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13.ストリップバー
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リョウとキャスのくだらない言い合いを見ながらトウコが酒を飲んでいると、黒服がやってきた。
ぎゃあぎゃあ騒いでいたキャスに黒服が小さく耳打ちすると、キャスが唇を尖らせてトウコから体を離した。
「出番が来ちゃったー。残念。トウコ、私が踊るのちゃんと見ててよね!」
そう言ったキャスがグラスに残った酒を飲み干し、トウコに口付け立ち上がると、「また遊びに来てよね!絶対よ!リョウはもう来ないで!」と言いながら去って行った。
トウコが苦笑し、リョウの「あの野郎…。マジでぶっ殺してえ。」という忌々しげな呟きを聞きながら、形の良い尻を小気味よく振って歩いて行くキャスを見ていると、それとすれ違うように1人の色無しの男が近づいてきた。
柔らかそうな黒髪に少し目尻が垂れた穏やかな黒の瞳、口角の上がった薄い唇、色無しらしい整った顔立ちをした20代前半の見た目のその男が、トウコとリョウのテーブルの横に立つと、穏やかな耳障りのいい声で挨拶をした。
「トウコさん、リョウさんお久しぶりですね。ご指名ありがとうございます。」
長い手足に綺麗な筋肉の付いたしなやかな体には、キャス同様小さな下着のみを身に着けていた。
「ネッド、久しぶり。さっき踊ってるの見たけど、また上手くなったんじゃないか。」
「よう、ネッド。」
言いながらリョウが少し体をずらしてトウコとの間に隙間を作ると、男―ネッドが微笑みながらそこに腰かけた。
酒がほとんどなくなっていることに気付いたリョウが、「キャスの野郎、ほとんど1人で飲んでんじゃねえか。ネッド、好きな酒入れていいぞ。」と言うと、ネッドも嬉しそうに黒服を呼んだ。
運ばれてきた酒をトウコとリョウのグラスに注ぎながら、何か言いたげにしているネッドに、トウコがくすくす笑いながら、「今日は私たちだけだ。マリーは来ないよ。」と言うと、ネッドがあからさまに肩を落とす。
それを見たトウコとリョウが声を上げて笑う。
「悪いね、私たちだけできて。」
「す、すみません。つい…。」
「マリーは今日男と出掛けてるぞ。」
ニヤニヤしながらリョウがそう言うと、自分のグラスに酒を注いでいたネッドが、その言葉にがばりと顔を上げる。
「マリーさん、新しい恋人が出来たんですか!?」
「うわ!てめえ、酒こぼしてんじゃねーよ!なにテーブルに飲ませてんだ!」
「リョウさん!教えてください!新しい恋人ですか!?」
トウコが笑いながら、リョウに食って掛かるネッドの手から酒のボトルを取り上げる。
「落ち着け、ネッド。まだ恋人じゃないよ。」
その言葉にネッドがしゅんとする。
「まだってことは、そのうち恋人になるかもしれないってことですよね…。」
「その可能性はあるかもしれないな。…マリーはここには来てるのか?」
トウコが聞くとネッドは頷いた。
「ええ。たまに来てくれて、その時は必ず僕を指名してくれるんですけど…。1度も僕のこと買ってくれなくって。」
「まあ、あいつは基本的に買わないからなあ。」
リョウの言葉にネッドがため息を吐く。
「そうですね、分かってはいるんですけど…。僕に魅力がないからって思っちゃうんです。やっぱりもっと筋肉をつけてマリーさん好みにならないとだめでしょうか。せめてリョウさんくらいの…。」
「あいつ俺の体見て鼻で笑うぞ。もっと筋肉付けろって。」
ネッドの顔が絶望に染まる。
「そんな…。リョウさんの体でもダメなんですか…。」
「つーかお前、踊るのには今の筋肉がベストだろ。マリー好みの体にしたら硬くて踊れなくなるぞ。」
「はい、そうなんです…。」
リョウとネッドの会話を聞いていたトウコが笑いながら口を挟む。
「マリーの好みが筋肉質のデカい男なのは間違っちゃいないけど、別にそれが絶対ってわけじゃないはずだぞ。」
