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青の章
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マリーはまんじりともせず大森林を見つめ続け、そして夜が明けた。
白々と夜が明け、朝靄の中にぼんやりと大森林が浮かび上がる。
そこに、ポツンと黒い影が現れた。マリーが息を飲んで黒い影を凝視する。
黒い影は少しずつ大きくなり、そしてそれが大きく手を振った。
「トウコっ!!」
マリーの叫びを聞いた周りの兵士たちが慌ててやってきて、同様にトウコを確認すると魔道車に駆け寄る。
魔導車がマリーの真横に付けられ、マリーは足をもつれさせながら魔道車に飛び乗った。
魔導車が近づくにつれ、腰に手をあてて少し疲れたように微笑んで佇んでいるトウコの姿が大きくなる。
マリーは停止した魔道車から転げるように降りると、トウコに抱きついた。
「トウコっ!あんた朝帰りなんて何やってたのよ!リョウに殺されるわよ!」
「悪いマリー、心配かけて。リョウには一緒に謝ってくれ。」
「嫌よ!自分でちゃんと謝りなさい!」
「マリー分かったから離してくれ。ちょっと苦しい。」
トウコの本当に苦しそうな声にマリーが慌てて体を離し、次いでトウコの体を確認する。
「トウコ、怪我はない?大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。どこも怪我してない。マリーの方こそ掌から血が出てるぞ。」
「…良かった。本当に良かった。」
マリーはそのまま両手で顔を覆うと泣き出してしまった。
目を真っ赤にしたマリーと魔道車に乗り込み、砦へと帰還する途中にリョウの無事を聞いたトウコは、心底ほっとした顔をした。
「良かった。あいつがそう簡単にくたばるとは思わなかったが、今回は心底肝が冷えた。」
「それはこっちのセリフよ!おバカ!このおバカ!」
マリーに容赦なく肩を殴られ、トウコは苦笑する。
「マリー、本気で痛い。障壁を張ろうかと思うぐらいには痛い。」
「このくらい我慢なさい!もう!トウコのおバカ!」
マリーに抱きしめられ、トウコはマリーの胸板に顔を押し付けられたまま、逞しい上腕二頭筋を宥めるように撫で続けた。
砦へと帰還したトウコはすぐにリョウの眠る部屋へと案内された。
部屋へ入ると、シュウがすぐさまトウコに駆け寄って来た。
「トウコさん!ご無事で何よりです。」
「ああ、心配かけてすまなかった。この通り怪我もなくピンピンしてる。…リョウは?」
「熱は大分下がりましたが、まだ意識は戻りません。」
シュウの視線を追うと、ベッドに横たわるリョウが目に入る。ベッドの側には目を真っ赤にしたアリアが佇んでいた。
アリアが少し目を伏せながら説明する。
「腹部の傷は問題ありません。マリーさんの治癒で問題なく塞がっていました。解毒も終わっています。ただ、解毒するまでに時間が経過してしまい、毒が広範囲に広がってしまった影響で少し衰弱しています。なので、意識が戻るまでにはもう少し時間がかかると思います。ですが、命に別状はないので安心してください。」
「そうか。良かった。リョウを助けてくれてありがとう。心から礼を言う。」
「…いいえ。私は、私はヒーラーですから…。」
トウコがベッドに腰かけ、リョウの顔を覗き込みながら少し青白い頬に手を添える。
それを見ていたアリアが戸惑いがちに口を開いた。
「あの…。ずっとうわ言を繰り返しているんです。あなたの名前は聞き取れるんですけど、何と言っているのか分からなくて…。」
そう言われたトウコが改めてリョウの顔を見ると、確かにリョウの口が小さく動いている。
リョウの口元に耳を寄せる。
トウコ。一緒に死んでやるからもう少し頑張れ。
トウコは小さく笑うと、リョウの頬を撫でながら囁いた。
「お前本当にバカだな。」
そのまま顔を寄せると、乾燥してひび割れたリョウの唇に口付けた。顔を離すとリョウに抱きつき、首元に顔を埋めたトウコはそのまま動かなくなった。
マリーとシュウ、そしてアリアが静かに部屋を出て行く。
「リョウ。早く起きろ。私はまだお前に謝っていない。それに嬉し泣きもさせてもらってないぞ。」
トウコの呟きが部屋の中に消える。
それから2日後。
リョウは目を覚ました。
