常世の彼方

ひろせこ

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青の章

17.大森林

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 翌朝、トウコたち3人は大森林に向かって出発した。
出発前、この砦本来の司令官が挨拶にやってきた。司令官は50代半ばで立派な体躯を軍の制服で包み、シルバーブロンドの髪をきっちりと撫でつけた男だった。サファイアの瞳を優しく細めながら、「久しいな、リョウ。」とリョウに声をかけた。
司令官の男を見たリョウは少しだけ目を瞠った後、苦笑した。
「…ここの砦の司令官は閣下、あなたでしたか。」
「お前が第4都市を出たすぐ後に、ここに着任しだのだよ。」
「それでシュウが食い込めたのですね。閣下も人が悪い。」
「私もお前に会いたかったからな。」
リョウはそれには答えず少し目を伏せた。
「今回の任務は悪く思っている。だが頼んだぞ。」
「私が出るよりも閣下が出られた方が確実でしょう。」
「はっはっは!私もそうしたいのはやまやまだが、もう立場が許してはくれん。頼んだぞ。」
「はい。」

リョウと司令官の男が話すのを聞いていたトウコは、自分が知らない―リョウの丁寧な態度を見て、初めてリョウの過去に触れた気がした。
「リョウってバカで猿で頭おかしいけど、頭の回転は速いし本物のバカじゃないと思ってはいたけど…ああしてるとホントまともに見えるわねぇ。まぁバカで猿で頭がおかしいのは変わりないけど。」
トウコはマリーの言葉に小さく笑って「同感だ。」と頷いた。

その後、トウコとマリーも司令官と挨拶した。
トウコが司令官と握手をしたとき、男は握ったトウコの右手を左手でも握り、「君がトウコ君か。」と言いながらじっとトウコのことを見つめた。
トウコもまた目を逸らさずにいると、男はにこりと笑った。
「リョウをよろしく頼んだ。」
そう言いながら、トウコの手を包んでいた左手で優しくトウコの手を叩いた。
トウコは静かに頷いた。

砦から大森林までは軍の魔導車で移動し、その後3人のみで森へと入ることになる。トウコたちと共に1個小隊60名が移動する。彼らはトウコたちを送った後はその場に展開し、トウコたちの帰還を待つ。1個小隊が出たのは、大森林から魔物が日に何度も出没するのに備えるためだ。トウコたちの帰還を待つ間、彼らはそれを駆逐する。
予定では調査期間は1日だが、危険があればすぐに戻ってきてもよいということだった。
魔導車に乗り込む一行を、シュウは「ご武運を。」と敬礼しながら送り出した。
砦を出発して30分ほど経ったころ、目的地である大森林に着いた。魔導車を降り装備の最終確認が終わった3人を、兵士たちもまた「ご武運を。」と敬礼して送り出してくれた。

大森林へと入る直前、リョウがマリーに声をかけた。
「マリー色々すまなかった。」
「いいのよ。あなたとトウコに迷惑かけられるのは慣れてるから。でも、もうちょっと話しなさいよね。リョウもトウコも1人で抱え過ぎなのよ。…私はね、これでもあなたたちのお姉さんだと思ってるんだから。もう少し頼りなさいよ!」
その言葉にリョウとトウコが少し驚いた顔でマリーを見ると、マリーは少し赤い顔していた。
それを見たトウコが呟く。
「困ったな。」
「な、何よ!何が困るのよ!」
「私はマリーのことをお兄さんだと思ってたからな。」
「おだまりっ!」
トウコが声を上げて笑い、「悪い。ありがとう、マリー。」と言うと、リョウもまた笑いながら、「頼りにしてるぜ、姉さん。」と言った。
リョウの言葉に目を丸くしたマリーが、更に顔を赤くしてそっぽを向く。
「わ、分かればいいのよ!行くわよ!」
「でも俺らのマリー姉さんは吹っ飛ばされるばっかりだからなぁ、なあトウコ。」
「私らのマリー姉さんは怖いから、そんなこと言うとお前が吹っ飛ばされるぞ。」
「ホントに吹っ飛ばすわよ!あんたたち!」
神殿から1か月、3人は久しぶりに笑いあいながら大森林へと入った。