「本当ですかトウコさん!?」
「ああ。昔、ネッドみたいな可愛い男の子と付き合ってた。」
「マジで?俺それ知らねえ。」
「リョウと会う少し前か、会ってすぐくらいだった気がする。すぐに別れたっていうか、振られてたしな。」
「あれか?いつもの重いってやつか?」
笑いながらリョウが聞き、トウコも笑いながら頷いた。
「僕にもマリーさんの恋人になれる希望があるってことですね!僕だったらマリーさんの愛を重いなんて思わないのに!トウコさん、ありがとうございます!僕がんばります!」
その後、リョウの「マリーのどこがいいんだよ。」という一言で、ネッドがマリーの良さを滔々と語り始め、それをトウコは楽しそうに、リョウはうんざりした顔で聞いた。
結局ネッドは、黒服が出番だと呼びに来るまでマリーへの愛を語り続け、「また遊びに来てくださいね。」と言いながらテーブルを離れた。
他に誰か指名するかと黒服に聞かれたトウコとリョウは、もう誰も指名しない代わりにもう1本酒を頼み、キャスとネッドが踊るステージを見ていた。
「キャスも年取らねえよな。確かあいつ俺と同じかちょっと上くらいじゃなかったか?」
「うん。そうだったと思う。幼い顔をしてるから、甘えられるとつい構ってしまうけど、私より上なんだよな。」
「それであの体…。男も女もいけて、あいつSもMもいけんだろ?どんな性癖でもいけんじゃねえか。すげえな。」
何とも言えない表情でそう言ったリョウがトウコを見て続けた。
「お前、絶対キャスと2人で会うなよ。」
「分かってるよ。」
「ホントかよ…。あいつがお前に甘えんのは、甘えたらお前が拒否しないって分かってるからだぞ。ありゃ演技だ演技。」
リョウの言葉にトウコがくすくす笑う。
「うん、分かってる。けど、ついね。キャスはあの通り可愛いから。」
「どこが可愛いんだよ、ボケ。いつかヤられるぞ、お前。」
「リョウと会う前に、1度だけ危なかったことがある。」
「…やっぱあいつぶっ殺してえ。」
2人が話していると、隣のテーブルが騒がしくなった。
男3人に対して2人の女がついているテーブルで、男のうち2人が激しく言い合っていた。
女が止めようとするが、激高している男たちは言い合いを止めず、しまいには立ち上がって今にも殴り合いの喧嘩に発展しそうになっていた。
女たちが逃げるようにテーブルから少し離れ黒服を呼ぶ。
落ち着かせようと残りの1人の男が立ち上がり、言い合っているうちの1人の腕を掴むと、掴まれた男がその男を殴った。
殴られた男が反対側のテーブルに倒れこみ、女の悲鳴と酒やグラスが割れる音とともに、そのテーブルの男たちが怒声を上げる。
黒服が止めようとするが、たちまち至る所で殴り合いの喧嘩が発生してしまった。
「うるせえ。」
「こっちにまで来なきゃいいけどな。面倒くさい。」
酒を飲みながら面倒くさそうにそれを見ていたトウコとリョウがそう言った時、斜め前のテーブルから殴り飛ばされた男が1人、2人の方に飛んで来た。
リョウが鬱陶しそうな顔をしながら、テーブルの上の酒が入ったボトルクーラーを持ち上げる。
殴り飛ばされた男が2人のテーブルにぶつかり、空のボトルや割れたグラスの破片が飛び散った。
「こんなくだらないことに障壁を使ったのは初めてかもしれない。」
「便利だなあ、障壁。」
トウコが面倒くさそうに言いながら、飛ばされてきた男を誰もいない店の隅へと放り投げ、うんざりした様子でリョウが呟いた時、青い顔をした店長が2人のテーブルへ走って来た。
必死に謝る店長に、別に怒ってないから早く止めろと2人が言うと、店長は慌てて戻っていった。
そうこうしているうちに、殴り合いはどんどん広がっていき、トウコのすぐ隣でも喧嘩が始まってしまった。
「うぜえ…。」
そう言ったリョウが、トウコと席を代わろうと立ち上がりかけた時、殴られた男がトウコの足元に倒れこんだ。