目を覚ました途端、今まで意識がなかったと思えない勢いで散々トウコを罵倒し、最後にはトウコの腹に抱きついて「腹減った。」と言ったまま動かなくなった。
苦笑しながらトウコがリョウに食べさせてやり、それをマリーが白い目で見ていたが何も言わなかった。
その後、体力が回復したリョウとマリーを交え、トウコはあの時何があったか語った。しかし、例の外套の男がまた現れ助けてくれたこと、あの場所が実は迷宮になりかけの場所でグラトニーサーティピードを倒したら変化したこと、夜になってしまったのでそこで外套の男と野営したこと、朝になって外套の男とはそこで別れたと語った。
トウコの話を聞いて、マリーは小さくため息を吐き、リョウは胡乱な目をトウコに向けていたがトウコは苦笑するだけでそれ以上は語らなかった。
リョウが目覚めて5日後。
この日、一行はようやく第16都市へと帰還する日を迎えた。
砦の司令官がリョウを穏やかに見ながら話しかける。
「もう体は大丈夫なのか?」
「ええ。閣下にはご心配をおかけして申し訳ありませんでした。…やはり閣下に出ていただいた方が良かったのでは?」
「ははは!そうだな。久しく現場には出ていないから体が訛ってしょうがない。リョウ、今度は久しぶりに手合わせしようじゃないか。」
「…機会があれば。」
苦笑し、少し目を伏せて答えたリョウを見つめると静かに司令官が口を開く。
「もうお前は家には戻らないのだな。」
「…ええ。戻りません。」
「お前はその方がいいだろう。ただの組合員としてまた遊びに来ると言い。」
「お言葉ですが、もう正直ここには来たくないですね。」
リョウの言葉に司令官は大笑いする。
「そうだな!では、私が休暇で都市に戻った時にでも手合わせしてくれ。ついでに飲みにでも行こう。」
「…分かりました。楽しみにしています。」
リョウの肩を1つ叩くと、司令官はトウコの方へ歩み寄って来た。
「トウコさん、今回は申し訳なかったね。だが助かった。ありがとう。」
トウコが小さく頷くと司令官は微笑み、「これからもリョウのことをよろしく頼む。」と言って、同様にトウコの優しく肩を叩いた。
最後にマリーと握手を交わし敬礼すると、砦の中へと戻っていった。
トウコたちはまた軍の輸送車に揺られ第16都市へと戻ることになった。
往路と異なり、今回の車列にはシュウとが乗る魔道車も含まれている。シュウは本来ならばこの砦とは無関係の第4都市所属のため、トウコたちの帰還とともにシュウもまた第16都市へと移動する。また同様に、アリアが乗る魔導車も含まれている。都市に着いた後2人は、数日中には視察団の任務を終えて、第4都市へ戻るということだった。
1日目の移動を終えて輸送車を降ろされたトウコら3人が、兵士たちが天幕を張るのをぼんやりと見ながら煙草を吸っていると、護衛の兵士を引き連れ、第4都市軍仕様の制服を着たシュウがやってきた。
シュウは3人から少し離れた場所で足を止めると護衛の兵士に合図をし、兵士たちを少し離れた場所に下がらせた。
それを見て、マリーもまた片手を上げてその場を去る。トウコもまたリョウの肩を1つ叩くとマリーの後を追おうとしたが、リョウがトウコの手を掴んで引き留めた。
トウコがリョウを見上げると、リョウは前を向いたまま言った。
「お前は俺にどうして欲しい?」
トウコは少し笑ってリョウの手を握ると優しく言った。
「お前の過去だ、好きにしたらいいさ。私はずっとリョウの隣にいる。」
「…そこにいろ。」
リョウがトウコの手を離し、シュウに歩み寄る。トウコがシュウを見て肩を竦めると、小さく頷いたシュウもまたリョウに歩み寄った。
「兄さん。」
「俺はお前の兄じゃない。」
リョウは相変わらず拒絶するような態度だったが、最後に少しだけリョウの雰囲気が変わる。ほんの少し慈愛の色を瞳の中に灯したリョウが言葉を綴る。
「俺は本当にもうお前の兄ではないんだ。俺はキサラギの名前を捨てたからな。」
「兄さん…。」
「もう兄としてお前と会うのはこれが最後だ。お前ももう俺を兄と呼ぶな。」
俯いたシュウにリョウが少し戸惑いがちに言葉を続ける。
「だから…。これからは名前で呼べ。…友人として。」
その言葉にシュウがはっとしたように顔をあげる。
「その制服似合ってるぞ。俺なんかよりずっとな。俺より魔力が低いことを卑下するのはもうやめろ。」
優しく微笑んだリョウが、シュウの頭を乱暴に撫でながら言葉を続ける。
