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青の章
19.誘(いざな)い
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マリーにリョウを託した後、トウコは3匹のグラトニーセンティピードを相手に戦い続けていた。
しかし、大嫌いなムカデを3匹同時に相手すること、また尻尾の毒針にも気を払わなければならないことで、トウコは防戦一方になり攻めあぐねていた。
トウコに疲れが見え始め、マリーが離脱する時間を十分稼いだ頃合いで逃げた方がいいかと考え始めた時、毒針が2匹同時に襲い掛かって来た。
トウコはそれを上空に飛んで避けてしまった。残った1匹がすかさずトウコを食おうとその口を大きく開く。
「しまっ…!」
トウコが障壁を張り、グラトニーセンティピードの口が閉じられようとした瞬間、濃紺の影が飛び出してきてトウコの体が抱きとめられる。
濃紺の影―濃紺の外套を着た青年が、トウコを抱きしめたままグラトニーセンティピードの頭部を蹴って、地面に着地する。
「やあ。この間ぶりだね。」
しかし、いつもはすっぽりと顔を覆うようにして被っているフードを、今日は被っていなかった。青年の漆黒の髪とアメジストのような紫の瞳とともに、作り物めいた端正な顔立ちを露わにしていた。
「お前…!」
長いまつ毛に縁取られた紫の瞳を愛おし気に細め、口角が少し上がった形の良い口元をほころばせながらトウコの顔を嬉しそうに覗き込んだ青年は、リョウやマリーと話す時とは全く異なる温度のある弾んだ声で話しかける。
「やっと貴女と二人きりになれた。こいつらを倒してゆっくり貴女と話したいところなのだけれど…。」
そういった青年は、2人に襲い掛かろうとしていた1匹のグラトニーセンティピードに右手を振る。途端、頭部で爆発が起きるもグラトニーセンティピードは少し怯んで動きを止めた程度で無傷だった。
「この通り、僕にはあいつらを倒せないんだ。貴女がああいった足が無数にあるものが嫌いなのは知っているのだけれど、あいつらは貴女に倒してもらうしかないんだ。申し訳ないけど、お願いできるかな。もちろん僕もフォローするから。」
そういった青年はトウコを降ろすと、トウコの頭を優しく撫でた。
「貴女に付与魔法をかけたからいつもより動けるはずだよ。貴女が相手にしている奴以外は僕が引き付けておくから、よろしく。」
そう言って微笑んだ青年はグラトニーセンティピードへと駆け出してしまった。
トウコは不審な気持ちは拭えなかったが、仕方なく1匹のグラトニーセンティピードへと向かった。
青年が言った通りトウコの体はいつもより軽く、そして通常よりも力が出た。
トウコは青年のフォローを受けながら、3匹のグラトニーセンティピードをあっさり撃退した。
1つ息を吐いたトウコに青年が微笑みながら近づいてきた。トウコは青年を警戒するように少し距離を取る。
青年は少し困ったように微笑みながらトウコに話しかけた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。僕が君を傷つけることは絶対にない。…だって僕はずっと君のことを守ろうとしてきたのだから。」
青年の穏やかな口調とは裏腹に、その瞳には寂しげな影が映っていた。
トウコが口を開こうとした時、辺りをキラキラとした金色の粒子が舞い始め、トウコが驚愕に目を見開く。
「なっ!」
すぐに金色の光に包まれ、トウコがまぶしさに目を閉じる。瞼の裏の光が収まったところでトウコが目を開くと、目の前にはこれまでには存在しなかった小さな泉と、古ぼけた祠のようなものが出現していた。
「嘘だろう…?遺跡…だったのか?」
トウコの茫然とした呟きに青年が応える。
「そうだよ。遺跡といっても遺跡になりかけ…かな?小さな小さな遺跡の子供のようなものだね。あのグラトニーセンティピードは遺跡になりかけのこの場の力に引き寄せられて集まって来た。そして主になりかけていたのさ。」
「お前は一体…。」
