「そうしましょうか。何かおつまみになる物あったかしらねえ。」
そう言ったマリーが立ち上がりかけた時、リョウが何かに思い当たったような顔をして膝の上からトウコを見上げた。
「そういえば、俺。トウコの飯って食ったことねえな。」
その言葉にマリーが少し楽しそうな顔をし、トウコが思い切りリョウから視線を外す。
その様子を見たリョウが、にやにやしながら体を起こし、トウコの顔を覗き込もうとするも、トウコは目を合わせないようにリョウの視線を避け続けた。
両手でトウコの顔を掴んだリョウが、げらげら笑う。
「気にすんなって。トウコが料理出来るなんて思ってねーよ。」
顔を掴まれたトウコは面白くなさそうな顔をしたが、そのまま何も言い返さなかった。
「料理出来ないことを気にするなんて可愛いなー俺の嫁。」
そう言いながらリョウがまたトウコの膝の上に頭を乗せると、トウコの腹に抱き付いて横になる。
そんな2人の様子を、口元に手を当てにやにやしながら見ていたマリーが口を開こうとし、それを制するようにトウコがマリーに鋭い視線を向けた。
「その目は何よ、トウコ。」
「分かってるだろ、マリー。」
笑いを含んだ声でそう問うてきたマリーをトウコが睨み付けたが、マリーはそんな様子のトウコすら面白がる様子で言葉を続けた。
「これでも一応あんたたち新婚なんだし、せっかくだから何か作ってあげなさいよ。」
トウコが盛大に舌打ちし、リョウががばりと体を起こす。
「は?」
体を起こしたリョウがトウコの顔をまじまじと見るが、トウコは鬱陶しそうに目を逸らした。
「いやいや、目逸らすなよ。さっきの舌打ちなんだよ。」
「なんでもない。気にするな。いいからマリー何か作ってくれ。」
「嫌よ。トウコが作りなさい。」
「は!?お前料理できんのかよ!?」
「できるなんて私は一言も言っていない。」
「この子、下手したら私よりうまいわよ。」
マリーの言葉にリョウが愕然とした顔をする。
「嘘だろ…。」
「ホントよ。」
「俺、トウコと出会ってからこいつが料理してんの見たことないぞ!コーヒーしか淹れないだろ!」
「面倒がってしないだけよ。この子、実は料理上手いのよ。」
リョウが期待の籠った目でトウコを見るも、トウコは盛大に顔を顰めて「絶対作らないからな。」と言い放った。
「作ってくれよ!」
「マリーに作ってもらったらいいじゃないか。」
「トウコの飯が食いたい。」
トウコが目を逸らす。
「トウコの飯が食いたい。」
リョウがトウコの顔を掴む。
「トウコの飯が食いたい。」
盛大にため息を吐いたトウコは、「今日だけだからな。」と言って億劫そうに立ち上がった。
「マジか…マジで作れんのか…。」
「トウコの料理なんてホント久しぶり。嬉しいわ。」
面倒そうにキッチンへと向かうトウコの背中を、リョウが愕然とした表情で、マリーは嬉しそうに見送った。
こうしてトウコは、不機嫌な顔をしてキッチンに立つことになったのだった。
平鍋の上で焼きあがるそれを見ていたトウコが、傍らに置いていた余った材料を手に取る。
とうもろこしの粉から作られたその薄い生地をしばらくじっと見つめていたが、もう1つ鍋を取り出すと、油を入れて火をつけた。
茫洋とした目で鍋の中を見つめながら、トウコは生地をちぎって油の中に入れ始めた。
トウコがキッチンに消えて30分少々。
不機嫌さを隠そうともしないトウコが、両手に皿を持って戻ってきた。
既に酒の用意がされているテーブルに、乱暴に置かれたそれをリョウが覗き込む。
トウコが置いた皿は2つ。
1つには、一口大に切られた、焦げ目がこんがりついた薄焼きパンのようなものが乱雑に乗せられていた。
どうやらそれは、薄焼きパンの中に様々な具材をたっぷり挟んで焼いたものらしく、具材にはチーズも使われているようで、とろけたチーズがはみ出ていた。