「お前は俺の自慢の弟だった。胸を張れ。」
シュウの目に涙が浮かぶ。少し目を伏せたリョウが更に言葉を続けた。
「…お前に全てを押し付けて、俺だけ逃げてすまない。」
「リョウさん…リョウ・キサラギという男は僕の自慢の兄でした。」
「そうか。」
「はい。」
「リョウさん、今度遊びに行ってもいいですか?僕の自慢の兄の話を聞いてください。」
リョウはその言葉に苦笑すると、「いつでも来るといい」と優しく言った。
マリーが張られた天幕で休んでいると、リョウが1人で戻って来た。
「あら?トウコは?」
「…アリアに呼ばれて行った。」
苦々しい顔で言ったリョウにマリーがにやにやしながら言う。
「あら、キャットファイトね。」
「ぶっ殺すぞ。」
揶揄うように言ったマリーをリョウが睨みつけるとマリーが笑いながら肩をすくめる。
そして優しく言った。
「トウコ、少し変わったわね。」
リョウはその言葉には何も返さず、マリーに背を向けて横になった。
その背をマリーは優しく見つめて言った。
「良かったわね。」
「…ああ。」
その頃、トウコはシュウに連れられてアリアの元へ向かっていた。
シュウに連れられてしばらく歩くと、幾人かの兵士に囲まれたアリアが見えた。
シュウはトウコに小さく黙礼すると兵士を下がらせ自分もまた少し離れた場所へと移動した。
トウコがアリアの目の前に立っても、アリアはうつ向いたまま口を開こうとしない。
「私に話があると聞いてきたのだけど?私はどうしたらいい?」
トウコが少しおどけて言うと、アリアがおずおずと視線をトウコに向けた。
「今回はご迷惑をおかけしてすみませんでした。その、私のこと助けてくれてありがとうございます。」
一瞬何に礼を言われたか分からなかったトウコだったが、すぐに思い当たり苦笑する。
「ああ…。あれか。気にしないでいい。リョウの暴走を止めるのは慣れてる。」
その言葉に少し寂しげにアリアが微笑む。
「あの、トウコさんから見たリョウはどんな人間ですか?」
トウコは少し眉を寄せたが、アリアが真剣に見つめてくるので仕方なく口を開く。
「馬鹿ですぐキれるどうしようもない奴で、猿だな。」
アリアは少し笑うと、「私が知っている人とは違う人みたいです。」と言った。
トウコは穏やかにアリアを見つめると、静かに言った。
「そうだな。私が知っているリョウは、リョウ・キサラギじゃないからな。」
アリアは少し目を瞠ったが、すぐに目を伏せると「そうですね…。」と呟いた。
その後、アリアはぽつぽつと語り始めた。
幼いころ、婚約者候補としてリョウと引き合わされたこと。色無しと蔑まれている妹を守ろうとする優しさに惹かれたこと。妹に見せる優しい眼差しでいつか自分も見てほしいと思っていたこと。婚約者候補でなくなっても、リョウは自分を見てくれなかったこと。自分の兄が女性をいたぶることに喜びを見出す男だということは分かっていたこと。どうしてもリョウに自分のことを見てほしかったこと。
取り留めもなく語るアリアの言葉を静かにトウコは聞いていた。
「結局、私は全てを失いました。」
そう締めくくったアリアにトウコは静かに口を開いた。
「世界を拒絶するな。周りを見ろ。」
その言葉にアリアが少し首をかしげる。
「これは私と同じ色無しの、もうすぐ娼婦になる女の子から説教されたときに言われた言葉なんだ。私は自分だけを見てしまっていてね。周りが全然見えていなかった。あなたも周りを見てみるといい。無くした物は多いかもしれないが、まだなくしていない物、これから手に入るものも沢山あるはずさ。リョウ・キサラギはきっとあなたのことを許さない。だけど、リョウ・キサラギはもう死んだ。あなたも次に進むといい。」
アリアは顔を覆って嗚咽を漏らしたが、「はい。」と小さく呟いた。
「シュウはお前の新しい婚約者なんだろう?」
「…知ってらっしゃったんすか?」
「いいや、なんとなくそう思っただけだ。お貴族様のことは分からないけど、そういうもんだろう?」
アリアは涙に濡れた目で少し笑うと、「そうですね。」と言った。
「シュウならお前を幸せにしてくれるさ。これから色んなものをお前にくれるだろうよ。」
そう言うとトウコはアリアに背を向け、シュウに手を上げて歩き出した。
シュウは静かにトウコに頭を下げた。
天幕に戻ったトウコは、「慣れない説教をしてきた。疲れた。」と言って、何とも言えない表情をしているリョウの隣に寝転がった。