トウコのその問いには答えることなく、青年は微笑むと出現した古ぼけた祠へと足を向けた。
祠から手のひらサイズの丸い石のような物を2つ取り出した青年は、それをトウコの方へと差し出した。
「これを君に壊してほしいんだ。」
「…断る、と言ったら?」
「ちょっと困るな。僕はそれを壊したいけれど、僕には壊せないんだ。」
トウコが黙って不信な目で見つめ続けていると青年は、形のいい眉を下げ、捨てられた子犬のような顔でトウコを見た。
「ダメかな?これを壊しても君に害はないし、もちろん君の恋人にも害はないよ。約束する。」
これまで青年の顔はひどく老成しているように見え、作り物めいた容貌と相まって人ならざるもののような雰囲気を醸し出していたが、突然年相応のそれよりも幼く見える顔で困ったように言われたため、トウコは毒気を抜かれた。
少し苦笑しながらトウコが歩み寄り、青年の手から2つの石のような物を受け取る。
「これを壊せばいいんだな?簡単に壊れるのか?」
「君が少し力を入れたら壊れるはずだよ。」
そう言われたトウコは、両手に握っていた物に力を込めて握り締めた。
ぱりんという、石のような見た目とは反する軽い音がして2つの物体は壊れた。トウコが手を開くと、さらさらと細かい粒子が風に流れて散った。
それを静かに見守っていた青年は、嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。」
「…どういたしまして。」
「さて。この辺りはもう遺跡が変化した場所だから魔物は来ないよ。もうすぐ日も暮れるから今日はここで野営した方がいい。」
「本当に遺跡が変化した場所には魔物が来ないのか…。なぜだ?」
「そういうものだから。」
青年の返答にトウコは溜息を吐く。
「まあいい。野営して休みたいところだが、私は行く。マリーとリョウが心配だ。」
「2人なら大丈夫だよ。もう森を抜けた。砦には高位のヒーラーもいる。彼のことは心配しなくていい。」
トウコが、何故お前がそれを知っている、というように眉を上げたが、青年は肩をすくめた。
「僕は貴女とゆっくり話がしたい。1度目は死にかけていた貴女を助けた。2度目もあのままだとあなたは死んでいた。そして3度目の今日も、結構危ないところを助けたと思うのだけれど?」
少しおどけるようにそう言った後、青年は静かな声音で言葉を続けた。
「何よりも、貴女と僕はこの世界にたった2人きりの存在だ。」
そう言った青年のトウコと同じ紫の瞳は孤独に彩られており、トウコの胸がチクリと痛んだ。
トウコは少し逡巡したが肩の力を抜くと頷いた。
「そうだな…。私もお前には聞きたいことがあるし、今日はここで野営することにする。」それを聞いた青年は、本当に嬉しそうにはにかんだ。その嬉しそうな青年の顔を見たトウコの胸がまた疼いた。
「じゃあ、僕は野営の準備をするよ。貴女はそこの泉で水浴びでもしたらどうだろう?こう言ったらなんだけど、血でドロドロだよ。血にまみれた貴女は格好良くて素敵だと思うけれど、血にまみれていない方がもっと綺麗だからね。大丈夫、貴女が水浴びしている間はちゃんと後ろを向いておくから。」
すっかりトウコはこの青年のペースに巻き込まれているなと思ったが、それが不思議と嫌ではなかったため、苦笑しながら頷いた。
「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらう。」
「うん。じゃあ、先に必要な水だけ汲ませて。」
トウコが水浴びを終えると、青年は小さな焚火を起こしてそこで簡単なスープを作っていた。トウコが青年の向かいに腰を下ろすと、「はい。」と青年がスープを手渡してきた。
「助かる。1泊だったから簡単な携帯食料しか持ってなかったんだ。暖かいものが食べられると思ってなかった。」
「どういたしまして。そして、あらためて初めまして。僕はカイン。」
「カイン…。」
「うん。」
トウコが青年―カインの名を呼ぶと、カインはとても嬉しそうに微笑んだ。
「僕も貴女のことをトウコって呼んでもいいかな。」