男を殴った方が、トウコとリョウを見るなりぎょっとした顔をし、少し後ずさる。
殴られた男は頬を擦りながら顔を歪めていたが、自分を見下ろしているトウコに気付くと、少し口元をにやけさせて、体を起こした。
トウコが冷笑を浮かべ、リョウがボトルクーラーに手を伸ばす。
男を殴った方が顔を引き攣らせて叫んだ。
「お前やめろ!そいつら破壊屋のトウコとリョウだ!殺されるぞ!」
破壊屋という声に、殴り合いをしていた数名と、喧嘩に巻き込まれないように避難していた客の何人かが気づき、ぎょっとした顔をして声の方を見た。
しかし、トウコの足元に倒れ込んでいた男は動きを止めず、トウコの体に手を伸ばした。
トウコが右足を蹴り上げ、コンバットブーツのつま先が男の顎にめり込む。
顎を蹴り上げられた男の頭に、リョウが酒のボトルを叩き付けた。
「あ!リョウ!なんでそれで殴るんだ!空のボトルでやればいいだろう!」
トウコが怒鳴り、リョウが割れたボトルを床に投げ捨てながら苦笑した。
「わりい、つい。」
顔を引き攣らせて固まっていた男が我に返ると、「やめろやめろ!全員喧嘩はやめろ!ここにトウコとリョウ…破壊屋がいるぞ!」と言いながら走って行き、先に喧嘩を止めた男たちが未だに殴り合いをしていた者たちを必死の形相で止め始め、すぐに混乱は収まった。
静かになった店内で、全員の視線がトウコとリョウに集まる中、トウコの悲しそうな声が響く。
「まだ残ってたのに…。こんな奴に飲ませるなんてもったいない。」
酒にまみれ、頭と顔から血を流してうつ伏せでのびている男の後頭部を踏みつけながらトウコがそう言うと、リョウがトウコの肩を抱いて慰めるように頭を撫でた。
「悪かったって。また酒入れようぜ。」
「…あの酒は残り1本だってネッドが言ってた。」
「…マジか。わりい。」
「美味い酒だったのに…。」
少し唇を尖らせたトウコが、鬱憤を晴らすように男の頭を踏む足に力を入れる。
「お前やめろ。せめて腕にしとけ。」
リョウが苦笑しながらトウコを止めた時、店長の男が2人の元へ再びやって来て、迷惑を掛けたことに対する謝罪と、喧嘩を止めてくれた礼の意味も込めて、代金は不要だと言ってきた。
リョウが面倒そうな表情を浮かべ、ポケットからマネークリップに挟まれた金の束をいくつかテーブルに放り投げると立ち上がり、「出るぞ。」と言ってトウコに手を差し出した。
その手を取ったトウコが、男の頭を踏みつけたまま立ち上がり、2人は喧嘩をしていた客たちの恐れ戦いた視線を浴びながら店内を進むと、ステージ上で爆笑しながら手を振るキャスと、苦笑しながら手を振るネッドに、手を振り返して店を出た。
店長と黒服たちが深々と頭を下げ2人を見送った。
店の外に出ると、リョウが伸びをしながら言った。
「せっかくいい気分で飲んでたのに、おかしなことになったなあ。どっかで飲み直すか?」
「…酒はもういいかな。」
言いながらトウコがリョウのジャケットに手を突っ込み、懐中時計を取り出した。
「何時だ?」
「2時半。」
「どうする?帰るか?…今から歩いて帰るの面倒だしどっか適当に部屋取るか?」
トウコの肩を抱き、顔を覗き込んだリョウがそう聞くと、トウコが少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。
「賭博場に行こう。大小がやりたい。」
「大小か。いいな。金余ってるし、今日は朝まで賭博場で遊ぶか。」
トウコが嬉しそうに笑って頷く。
嬉しそうなトウコの顔を見たリョウもまた微笑むと、トウコに小さく口付けた。
いつものようにトウコの腰を抱いてリョウが歩き始めると、その手に自分の手を重ねたトウコが可笑しそうに言った。
「金は余ってるどころか、来た時よりも増えてる。」
「キャスとネッドんとこで大分使ったのに、意味わかんねえ。」
げらげら笑ったリョウが、「大小でまた増えたらどうするよ。」と言うと、トウコも笑いながら、「そしたら有り金全部、バカラの高額テーブルに突っ込もう。」と返した。