それを聞いたマリーが揶揄うように言う。
「お説教と言えば、トウコ。私の出した宿題の答え合わせはいる?」
その言葉にトウコは苦笑しながらマリーに手を振る。
「いらない。身に染みて分かった。」
マリーは満足げに微笑んだ。
白々と夜が明け、朝靄の中にぼんやりと大森林が浮かび上がる。
そこに、ポツンと黒い影が現れた。マリーが息を飲んで黒い影を凝視する。
黒い影は少しずつ大きくなり、そしてそれが大きく手を振った。
「トウコっ!!」
マリーの叫びを聞いた周りの兵士たちが慌ててやってきて、同様にトウコを確認すると魔道車に駆け寄る。
魔導車がマリーの真横に付けられ、マリーは足をもつれさせながら魔道車に飛び乗った。
魔導車が近づくにつれ、腰に手をあてて少し疲れたように微笑んで佇んでいるトウコの姿が大きくなる。
マリーは停止した魔道車から転げるように降りると、トウコに抱きついた。
「トウコっ!あんた朝帰りなんて何やってたのよ!リョウに殺されるわよ!」
「悪いマリー、心配かけて。リョウには一緒に謝ってくれ。」
「嫌よ!自分でちゃんと謝りなさい!」
「マリー分かったから離してくれ。ちょっと苦しい。」
トウコの本当に苦しそうな声にマリーが慌てて体を離し、次いでトウコの体を確認する。
「トウコ、怪我はない?大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。どこも怪我してない。マリーの方こそ掌から血が出てるぞ。」
「…良かった。本当に良かった。」
マリーはそのまま両手で顔を覆うと泣き出してしまった。
目を真っ赤にしたマリーと魔道車に乗り込み、砦へと帰還する途中にリョウの無事を聞いたトウコは、心底ほっとした顔をした。
「良かった。あいつがそう簡単にくたばるとは思わなかったが、今回は心底肝が冷えた。」
「それはこっちのセリフよ!おバカ!このおバカ!」
マリーに容赦なく肩を殴られ、トウコは苦笑する。
「マリー、本気で痛い。障壁を張ろうかと思うぐらいには痛い。」
「このくらい我慢なさい!もう!トウコのおバカ!」
マリーに抱きしめられ、トウコはマリーの胸板に顔を押し付けられたまま、逞しい上腕二頭筋を宥めるように撫で続けた。
砦へと帰還したトウコはすぐにリョウの眠る部屋へと案内された。
部屋へ入ると、シュウがすぐさまトウコに駆け寄って来た。
「トウコさん!ご無事で何よりです。」
「ああ、心配かけてすまなかった。この通り怪我もなくピンピンしてる。…リョウは?」
「熱は大分下がりましたが、まだ意識は戻りません。」
シュウの視線を追うと、ベッドに横たわるリョウが目に入る。ベッドの側には目を真っ赤にしたアリアが佇んでいた。
アリアが少し目を伏せながら説明する。
「腹部の傷は問題ありません。マリーさんの治癒で問題なく塞がっていました。解毒も終わっています。ただ、解毒するまでに時間が経過してしまい、毒が広範囲に広がってしまった影響で少し衰弱しています。なので、意識が戻るまでにはもう少し時間がかかると思います。ですが、命に別状はないので安心してください。」
「そうか。良かった。リョウを助けてくれてありがとう。心から礼を言う。」
「…いいえ。私は、私はヒーラーですから…。」
トウコがベッドに腰かけ、リョウの顔を覗き込みながら少し青白い頬に手を添える。
それを見ていたアリアが戸惑いがちに口を開いた。
「あの…。ずっとうわ言を繰り返しているんです。あなたの名前は聞き取れるんですけど、何と言っているのか分からなくて…。」
そう言われたトウコが改めてリョウの顔を見ると、確かにリョウの口が小さく動いている。
リョウの口元に耳を寄せる。
トウコ。一緒に死んでやるからもう少し頑張れ。
トウコは小さく笑うと、リョウの頬を撫でながら囁いた。
「お前本当にバカだな。」
そのまま顔を寄せると、乾燥してひび割れたリョウの唇に口付けた。顔を離すとリョウに抱きつき、首元に顔を埋めたトウコはそのまま動かなくなった。
マリーとシュウ、そしてアリアが静かに部屋を出て行く。
「リョウ。早く起きろ。私はまだお前に謝っていない。それに嬉し泣きもさせてもらってないぞ。」
トウコの呟きが部屋の中に消える。
それから2日後。
リョウは目を覚ました。