トウコは一瞬リョウの激怒した顔が頭によぎったが、断るときっとこの青年―カインはとても悲しい顔をするだろうと思うと、断れなかった。
「ああ。」
カインはトウコの返事を聞くと微笑みながら手を差し出してきた。
「よろしく。トウコ。」
トウコはその手を握り返す。
「何度も助けてくれてありがとう。カイン。」
結局、カインはトウコと話したいと言った割にはどこか幸せそうに微笑んだまま何も語らず、トウコもまた色々と聞きたいことがあったはずなのに、どうでもいいような気がして何も聞かなかった。
2人はそのまま静かに焚火を見つめながらスープを飲んだ。
飲み終わった後も2人は黙って焚火を見つめていたが、トウコが静かに口を開いた。
「お前は…カインは、何者なんだ?」
問われたカインは少し寂しそうに微笑んだが焚火を見つめたまま口を開かなかった。トウコがそのままカインを見つめていると、カインは焚火を見つめていた紫の瞳をトウコに向けた。
「隣に座ってもいいかな?」
トウコは小さくため息を吐くと頷いた。
「…ああ。」
トウコの隣に移動したカインが、また焚火を見つめながら小さく囁いた。
「僕はずっとトウコを見守って来た。」
トウコがその意を問うようにカインを窺う。
カインは微笑んでいたが、焚火の火に照らされたその横顔には諦めと絶望が、紫の瞳は孤独に染まっていた。
「ずっと、ずっと…。永い間、見守り続けて…。さすがにちょっと疲れたな。」
トウコが全てを諦めたかのようなカインの横顔にそっと右手を添えた。
「お前は…孤独なんだな。」
「…そうだね。僕は孤独だ。ずっと孤独だった。これからも孤独なんだと諦めていた。」
そこで言葉を切ったカインがトウコを見つめた。
「でも。僕はやっとトウコに会えた。」
この世界に2人だけ、2対の紫の瞳が交差した。
カインが己の顔に添えられたトウコの手に、自分の手を重ねる。
「トウコ、僕と一緒に行かないかい?」
その言葉にトウコが小さく目を瞠った。
「この間、神殿で貴女は行かないでって言いかけたよね?僕は絶対君を1人にしない。ずっと一緒にいるって約束する。だから一緒に行こうトウコ。」
カインはトウコの手を握ると、紫の瞳でトウコを見つめながら顔を近づけた。
トウコの紫の瞳が揺れる。
しかし、大嫌いなムカデを3匹同時に相手すること、また尻尾の毒針にも気を払わなければならないことで、トウコは防戦一方になり攻めあぐねていた。
トウコに疲れが見え始め、マリーが離脱する時間を十分稼いだ頃合いで逃げた方がいいかと考え始めた時、毒針が2匹同時に襲い掛かって来た。
トウコはそれを上空に飛んで避けてしまった。残った1匹がすかさずトウコを食おうとその口を大きく開く。
「しまっ…!」
トウコが障壁を張り、グラトニーセンティピードの口が閉じられようとした瞬間、濃紺の影が飛び出してきてトウコの体が抱きとめられる。
濃紺の影―濃紺の外套を着た青年が、トウコを抱きしめたままグラトニーセンティピードの頭部を蹴って、地面に着地する。
「やあ。この間ぶりだね。」
しかし、いつもはすっぽりと顔を覆うようにして被っているフードを、今日は被っていなかった。青年の漆黒の髪とアメジストのような紫の瞳とともに、作り物めいた端正な顔立ちを露わにしていた。
「お前…!」
長いまつ毛に縁取られた紫の瞳を愛おし気に細め、口角が少し上がった形の良い口元をほころばせながらトウコの顔を嬉しそうに覗き込んだ青年は、リョウやマリーと話す時とは全く異なる温度のある弾んだ声で話しかける。
「やっと貴女と二人きりになれた。こいつらを倒してゆっくり貴女と話したいところなのだけれど…。」
そういった青年は、2人に襲い掛かろうとしていた1匹のグラトニーセンティピードに右手を振る。途端、頭部で爆発が起きるもグラトニーセンティピードは少し怯んで動きを止めた程度で無傷だった。
「この通り、僕にはあいつらを倒せないんだ。貴女がああいった足が無数にあるものが嫌いなのは知っているのだけれど、あいつらは貴女に倒してもらうしかないんだ。申し訳ないけど、お願いできるかな。もちろん僕もフォローするから。」
そういった青年はトウコを降ろすと、トウコの頭を優しく撫でた。