もう1つは、きつね色にこんがり揚げられた薄いチップスのようなものだった。はちみつがかけられているものと、黒コショウが振りかけられているものの2種類あった。
「マジか。マジで食えそうなもん持ってきた…。」
忌々しそうな顔でトウコが煙草に火をつけていると、リョウが愕然とした顔で薄焼きパンに手を伸ばし口に入れた。
しばらくもぐもぐと口を動かしていたリョウだったが、トウコの顔を凝視しながらごくりと飲み込む。
「トウコお前マジか…。マジで美味いぞこれ…。」
面白くなさそうに鼻を鳴らして目を逸らしたトウコを気にすることなく、リョウがもう1つに手を伸ばすと、マリーも嬉しそうに1つ手に取り口に運ぶ。
「久しぶりに食べたけど本当に美味しいわよねえ、これ。今日の夕飯の残りの材料を使ったの?」
美味しそうに食べながらマリーがそう聞くと、トウコが頷いた。
「…余ってた鶏肉とキノコ、野菜を適当にいれた。」
そのぶっきらぼうな口調にマリーが少し苦笑しながら、「前に作り方を教えて貰って作ってみたけど、何度やってもこの味にならないのよね。不思議だわ。」と言うと、「…別に何も特別なことはしてないけどな。」とまたぶっきらぼうな口調で返って来た。
もう1つの皿に盛られているチップスを、パリパリと小気味のいい音をさせながらリョウが食べる。
「お、こっちもうまい。甘いのもいいけど、黒コショウのほうが酒にあっていいな。これ、何を揚げたんだ?」
「薄焼きパンをちぎって揚げただけだ。」
「へえ。ぱりぱりしてて美味い。」
リョウとマリーはしばらくそうして、酒を飲みながら食べていたが、トウコが食べていないことにリョウが気づいた。
「トウコ、お前何で食わねえんだよ。せっかく作ったんだし食えよ。」
指に挟んだ煙草を口に咥えて、トウコはしばらく面白くなさそうにテーブルの上を眺めていたが、やがて煙草を灰皿でもみ消すと、薄焼きパンに手を伸ばした。
ほとんど咀嚼せずにそれを飲み込んだトウコは、次にはちみつがかけられたチップスを1枚取り、乱暴に口の中に放り込んだかと思うと、グラスの酒を一気に流し込んだ。
そして、おもむろに立ち上がった。
はっとしたリョウがトウコの腕を掴もうとしたが、トウコはそれを制するように「風呂入って寝る。」と言ってさっさと風呂場の方へ歩いて行ってしまった。
その口調と背中が明らかに拒絶の空気を纏っており、リョウが立ち上がって追いかけようとしたが、それを今度はマリーが止めた。
「リョウ、やめなさい。」
その鋭い口調にリョウが動きを止めてマリーを振り返ると、マリーは少し困った顔で風呂場へ向かうトウコの背中を見ていた。
ばたんと扉が少し乱暴に閉まり、トウコが風呂場へ消えるとマリーが口を開いた。
「いいから、あんたはそれ食べてあげなさいよ。トウコがあんたのために作ったんだから。…それトウコの大好物なのよ。」
マリーの言葉にリョウが困惑の表情を浮かべる。
「だったらなんで。」
あんなに泣きそうな顔をしていたのか。
リョウには、恐らくマリーにも分かる、長く一緒にいた2人だけに分かるトウコあの顔。
傍から見ると無表情もしくは固い表情にしか見えないが、その実奥歯を噛み締めて何かを堪えている時のトウコの顔。
「私もまさかトウコがそれを今日作ってくるとは思わなかったわ。…その薄焼きパン、東部地方、特に辺境の方で食べられているらしいわよ。」
薄焼きパンを1つ手に取ったマリーが静かに話し出す。
「トウコと暮らし始めた頃はトウコと交代でご飯作ってたの。その時にね、1度だけこの薄焼きパンを作ってくれたのよ。でも2度と作ってくれなかったから、私言ったの。もう1度食べたいって。そしたらトウコ嫌だって。すごく好きで、今でも食べたくなるけど、食べると昔を思い出すからもう作らないって。」
リョウが薄焼きパンに手を伸ばして口に入れるのを見ながらマリーが続ける。