「やべえ。俺の女マジで男前。」
「惚れ直していいぞ。」
「これ以上は無理だ。ボケ。」
トウコとリョウは、未だ賑わう歓楽街の雑踏に楽しそうに消えた。
ぎゃあぎゃあ騒いでいたキャスに黒服が小さく耳打ちすると、キャスが唇を尖らせてトウコから体を離した。
「出番が来ちゃったー。残念。トウコ、私が踊るのちゃんと見ててよね!」
そう言ったキャスがグラスに残った酒を飲み干し、トウコに口付け立ち上がると、「また遊びに来てよね!絶対よ!リョウはもう来ないで!」と言いながら去って行った。
トウコが苦笑し、リョウの「あの野郎…。マジでぶっ殺してえ。」という忌々しげな呟きを聞きながら、形の良い尻を小気味よく振って歩いて行くキャスを見ていると、それとすれ違うように1人の色無しの男が近づいてきた。
柔らかそうな黒髪に少し目尻が垂れた穏やかな黒の瞳、口角の上がった薄い唇、色無しらしい整った顔立ちをした20代前半の見た目のその男が、トウコとリョウのテーブルの横に立つと、穏やかな耳障りのいい声で挨拶をした。
「トウコさん、リョウさんお久しぶりですね。ご指名ありがとうございます。」
長い手足に綺麗な筋肉の付いたしなやかな体には、キャス同様小さな下着のみを身に着けていた。
「ネッド、久しぶり。さっき踊ってるの見たけど、また上手くなったんじゃないか。」
「よう、ネッド。」
言いながらリョウが少し体をずらしてトウコとの間に隙間を作ると、男―ネッドが微笑みながらそこに腰かけた。
酒がほとんどなくなっていることに気付いたリョウが、「キャスの野郎、ほとんど1人で飲んでんじゃねえか。ネッド、好きな酒入れていいぞ。」と言うと、ネッドも嬉しそうに黒服を呼んだ。
運ばれてきた酒をトウコとリョウのグラスに注ぎながら、何か言いたげにしているネッドに、トウコがくすくす笑いながら、「今日は私たちだけだ。マリーは来ないよ。」と言うと、ネッドがあからさまに肩を落とす。
それを見たトウコとリョウが声を上げて笑う。
「悪いね、私たちだけできて。」
「す、すみません。つい…。」
「マリーは今日男と出掛けてるぞ。」
ニヤニヤしながらリョウがそう言うと、自分のグラスに酒を注いでいたネッドが、その言葉にがばりと顔を上げる。
「マリーさん、新しい恋人が出来たんですか!?」
「うわ!てめえ、酒こぼしてんじゃねーよ!なにテーブルに飲ませてんだ!」
「リョウさん!教えてください!新しい恋人ですか!?」
トウコが笑いながら、リョウに食って掛かるネッドの手から酒のボトルを取り上げる。
「落ち着け、ネッド。まだ恋人じゃないよ。」
その言葉にネッドがしゅんとする。
「まだってことは、そのうち恋人になるかもしれないってことですよね…。」
「その可能性はあるかもしれないな。…マリーはここには来てるのか?」
トウコが聞くとネッドは頷いた。
「ええ。たまに来てくれて、その時は必ず僕を指名してくれるんですけど…。1度も僕のこと買ってくれなくって。」
「まあ、あいつは基本的に買わないからなあ。」
リョウの言葉にネッドがため息を吐く。
「そうですね、分かってはいるんですけど…。僕に魅力がないからって思っちゃうんです。やっぱりもっと筋肉をつけてマリーさん好みにならないとだめでしょうか。せめてリョウさんくらいの…。」
「あいつ俺の体見て鼻で笑うぞ。もっと筋肉付けろって。」
ネッドの顔が絶望に染まる。
「そんな…。リョウさんの体でもダメなんですか…。」
「つーかお前、踊るのには今の筋肉がベストだろ。マリー好みの体にしたら硬くて踊れなくなるぞ。」
「はい、そうなんです…。」
リョウとネッドの会話を聞いていたトウコが笑いながら口を挟む。
「マリーの好みが筋肉質のデカい男なのは間違っちゃいないけど、別にそれが絶対ってわけじゃないはずだぞ。」
「本当ですかトウコさん!?」
「ああ。昔、ネッドみたいな可愛い男の子と付き合ってた。」
「マジで?俺それ知らねえ。」