「貴女に付与魔法をかけたからいつもより動けるはずだよ。貴女が相手にしている奴以外は僕が引き付けておくから、よろしく。」
そう言って微笑んだ青年はグラトニーセンティピードへと駆け出してしまった。
トウコは不審な気持ちは拭えなかったが、仕方なく1匹のグラトニーセンティピードへと向かった。
青年が言った通りトウコの体はいつもより軽く、そして通常よりも力が出た。
トウコは青年のフォローを受けながら、3匹のグラトニーセンティピードをあっさり撃退した。
1つ息を吐いたトウコに青年が微笑みながら近づいてきた。トウコは青年を警戒するように少し距離を取る。
青年は少し困ったように微笑みながらトウコに話しかけた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。僕が君を傷つけることは絶対にない。…だって僕はずっと君のことを守ろうとしてきたのだから。」
青年の穏やかな口調とは裏腹に、その瞳には寂しげな影が映っていた。
トウコが口を開こうとした時、辺りをキラキラとした金色の粒子が舞い始め、トウコが驚愕に目を見開く。
「なっ!」
すぐに金色の光に包まれ、トウコがまぶしさに目を閉じる。瞼の裏の光が収まったところでトウコが目を開くと、目の前にはこれまでには存在しなかった小さな泉と、古ぼけた祠のようなものが出現していた。
「嘘だろう…?遺跡…だったのか?」
トウコの茫然とした呟きに青年が応える。
「そうだよ。遺跡といっても遺跡になりかけ…かな?小さな小さな遺跡の子供のようなものだね。あのグラトニーセンティピードは遺跡になりかけのこの場の力に引き寄せられて集まって来た。そして主になりかけていたのさ。」
「お前は一体…。」
トウコのその問いには答えることなく、青年は微笑むと出現した古ぼけた祠へと足を向けた。
祠から手のひらサイズの丸い石のような物を2つ取り出した青年は、それをトウコの方へと差し出した。
「これを君に壊してほしいんだ。」
「…断る、と言ったら?」
「ちょっと困るな。僕はそれを壊したいけれど、僕には壊せないんだ。」
トウコが黙って不信な目で見つめ続けていると青年は、形のいい眉を下げ、捨てられた子犬のような顔でトウコを見た。
「ダメかな?これを壊しても君に害はないし、もちろん君の恋人にも害はないよ。約束する。」
これまで青年の顔はひどく老成しているように見え、作り物めいた容貌と相まって人ならざるもののような雰囲気を醸し出していたが、突然年相応のそれよりも幼く見える顔で困ったように言われたため、トウコは毒気を抜かれた。
少し苦笑しながらトウコが歩み寄り、青年の手から2つの石のような物を受け取る。
「これを壊せばいいんだな?簡単に壊れるのか?」
「君が少し力を入れたら壊れるはずだよ。」
そう言われたトウコは、両手に握っていた物に力を込めて握り締めた。
ぱりんという、石のような見た目とは反する軽い音がして2つの物体は壊れた。トウコが手を開くと、さらさらと細かい粒子が風に流れて散った。
それを静かに見守っていた青年は、嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。」
「…どういたしまして。」
「さて。この辺りはもう遺跡が変化した場所だから魔物は来ないよ。もうすぐ日も暮れるから今日はここで野営した方がいい。」
「本当に遺跡が変化した場所には魔物が来ないのか…。なぜだ?」
「そういうものだから。」
青年の返答にトウコは溜息を吐く。
「まあいい。野営して休みたいところだが、私は行く。マリーとリョウが心配だ。」
「2人なら大丈夫だよ。もう森を抜けた。砦には高位のヒーラーもいる。彼のことは心配しなくていい。」
トウコが、何故お前がそれを知っている、というように眉を上げたが、青年は肩をすくめた。
「僕は貴女とゆっくり話がしたい。1度目は死にかけていた貴女を助けた。2度目もあのままだとあなたは死んでいた。そして3度目の今日も、結構危ないところを助けたと思うのだけれど?」
少しおどけるようにそう言った後、青年は静かな声音で言葉を続けた。