「それ本当に美味しいでしょ?チップスの方は初めて見たけど、きっとそれもトウコ好きなのよ。」
「…やっぱうめえ。」
「すごく優しくて良くしてくれた人が作ってくれたんですって。」
リョウが小さく頷く。
2人は無言でトウコの作った料理を食べた。
リョウとマリーがキッチンで片づけをしていると、トウコが部屋へ上がって行く気配がした。
「あとは私がやっとくから、あんたもお風呂入ってとっととトウコのとこに行きなさい。」
「…めんどくせえ女だなあ。」
言葉とは裏腹に、優しい声音でそう言ったリョウはキッチンを出て行った。
リョウがトウコの部屋に入ると、トウコは扉に背を向けてベッドに横になっていた。
明らかに拒絶する気配を出しているその背中を、抱き抱えて横になったリョウがトウコの顔を後ろから覗き込んだ。
トウコは目を閉じていたが、そのまま覗き込んでいると紫の瞳が開き、鬱陶しそうにリョウを見てきた。
「なんだ。」
「お前が泣いてるんじゃないかなーと思って。」
「泣いてない。」
トウコがまた目を閉じたので、リョウは小さく笑いながらトウコの髪に顔を埋めた。
「マジで美味かった。」
「…よかったな。」
「また作ってくれよ。」
「嫌だ。」
「頼むよ。また食いたい。」
「嫌だ。」
明らかに苛立ちを含んだ声で、突き放すように言われたその言葉にリョウがまた小さく笑う。
「じゃあ、作り方教えてくれよ。俺が作るから。」
驚いたようにトウコの肩が小さく動く。
「…お前が作る?正気か?お前こそ料理なんてできないだろう。」
「できるわけなねえだろ。俺はこれでも使用人がいる家の生まれだぞ。」
「…まずいのができそうだ。」
「まずいのができるだろうなあ。」
楽しそうに言いながらリョウがトウコの体を自分の方へ向けると、トウコは大人しくリョウと向き合った。
「まずいってバカ笑いしながら一緒に食ってくれよ。」
トウコが少し口を尖らせた。
「…どうせ食べるなら美味いのが食べたい。」
「だったら俺が美味く作れるようになるまで、一緒に作ってくれよ。」
驚いたように小さく目を瞠ったトウコの頭をリョウがゆっくり撫でる。
「お前もう忘れたのかよ。幸せにしてやるって言っただろ?一緒にうまいもん、トウコの好きなもん食おうぜ。多分、それすげえ幸せだろ?」
「うん…。」
胸に顔を押し付けるようにして抱き付いて来たトウコの頭を撫でながら、「いい奴だったんだな、そいつ。」とリョウが聞いた。
「うん。凄くいい人だった。でももう顔も忘れた。」
「そうか。」
「うん。私のせいで死んだんだ。」
「そうか。」
「うん。」
ぽつぽつとトウコが話すのを、リョウは頭を撫でながら静かに聞いた。
***************************
薄焼きパンはメキシコ料理の「ケサディーヤ」、チップスは「トルティーヤチップス」です。
メキシコでトルティーヤチップスにシナモンシュガーと蜂蜜がかかったのを食べて、
美味しかったのを思い出したのでそれを。
そして、この話に関連した外伝「Boy meets girl」をアップしてします。
番外編にしようかと思いましたが、長くなりそうだったので外伝にしました。
⇒https://www.alphapolis.co.jp/novel/584038573/894558051
トウコの過去編ですが、主人公は本編でちらりと出てきて既に忘れ去られていそうな人です。
お時間がありましたらどうぞ。
材料を切り刻み、時に手でちぎり、それはそれは面倒くさそうに鍋に放り込んでいたトウコが、殺気すらも籠っていそうな声で呟いた。
「面倒くさい…。何で私が…。」
トウコがこうなった原因。
それは遡ることほんの数十分前。
リョウの一言から始まった。
**********
「なんか小腹空かねえ?」
ある日の夜。
