常世の彼方

ひろせこ

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青の章

16.悲しい世界

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 トウコとリョウはシュウの執務室に2人きりでいた。
あの後、泣き崩れたアリアは兵士2人に抱えられるようにして連れられて行った。第16都市に留まることを命じられていたのに、それに反して砦に来たので軍規違反で何かしらの罰が与えられるが、それまでは謹慎が命じられるとのことだった。
アリアが連れられて出ていくと、リョウは両肘を膝について両手で顔を隠すように覆うと、「トウコと2人にしてくれ。」と呻くように言った。
マリーがトウコに目配せして部屋を出ていき、シュウもまたトウコに小さく頭を下げると部屋を出て行った。

そして今に至っている。
ソファの端に座ったトウコの膝の上に頭を乗せ、トウコの腰に抱きつくようにして横になっている。
リョウが何も話さないので、トウコも無言でリョウの頭をゆっくり撫でていた。
どのくらい時間が経ったのか、リョウが静かに話し出した。
リョウとシュウは腹違いの兄弟だという。リョウが長男だが、シュウは正妻の子でリョウが妾の子。
キサラギ家はそれなりの歴史を持つ家で血統を重んじる、リョウ曰く「貴族によるある家」だそうだ。そのため、血筋だけを見ればシュウがキサラギ家を継ぐはずだった。しかし、不幸なことにシュウよりもリョウの方が圧倒的に魔力が強かった。キサラギ家は代々軍人を輩出している家ということもあり、血筋もだが強さ=魔力も重んじられたのだ。
どちらが後を継ぐのか、本人たちの意思とは関係なくリョウ派とシュウ派の派閥ができた。
しかし、リョウは元々家を継ぐ気はなく、素行が悪かったせいもあって、リョウが2桁の年になる頃にはリョウを後継ぎにと言う声はほとんどなくなっていた。

そこまで話した時、リョウが何も言わなくなったのでトウコが少し揶揄うような口調で問うた。
「お前、子供の頃からそんなに口が悪かったのか?」
「なんだよいきなり。」
「だって、お前がシュウみたいな口調だったらと思うとおかしくて。」
最後は本当に笑いながら言ったトウコの髪を引っ張りながら、リョウが少し拗ねたような口調で答える。
「ガキん頃からこんなんだよ。」
「そうか、安心した。」
トウコがくすくす笑いながらリョウの頭を撫で、続きを促す。
「それで?」
「…俺にはシュウのほかにもう1人、妹がいた。俺の母親が生んだ子だ。」
過去形で告げられたその事実に、トウコの手が少し止まる。だがすぐにトウコが手を動かした時、リョウが言葉を続けた。
「妹の名前はマイ。…マイは色無しだった。」
トウコが息を飲んだ。
「正確に言うと色無しじゃないがな。お前がガキの頃いた護衛団のあいつみたいな感じだ。」
トウコが少し掠れた声で言う。
「ミツルか?」
「ああ、そいつだ。マイはほぼ茶色の髪で、目が黒に限りなく近い濃紺だった。お前に言わせれば色無しではないだろうな。だが、貴族の家では、魔力を重んじるキサラギの家では色無しだ。」
「贅沢な話だな。」
「その通りだ。」
その後、リョウは静かに淡々と語った。

そういった事情もあり、マイは実の両親からすら疎まれ、存在しないものとして扱われた。リョウが綺麗な金と青の色を持ちそれにふさわしい魔力を持っていたのに対し、ほとんど魔力を持たなかったマイは、兄であるリョウと余計に比べられ、更に蔑まれた。
しかし、リョウはマイを可愛がった。可能か限りマイを側に置き、マイが苛められればその相手に報復した。それは使用人が相手であっても、またそれが実の親であっても同様だった。リョウは親を憎むようになり、周囲がマイを蔑む度に、リョウの評判は地に落ちた。

「マイは、どれだけ周囲から疎まれようとも、自分を疎む人間を恨むことはなかった。いつも少し寂しそうに困ったように微笑んでいたが、俺と一緒にいるときは本当に楽しそうに笑って。本当に可愛かった。」
リョウはそこまで話すと、トウコの腹に自分の顔を押し付けるとしばらく黙ったが、また静かに話し出した。
「マイは、俺が22の時。マイが17の時に死んだ。殺された。アリアの兄に。」
トウコがそっと左手をリョウの頬に添えると、リョウはその手を少し強く握る。