目を覚ました途端、今まで意識がなかったと思えない勢いで散々トウコを罵倒し、最後にはトウコの腹に抱きついて「腹減った。」と言ったまま動かなくなった。
苦笑しながらトウコがリョウに食べさせてやり、それをマリーが白い目で見ていたが何も言わなかった。
その後、体力が回復したリョウとマリーを交え、トウコはあの時何があったか語った。しかし、例の外套の男がまた現れ助けてくれたこと、あの場所が実は迷宮になりかけの場所でグラトニーサーティピードを倒したら変化したこと、夜になってしまったのでそこで外套の男と野営したこと、朝になって外套の男とはそこで別れたと語った。
トウコの話を聞いて、マリーは小さくため息を吐き、リョウは胡乱な目をトウコに向けていたがトウコは苦笑するだけでそれ以上は語らなかった。
リョウが目覚めて5日後。
この日、一行はようやく第16都市へと帰還する日を迎えた。
砦の司令官がリョウを穏やかに見ながら話しかける。
「もう体は大丈夫なのか?」
「ええ。閣下にはご心配をおかけして申し訳ありませんでした。…やはり閣下に出ていただいた方が良かったのでは?」
「ははは!そうだな。久しく現場には出ていないから体が訛ってしょうがない。リョウ、今度は久しぶりに手合わせしようじゃないか。」
「…機会があれば。」
苦笑し、少し目を伏せて答えたリョウを見つめると静かに司令官が口を開く。
「もうお前は家には戻らないのだな。」
「…ええ。戻りません。」
「お前はその方がいいだろう。ただの組合員としてまた遊びに来ると言い。」
「お言葉ですが、もう正直ここには来たくないですね。」
リョウの言葉に司令官は大笑いする。
「そうだな!では、私が休暇で都市に戻った時にでも手合わせしてくれ。ついでに飲みにでも行こう。」
「…分かりました。楽しみにしています。」
リョウの肩を1つ叩くと、司令官はトウコの方へ歩み寄って来た。
「トウコさん、今回は申し訳なかったね。だが助かった。ありがとう。」
トウコが小さく頷くと司令官は微笑み、「これからもリョウのことをよろしく頼む。」と言って、同様にトウコの優しく肩を叩いた。
最後にマリーと握手を交わし敬礼すると、砦の中へと戻っていった。
トウコたちはまた軍の輸送車に揺られ第16都市へと戻ることになった。
往路と異なり、今回の車列にはシュウとが乗る魔道車も含まれている。シュウは本来ならばこの砦とは無関係の第4都市所属のため、トウコたちの帰還とともにシュウもまた第16都市へと移動する。また同様に、アリアが乗る魔導車も含まれている。都市に着いた後2人は、数日中には視察団の任務を終えて、第4都市へ戻るということだった。
1日目の移動を終えて輸送車を降ろされたトウコら3人が、兵士たちが天幕を張るのをぼんやりと見ながら煙草を吸っていると、護衛の兵士を引き連れ、第4都市軍仕様の制服を着たシュウがやってきた。
シュウは3人から少し離れた場所で足を止めると護衛の兵士に合図をし、兵士たちを少し離れた場所に下がらせた。
それを見て、マリーもまた片手を上げてその場を去る。トウコもまたリョウの肩を1つ叩くとマリーの後を追おうとしたが、リョウがトウコの手を掴んで引き留めた。
トウコがリョウを見上げると、リョウは前を向いたまま言った。
「お前は俺にどうして欲しい?」
トウコは少し笑ってリョウの手を握ると優しく言った。
「お前の過去だ、好きにしたらいいさ。私はずっとリョウの隣にいる。」
「…そこにいろ。」
リョウがトウコの手を離し、シュウに歩み寄る。トウコがシュウを見て肩を竦めると、小さく頷いたシュウもまたリョウに歩み寄った。
「兄さん。」
「俺はお前の兄じゃない。」
リョウは相変わらず拒絶するような態度だったが、最後に少しだけリョウの雰囲気が変わる。ほんの少し慈愛の色を瞳の中に灯したリョウが言葉を綴る。
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「兄さん…。」
「もう兄としてお前と会うのはこれが最後だ。お前ももう俺を兄と呼ぶな。」
俯いたシュウにリョウが少し戸惑いがちに言葉を続ける。
「だから…。これからは名前で呼べ。…友人として。」
その言葉にシュウがはっとしたように顔をあげる。
「その制服似合ってるぞ。俺なんかよりずっとな。俺より魔力が低いことを卑下するのはもうやめろ。」