3人がだらだらとリビングのソファで過ごしている時、トウコの膝の上に頭を乗せてごろごろしていたリョウが唐突に言い出した。
「あら。やっぱり?私もちょっとお腹空いたなって思ってたのよ。今日は夕飯が軽かったものね。」
「だろ?トウコはどうだ?」
「私は別に…酒でも飲んで何かつまんだらどうだ?」
「そうしましょうか。何かおつまみになる物あったかしらねえ。」
そう言ったマリーが立ち上がりかけた時、リョウが何かに思い当たったような顔をして膝の上からトウコを見上げた。
「そういえば、俺。トウコの飯って食ったことねえな。」
その言葉にマリーが少し楽しそうな顔をし、トウコが思い切りリョウから視線を外す。
その様子を見たリョウが、にやにやしながら体を起こし、トウコの顔を覗き込もうとするも、トウコは目を合わせないようにリョウの視線を避け続けた。
両手でトウコの顔を掴んだリョウが、げらげら笑う。
「気にすんなって。トウコが料理出来るなんて思ってねーよ。」
顔を掴まれたトウコは面白くなさそうな顔をしたが、そのまま何も言い返さなかった。
「料理出来ないことを気にするなんて可愛いなー俺の嫁。」
そう言いながらリョウがまたトウコの膝の上に頭を乗せると、トウコの腹に抱き付いて横になる。
そんな2人の様子を、口元に手を当てにやにやしながら見ていたマリーが口を開こうとし、それを制するようにトウコがマリーに鋭い視線を向けた。
「その目は何よ、トウコ。」
「分かってるだろ、マリー。」
笑いを含んだ声でそう問うてきたマリーをトウコが睨み付けたが、マリーはそんな様子のトウコすら面白がる様子で言葉を続けた。
「これでも一応あんたたち新婚なんだし、せっかくだから何か作ってあげなさいよ。」
トウコが盛大に舌打ちし、リョウががばりと体を起こす。
「は?」
体を起こしたリョウがトウコの顔をまじまじと見るが、トウコは鬱陶しそうに目を逸らした。
「いやいや、目逸らすなよ。さっきの舌打ちなんだよ。」
「なんでもない。気にするな。いいからマリー何か作ってくれ。」
「嫌よ。トウコが作りなさい。」
「は!?お前料理できんのかよ!?」
「できるなんて私は一言も言っていない。」
「この子、下手したら私よりうまいわよ。」
マリーの言葉にリョウが愕然とした顔をする。
「嘘だろ…。」
「ホントよ。」
「俺、トウコと出会ってからこいつが料理してんの見たことないぞ!コーヒーしか淹れないだろ!」
「面倒がってしないだけよ。この子、実は料理上手いのよ。」
リョウが期待の籠った目でトウコを見るも、トウコは盛大に顔を顰めて「絶対作らないからな。」と言い放った。
「作ってくれよ!」
「マリーに作ってもらったらいいじゃないか。」
「トウコの飯が食いたい。」
トウコが目を逸らす。
「トウコの飯が食いたい。」
リョウがトウコの顔を掴む。
「トウコの飯が食いたい。」
盛大にため息を吐いたトウコは、「今日だけだからな。」と言って億劫そうに立ち上がった。
「マジか…マジで作れんのか…。」
「トウコの料理なんてホント久しぶり。嬉しいわ。」
面倒そうにキッチンへと向かうトウコの背中を、リョウが愕然とした表情で、マリーは嬉しそうに見送った。
こうしてトウコは、不機嫌な顔をしてキッチンに立つことになったのだった。
平鍋の上で焼きあがるそれを見ていたトウコが、傍らに置いていた余った材料を手に取る。
とうもろこしの粉から作られたその薄い生地をしばらくじっと見つめていたが、もう1つ鍋を取り出すと、油を入れて火をつけた。
茫洋とした目で鍋の中を見つめながら、トウコは生地をちぎって油の中に入れ始めた。
トウコがキッチンに消えて30分少々。
不機嫌さを隠そうともしないトウコが、両手に皿を持って戻ってきた。
既に酒の用意がされているテーブルに、乱暴に置かれたそれをリョウが覗き込む。
トウコが置いた皿は2つ。