「何よりも、貴女と僕はこの世界にたった2人きりの存在だ。」
そう言った青年のトウコと同じ紫の瞳は孤独に彩られており、トウコの胸がチクリと痛んだ。
トウコは少し逡巡したが肩の力を抜くと頷いた。
「そうだな…。私もお前には聞きたいことがあるし、今日はここで野営することにする。」それを聞いた青年は、本当に嬉しそうにはにかんだ。その嬉しそうな青年の顔を見たトウコの胸がまた疼いた。
「じゃあ、僕は野営の準備をするよ。貴女はそこの泉で水浴びでもしたらどうだろう?こう言ったらなんだけど、血でドロドロだよ。血にまみれた貴女は格好良くて素敵だと思うけれど、血にまみれていない方がもっと綺麗だからね。大丈夫、貴女が水浴びしている間はちゃんと後ろを向いておくから。」
すっかりトウコはこの青年のペースに巻き込まれているなと思ったが、それが不思議と嫌ではなかったため、苦笑しながら頷いた。
「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらう。」
「うん。じゃあ、先に必要な水だけ汲ませて。」
トウコが水浴びを終えると、青年は小さな焚火を起こしてそこで簡単なスープを作っていた。トウコが青年の向かいに腰を下ろすと、「はい。」と青年がスープを手渡してきた。
「助かる。1泊だったから簡単な携帯食料しか持ってなかったんだ。暖かいものが食べられると思ってなかった。」
「どういたしまして。そして、あらためて初めまして。僕はカイン。」
「カイン…。」
「うん。」
トウコが青年―カインの名を呼ぶと、カインはとても嬉しそうに微笑んだ。
「僕も貴女のことをトウコって呼んでもいいかな。」
トウコは一瞬リョウの激怒した顔が頭によぎったが、断るときっとこの青年―カインはとても悲しい顔をするだろうと思うと、断れなかった。
「ああ。」
カインはトウコの返事を聞くと微笑みながら手を差し出してきた。
「よろしく。トウコ。」
トウコはその手を握り返す。
「何度も助けてくれてありがとう。カイン。」
結局、カインはトウコと話したいと言った割にはどこか幸せそうに微笑んだまま何も語らず、トウコもまた色々と聞きたいことがあったはずなのに、どうでもいいような気がして何も聞かなかった。
2人はそのまま静かに焚火を見つめながらスープを飲んだ。
飲み終わった後も2人は黙って焚火を見つめていたが、トウコが静かに口を開いた。
「お前は…カインは、何者なんだ?」
問われたカインは少し寂しそうに微笑んだが焚火を見つめたまま口を開かなかった。トウコがそのままカインを見つめていると、カインは焚火を見つめていた紫の瞳をトウコに向けた。
「隣に座ってもいいかな?」
トウコは小さくため息を吐くと頷いた。
「…ああ。」
トウコの隣に移動したカインが、また焚火を見つめながら小さく囁いた。
「僕はずっとトウコを見守って来た。」
トウコがその意を問うようにカインを窺う。
カインは微笑んでいたが、焚火の火に照らされたその横顔には諦めと絶望が、紫の瞳は孤独に染まっていた。
「ずっと、ずっと…。永い間、見守り続けて…。さすがにちょっと疲れたな。」
トウコが全てを諦めたかのようなカインの横顔にそっと右手を添えた。
「お前は…孤独なんだな。」
「…そうだね。僕は孤独だ。ずっと孤独だった。これからも孤独なんだと諦めていた。」
そこで言葉を切ったカインがトウコを見つめた。
「でも。僕はやっとトウコに会えた。」
この世界に2人だけ、2対の紫の瞳が交差した。
カインが己の顔に添えられたトウコの手に、自分の手を重ねる。
「トウコ、僕と一緒に行かないかい?」
その言葉にトウコが小さく目を瞠った。
「この間、神殿で貴女は行かないでって言いかけたよね?僕は絶対君を1人にしない。ずっと一緒にいるって約束する。だから一緒に行こうトウコ。」
カインはトウコの手を握ると、紫の瞳でトウコを見つめながら顔を近づけた。
トウコの紫の瞳が揺れる。
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