常世の彼方

ひろせこ

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青の章

15.殺意

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 トウコたちはシュウと護衛の兵士3人に伴われ、砦の奥にある1部屋に案内された。部屋は執務机と簡単な応接セットがあるだけの簡素な部屋だった。
シュウは奥のソファに座ると、「どうぞ。」と向かいのソファを3人に示した。
リョウが遠慮なくどっかりとソファに深く腰掛け足を組むと、すぐに煙草の箱を取り出し1本咥えると火をつけた。
トウコが苦笑しながらその隣に座り、リョウの口から煙草を奪うと自分の口に咥えた。そして、腰のポーチから自分の煙草を取り出すと、テーブルの上に置いてシュウの方へ静かに押しやった。
シュウが楽しそうに小さく声を上げて笑うとトウコの煙草に手を伸した。
「今日は投げてよこさないんですね。いただきます。」
そこで護衛の兵士の1人がコーヒーを各自の前に置く。それを見たトウコが少し揶揄うような口調でシュウに言う。
「今日は飲まないのか。」
「飲みたいところですが、今は一応勤務時間内ですからね。まあ、この間も勤務時間内でしたけど。この間はあれでも緊張していたんですよ。」
新たな煙草に火をつけたリョウが、忌々し気にトウコを睨みつける。
「おい、お前らえらく仲良さそうだな。マジでトウコ、お前5日前に何したんだよ。いい加減吐け。」
「お前もしつこいな。私は何もしていないといっただろう。」
「兄さん、トウコさんは本当に何もしていないですよ。2人で煙草を吸って、少しお酒を飲んだだけです。」
そこでシュウは目を優しく細めてトウコを見つめた。
「あの日、兄さんを守ろうとしていた貴女はとても素敵でしたが、今の貴女の方がもっと素敵ですね。貴女が兄さんの横にいてくれてよかったです。」
トウコが苦笑すると、リョウがシュウを睨みつけて言った。
「いい加減、兄さんと呼ぶのはやめろ。不愉快だ。」
シュウが微笑んだまま静かにリョウを見つめ、煙草の火を消した。
「そうですね。すみません。では本題に入りましょう。」
優しげだった顔が冷たく無機質な、人の上に立つ者の顔に変わる。
「改めて、私はシュウ・キサラギと言います。第4都市軍第3旅団の指揮官を任されています。今回、あなた方に来ていただいたのはこの砦の北に広がる大森林を調査していただくためです。」

シュウの説明によると、ひと月ほど前から大森林から魔物が現れる事件が多発しているという。もちろん、砦の存在意義の1つは大森林から出てきた魔物を狩り、都市に被害を及ぼさないことにある。そのため、大森林から魔物が出てくるのはそう珍しいことではない。しかし、通常1か月に1、2回、多くても4回あるかないかという魔物の出現が、この1か月はほぼ毎日、ここ数日においては毎日数回は出現しているという。

「現れる魔物はどんなものがいるの?」
「小型の物から中型まで様々ですね。大型の魔物は1度だけ出ました。小型だと多くて数十匹単位、中型も群れ単位で現れています。」
「そこまでの出現率ということは、すでに大森林に兵は送ったんでしょう?」
「ええ。3週間前に1個分隊を送りましたが、現時点で未だ帰還していません。その後すぐに不明の分隊の捜索班と新たな調査班をそれぞれ2個分隊送りましたが、それも帰還しておらず、それ以降は兵を出していません。本日までの行方不明者は50名を超えています。」

シュウの説明に3人はしばし沈黙した後、マリーが口を開いた。
「今からでも正直お断りしたい仕事だわ。仕事内容を聞いていたら、高額な罰則金を払ってでも断っている内容よ。」
トウコが2本目の煙草に火をつけて口を開く。
「兄さんと慕っておきながら、容赦のない仕事を押し付けてきたもんだな。」
その言葉にシュウが冷たい表情を消し、もとの柔和な顔に戻る。
「元々僕が介入しなくてもこの話はあなた方に行っていたでしょう。兵士は砦で戦う訓練はしていますが、森の中に入って戦うのにはあまり慣れていないのです。基本的に迎え撃つことに特化していますからね。なので、第16都市の組合へ協力要請は検討されていたのです。組合員なら森の中での戦闘も慣れている、そして第16都市ならば大森林よりも強力な魔物が出る死の森を活動の場としている組合員も多い。そこへ、主討伐を果たしたチームが1組現れた。ここの砦の司令官は、そのチームに協力要請を出そうと考えた。しかし、指名依頼で出してもマリーさんが言ったように断られる可能性が高い。」
そこで言葉を区切ったシュウに、リョウが鋭い視線を投げる。
「そこにお前は介入したんだな。第4都市の高官から依頼を出し、裏には第16都市の高官もいる。無理難題な依頼でも組合が断れない状況を作りだしやがったな。あの腹黒狸の男が疲れた顔をしているわけだ。」