「アリアの兄はクソ野郎だった。表面上は人畜無害そうな、アリアと似て虫も殺せないような顔をしていた。だが、俺はアイツがクソ野郎だとなんとなく分かっていた。そしてアリアもそれを分かっていた。実の兄が人間として破綻していることを。俺はアイツがマイに興味を示したことを知り、2人を近づけないようにした。その頃、アリアと俺の婚約が決まった。アリアの髪と瞳の色を見ただろう?あいつも魔力が強い。治癒魔法の使い手だ。軍の中であいつに敵う奴はいないだろうな。同じ軍門の家柄で、魔力も強い者同士の政略結婚だ。俺がガキの頃からアリアは俺の婚約者候補として家に来ていた。アリアはマイの事を厭わなかったから、家に来たときは3人で遊んだりもした。だから、マイはアリアにも懐いていたんだ。だが、俺はアリアに全く興味はなかったし、俺が結婚したらマイを守る人間がいなくなる。だからアリアは生贄としてマイを兄に差し出した。マイが俺から離れれば、自分に俺の興味が移ると思ったんだろうな。そしてマイとアイツは出会った。俺とシュウ以外に初めて優しくしてくれた年の近い男がアイツだった。俺がアイツのことを嫌っていたのが分かっていたマイは、アイツとのことを俺には話さなかった。そして、マイが17になった時、マイはアイツの子を孕んだ。」
リョウが握っていたトウコの手を強く握りしめる。

「そのことを知ったアイツは激高し、マイを暴行した。腹の中の子供を殺すつもりだったんだろうな。マイは死んだ。腹の中の子供も死んだ。そして、俺はアイツを殺して家を出た。」

「俺は今でも忘れられない。マイのぼろぼろになった姿を。」
リョウの声は震えていた。
トウコは自分の手を握り締めるリョウの手の上にさらに手を重ねて静かに言った。
「狂ってるな。この世界も。人間も。お前も、私も。」
「…ああ。」

しばらく2人は黙っていたが、リョウが起き上がりトウコの髪を手で梳きながら少し気まずそうに呟いた。
「…ちなみに言っておくが、俺はお前とマイを重ねたりしてないからな。マイはお前みたいに粗野じゃないし、言葉遣いだって乱暴じゃない。お前よりずっと可愛かった。」
その言葉にトウコは小さく声をあげて笑い、「分かってるよ。」と言い、更に続けた。
「お前、リカとマイさんを重ねているだろう?そしてシュウとヨシも。」
その言葉にリョウが目を瞠る。
「お前にしては珍しくリカとヨシのことを気にかけていたからな。ちょっと不思議に思っていたんだ。…リョウ、お前面倒見のいい優しい兄貴だったんだろうな。」
リョウが少し顔を顰めてトウコを抱きしめる。
「クソ。お前、本当に可愛くねえな。俺がリカのことを気にかけてることに気付いたんなら、少しは嫉妬ぐらいしろよ。」
その言葉にトウコはまた声を上げて笑うと、「無理言うなよ。」と言ったが、「ああ、でも。」と続けた。
「マイさんには少し嫉妬したかな。」
「…マイに?」
「うん。お前私のこと殺すって言いながら、短剣に魔力を通したことはないだろう?でも、今日お前は無意識に短剣に魔力を通した。それだけマイさんのことを大事にしてたってことだ。ちょっと嫉妬するな。」
「…お前も相当頭おかしいな。」
「よく言われるな、それ。」
リョウは小さく笑いトウコに軽く口付けると「行くか。明日は大森林だ。」と言い、トウコの腕を引いて立ち上がる。
腕を引かれながらトウコもまた立ち上がり、「そうだな。とっと終わらせてとっとと帰ろう。じゃないと、マリーの胃がやばい。」

2人が部屋を出ると、扉の向かいの壁に腕を組んでもたれ掛かっているシュウがいた。
「兄さん…。」
「明日は予定通り大森林に入る。…戻ったら話そう。」
「はい…。部屋まで案内します。」
「不要だ。ガキの頃ここには来たことがある。どこだ?」
「西の棟の最上階突き当りの左の部屋です。マリーさんはその向かいに。…お2人は同じ部屋ですがそれでよかったですよね?」
最後は少し笑いながら言ったシュウに、「当然だ。」とリョウは答え歩き出す。
トウコもまた歩き出し、シュウがトウコに向かって小さく頭を下げたのが見えた。

リョウに連れられて部屋まで来たトウコは、「マリーと少し話してくる。すぐ戻る。」と言ってマリーの部屋に入り、リョウはそのまま割り当てられた部屋へと入っていった。
トウコがマリーの部屋に入ると、マリーが抱き付く勢いで駆け寄って来た。
「トウコ!ああもう、どうなることかと思ったわ!リョウは大丈夫?」
「ああ、とりあえず落ち着いたよ。明日は予定通り大森林に入るよ。もうここには1秒たりとも長居したくないから、本音は今すぐ森に入りたいとこだけどね。」
「ホントよ!私も今すぐ行きたいわ!そうだわ、トウコ、あなた手大丈夫?もう1度治癒しておこうか?あのアリアあって女何なの、ホントにもう!」
一気に捲し立てたマリーに苦笑しながら、トウコは落ち着かせるようにマリーの逞しい腕を叩きながら話す。
「手は大丈夫だ。ありがとう。傷も残っていないよ。アリアさんはリョウの婚約者らしい。」
「あの女が?エレナの言ってた?あんな空気の読めない女、リョウもあんたも苦労するわね…。私てっきりあの女が呟いたマイさんって方がリョウの婚約者なのかと…。」
「マイさんはリョウの妹だそうだ。」
トウコが少し目を伏せて言うと、それとなく事情を察したであろうマリーもまた目を伏せて呟いた。

「そう…。悲しい世界ね。」

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