1つには、一口大に切られた、焦げ目がこんがりついた薄焼きパンのようなものが乱雑に乗せられていた。
どうやらそれは、薄焼きパンの中に様々な具材をたっぷり挟んで焼いたものらしく、具材にはチーズも使われているようで、とろけたチーズがはみ出ていた。
もう1つは、きつね色にこんがり揚げられた薄いチップスのようなものだった。はちみつがかけられているものと、黒コショウが振りかけられているものの2種類あった。
「マジか。マジで食えそうなもん持ってきた…。」
忌々しそうな顔でトウコが煙草に火をつけていると、リョウが愕然とした顔で薄焼きパンに手を伸ばし口に入れた。
しばらくもぐもぐと口を動かしていたリョウだったが、トウコの顔を凝視しながらごくりと飲み込む。
「トウコお前マジか…。マジで美味いぞこれ…。」
面白くなさそうに鼻を鳴らして目を逸らしたトウコを気にすることなく、リョウがもう1つに手を伸ばすと、マリーも嬉しそうに1つ手に取り口に運ぶ。
「久しぶりに食べたけど本当に美味しいわよねえ、これ。今日の夕飯の残りの材料を使ったの?」
美味しそうに食べながらマリーがそう聞くと、トウコが頷いた。
「…余ってた鶏肉とキノコ、野菜を適当にいれた。」
そのぶっきらぼうな口調にマリーが少し苦笑しながら、「前に作り方を教えて貰って作ってみたけど、何度やってもこの味にならないのよね。不思議だわ。」と言うと、「…別に何も特別なことはしてないけどな。」とまたぶっきらぼうな口調で返って来た。
もう1つの皿に盛られているチップスを、パリパリと小気味のいい音をさせながらリョウが食べる。
「お、こっちもうまい。甘いのもいいけど、黒コショウのほうが酒にあっていいな。これ、何を揚げたんだ?」
「薄焼きパンをちぎって揚げただけだ。」
「へえ。ぱりぱりしてて美味い。」
リョウとマリーはしばらくそうして、酒を飲みながら食べていたが、トウコが食べていないことにリョウが気づいた。
「トウコ、お前何で食わねえんだよ。せっかく作ったんだし食えよ。」
指に挟んだ煙草を口に咥えて、トウコはしばらく面白くなさそうにテーブルの上を眺めていたが、やがて煙草を灰皿でもみ消すと、薄焼きパンに手を伸ばした。
ほとんど咀嚼せずにそれを飲み込んだトウコは、次にはちみつがかけられたチップスを1枚取り、乱暴に口の中に放り込んだかと思うと、グラスの酒を一気に流し込んだ。
そして、おもむろに立ち上がった。
はっとしたリョウがトウコの腕を掴もうとしたが、トウコはそれを制するように「風呂入って寝る。」と言ってさっさと風呂場の方へ歩いて行ってしまった。
その口調と背中が明らかに拒絶の空気を纏っており、リョウが立ち上がって追いかけようとしたが、それを今度はマリーが止めた。
「リョウ、やめなさい。」
その鋭い口調にリョウが動きを止めてマリーを振り返ると、マリーは少し困った顔で風呂場へ向かうトウコの背中を見ていた。
ばたんと扉が少し乱暴に閉まり、トウコが風呂場へ消えるとマリーが口を開いた。
「いいから、あんたはそれ食べてあげなさいよ。トウコがあんたのために作ったんだから。…それトウコの大好物なのよ。」
マリーの言葉にリョウが困惑の表情を浮かべる。
「だったらなんで。」
あんなに泣きそうな顔をしていたのか。
リョウには、恐らくマリーにも分かる、長く一緒にいた2人だけに分かるトウコあの顔。
傍から見ると無表情もしくは固い表情にしか見えないが、その実奥歯を噛み締めて何かを堪えている時のトウコの顔。
「私もまさかトウコがそれを今日作ってくるとは思わなかったわ。…その薄焼きパン、東部地方、特に辺境の方で食べられているらしいわよ。」
薄焼きパンを1つ手に取ったマリーが静かに話し出す。