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「…お前に全てを押し付けて、俺だけ逃げてすまない。」
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「そうか。」
「はい。」
「リョウさん、今度遊びに行ってもいいですか?僕の自慢の兄の話を聞いてください。」
リョウはその言葉に苦笑すると、「いつでも来るといい」と優しく言った。
マリーが張られた天幕で休んでいると、リョウが1人で戻って来た。
「あら?トウコは?」
「…アリアに呼ばれて行った。」
苦々しい顔で言ったリョウにマリーがにやにやしながら言う。
「あら、キャットファイトね。」
「ぶっ殺すぞ。」
揶揄うように言ったマリーをリョウが睨みつけるとマリーが笑いながら肩をすくめる。
そして優しく言った。
「トウコ、少し変わったわね。」
リョウはその言葉には何も返さず、マリーに背を向けて横になった。
その背をマリーは優しく見つめて言った。
「良かったわね。」
「…ああ。」
その頃、トウコはシュウに連れられてアリアの元へ向かっていた。
シュウに連れられてしばらく歩くと、幾人かの兵士に囲まれたアリアが見えた。
シュウはトウコに小さく黙礼すると兵士を下がらせ自分もまた少し離れた場所へと移動した。
トウコがアリアの目の前に立っても、アリアはうつ向いたまま口を開こうとしない。
「私に話があると聞いてきたのだけど?私はどうしたらいい?」
トウコが少しおどけて言うと、アリアがおずおずと視線をトウコに向けた。
「今回はご迷惑をおかけしてすみませんでした。その、私のこと助けてくれてありがとうございます。」
一瞬何に礼を言われたか分からなかったトウコだったが、すぐに思い当たり苦笑する。
「ああ…。あれか。気にしないでいい。リョウの暴走を止めるのは慣れてる。」
その言葉に少し寂しげにアリアが微笑む。
「あの、トウコさんから見たリョウはどんな人間ですか?」
トウコは少し眉を寄せたが、アリアが真剣に見つめてくるので仕方なく口を開く。
「馬鹿ですぐキれるどうしようもない奴で、猿だな。」
アリアは少し笑うと、「私が知っている人とは違う人みたいです。」と言った。
トウコは穏やかにアリアを見つめると、静かに言った。
「そうだな。私が知っているリョウは、リョウ・キサラギじゃないからな。」
アリアは少し目を瞠ったが、すぐに目を伏せると「そうですね…。」と呟いた。
その後、アリアはぽつぽつと語り始めた。
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「結局、私は全てを失いました。」
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「これは私と同じ色無しの、もうすぐ娼婦になる女の子から説教されたときに言われた言葉なんだ。私は自分だけを見てしまっていてね。周りが全然見えていなかった。あなたも周りを見てみるといい。無くした物は多いかもしれないが、まだなくしていない物、これから手に入るものも沢山あるはずさ。リョウ・キサラギはきっとあなたのことを許さない。だけど、リョウ・キサラギはもう死んだ。あなたも次に進むといい。」
アリアは顔を覆って嗚咽を漏らしたが、「はい。」と小さく呟いた。
「シュウはお前の新しい婚約者なんだろう?」
「…知ってらっしゃったんすか?」
「いいや、なんとなくそう思っただけだ。お貴族様のことは分からないけど、そういうもんだろう?」
アリアは涙に濡れた目で少し笑うと、「そうですね。」と言った。
「シュウならお前を幸せにしてくれるさ。これから色んなものをお前にくれるだろうよ。」
そう言うとトウコはアリアに背を向け、シュウに手を上げて歩き出した。
シュウは静かにトウコに頭を下げた。
天幕に戻ったトウコは、「慣れない説教をしてきた。疲れた。」と言って、何とも言えない表情をしているリョウの隣に寝転がった。
それを聞いたマリーが揶揄うように言う。
「お説教と言えば、トウコ。私の出した宿題の答え合わせはいる?」
その言葉にトウコは苦笑しながらマリーに手を振る。
「いらない。身に染みて分かった。」
マリーは満足げに微笑んだ。
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