「リョウと会う少し前か、会ってすぐくらいだった気がする。すぐに別れたっていうか、振られてたしな。」
「あれか?いつもの重いってやつか?」
笑いながらリョウが聞き、トウコも笑いながら頷いた。
「僕にもマリーさんの恋人になれる希望があるってことですね!僕だったらマリーさんの愛を重いなんて思わないのに!トウコさん、ありがとうございます!僕がんばります!」
その後、リョウの「マリーのどこがいいんだよ。」という一言で、ネッドがマリーの良さを滔々と語り始め、それをトウコは楽しそうに、リョウはうんざりした顔で聞いた。
結局ネッドは、黒服が出番だと呼びに来るまでマリーへの愛を語り続け、「また遊びに来てくださいね。」と言いながらテーブルを離れた。
他に誰か指名するかと黒服に聞かれたトウコとリョウは、もう誰も指名しない代わりにもう1本酒を頼み、キャスとネッドが踊るステージを見ていた。
「キャスも年取らねえよな。確かあいつ俺と同じかちょっと上くらいじゃなかったか?」
「うん。そうだったと思う。幼い顔をしてるから、甘えられるとつい構ってしまうけど、私より上なんだよな。」
「それであの体…。男も女もいけて、あいつSもMもいけんだろ?どんな性癖でもいけんじゃねえか。すげえな。」
何とも言えない表情でそう言ったリョウがトウコを見て続けた。
「お前、絶対キャスと2人で会うなよ。」
「分かってるよ。」
「ホントかよ…。あいつがお前に甘えんのは、甘えたらお前が拒否しないって分かってるからだぞ。ありゃ演技だ演技。」
リョウの言葉にトウコがくすくす笑う。
「うん、分かってる。けど、ついね。キャスはあの通り可愛いから。」
「どこが可愛いんだよ、ボケ。いつかヤられるぞ、お前。」
「リョウと会う前に、1度だけ危なかったことがある。」
「…やっぱあいつぶっ殺してえ。」
2人が話していると、隣のテーブルが騒がしくなった。
男3人に対して2人の女がついているテーブルで、男のうち2人が激しく言い合っていた。
女が止めようとするが、激高している男たちは言い合いを止めず、しまいには立ち上がって今にも殴り合いの喧嘩に発展しそうになっていた。
女たちが逃げるようにテーブルから少し離れ黒服を呼ぶ。
落ち着かせようと残りの1人の男が立ち上がり、言い合っているうちの1人の腕を掴むと、掴まれた男がその男を殴った。
殴られた男が反対側のテーブルに倒れこみ、女の悲鳴と酒やグラスが割れる音とともに、そのテーブルの男たちが怒声を上げる。
黒服が止めようとするが、たちまち至る所で殴り合いの喧嘩が発生してしまった。
「うるせえ。」
「こっちにまで来なきゃいいけどな。面倒くさい。」
酒を飲みながら面倒くさそうにそれを見ていたトウコとリョウがそう言った時、斜め前のテーブルから殴り飛ばされた男が1人、2人の方に飛んで来た。
リョウが鬱陶しそうな顔をしながら、テーブルの上の酒が入ったボトルクーラーを持ち上げる。
殴り飛ばされた男が2人のテーブルにぶつかり、空のボトルや割れたグラスの破片が飛び散った。
「こんなくだらないことに障壁を使ったのは初めてかもしれない。」
「便利だなあ、障壁。」
トウコが面倒くさそうに言いながら、飛ばされてきた男を誰もいない店の隅へと放り投げ、うんざりした様子でリョウが呟いた時、青い顔をした店長が2人のテーブルへ走って来た。
必死に謝る店長に、別に怒ってないから早く止めろと2人が言うと、店長は慌てて戻っていった。
そうこうしているうちに、殴り合いはどんどん広がっていき、トウコのすぐ隣でも喧嘩が始まってしまった。
「うぜえ…。」
そう言ったリョウが、トウコと席を代わろうと立ち上がりかけた時、殴られた男がトウコの足元に倒れこんだ。
男を殴った方が、トウコとリョウを見るなりぎょっとした顔をし、少し後ずさる。
殴られた男は頬を擦りながら顔を歪めていたが、自分を見下ろしているトウコに気付くと、少し口元をにやけさせて、体を起こした。