森へ入って30分。
リョウ、トウコ、マリーの順で進んでいた一行は、少し緊張した面持ちで静かに進んでいた。
死の森のように毒々しい花や蔦、捻じれた木などが存在しないため、見た目は普通の森だ。だがしかし、明らかにおかしかった。
それは、動物の声が一切しないのだ。
死の森では魔物以外の動物が存在しないため、鳥やその他の野生動物の声は一切しない。しかし、大森林は魔物こそ存在するものの、野生動物も存在するため普通ならばそれらの鳴き声が聞こえてくるはずだった。
しかし、いくら耳をそばだてても鳴き声は聞こえず、3人の静かな足音しかしなかった。
その時、リョウが足を止めトウコとマリーにも止まるよう合図を出した。
3人が警戒していると、ゴゴゴというかすかな地響きのような音が前方から聞こえてくるとともに、3人の足にも振動が伝わってくる。
「多いわね、これ。木の上でやり過ごしましょう。」
マリーの言葉にリョウとトウコは頷くと、3人は即座に手近な木の上へと飛び上がった。3人が木の上へと移動してすぐに、ブレードホーンディアと呼ばれる鹿によく似た、刃のように鋭い角を持った魔物が、十数匹トウコたちの足元を駆け抜けていく。
最後の1頭が走りすぎて数分後、後続がこないことを確認した3人は地面へと降りた。
「あれ、群れ単位で移動してたわよね。」
「移動というよりも…何かから逃げてる感じだったな。」
「こりゃ大物が森の奥に住み着きやがったかな。」
リョウの言葉にマリーがため息を吐く。
「昨日話を聞いた限りだと、なんとなくそんな感じはしていたけど…やっぱりそれっぽいわねぇ…。」
「シュウは今のところ、大型は1度しか森の外へ出ていないと言っていたな。大型同士で縄張り争いをして食い合ってくれてると助かるんだがな。」
「食い合った結果、住み着いた奴が勝ってんじゃねえか、これ。」
「そんな予感がするわね…。とりあえず今みたいに、やり過ごせる魔物はやり過ごしましょう。」
「そうだな。あれくらいなら軍の連中でも蹴散らせる。俺たちはなるべく消耗しないように進むとしようぜ。」

それから1時間後。
さらに森の奥へと進んだ3人は、血に塗れたBDUに包まれた人間の足を見つけた。
足は太ももの中ほどから食いちぎられているようだった。
「足だけか。」
「近くにまだあるかもしれないわね。」
3人が周囲を探索すると、間もなく食い荒らされた人間の死体を見つけた。
辺りには兵士たちが持っていたであろう装備品が散らばり、BDUの残骸と共に一部が白骨化している人間の残骸もまた散らばっていた。
マリーが死体を検分しながら言う。
「どれも鋭い牙のようなもので食いちぎられたって感じだわ。」
「最初に調査に入った奴らか、それともその後に入った奴らかは分かんねーが、この状態で残ってるのはおかしいな。」
「そうだな。食い残しを他の魔物が食って、骨すら残っていなくてもおかしくない。」
「はぁ、もうこのまま戻りたくなってきたわ。」
「同感だな。」
マリーとトウコにリョウが声をかける。
「とりあえずお前ら、ドッグタグが残ってないか探せ。あったら持ち帰ってやるぞ。」
しかしドッグタグは1人分も見つからなかった。

「おかしいわね。1つも見つからないなんて。」
「後から来た部隊が回収して持ってる可能性が高いな。」
トウコの言葉にリョウが頷く。
「恐らくそうだ。」
マリーが小さくため息を付く。
「仕方ないわね。もう少し進んでみましょうか。」

その後15分ほど進んだところで、一行は先ほどと同じような惨状に行き当たった。しかし、先ほどより散らばっている部位が多かった。
「こっちの方が人数が多いわね。」
「さっきのが最初の部隊で、こっちが後続隊か?それでも数が合わねーけどな。ドッグタグ探すぞ。」
3人は落ちていたバックパックから6人分のドッグタグと、地面や死体から10人分のドッグタグを回収した。
リョウがそれらをタクティカルベストのポケットに納めた時、トウコが叫んだ。

「何か来る…左だ!」

数舜遅れて、ファングタイガーと呼ばれる体長4メートルを超す、鋭い牙を持ったトラに似た魔物がトウコの左側面から飛び出して来た。
トウコがファングタイガーを避けながら冷静に言う。
「手負いだ、そのせいで興奮してる。」
トウコの言う通り、ファングタイガーは後ろ足付近から出血していた。
マリーが万力鎖を投げ、ファングタイガーを横倒しにする。もがくファングタイガーに駆け寄ったリョウが首元と心臓に短剣を突き刺すと、そのまますぐに飛び退った。
しばらくファングタイガーはもがいていたが、すぐに動かなくなった。完全に動かなくなったのを確認したリョウが短剣を引き抜き、ファングタイガーの後ろ足部分を確認する。
「こいつも食いちぎられてんな。」
リョウの言う通り、ファングタイガーの尻から太ももに掛けて、何かに食われたように大きく抉れていた。
マリーもまたリョウの言葉を肯定する。
「兵士の残骸と同じ歯形みたいだわ。…ファングタイガーって素早いし、この辺りじゃそれなりに強い魔物の部類よね。」
「こいつがどのくらい逃げて来たのかは分からないが…近いだろうな。血の跡を追える。」
腕を組んでファングタイガーが飛び出して来た方を見ながらトウコが言い、リョウがタクティカルベストから取り出した懐中時計を見ながら言う。
「まだ昼前だ。時間には十分余裕がある。トウコの言う通り血の跡を辿るぞ。」
「戻りたいところだけど…ここまで来ちゃったものねぇ。警戒して行くわよ。」

3人はファングタイガーの血を辿りながら、慎重に森の奥へと進んでいった。
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