シュウはリョウを静かな目で見つめた。
「そこまでしてでも、僕はあなたに会いたかった。」
「明らかに危険だと思われる任務に送り出して俺を消したいのか。」
リョウの言葉にシュウは少し寂し気に笑った。
「そうではありませんよ。僕はあなたが死ぬとは思っていません。あなたの実力は僕が十分分かっています。」
「俺が大丈夫でもトウコやマリーに危険が及ぶかもしれないんだ。」
「…そうですね。そのことももちろん理解しています。それでも…。こうでもしなければあなたには会えなかったから。」
シュウは寂し気に微笑んでリョウを見つめ、リョウはシュウを無言で睨みつけた。
そこでマリーがため息を吐き、言葉を挟む。
「依頼内容は分かったわ。出発は早い方がいいんでしょう?」
「ええ。」
「トウコ、リョウ。明日の早朝、出発するわ。いいわね。」
「ああ。」
トウコは頷いたがリョウは相変わらずシュウを睨んだままだった。
「リョウ、いいわね。否はないわよ。」
「うるせえ、分かってるよ。」
そこでマリーが立ち上がり、ショウの方へ顔を向けた。
「それじゃ、疲れたから私は休むわ。部屋へ案内してくれるかしら。あとは、家族水入らずで話すといいわ。トウコはどうする?」
「私も休むよ。リョウ後でな。」
トウコがそう言いながら立ち上がろうとしたが、リョウはその腕をつかんで無理やり座らせる。
「お前はここにいろ。」
「そういうわけには行かないだろう。」
「部外者面してんじゃねーぞ。俺をこの場に連れ出した責任を取れ。」
トウコが横目でシュウを窺うと、「僕は構いませんよ。」と微笑み、部屋に控えていた兵士の1人にマリーの案内を部屋へ案内するよう命じた。
命じられた兵士がマリーを伴って扉を開けた瞬間、兵士を押しのけ「リョウ!」という女の声とともに、プラチナブロンドの髪を後ろで1つに結び、BDUを着たアリアが飛び込んできた。

その瞬間、部屋の温度が一気に下がったようにトウコには感じられた。無意識のうちに押しとどめるようにリョウの左腕を掴んで隣に座る男を見上げると、トウコですら今まで見たことがない、ゾっとするほど昏い目をしたリョウがいた。
シュウが慌てたように立ち上がる。
そのシュウをリョウは昏い目で睨みつけ、「どうしてこの女がここにいる。」と瞳と同様の昏い声で問うた。
「兄さん違うんだ!彼女は第16都市にいるよう命じていたんだ!アリア、何故ここに来た!軍規違反だぞ!」
シュウが声を荒げるもアリアはそれには構うことなく走り寄ると膝をつき、リョウの右腕に縋りついた。
「リョウ!会いたかった!」
しかし、リョウはアリアには見向きもせずアリアの腕を乱暴に払いながら、昏い目のままぞっとするほど低い声で言葉を発した。
「俺に触るな。」
アリアの瞳に涙が盛り上がり、「リョウ…あなたはまだ私たちのことを…マイさんを…」と呟いた瞬間、リョウの右手が動いた。
それをトウコが抱き付くようにして止めた。
「ダメだ!リョウ!」
リョウの振るった短剣を握ったトウコの手から障壁が砕ける音とともに、ジュっという音がして煙が立つ。
アリアの首筋でトウコの握った刃が止まり、肉の焦げる臭いが漂う。

アリアが顔を覆って泣き崩れ、トウコが短剣を握ったままリョウを罵倒する。
「この馬鹿が!魔力まで通しやがって!障壁張ってなかったら指が落ちるとこだった!あぁクソ!死ぬほど痛い!」
リョウは焼け爛れたトウコの左手を掴んで短剣から手を離させると、昏い目のまま、「悪い。」と言ってトウコの頭を自分の胸に押し付けた。
トウコの頭を撫でながら、「すまなかった。」と言ったリョウは、傍らで泣き崩れるアリアには目もくれずに吐き捨てた。
「アイツの名前をお前が呼ぶことは許さない。」

シュウが立ちすくんだまま泣きそうな声で呟く。
「兄さん…。」
リョウはそれには構わず、「マリー、トウコの手を治癒しろ。」と言い、同様に立ちすくんでいたマリーが駆け寄ってきて、トウコの手を治癒する。

その間、トウコとマリーの心中は完全に一致していた。
「今すぐ大森林に行きたい。」と。
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