トウコが冷笑を浮かべ、リョウがボトルクーラーに手を伸ばす。
男を殴った方が顔を引き攣らせて叫んだ。
「お前やめろ!そいつら破壊屋のトウコとリョウだ!殺されるぞ!」
破壊屋という声に、殴り合いをしていた数名と、喧嘩に巻き込まれないように避難していた客の何人かが気づき、ぎょっとした顔をして声の方を見た。
しかし、トウコの足元に倒れ込んでいた男は動きを止めず、トウコの体に手を伸ばした。
トウコが右足を蹴り上げ、コンバットブーツのつま先が男の顎にめり込む。
顎を蹴り上げられた男の頭に、リョウが酒のボトルを叩き付けた。
「あ!リョウ!なんでそれで殴るんだ!空のボトルでやればいいだろう!」
トウコが怒鳴り、リョウが割れたボトルを床に投げ捨てながら苦笑した。
「わりい、つい。」
顔を引き攣らせて固まっていた男が我に返ると、「やめろやめろ!全員喧嘩はやめろ!ここにトウコとリョウ…破壊屋がいるぞ!」と言いながら走って行き、先に喧嘩を止めた男たちが未だに殴り合いをしていた者たちを必死の形相で止め始め、すぐに混乱は収まった。
静かになった店内で、全員の視線がトウコとリョウに集まる中、トウコの悲しそうな声が響く。
「まだ残ってたのに…。こんな奴に飲ませるなんてもったいない。」
酒にまみれ、頭と顔から血を流してうつ伏せでのびている男の後頭部を踏みつけながらトウコがそう言うと、リョウがトウコの肩を抱いて慰めるように頭を撫でた。
「悪かったって。また酒入れようぜ。」
「…あの酒は残り1本だってネッドが言ってた。」
「…マジか。わりい。」
「美味い酒だったのに…。」
少し唇を尖らせたトウコが、鬱憤を晴らすように男の頭を踏む足に力を入れる。
「お前やめろ。せめて腕にしとけ。」
リョウが苦笑しながらトウコを止めた時、店長の男が2人の元へ再びやって来て、迷惑を掛けたことに対する謝罪と、喧嘩を止めてくれた礼の意味も込めて、代金は不要だと言ってきた。
リョウが面倒そうな表情を浮かべ、ポケットからマネークリップに挟まれた金の束をいくつかテーブルに放り投げると立ち上がり、「出るぞ。」と言ってトウコに手を差し出した。
その手を取ったトウコが、男の頭を踏みつけたまま立ち上がり、2人は喧嘩をしていた客たちの恐れ戦いた視線を浴びながら店内を進むと、ステージ上で爆笑しながら手を振るキャスと、苦笑しながら手を振るネッドに、手を振り返して店を出た。
店長と黒服たちが深々と頭を下げ2人を見送った。
店の外に出ると、リョウが伸びをしながら言った。
「せっかくいい気分で飲んでたのに、おかしなことになったなあ。どっかで飲み直すか?」
「…酒はもういいかな。」
言いながらトウコがリョウのジャケットに手を突っ込み、懐中時計を取り出した。
「何時だ?」
「2時半。」
「どうする?帰るか?…今から歩いて帰るの面倒だしどっか適当に部屋取るか?」
トウコの肩を抱き、顔を覗き込んだリョウがそう聞くと、トウコが少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。
「賭博場に行こう。大小がやりたい。」
「大小か。いいな。金余ってるし、今日は朝まで賭博場で遊ぶか。」
トウコが嬉しそうに笑って頷く。
嬉しそうなトウコの顔を見たリョウもまた微笑むと、トウコに小さく口付けた。
いつものようにトウコの腰を抱いてリョウが歩き始めると、その手に自分の手を重ねたトウコが可笑しそうに言った。
「金は余ってるどころか、来た時よりも増えてる。」
「キャスとネッドんとこで大分使ったのに、意味わかんねえ。」
げらげら笑ったリョウが、「大小でまた増えたらどうするよ。」と言うと、トウコも笑いながら、「そしたら有り金全部、バカラの高額テーブルに突っ込もう。」と返した。
「やべえ。俺の女マジで男前。」
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