「トウコと暮らし始めた頃はトウコと交代でご飯作ってたの。その時にね、1度だけこの薄焼きパンを作ってくれたのよ。でも2度と作ってくれなかったから、私言ったの。もう1度食べたいって。そしたらトウコ嫌だって。すごく好きで、今でも食べたくなるけど、食べると昔を思い出すからもう作らないって。」
リョウが薄焼きパンに手を伸ばして口に入れるのを見ながらマリーが続ける。
「それ本当に美味しいでしょ?チップスの方は初めて見たけど、きっとそれもトウコ好きなのよ。」
「…やっぱうめえ。」
「すごく優しくて良くしてくれた人が作ってくれたんですって。」
リョウが小さく頷く。
2人は無言でトウコの作った料理を食べた。
リョウとマリーがキッチンで片づけをしていると、トウコが部屋へ上がって行く気配がした。
「あとは私がやっとくから、あんたもお風呂入ってとっととトウコのとこに行きなさい。」
「…めんどくせえ女だなあ。」
言葉とは裏腹に、優しい声音でそう言ったリョウはキッチンを出て行った。
リョウがトウコの部屋に入ると、トウコは扉に背を向けてベッドに横になっていた。
明らかに拒絶する気配を出しているその背中を、抱き抱えて横になったリョウがトウコの顔を後ろから覗き込んだ。
トウコは目を閉じていたが、そのまま覗き込んでいると紫の瞳が開き、鬱陶しそうにリョウを見てきた。
「なんだ。」
「お前が泣いてるんじゃないかなーと思って。」
「泣いてない。」
トウコがまた目を閉じたので、リョウは小さく笑いながらトウコの髪に顔を埋めた。
「マジで美味かった。」
「…よかったな。」
「また作ってくれよ。」
「嫌だ。」
「頼むよ。また食いたい。」
「嫌だ。」
明らかに苛立ちを含んだ声で、突き放すように言われたその言葉にリョウがまた小さく笑う。
「じゃあ、作り方教えてくれよ。俺が作るから。」
驚いたようにトウコの肩が小さく動く。
「…お前が作る?正気か?お前こそ料理なんてできないだろう。」
「できるわけなねえだろ。俺はこれでも使用人がいる家の生まれだぞ。」
「…まずいのができそうだ。」
「まずいのができるだろうなあ。」
楽しそうに言いながらリョウがトウコの体を自分の方へ向けると、トウコは大人しくリョウと向き合った。
「まずいってバカ笑いしながら一緒に食ってくれよ。」
トウコが少し口を尖らせた。
「…どうせ食べるなら美味いのが食べたい。」
「だったら俺が美味く作れるようになるまで、一緒に作ってくれよ。」
驚いたように小さく目を瞠ったトウコの頭をリョウがゆっくり撫でる。
「お前もう忘れたのかよ。幸せにしてやるって言っただろ?一緒にうまいもん、トウコの好きなもん食おうぜ。多分、それすげえ幸せだろ?」
「うん…。」
胸に顔を押し付けるようにして抱き付いて来たトウコの頭を撫でながら、「いい奴だったんだな、そいつ。」とリョウが聞いた。
「うん。凄くいい人だった。でももう顔も忘れた。」
「そうか。」
「うん。私のせいで死んだんだ。」
「そうか。」
「うん。」
ぽつぽつとトウコが話すのを、リョウは頭を撫でながら静かに聞いた。
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薄焼きパンはメキシコ料理の「ケサディーヤ」、チップスは「トルティーヤチップス」です。
メキシコでトルティーヤチップスにシナモンシュガーと蜂蜜がかかったのを食べて、
美味しかったのを思い出したのでそれを。
そして、この話に関連した外伝「Boy meets girl」をアップしてします。
番外編にしようかと思いましたが、長くなりそうだったので外伝にしました。
⇒https://www.alphapolis.co.jp/novel/584038573/894558051
トウコの過去編ですが、主人公は本編でちらりと出てきて既に忘れ去られていそうな人です。
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